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航海計画

 開闢歴二五九三年一二月一〇日 ポート・インペリアル海軍軍法会議議場


 数人の判事と数十人の傍聴人の視線を一身に受けるカイルへ、ジャギエルカ提督が質問を始めた。


「クロフォード海尉。君は乗艦して副長になったが着任当初より艦長や他の乗組員との対立があったようだが」


「はい」


 ジャギエルカ議長の言葉をカイルは被告席で渋々認めた。


「艦長との対立があったことは確かです。しかし、職務上必要な進言であったと考えております」


 ダウナー海佐が必要な事を話していない事や、明らかに能力不足による曖昧な指示を出していることにより艦内は準備段階から混乱していた。

 そのため、カイルが実行可能なように命令を改めて出したり、具体的なものに直していた。例えば直ちに水を積み込むように、という艦長命令を直ちにボートを用意して陸上へ水を受け取りに行く、一時間後には船倉に入れるから乗員を待機させよ、という具合にだ。

 そうしたことがダウナー海佐には何故か気に食わなかったようだ。


「しかし、艦内が混乱したのは別の理由もありました。艦内の意思統一が難しかったからです」


 先ほども述べたが、艦内の便乗者への対応、今回の観測航海の主役である帝国学会の方々や平和洋の最新事情に通じたウォリス氏の部下達を纏める必要があった。


「一部、君の職権外の事もあるようだが」


「他の部署と調整が必要となる部分もあります。そのことを指しているのでは」


 艦の内部は複数の部署に分かれており、それぞれに責任者が居り、他の責任者はその職権を侵すことは出来ない。

 だが、同じ船の中ではどうしても他の部署を跨ぐアクシデントが起きる。それらを解決するために他部署と話し合うのは自然な事だ。


「だが、艦長であるダウナー海佐と君は激しく意見が対立していたようだが」


「何に関してでしょうか?」


「航海計画に関してのことだ。君はダウナー艦長の計画に反対していたようだが」


「……はい。しかし、それは理由があってのことです」


 そういってカイルは記憶を辿りながら答え始めた。




 開闢歴二五九二年三月三〇日 ディスカバリー


「艦長、航海計画が纏まりました」


 スペースの割り当てや物資の搭載などの実務をこなしつつ、カイルは航海長として、この度の観測航海の計画を立案していた。


「早かったな」


「ご命令でしたし、役に立つ資料が多くありましたので早く纏まりました」


艦長命令を受けたカイルは、そうした実務の合間に航海計画を纏めていた。

 最初の世界一周をイスパニアが成し遂げて以来、多くの船団が世界一周航海を成し遂げている。アルビオン帝国でも幾度も行われており、カイルの父ケネスも艦隊を率いて世界一周している。そのため世界周回の航海記録は豊富だ。

 多くは航海の途上においてイスパニア船を襲撃する海賊行為の記録だが、そうして得た富を持ち帰ると英雄としてもてはやされる。さらにその間の事を書いた本を出せば英雄的な航海を知ろうと多くの人が手に取り褒め称えるので記録本は多い。出版すれば名声が高まるし印税も入るためだ。

 だから記録は多数あり、カイルの実家の書庫には大量に保管されていた。カイルは幼い頃からそれらの書物を読みあさっており、何が有用か分かっていたため資料を見つけ出すのは容易い。

 もっとも転生前から船が仕事にして趣味だったカイルにとって、航海計画を素早く立てるのはいつものことだ。

 何しろ非直の時も休暇の時も自分で独自の航海計画を立てるほどで幾通りもの計画案の中から今回の目的に合う計画を探し出し、微調整して提出しただけだ。

 まあ、微調整と言ってもコースはともかく日程に関しては一から作り直したと言って良いほど手直ししてあったが。


「計画の概要はこうです」


 そういってカイルは自らの計画航路を記した海図を机の上に広げた。


「八月頃アルビオンを出港し、半月後ルシタニア領マカロネシア島でワインなどを補給。その後、貿易風を使い十一月頃までに新大陸南方のルシタニア領コルコバードに入港します。そこで一月ほど休息を取った後、更に南下。年明け前後にスホーテン海峡を通過。途中ガリア領ブーガンヴィル島で補給と修理を行い、来年四月頃に観測地点ソサイエティ諸島オタハイト島へ到達します」


 転生前の地理に当てはめて言えば、英国を出航後マディラ諸島に到着しワインを補給。その後出港し、ブラジルのリオデジャネイロで一月休息。出港して年明け前後にドレーク海峡を通過して、ピトケアン島で補給と修理を行い、四月頃に観測予定地のタヒチに到着するのがカイルの計画だった。

 多くの航海記録を元に立案した最上と言える提案だとカイルは自負していた。


「……本当に間に合うのかね?」


 だがダウナー艦長はカイルの計画に疑問を持っていた。


「あまりにも上手く行くと考えすぎているのでは?」


「いえ、これが最上だと考えます。事故なども考えて余裕は十分に取っています」


「いや、海では風や波がどのように吹くか分からない。ならば早め早めに行動する必要がある来月中には出港する」


「え!」


 艦長の命令にカイルは絶句し、急いで反論した。


「待って下さい。それでは赤道付近で無風帯に捕まり航行できません。余計な日数が掛かります」


 地球は公転軌道面に対して少し傾いて自転しているため、同じ場所でも時期によって太陽高度が違う。特に赤道を挟んだ南北回帰線の間は太陽が直上から降り注ぐ太陽直下点が移動し、その周辺で猛烈な上昇気流を発生させる。

 問題はこの上昇気流で、空気は垂直方向に移動するが水平方向は殆ど動かないため洋上は無風状態となる。今は冬至が終わって夏至に近づく時期のため、太陽直下点にある無風帯は間もなく北回帰線へ到達する。つまり、今出発すると丁度夏至あたりで北回帰線に到着無風帯を追いかける形になり追いつくと風が無くなる。

 風の無い状態では帆船など航行出来る訳がなく、立ち往生する。太陽直下点が南に下がれば再び風が吹くが、無風帯に追いついてしまっては再び風が無くなり立ち往生。それを太陽が再び北へ向かうまで繰り返すことになる。

 そこでカイルは、無風帯が南回帰線に向かう時期を狙って出港しリオ周辺で待機。

 無風帯が北へ向かっていき、風が吹き始めると共に出港し一気に南下しようと計画したのだ。

 だが今の時期に出港するとそうした配慮が無に帰す。しかも直上から太陽のきつい日差しを浴びながら無風状態で待機する事になる。

 日焼けが出来てバカンスになるな、という悠長な話ではない。

 肌の日焼けと喉の渇きに耐えつつ風を待つことになる。

 乗員の士気は極端な程低下するだろう。


「無意味に海に出る必要は無いでしょう」


「君は年若いから海の怖さを知らないのだろう。予測不能なことが多い。直ぐに出港するべきだ。それにウェールズ隊は既にルパート・ランドへ向かっている」


 ルパート・ランドは北西貿易公社の初代社長ルパート公の名前をとった地域で、航平のいた世界ではハドソン湾周辺にあたる。


「ルパート・ランドは初夏まで氷に閉ざされる海域で今年中に到着し越冬しなければ来年六月の観測に間に合わないからです。我々の方が距離は遠いですが三ヶ月遅れても十分に間に合います」


「確実に航行できるとは限るまい」


「ですが、今行っても風を掴める可能性はありません」


「何故、そのような事が分かる」


「これまでの記録から分かります」


「彼らがたまたま成功しただけでは」


「しかし」


 カイルは転生前の知識から風の循環や吹き方、貿易風やハドレー循環を知っており何処に風が吹きやすいか、何故吹くのかを知っている。

 しかし、この世界ではそのような発見はまだ無く、カイルの主張を証明してくれる学説などは存在しない。カイルはこれまでの航海記録を照合してこの世界にもハドレー循環と貿易風があると確信しているだけで、一般常識では無い。

 そのためカイルは艦長に強く反対できなかった。


「君の言うほど海は単純ではない」


「ですが、風を捕らえやすくなります」


 勿論各海域や年によって風や海流の流れは変わる。しかし共通する法則はあり、ごくたまに外すことはあるが多くの場合、風を捕らえやすくなる。

 各海域特有の海象に関してもその時の状況、地形、気象などを見る事で判断できる。

 それを元にカイルは自分の計画を進めようとした。


「行った事もない海域の事を知ったように語るな」


「確かに行ったことはありませんが私はこれまでの航海記録から導き出しています」


 売名行為のために出版された記録本だが書かれている記述は本物だ。その記事を元に転生前の知識と齟齬が無いことを確認している。

 何より先人が命がけで伝えてくれた記録を蔑ろにすることは出来ない。

 そう思うと艦長の態度に腹が立ったカイルはつい言ってしまった


「艦長も行ったことが無いでしょう」


「……君は私の事をバカにしているのか」


「し、失礼しました」


 自分の失言に慌ててカイルは謝罪する。


「兎に角、航海計画は私の案で行く」


「いえ、それは航海責任者として反対させて貰います」


「まだ馬鹿にするのか! 兎に角、私の案で計画を実行し給え!」


 こうしてダウナー艦長の命令で四月中の出港が決まった。


「全く、艦長には困るよ」


「大変だね」


 カイルが艦長室を退室して下の士官室に戻るとウィルが迎えた。


「ありがとう。それ以前にウィル。どうしてこの艦に乗っている」


 カイルは真顔で幼馴染みのウィリアム皇太子に尋ねた。

 地球の裏側にある発見されたばかりの島に、ほぼ未知と言って良い海域へ航海する。

 ハッキリ言って賭博に近い航海だ。株取引をやっている方がまだ安心出来る。成功者もいるが失敗した数はより多い。何より無事帰国できた船団でも多数の死者を出している。

 そんな航海に身分を隠した皇太子殿下が乗り込むなど無謀でしかない。

 誰か止めなかったのか、とカイルは思うが止められなかったからここに居るのだ。

 となればカイルが止める役を果たさなくてはならない。


「この航海は危険だぞ。今すぐ下りた方が良い」


「カイルは死ぬ気なのかい?」


「まさか。任務を無事に終えて帰国するよ」


「なら安心だ。カイルは昔から船と海に関しては誰よりも知っているからね」


「まあ」


 ウィルに褒められてカイルは少し照れた。文字通り、生まれる前から海に関わっているので海は好きだ。

 危険なことは承知しているが、海の広大さ美しさに惹かれており、生まれ変わっても海に関わる仕事に就いている。


「カイルが居るからこそ参加するんだよ。他の士官では志願していないよ」


「まあ、そこまで言われたら仕方ないな。けど、艦はともかくウィルの身の安全までは面倒を見切れないよ。自分の身は自分で守ってくれよ」


「カイルが事実上仕切るこの艦が無事なら自分の身は守れるよ」


「聞き捨てならないな」


 その時、エドワード・スペンサーが士官室に入ってきた。


「ミスタ・アンソン。それは艦長に対する侮辱か」


「いえミスタ・クロフォードの航海の腕が優れていることを讃えていただけです」


「艦長が無能だと言いたいのか」


「そこまでにしろミスタ・スペンサー」


 悪い方向へ転がりそうになってカイルは二人の間に入って止めた。


「ミスタ・アンソンは私が言い聞かせておこう」


「懲罰にかけないのですか?」


 上官への侮辱は軍法でキツく禁じられている。


「公言し扇動した訳ではあるまい。不要だ」


 だが厳密に実行しようとすると全てに目を光らせる事は不可能だ。なので目にあまる文言、多数の乗員の前で放言するような事で無ければお目こぼしとなる。


「……分かりました。ミスタ・クロフォードにお任せます。しかし、この事は艦長に報告させて貰います」


 そう言ってスペンサーは艦長室に上がっていった。


「やれやれ、スペンサー海尉にも困ったものだ」


「ダウナー艦長が推薦して昇進試験に合格したと聞いているよ。引き立ててくれた恩を感じているんだろうね」


 カイルのぼやきにウィルが答えた。

 引き立ててくれた上官に恩を感じるのは自然な感情だが、スペンサー海尉は私情を挟みすぎているようにカイルは思った。

 何より、この一件をスペンサーから聞いた艦長がカイルに対する態度を更に悪化させ、二人の仲が悪くなって行く。

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