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人事

 開闢歴二五九二年三月二六日 ディスカバリー主甲板


「ミスタ・クロフォード! 彼らは一体なんですか?」


 カイルが新たに募集した人員を率いて乗艦するとスペンサー海尉が目の色を変えて尋ねてきた。


「私が陸で集めてきた乗員だ。それより、君の後ろにいる水兵達は?」


 スペンサー海尉の後ろには海兵隊に囲まれた水兵いや連れてこられた三〇名が並んでいた。


「私が海兵隊と共に陸で集めた水兵です。かねてより徴募を進めておりました」


「何?」


 艦長は艦の全責任を負い、大まかな方針を示す。その方針の下、副長達が実務を担い実行する。

 乗員の募集や管理も副長の役目であり率先して行う立場だ。

 カイルはその認識で行動し、乗員を集めた。だが、スペンサーはカイルの着任前から乗員を集めていたようだ。


「前から集めていたとは聞いていなかった」


 確認していないカイルも悪いが説明していない艦長も悪い。

 そもそも徴募のために上陸を許可して欲しいと艦長に伝えたとき、何も言っていない。

 こういうとき命令の重複を避けるために調整するものだが、艦長はそれをしなかった。

 海兵隊がスペンサーと共に出て行ったことに疑問を持つべきだったが、既に時遅し。

 現状を何とかするしか無い。


「まあ起きてしまったことはしょうがない。まだ余裕はあるし彼らも雇おう」


 ディスカバリーは通常三五名の乗員で運用出来る。だが、今回は長期の航海であり欠員が生じる可能性があるため予備の人員および帝国学会の要員を含め九八名が乗艦する。

 元石炭運搬船で容積が広いのと、石炭を積まない分、食料や水を大量に積み込むことが出来るからだ。


「しかし、ウォリス氏の船員を水兵として乗艦させる事になっています。およそ三〇名。必要な人数を超えています」


「どういう事だ?」


「先々月、目的地であるオタハイト島を発見したウォリス氏が帰国しました。観測地となる現地の事情に明るく、彼と彼の船員を乗艦させるよう指令が来ています」


「ウォリス氏とはどういう人間だ?」


「海軍本部に雇用された民間船の船長です。海軍本部の指示により平和洋における調査を依頼しておりました。ガリアとの戦争が始まると私掠船として活躍しガリア船を襲撃。その間にオタハイト島を発見。その後終戦により帰国しました。海軍本部及び帝国学会は彼の経験を重視し彼と彼の船員を案内人として乗せるよう命じております」


「なんてことだ」


 平和洋は転生前の世界で太平洋にあたる海域だ。この世界では殆ど未知の海域であり最新の情報を知っている人材は魅力的だ。それに乗員が多いのは労働力が増えて良いのだが、彼らに与える食料や水も増大し航海可能日数が減ってしまう。


「仕方ない。何人か解雇するしかないな」


「しかし、徴募した人員を解放するのは」


「だからといって、全員を連れて行くことで水食料が欠乏して遭難する訳にはいかない。彼らの中から選抜する」


 強制徴募された人員を解放するのはルール上好ましくない。乗船しても逃げられると考えて甘く見られる危険があるからだ。特に脱走の機会を狙う乗員のサボタージュが怖い。だから、下艦させることを躊躇う。


「不適格な人間を乗艦させる訳にはいかない」


「しかし」


「いいな」


「……はい」


 渋々スペンサーは認めた。


「彼はどうも反抗的だな」


「まあ、あのスペンサー家の人間じゃね」


「知っているの?」


 レナの言葉にカイルは驚いた。海軍に疎い彼女に知人がいたことに。


「陸軍省の将軍の息子よ。傲慢という事で有名よ」


「なるほど」


 レナも陸軍の将軍の娘だ。海軍の方が島国であるアルビオン帝国では活躍出来ると考えて海軍に入隊した変わり種だ。

 そのスペンサーも似たような者か。


「それにしては浮ついた感じだな」


 何年も艦に乗艦しているはずなのに、何処か浮ついた所がある。

 それに何故か上官であるカイルの言う事を聞こうとしないことがある。艦長の指示には従うのだが。エルフへの偏見があるのか。


「どうも艦長に引き立てられたようだ」


 エドモントが答える。


「海尉になれたのはダウナー海佐の進言や推薦があったそうだ。戦場での特進で任官できたそうだ」


 海尉昇進には公開試問が一般的だが武勲を立てた事による昇進も多い。

 特に先頃行われた対ガリア戦争で、それも本国近くの海域での戦闘で心得から海尉へ昇進した士官は多い。

 その場合は上官や周りの引きが重要になってくる。


「はあ、大変だこりゃ」


 こうしてカイルは乗ってきた乗員を選別して優秀と思われる乗員を残し残りは陸へ返す事にした。大半はスペンサーが徴募してきた人間であり、そのことがスペンサーのプライドを傷つけたようだ。

 だが、これくらいはまだ序の口だった。


「何故私が艦長では無いのですか」


「いや私が艦長であるべきだろう」


 艦長に乗員の徴募状況を報告するために艦長室を訪れるとダウナー海佐に筋骨逞しい船乗りと恰幅のよい紳士が詰め寄っている。


「何事ですか」


 カイルが話しかけると、詰め寄っていた二人はカイルの方を見る。


「この艦にはエルフそれも子供が乗っているのか?」


 紳士に子供と言われたカイルは頭にきて、少し棘のある声で答えた。


「私はディスカバリー副長のカイル・クロフォードです。昨年海尉に任官した正式な士官です。また海軍本部より正式に派遣されています。お疑いなら辞令をどうぞ」


 そういってカイルは海軍本部の辞令を見せた。


「ほお君か」


 そう言うと紳士はしげしげとカイルを見た。


「私はアレクサンダー・バンクス。帝国学会が主催するこの観測計画の責任者であり司令官だ」


「違う。目的地であるオタハイト島とそこまでの航路に詳しい私ウォリスこそ艦長だ」


「どういう事でしょうか?」


 二人とも意味不明な主張を繰り返しておりカイルは三人に尋ねる。


「帝国学会が計画し、私が資金を出した計画だ。私が司令官となり指揮をするべきだ」


「いや、現地までの航路と現地に詳しい私が行うべきだ。それに私は海軍から正規の士官に任命される約束がある」


 二人の主張を聞いてカイルは理解した。

 バンクス氏の主張は、今回帝国学会が計画し自分が責任者にして投資者となったから自分が司令官となるべきだ、というもの。対するウォリス氏は私掠船時代戦果を上げれば海軍の士官として採用するという約束を盾に艦長に就任出来る、と考えているようだ。


「残念ですが。海軍本部の指令ではダウナー海佐が艦長となるべしと命じております」


「だが帝国学会の要請で行われる事なのだぞ」


「海軍との約束がある」


「帝国学会の要請ですが現地までの航行は海軍の担当であり、既に艦長は決まっています。御安心下さい。現地までは命令通り航行させます。ウォリス氏は海軍本部と何らかの約束があるようですが、我々は何ら指示を受けておりません。艦では一民間人として活動して下さい」


「そんな。海軍との約束が」


「何ら指示を受けておりません。ならば海軍本部に手紙を書いてみては?」


「……わかった」


 カイルの言葉に二人は引き下がった。

 出したとしても海軍からの返答は拒否だろう。かつて帝国学会の要請で学会員を艦長に任命して調査航海に出したが水兵達の不満が募り航海は失敗した。

 そのような経験からアルビオン海軍では自国の正規士官以外を軍艦の艦長に任命することを拒否する。

 民間船を徴発したり雇うことはあっても正規軍艦の艦長に民間人を任命する事は無い。

 ご愁傷様、とカイルは思った。




 このように帝国学会や民間人の横槍もありカイルを辟易させるが悪い事ばかりではなかった。


「航海長、少し話があるのだが」


 ぶっきらぼうな口調で話しかけてきたのは、海軍天文台より派遣されてきた技術者のチャールズ・ハリソン氏だ。今回の観測航海で使用される望遠鏡の設置と整備の為に派遣された技術者であり重要人物の一人だ。


「何でしょうか?」


 話しかけられたカイルは身構えた。また何か無理難題を言われるのでは無いかと恐れたからだ。


「望遠鏡の他に使用する機材の事で相談なのだが」


「はあ」


 そういってハリソン氏は厳重に梱包した箱から時計のような物を取り出した。


「これは私が発明したクロノメーターと呼ばれる時計です。振り子をバネで動かす事により船の揺れにも耐えて正確に時間を計測できる物だ。今回の航海で実際に使用して確認しようと思う。苦労をかけますが使用して貰えないでしょうか……って、聞いていますか航海長」


 ハリソン氏の言葉に耳を貸さずカイルはクロノメーターを覗き込む。


「中を見せて貰っても良いでしょうか?」


「ああ、良いよ」


 そういってハリソン氏はガラスの箱を開けて、置き時計のようなクロノメーターをより近くで見えるようにした。

 バネで固定された振り子、バイメタルによる調整装置、錆びない真鍮製の構造体と歯車、誤差の少ないグラスホッパー脱進機。

 間違いなくクロノメーターだった。


「時差による経度法を行うために作りました。いまは月距法が採用されており各地の観測に使われています。クロノメーター自体も誤差はまだ大きく予想最大誤差は新大陸までで経度一度分と予想されています。しかし、船上では最適だと思っています。この通り、大きく重量は七〇ポンドほどもあります。懐中に収まる小型も計画していますが、今回は各装置が理論通り作動するか確かめるために大型になっています。今回の航海で無事に動くか確かめるべく、どうか置いていただけないでしょうか」


 正確に話そうと慎重に言葉を選ぶハリソンの言葉を聞き流しながら、クロノメーターを見ていたカイルは突如立ち上がり、ハリソン氏の両手を掴んでまくし立てる。


「素晴らしい発明品です! このカイル・クロフォード、クロノメーター完成のために全力で協力します。是非、この素晴らしい装置を、小型化の為にも成功させましょう。ウィルマ! このクロノメーター管理の責任者に任命する。何があってもクロノメーターを守り切れ!」


「はい」


 カイルの傍らにいたウィルマが抑揚無く答えた。


「ハリソンさん。何でも言って下さい。クロノメーター完成の為に何でもご協力いたします」


「あ、ありがとうございます」


 カイルの勢いにハリソン氏は引き気味だった。

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