表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
17/63

マカロネシア

 開闢歴二五九二年四月 ディスカバリー艦上


 ダウナー艦長の命令により観測艦ディスカバリーはソサイエティ諸島オタハイト島でのヴィーナス太陽面通過を観測するべく四月中にアルビオン本土を出港した。

 ちなみにカイルとウィリアムの誕生日は同じく四月だが、生まれの早いウィルは出航前に誕生日を迎えて家族に祝われたが、カイルの方は出航後に誕生日を迎えたために家族に祝われなかった。

 誕生日の前祝いと任官記念にサーベルを出港時に貰ったがどうも釈然としない。

 やはりエルフは歓迎されていないのだろうか。

 だが、カイルはディスカバリーの副長兼航海長として艦を安全に航行させなければならない。

 カイルは副長兼航海長としてディスカバリーを無事に観測地点へ航行させる責務がある。

 最初はダウナー艦長が連れてきた下士官やウォリスの水兵達がエルフであるカイルの事を毛嫌いしていたが、カイルが出す指示が適切なことを示すと多少なりとも打ち解け始めた。

 航海指揮の上手い下手かは船の安全、つまり彼らの生死に関わるため、やがてカイルの指揮に安心するようになっていた。

 連携に多少問題があったが航海中の作業を通じて高める。

 本来なら三ヶ月程かけて船上で訓練してから出港したかったのだが、艦長の命令で即出港になってしまいいきなり本番となってしまった。これではカイルも不安にならざるを得ない。

 だが、カイルが出航前に熟練の水兵を雇うことが出来て何とか航海中の作業が順調に進めることが出来たのは幸いだった。

 航海は順調に進み、予定通りディスカバリーは半月程でルシタニア領マカロネシア島に到着する。




 開闢歴二五九二年五月一五日 ディスカバリー艦上


「やれやれ、この先が思いやられるよ」


 遠ざかるマカロネシアを見ながらカイルは呟く。

 カイルが最初に立てた航海計画では、マカロネシアで水、ワイン、数種の果物、タマネギそして砂糖漬けの果物を一週間で乗せる予定だった。

 アルビオンは北方にあるため気候が寒冷で冬は勿論、夏でも冷え込む。そのため作物の生育が悪く、小麦などの主食はともかく野菜や果物は種類も量も少ない。だから南方のマカロネシアで補う必要があった。

 マカロネシアは大蒼洋の真珠と呼ばれる程、気候が温暖で水と植物が豊富であり農産品も多い。そのため新大陸やインディアスへ向かう船の補給地として栄えている。

 ところが艦長が手続きやら面会などで手間取ってしまい、時間を浪費してしまう。

 カイルが前に出て交渉しようとしたがエルフという事で門前払いを喰らった。

 商人出身のエドモントが実家の伝手を頼って総督府と交渉して貰わなければ何も出来なかった。

 正式な海軍といえど面識の無い人間を相手にすることはどの国もしない。

 そうした伝手を持つか否かも艦長の能力の一つなのだが、ダウナー艦長にはそれがない。

 この対外交渉という分野では、カイルの方がエルフであるためマイナス評価である。その分、航海技術と知識でカバーし一応の士官と認められている。

 しかし、ダウナー艦長は現状で何の能力も示していない。

 他にも寄港中に発生した問題はカイルとエドモンドが解決しなければならなかった。補給作業の交渉、人夫の雇用、艀の調達でトラブルがあったため交渉が必要だった。さらに帝国学会から派遣されたダリンプルという博物学者が、この島の植物や動物、地理が珍しいと、あちらこちらを勝手に探索して当局にスパイ容疑で捕まってしまった。これも交渉して解放して貰わなければならなくなった。

 オマケに遅れているのに作業を急げとダウナー艦長が急かしてくる。

 ただでさえ忙しいのに勘弁して欲しいと心労が溜まった。

 混乱の末、予定の倍、二週間の滞在で補給品の積み込みを終えると次の寄港地へ向かって出港した。

 カイルとしては、このままマカロネシアに八月か九月頃まで留まり出港したかったのだが、計画の遅れと脱走者が出たため艦長によって却下され、昨夜出港することとなった。

 たった今、ようやく夜が明けて海が明るくなってきたところだ。


「うん?」


 その時、後方から接近してくる船を見つけた。

 針路はカイル達と同じく南。

 マカロネシアは中継地であるため同じ方向へ向かう船は多い。同航船など珍しくもないが、単独航行であることと接近してくることにカイルは違和感を覚えた。

 遠洋航海なら海賊の襲撃を恐れて船団を組む。

 時折船団からはぐれる船はいるが、海賊船だった場合を考えて独航船への接近は極力控える。

 損傷していたり病人が出ている場合は別だが、マカロネシアが近くにあり入港した方が早い。

 なにより異常事態にもかかわらずディスカバリーに接近できることがおかしい。

 損傷していたり病人が続出していた場合、船足が遅くなっている事が多い。

 カイルは望遠鏡を取り出して相手の船尾に翻る国旗を確認した。


「ガリア船か」


 先日まで戦争をしていた相手だが、停戦した今は敵ではない。


「艦長に報告してくれ、ガリア船接近。指示求む。風上へ向かう。それと戦闘配置。針路変更、南西へ」


「艦長の許可を取らなくて良いのですか」


 スペンサー海尉がカイルの命令に異議を唱えた。


「戦闘配置、針路の決定権は艦長にあります」


「敵味方不明の船舶が接近してきている。距離をおいて確認する必要がある。万が一の時、戦闘になっても風上にあれば有利に戦える」


「しかし、相手はガリアです」


「ガリアの旗は何処にでもあるよ」


 海賊船が国籍を偽装するためにガリア国旗を掲げている疑いがある。なのでカイルは艦の針路を変更させた。


「ですが、艦長の許可をとらなければ」


「それでは間に合わない。直ちに針路の変更と戦闘配置だ。海兵! ドラムを叩け! 総員戦闘配置!」


 だが、隣にいた海兵隊隊長のヘンリー・フィルビー軍曹は従わなかった。海兵隊は接舷戦闘も行うが、艦内秩序を守ることも任務だ。艦長の命令に反するような命令に従う訳にはいかない。

 掌帆長のレイブンヒルも針路変更に反対のようで動こうとしない。

 前のレナウンなら動いてくれるのだが、艦を変わると艦内のルールも変わるので致し方ないが、動きづらいことこの上ない。


「何事だ!」


 その時、ダウナー海佐が甲板に上がってきた。

 帆の向きを変えるために動索を動かしており甲板上は綱だらけで艦長はロープを踏みながらやって来た。


「艦長! ロープの上を歩くのは危険です」


「はぐらかさずに、今の状況を説明しろ」


「……はい、艦長。クロフォード副長が艦の針路を変更しました」


「ガリア国旗を掲げる正体不明の船舶を避けるためです」


「勝手に針路を変更したというのか。独断は許されんぞ」


「しかし、万が一海賊船だった場合危険です」


「ガリアの国旗を掲げているではないか」


 ダウナー海佐の言葉を聞いてカイルは絶句した。

 艦長も新米海尉と同じくらいのレベルでしかないのか。海賊船の偽装を微塵も疑っていない。虚々実々の海の世界を知らないのか。

 人間が魔物以上に厄介な存在というのが分からないのか。


「ですが」


「ガリア船より信号。交信を求めています」


 その時、マイルズが報告した。


「手旗信号はあるか?」


「はい、ブーガンヴィル島へヴィーナス観測航海に出て行くガリアのル・エトワールと名乗っています」


 ヴィーナスの太陽面通過の観測は各国が共同して行う事になっており、七七箇所で一二〇以上の観測隊が派遣されている。

 これほど複数の観測隊が派遣されるのは、多くのデータを得るためと、観測地の気象が予測できないため雲や雨で観測できない地点が出てきても他の観測地で観測できるようにするためだ。

 また一箇所に複数の観測隊が送られるのは、観測器機の信頼性が良くないので複数の観測隊で機材の観測を行い、片方の観測隊が失敗してももう片方が成功することを考えての事だ。

 その一隊としてガリアは、ディスカバリーの寄港予定地であるブーガンヴィル島にル・エトワールが派遣される事になっていた。


「用件は?」


 カイルがマイルズに尋ねた。


「はい、情報交換です。ブーガンヴィル島の情報を与えるので、新大陸南方の情報を得たいとの事です」


 先の戦争でガリアは海軍が劣勢となり各地の情報が不足している。そのため情報を求めるのは不自然では無い。だが、既にアルビオン本国からガリアへ出来る限り情報を提供しているはずだ。勿論アルビオン本国が出さなかった情報、ガリアが彼らに情報を与えていない可能性もある。

 その場合、カイル達が情報を与えるのはいらぬ問題を起こす事になる。

 ブーガンヴィル島の情報は欲しいが、リスクが大きいように思える。


「こちらとしても願ったりだな。接近させよ」


「しかし、正体不明です」


「ガリア国旗を掲げ通信を求められては応じない訳にはいかない。ガリアと協力関係を保つよう海軍本部より命令を受けている」


 先の対ガリア戦争で勝利したアルビオンだが、一方的に勝ってしまったために他国から一歩抜きん出てしまった。そのためガリアを含む大陸諸国を団結させ、対アルビオン包囲網とも呼べる体制が出来てしまった。

 講和条約を早期に結び、観測航海などの融和姿勢を見せているのも対アルビオン包囲網を少しでも弱めて親アルビオンへ動かすためだ。

 そのため、ガリア船への攻撃などは控えるよう政府から海軍へ命令が出ていた。

 ダウナーに対してガリアへの協力姿勢を見せるよう海軍本部が訓令を出したのもそのためである。


「ダメだクロフォード海尉! 兎に角穏便に歓迎し給え」


「……分かりました」


 カイルはダウナー海佐の命令に従って、歓迎用意のため甲板から下がった。

 その直後、ディスカバリーの砲から盛大に炎と音が飛び出た。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ