着任
開闢歴二五九三年一二月一〇日 ポート・インペリアル海軍軍法会議議場
アルビオン帝国海軍の各鎮守府には犯罪などを裁く軍法会議が常設されている。
業務は主に軍律違反だが、事故調査なども行われる。また、各艦で開催された臨時軍法会議、懲罰などに不服がある者が上告したり、追加の処罰、追求を行う事もある。
カイルが軍法会議にかけられたのは、その全ての理由からだった。
「これより軍法会議を開催する。被告人は入廷したまえ」
議長のジャギエルカ提督が命じると扉が開き被告人であるカイルが海兵隊員に連れられて入廷した。
ジャギエルカは、かつてカイルが受けた海尉任官試験の時、軍法会議から派遣された試験官で意地の悪い問題を出した。へそ曲がりなカイルが予想外の返答を出したために激昂して失格の上に退室させた因縁の相手である。
先の戦争中に昇進して提督になっているが、そんな人物がカイルの軍法会議を主導すること自体、カイルの置かれた立場を表している。海軍上層部による見せしめ、である。
それでもサクリング提督らの尽力もあり、一応海軍の礼装を身につけて入る事が出来、軍法会議の判士――裁判官や傍聴人の印象をよくした。
「これより審議を始める。被告人はサーベルを預けよ」
カイルは腰に付いた礼装用サーベルを外し係員に預けた。
被告人としての立場と審理を受ける身である事を示すための儀式だ。父親であるケネスから貰った東方の島国で作られた刀を左手で握り担当者に渡す。
「宜しい。では被告人が本人であるか確認させて貰う。貴官の名前、階級、所属を言い給え」
「自分はカイル・クロフォード。アルビオン帝国海軍海尉。現在は海軍本部所属観測艦ディスカバリーの艦長代理を務めております」
「ディスカバリーへの着任は何時だ」
「二五九二年三月二四日です」
「当時は海尉としての着任か?」
「はい」
「ヴィーナスの太陽面通過観測航海に参加したか?」
「はい」
「当会議は彼を被告人カイル・クロフォード海尉と確認した。これより彼が先の観測航海において起きた一連の事件、不服従、艦長殺害容疑、命令違反、不当な軍法会議による乗員殺害、艦損傷、ガリア領ブーガンヴィル島への戦闘行為及び占領、観測地ソサイエティ諸島オタハイト島における不手際及びガリア籍船との戦闘、反逆行為などを審議するものである」
我ながら多数の罪を犯したな、とカイルは思った。
いずれも故あっての事だが、そもそも全ては着任前の、海軍本部の不手際が原因ではないか、とカイルは思ってしまう。そのことを糾弾したかったが、今回の軍法会議の争点ではなかった。
「では、着任時から話し給え」
着任時の悶着を無視して会議は進めようとした。いつもの事ながら露骨だとカイルは思ったが議長の指示には従わなければならない。
「私が正式にディスカバリーへ着任したのは二五九二年三月二五日。ポート・インペリアル鎮守府においてです」
開闢歴二五九二年三月二五日 アルビオン帝国ポート・インペリアル鎮守府
辞令
発 海軍本部人事部 宛 帝国海軍海尉カイル・クロフォード
観測艦ディスカバリー乗艦を命ず
先日海軍本部人事部で受け取った辞令を見てカイルは溜息を吐いた。
上申書を提出し損ない、結局海尉として乗艦することになってしまった。
しかし何時までもグチグチしている訳にはいかない。式典の直後は羞恥と後悔のために丸一日部屋に塞ぎ込んでいたが、翌日には回復。海軍本部に行き、辞令を受け取ると直ぐに着任すべくディスカバリーに向かった。
「相変わらず、最低限の事しか書いていないな」
だが任務に関して殆ど伝えられていない。通常なら士官クラブなどで情報を手に入れられるのだが、エルフであるカイルに話しかけてくれる士官の知り合いは殆どいない。
そのためウィルやレナ、エドモント、あるいはサクリング海佐経由で聞くしかなかった。
こういうときに友人というのは有り難い。特にスマホやネットのないこの世界では情報を手に入れるには人づてに聞くしかない。
中でもエドモントは商家の出身であるせいか人なつっこい性格で、人々から情報を集めるのが得意で、士官クラブに入り込み情報を集めてくれた。
今回乗艦するディスカバリーは観測航海の為に海軍が購入した三本マストの元石炭運搬船だ。
海の荒れるアルビオン近海を航行するため船体強度が高く未知の海域でも安心。大量の石炭を積み込む船倉は出来る限り大きくしてあり物資、水、食料、観測機材、現地で採取した標本などを保管するために好都合。浅海での航行を考慮して吃水は浅く暗礁の多い海域でも座礁しにくい。
甲板にはヨール――ヨットの船尾に小さなマストを付けた小型艇が二隻に、船尾には更に小さな作業艇一隻が搭載され、もう一隻は分解されて収容されている。これらの舟艇は上陸作業を容易にしてくれるだろう。
まさに観測航海、冒険航海の為に用意された船である。
購入された直後から改装が始められ、現在は最終艤装中。乗員の補充と物資の積み込みさえ終えれば出港出来る。
鎮守府司令部でディスカバリーの位置を確認するとボートを借り切って全員で向かう。
そして洋上に浮いている三本マストのディスカバリーにカイル達は乗艦した。
乗艦するとカイルは当直中の海尉に申告する
「申告します。カイル・クロフォード海尉以下八名、新大陸戦隊より転属し只今着任しました」
幸いと言うべきか、レナやウィルマ達の転属は認められ共に乗艦することが出来た。
「本艦の海尉を務めるエドワード・スペンサー海尉だ」
二十歳前後の青年が少しばかり甲高い声で自己紹介する。
「海尉任官は何時だ?」
「二五九一年二月です」
「……二五九一年四月だ。ミスタ・クロフォードの方が先ですね」
初対面の士官は互いの階級と任官日時を最初に伝え合う。どちらが先任か明確にして上位者か否かを判断し合うためだ。
カイルが正式に海尉に任官したのは去年の八月だが、海尉心得任命時に遡って任官したことにされる。ちなみに海尉心得の資格を失って候補生に戻ったらリセットされるので出来る限りそのまま任官される事を候補生は望んでいる。
カイルの方が先任だったためスペンサー海尉は言葉遣いを改めた。
普通なら年齢の若いカイルの方が任官が遅いと思うので仕方ない部分がある。
「宜しくスペンサー海尉。無事に任務を成し遂げよう。艦長は居られるか?」
「はい、艦長室に居ります」
そういってカイルは艦長室に入った。
「申告します。カイル・クロフォード海尉以下八名、新大陸戦隊より転属し只今着任しました」
「うむ、艦長のダウナー海佐だ。着任を歓迎する」
真新しい海佐の服を着た少々陰気な艦長がカイル達を出迎えた。
「確かクロフォード海尉は航海士の資格も持っていたな」
「イエス・サー」
「最先任で忙しいところを済まないが、航海長も務めて貰う。出港準備と並行して航海計画も提出してくれ」
「イエス・サー」
「他の者も任務達成のために働いてくれ。先ほど海軍本部より命令書が届いた。全員に命令を伝える」
ダウナー海佐は命令書を読み上げた。
発 海軍本部 宛 ディスカバリー
皇帝陛下より与えられた権限をもってアルビオン帝国第一海軍卿ブライアン・フォードはアルビオン帝国海軍観測艦ディスカバリーに命じる。
海軍条例第五条海軍の任務第七項<帝国学会への協力>に基づき、学会より要請された二五九三年六月三日のヴィーナス太陽面通過を観測するべくディーン・ダウナー海佐の指揮の元、ソサイエティ諸島オタハイト島に赴き太陽面通過を観測せよ。
また同乗する帝国学会の科学者の希望を可能な限り達成できるよう配慮されたし。
必要な資料は命令書と共に送付してあり必要に応じて利用せよ。
航海中、補給その他のために入港する港においては自国他国を問わず当局者と可能な限り交渉し事件事故を未然に阻止せよ。
なお観測機材の設置、観測地点の確定のため目的地には四ないし六週間前に到着すること。
万が一、期日内にオタハイト島への到達が不可能である場合は、送付された別紙に記した観測可能範囲に記載された範囲内にある島にて観測せよ。
また観測点であるソサイエティ諸島オタハイト島においては現地人との融和に努めよ。現地滞在経験のある人物を案内人として配置するが現地人は信用のおけない部分があり注意を要するも衝突は避けよ。
ディスカバリーに乗艦する者はこの任務を達成するために全身全霊を持って職務に当たるべし
第一海軍卿 ブライアン・フォード
ダウナー海佐は命令書を仕舞い、改めて命じる。
「以上だ。現在、士官は全員乗り込んだが、まだ下士官兵が十分ではない。今日は兵員の補充を行い、翌日より物資の積み込み及び学会からの便乗者受け入れを行う。以上」
「なんか、金ぴかの艦長だったわね」
士官区画に入ったレナはカイルとエドモントに話しかける。
「ダウナー海佐はイエローオフィサーだからね」
士官クラブで情報を仕入れてきたエドモントが答える。
「なにそれ?」
「予備艦隊は黄色い旗を揚げるのが規則だろう。それで予備艦に指定された艦の事をイエローフリート所属と言うんだけど予備役や陸上勤務が多い士官の事をイエローオフィサー、黄色い士官と言うんだ。ダウナー海佐も海軍本部での勤務が殆どで洋上勤務に出た事が殆ど無い」
「大丈夫なの? そんな人をこんな大航海の艦長にするなんて」
レナの言うとおり、経験の少ない士官を任命するのは危険だ。特に、未知の海域は危険だ。先入観無く任務を遂行できるとポジティブな人は言うだろうが、本来は対処能力のある有能な人間のみに言えることだ。
現状、ダウナー海佐の能力は低いというのが全員の見解だ。
現場では顔すら会わせたことのない下士官兵や上官と組んで生死を共にしなければならないこともあるので、一回見て相手の能力を見抜く能力は船乗りに必要だ。
幾度か実戦を経験したためレナも最低限の能力はある。
「とりあえず前回の航海で現地に行ったことのある人を案内人として乗艦させているから問題無いという判断みたい」
「航海は大丈夫なの? カイルの方が良くない?」
「カイルの歳が若すぎるのと経験がないという理由で却下されたみたいだよ。それに海軍本部の方でダウナー海佐の評価は高いらしい」
「利害調整で?」
「そう」
カイルの合いの手にエドモントが頷く。
何処の組織にも多いのだ、有力者の間を巧みに遊泳して昇進していった奴が。調整能力や仕事のたらい回しが上手くて現場経験、問題解決能力がない奴が殆どだ。
「まあ、艦長だから仕方ない。準備を進めよう」
「人が集まるかしら。そもそも艦長の元に集まるんじゃないの?」
「サクリング海佐みたいな人物は稀だよ」
軍艦の乗員は各艦が募集して集める。前のサクリング艦長ならば勇名をはせており慕う者が多く、黙っていても押しかけてくる。
しかしこれは特別な例で、通常は艦長が自分で募集する。あるいは強制徴募して集める。
「とりあえず募集をかけよう」
「強制徴募するの?」
「いや、戦争が終わって復員兵が多いから海軍で働きたい奴もいるだろうし、普通に募集すれば大丈夫だろう」




