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戦闘

 開闢歴二五九二年五月一五日 ブランカリリオ


「ふむ、多少は知恵が回るようだな」


 甲板で指揮を取るアンは、数百メートル先で発砲してきたディスカバリーを見て呟いた。

 対ガリア戦争でガリア側に雇われていたというより脅迫されて戦っていた女海賊のアン達だ。戦争が終結してお役ご免となるところだったが、ガリア海軍が弱体化したため、海軍力を補うためにアン達海賊が雇われた。

 弱体化した海軍が私掠船や海賊を雇うことは良くある事で、アルビオンも海軍創設時は海賊や私掠船の船長を騎士に任命して取り込んだ。

 それが再現されただけに過ぎない。


「弱い観測船からクロノなんとかを強奪するだけの簡単な仕事だと思ったがなかなか手強そうだ」


 アンが感心している間にもディスカバリーは更に二発目を発砲した。


「ガリアの旗を降ろしな! あたし達の旗を揚げるんだよ!」


「へい」


 海賊の一人がアンの命令を聞き、ガリアの旗を降ろし、ジョリーロジャーに白百合をあしらった白百合海賊団の旗を揚げた。

 今回、アン達白百合海賊団がガリアより依頼された内容は、アルビオンの観測艦ディスカバリーを襲撃し、艦内に搭載されたクロノメーターを奪取することだ。

 月距法に代わる、船上でも使用可能な経度法をガリア海軍も模索していた。その時、正確に時を刻める時計クロノメーターがアルビオンで発明されディスカバリーに搭載されたと言う情報が入ってきた。

 再建途上のガリア海軍としては何としても手に入れたい代物だ。

 何よりアルビオンが先に開発したらアルビオンの作戦遂行能力は高まり、ただでさえ劣勢のガリア海軍は更に置いて行かれる。

 アルビオンの力を削ぎガリアの力を増すためにもクロノメーターは手に入れたい。

 だが、ガリアが手を出したという証拠は残したくない。

 だからアン達白百合海賊団に海賊として襲撃し奪うことを依頼してきた。

 ディスカバリーの観測航海も潰えるが、自国と他の観測隊でカバー出来るという考えから一つぐらい潰しても問題無い、とガリアは判断していた。


「大丈夫よ。この広い海で目的の船を見つける事が出来たアンなら奪取まで出来るわ」


 アンの隣にいたメアリーが話しかける。


「連中が寄港しそうなマカロネシア周辺で網をはって待ち伏せしていたんだもの」


「南に向かおうと考える連中なら必ずここに来るからな。わざわざ遠方に向かう必要はない」


 中継地であるマカロネシアに補給の為に寄港する事は確実。だからガリア船に偽装して待機していた。

 あとは連中が出港するのを確認してから追いかけて乗っ取るだけ。

 接近するために本物のガリアの観測船ル・エトワールに偽装して接近する。ガリアとアルビオンの愛大外交問題が発生するかもしれないが、バレなければ大丈夫だ。バレたとしてもガリアは知らぬ存ぜぬを通すだろう。何よりアン達に不利なことはない。


「まあガリアの使いっ走りというのは気に食わないが」


「厭なら途中で逃走すればいいじゃない」


「最終的にはそうすりゃ良い。支度金と成功報酬が良かったから引き受けたけど」


 自由な海賊稼業であり、ガリアに義理立てするつもりもない。契約不履行でも口約束の上に秘密任務なので弾劾される心配もない。

 いっそクロノメーターの返還を条件にアルビオンから金を強奪することも出来るし、ガリアが欲しがる技術ならルシタニアやイスパニアも欲しがるだろうから、彼らに売るのもよしだ。

 悪い面は、精々ガリアの仕事が入らないのと、捕まったとき海賊として処刑されるくらいだ。

 元々ガリアは嫌いだし絞首刑を恐れる位なら海賊家業などやらない。それぐらいの覚悟も度胸もアンとメアリー、そして海賊達は身につけている。

 その時、ディスカバリーが三発目を放ちアンは呆れた声を上げる。


「しかし、連中相当慌てているな。大砲をこんな遠距離から撃つなんて」


 まだ当たらない距離で撃ちまくるのは無駄だ。臆病な犬は良く吠えるのと同じで観測艦の連中は肝が据わっていない。

 平和になったとはいえアン達のような海賊に襲われる覚悟くらいは身につけてしかるべきだ。


「ねえ、さっきから大砲を撃っているのに着弾の水柱が無いと思わない」


 メアリーに指摘されて数瞬黙り込んでからアンは呟いた。


「……やられた。嵌められたよ。連中中々の策士のようだな」




 開闢歴二五九二年五月一五日 ディスカバリー艦上


「俺が掌砲長じゃなかったらこんな所にゃ来なかった。二番撃て!」


 一発目の大砲を発射した後、マイルズはそう言ってから二発目を撃つように命じた。そして右のポケットから左のポケットに鉛玉を一つ移した。

 経験と経歴から掌帆長としても十分な技量を持っているマイルズだったが、既にダウナーが任命しており、欠員の出ていた掌砲長に任命されたからだ。

 そして今、カイルの命令で大砲を撃っていた。

 脇にはステファンとパウダーモンキーのウィルマがいる。


「俺が掌砲長じゃなかったらこんな所にゃ来なかった。三番撃て!」


「ミスタ・クロフォード! 何をやっているのだ!」


 いきなり大砲が発砲されて狼狽したダウナー海佐が甲板を駆け下りてきた。

 だが更に四発目が発砲される。


「艦長のご命令通り歓迎しています。礼砲を放って相手を迎えているところです」


 礼砲は弾の再装填に時間の掛かる前装砲で空砲を撃つことにより、相手に敵意が無い事を示すために行われる外交儀礼だ。

 地位が高い相手へはより多くの発砲を行うのだが、やり過ぎて経費増大してしまったために発砲数が地位に応じて規定されている。

 マイルズが鉛玉を右から左へ移すのも発砲数を数えるためだ。数を間違えたら国際問題だからだ。

 ちなみにマイルズが口にしている文言は発砲間隔を一定に保つための常套文句であり、本心ではない。


「初対面の相手にいきなり行うのは失礼だろう」


「迎える準備を行えと仰ったのは艦長では」


「艦長! 大変です! ガリア船が旗を降ろしています」


 カイルが反論していると、甲板でガリア船を見ていたスペンサーが報告した。

 カイルはダウナー海佐を置いて甲板に上がる。ダウナーもカイルの後に続いて上がり、ガリア船を見るとメインマストに海賊旗ジョリーロジャーに白百合をあしらった旗が揚がった。


「あれは白百合海賊団の旗です!」


 かつて海賊退治の際、ブランカリリオへ乗り込んで一騎打ちを行ったレナが叫んだ。

 因縁の多い相手だけにレナの闘志は高かった。


「艦長、相手は海賊共の偽装だったようです」


 予想通りの結果に用意していた台詞をカイルは呟いた。

 空砲を撃って砲撃と思わせる。戦闘時は自らの所属する団体の旗を揚げることが海戦での習わしであり海賊共も慣習として行っている。

 勿論ガリアの仕業と見せかけるためにガリアの旗のままで戦う可能性も有るがそれなら遠距離から一撃食らわせて逃げる。わざわざ接近して情報交換しようなどと言う事はない。

 相手の目的はディスカバリーへの接舷斬り込み及び奪取とカイルは判断し砲撃に見せかけた礼砲を撃った。

 目論見は当たり、相手は砲撃と思い込んで旗を切り替えた。


「艦長、戦闘の下命を」


「あ、ああ、戦闘配置!」


 ダウナーがようやく戦闘配置を命じてディスカバリー艦内はようやく戦闘準備に入る。

 多くの水兵は戸惑うばかりだったがマイルズとステファンが予め弾薬を大砲近くに持って行っており発砲準備だけは直ぐに整った。

 だが、非戦闘要員、帝国学会からの便乗者が多く、彼らが婦人の隠れ穴――艦尾にある水線下の空間へ逃げ込ませているが避難訓練をしていないので戸惑っている。

 そのため入り口に行列が出来ていた。


「何をしているんです」


 準備が整わないことに苛立ったカイルは入り口で揉めているバンクス氏に言った。


「大事な物を入れているんだ」


 そう言って自分の家財道具を、それも狭い入り口に到底入らない物を入れようとしている。


「家財道具を入れる余裕はありません! 人員のみ入って下さい。家財道具は船倉へ入れて下さい」


「必要な物だぞ」


「命を失っては元も子もありません。兎に角家財道具は置いていくか船倉に入れて下さい」


「船倉よりここの穴蔵の方が安全だと聞いているが」


「貴方方と家財道具を入れておくだけの余裕はありません。便乗者のみにして下さい」


「しかしだな」


 なおも渋るバンクス氏にカイルは言い放った。


「船倉に入れないのであればこのまま海に捨てますよ!」


「わ、わかった」


 カイルの剣幕に恐れおののいたバンクス氏は、カイルの命令に従い従者に命じて家財道具を船倉にいれた。ただ、入れるのが馬鹿丁寧だったのでカイルが放り込むように命じる。半分くらい壊れたかもしれないが命が失われるよりマシだ。


「全く、戦いにくい」


 非戦闘要員を抱え込んだまま戦う事はこれまでにあった。だが主計長の奥さんだったりと少人数でしかも海戦時の心得をもっていた。

 しかし今回は全くのド素人だ。

 通常なら避難訓練くらいしたかったのだが、艦長が非常に消極的で行っていない。

 この後の戦闘も少々疑問だ。砲撃訓練も殆ど行っていないのでどうなることか。

 長期の航海、それも殆ど未開の海域へ出向くため物資を節約するため、ともっともな事を言っているが、アルビオンに居たとき訓練し陸上から補充を受ければ良いだけだ。

 それなのに行わないのは支給量以上の火薬の使用は艦長の自腹になるからだ。そのため出費を嫌がって砲撃訓練を行わない艦長が多い。

 前のレナウンではそれこそ一日中砲撃訓練したこともあったが、サクリング艦長が戦闘好きなのと捕獲賞金で懐が温かいからだ。


「ッ本当に艦長が変わると艦の中も変わるな」


 カイルは苦虫を噛み潰しながら甲板に上がっていった。

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