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船員周旋業

 開闢歴二五九二年三月二六日 ポート・インペリアル酒場兼船員周旋業<酔いどれ鯨>


「ホラホラ、サボっていないで働きな」


「は、はい」


 色黒でポニーテールの女主人にジョージは急かされて、ペコペコと頭を下げなが、掃除を続けた。

 ガリア戦争に突入した時、ジョージはそのまま乗員となってレナウンに乗り込んでいたが運良く生き延びた。そして終戦と同時に海軍を辞めて本土に戻ってきた。

 だが、連絡船の運賃が高かったのと、本土に上陸して転がり込んだ<酔いどれ鯨>で飲み過ぎて借金をこさえてしまった。

 そのためジョージは<酔いどれ鯨>に住み込みで働かされている。

 日銭を稼ぐも返済に充てられる上、利息の返済だけで消えてしまうので一向に借金が無くならない。

 お先真っ暗と思っていた時、見覚えのある耳の長い士官が入って来た。


「アルビオン帝国海軍観測艦ディスカバリーのクロフォード海尉だ。船員を募集したいのだが」


「あら、士官様お目が高い。ここには優秀な船員が揃っていますよ」


 女主人はカイルを見て一瞬目を見開いたが、荒くれ者の船員を相手に商売しているだけあって直ぐに笑顔を浮かべてすり寄ってくる。

 海軍相手なら紹介料をたんまりと取れると考えてのことだ。

 カイルも船員を集めるなら彼らが集まる周旋業者から最初に回ろうと考え、最初に目に付いたこの店<酔いどれ鯨>に入った。


「地球の裏側まで行く乗員を探しているんだが」


「ミスタ・クロフォード! ウィルマ水兵!」


 二人の姿を認識したジョージは反射的に叫んだ。


「俺です! ジョージです! レナウンで一緒だった、へぐっ」


 ジョージが叫ぶと女主人は彼の腹に蹴りを食らわせて黙らせる。


「済みません。ここの下男なんですが無作法でして。他にも優秀な人間はいますよ」


「……すこし彼と話がしたいのですが」


「いやいや、こんな役立たずより航海経験の豊富な奴が」


「彼に話を聞きたい」


 女主人の言葉を無視してカイルは蹲るジョージの元へ行く。


「大丈夫かジョージ」


「お、お久しぶりです」


「海に出て泳げるか?」


「強制徴募の時や……海賊相手の襲撃の時のように……泳いで見せます」


「よろしい」


 強制徴募の時、泳げるか否か確かめるために罠を張ったときの事、海賊退治で泳がせたときの事を覚えている。ジョージに間違いはなかった。


「彼を雇おう」


「いや、こいつは借金がありまして」


 女主人は言葉を濁した。


「幾らだ? 支度金として前払い金を用意してあるぞ」


「いや、結構な額でして」


「借用書を見せろ」


「……はい」


 女主人は観念して借用書をカイルに見せた。


「……おい、借金の利息が多くないか? 法定利率より高いぞ」


 船員周旋業者は海運業に無くてはならない業種だ。船員は会社や船ごとに雇われるのではなく、航海ごとに雇われるのが慣例であり、航海が終わると次に雇われるまで周旋業者の元で世話になる。

 雇用者である船長や貿易業者も航海ごとに周旋業者から船員を紹介して貰って乗員を確保する。

 海運業を円滑にするために必要な業種だが、彼らは金貸しでもある。

 船員は船から下りるとき、それまでの給与を全て渡されるため金持ちだ。その金を巻き上げるために酒を飲ませる。周旋業者が酒場を兼業しているのはそのためだ。

 そして文無しにすると、その日の生活費を貸して借金まみれにして逃げられないようにする。しかも借金の額や利息は周旋業者が改竄して水増しすることが多い。

 それを防ぐ為、つまり船員を保護する為に一応法律はあるのだが守られていない。そもそも船員に知らされていない。

 格安で船員を確保出来るようにし、かつ紹介の際には借金の返済を迫る。紹介料だといって支度金の一部を騙し取るためだ。

 こうして悪徳業者と悪徳船主の懐が潤うのだが、カイルはそんな事はしない。


「過払い金で十分お釣りが来るな」


 利率から適正額とこれまでに支払われた額を計算して返済どころか過払い金が発生していることをカイルは指摘する。


「紹介料です」


「巡回判事の前で証言できるか?」


 カイルの問いかけに女主人は黙り込んだ。

 碌な教養もなく計算の出来ない平船員ならともかく、計算に強い海軍士官や法律に詳しい巡回判事の前では誤魔化しがバレてしまう。

 そのため女主人は観念していた。


「彼に過払い金を返して解放してやれ」


「宜しいのですか」


 こういう時は、女主人を脅し上げて格安、あるいはタダでジョージを連れて行くのが普通だろう。

 そもそもカイルには転生前、虐めの被害者としての記憶があるので、虐められている人間の弱みに付け込むことなど出来ない。


「文句があるのか?」


 寧ろ、虐めた側をいたぶれる状況を楽しんでいた。


「……分かりました」


 肩を落とし項垂れる女主人にカイルは追い打ちをかける。


「他の連中の借用書も見せろ。過払い金が無いかどうか確かめてやる」




「二度と来るな!」


 一時間後、女主人の罵声と共にカイルは<酔いどれ鯨>を後にした。

 結局、<酔いどれ鯨>にいたほぼ全員が借金を誤魔化されて過大に請求されており、全員の借金を返済させてしまった。

 いわば過払い金請求の弁護士の仕事をタダでやったようなものだ。

 通常なら出来ないだろうが、簡単に計算できる程度の利率だったのと、海軍の制服による威圧効果があってのことだ。


「何をやっているのよ」


 呆れたレナが尋ねてきた。


「私たち乗員を募集しに来たのよね」


「そうだね」


 結局勢いで全員の借金の計算をしてしまった。そして全員を解放してしまった。

 このままでは乗員を集める事が出来ない。


「強制徴募する? 海兵隊は居ないけど私たちだけでも何とかなると思うけど」


「いや、復員兵が多いんだ。普通に募集しても」


「ミスタ・クロフォード!」


 レナと話し込んでいたカイルの足下に、ジョージが目と鼻から水を撒き散らしながら飛び込んできた。


「ありがとうございます! ディスカバリー乗艦の支度金のお陰で借金が無くなりました。何とお礼を言ったら良いのか。どうか使って下さい」


「え?」


 ジョージの言葉にカイルは違和感を感じた。

 彼の借金は既に無くなっており、乗艦する必要はない。それどころか彼は結構な額を取り返している。

 先ほどは同席させて聞かせていたはずだが、過払い金指摘の時では既にジョージの姿が無かった。

 カイルが改めて指摘しようとするとマイルズに肩を引っ張られ耳元で小声で話しかけてくる。


「ここはそういうことにしてジョージをディスカバリーに乗せちまいましょう」


「彼を騙すのか?」


「このまま放り出しても別の店で巻き上げられて、また借金させられるに決まっています。多分こいつは麻薬入りの酒を飲まされて、中毒状態でサインされたんです。そんな手も見抜けない間抜けなら、我々の目の届く範囲に置いた方がジョージの為です。それにジョージは怠け癖はありますが、言う事を聞きますし艦の事を知っています。乗艦させて損はありませんよ」


「……そうだな」


 確かに、この程度の嘘を見破れないようでは、オレオレ詐欺の被害者のように何度も被害に遭う危険性が高い。


「ディスカバリーに歓迎する。よく働いてくれ」


「はい」


 ジョージは泣きながらカイルに感謝した。


「さて、残りはどうするかな」


「ああ、それでしたら彼らを雇っては?」


 そう言ってカイルの後ろに整列している三〇名ほどの船乗りをマイルズは指差した。


「先ほどミスタ・クロフォードに借金を清算された連中でさあ。海尉に恩返ししたいと乗艦を志願しております。見たところ腕も立ちそうですし、雇っておいて損は無いでしょう」


 マイルズの言うとおり彼らの体つきや雰囲気は熟練の水兵のそれだった。


「そうだな」


 カイルは彼らに向き直って宣言した。


「ディスカバリーに乗艦してくれるか? 地球の裏側への航海で二年近い乗艦になるが?」


 カイルが尋ねると彼らは一歩前に進み敬礼して意志を示した。


「ディスカバリーに歓迎する。宜しく頼むぞ」


「で、今回はジョージを騙したのか?」


 ディスカバリーへの帰り道、マイルズはウィルマに小声で尋ねた。

 過払い金の辺りからウィルマがジョージを外に連れ出したのを見ていたからだ。


「ああやって恩を着せておいて飼い慣らしておく方が良いとステファンが」


「また余計な知恵を吹き込んだのか」


 マイルズは怒気を込めてステファンを叱るが当人は肩を竦めた。


「けど必要でしょう。多少お調子者であっても、言う事を聞くバカが」


 平和になって商船の勤め口も出てきているこのご時世、低賃金で規則が厳しく辛い水兵生活を送ろうなどという船乗りは少ない。命の保証の無い冒険航海なら尚更だ。


「それは認めるが、ミスタ・クロフォードが騙したような事になっているぞ。俺が進言した形にしておくが、騙すような事は止めておけ」


「へい」


「それとジョージの過払い金は間違いなくミスタ・クロフォードに渡して任務完了時にジョージに渡るようにしておけ。お前の賭博の種銭ではないからな。やったら窃盗でむち打ちだぞ」


「うへえい」


 過払い金をくすねて賭場に行こうとしていたステファンは図星を指されて肩を落とした。


「他の艦長の下で働くんだ。トラブルは避けたい。お前達もミスタ・クロフォードに迷惑をかけるなよ」


「はい」


「へい」


 マイルズの言葉にウィルマとステファンは答えるが、既にトラブルの芽は出てきていた。

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