襲撃
「え? 何?」
エリザベス殿下――に扮して女装したカイルがレナにお礼を言った後、レナの何かが切れる音がした。直後、レナは黙ったまま走り始め、謁見の間を後にする。
「あ、あの、レナ」
カイルは声を掛けるがレナは聞こえていないかのように歩き続ける。
「ぼ、僕はもう大丈夫。歩けるよ」
しかしレナは解放せず、カイルを抱きかかえたまま予め指定された控え室に入ってしまう。
そして控え室の中の一室、ベッドのある部屋に入りドアに鍵をかけるとカイルをベッドに放り投げる。
「え、ちょっと」
戸惑うカイルにレナは近づき、アクセサリーを外すとドレスに手を掛けて脱がし始める。
「ま、待ってよ」
カイルが静止するがレナは止まらない。乱暴に引きはがすように、破るようにドレスを脱がして行く。
「ひ、一人で脱ぐことが出来るから」
異常を感じたカイルだが人を呼ぶ訳にはいかない。エリザベスでは無かったとバレてしまう。
(か、カイルが悪いんだからね)
頭が獣性に満たされたレナは意識の中で叫んでいた。
(そ、そんな綺麗で清らかな格好をしているから、襲いたくなるじゃないの。なによ抱き上げた状態でそんな綺麗な顔で顔を赤らめて涙を浮かべた状態でお礼を言われたら誰だってムラムラするわよ。本当にエルフは邪悪ね。人の心を誘惑するなんて、伝説通り悪い存在ね。わ、私が成敗しないと。だ、だから問題無いわよね)
頭の中で欲望と背徳感が混ざり合った言い訳をしつつカイルを一枚一枚脱がし、最後の一枚を剥がそうとした。
「何をやっているの?」
「ぎゃーーーーーーっ!」
背後からクレアに声を掛けられてようやくレナの暴走は止まった。
「戻って来るなり何? なんで私のカイルを剥いているのよ。裸にして抱きついてスリスリペロペロしようというの。まあ、なんて破廉恥な」
「現在進行形でやっている姉さんが言っても説得力無いよ」
保護するかのように装いつつ、カイルを抱き寄せて頬擦りするクレアにカイルは文句を言う。
「ち、違う」
未遂で終わったことを良い事に下心を隠してレナが叫ぶ。
「襲撃があったから安全な場所に避難させたのよ。下手に残っていればバレるわ」
「そう言ってどうしてベッドのある部屋に駆け込むの!」
「変装を解かないと不味いでしょう。誰かに見られたら失敗よ。直ぐに解かないと」
「だからといって鍵をかける必要があるの! ウィルマが鍵を開けずに居たらどんなことになるか」
ステファンから仕込まれた鍵開けの技術を使ってウィルマが部屋を開けなければクレアは魔法を使って扉を吹き飛ばして侵入していた。
「変装を解いている最中に入室されたら不味いでしょう」
「そう言ってカイルを襲う気だったんでしょう!」
「ち、違う!」
「動揺している所から見て図星ね。本当になんて厭らしい娘なの」
「あんたに言われたくない!」
レナとクレアの口論がヒートアップしている間に、カイルはクレアの拘束から抜け出して化粧を解き、自分の服を着た。そしてウィルマを伴って侵入に使った道を使って脱出した。
このまま二人の元に残っていたら何をされるか分からない。
酷い目にあう前に逃げなければと本能的にその場から逃げ出し地下迷宮に入り、隠し扉を蹴破るように開ける
「遅いぞ、ていうか合図はどうしたんだよ」
合図を待っていたエドモントが文句を言う。
建物に入ってきた無宿者を追い払ったり、警官を誤魔化したりしてエドモントは結構苦労した。
そんな中、合図のノックを待っていたのに中から勝手に開けられてエドモントの不満は高まった。
外からしか開けられないと思い込んでいたこともあり、徒労に終わった怒りがエドモントにこみ上げてくる。
更に文句を言おうとしたエドモントだったが、カイルのやつれた姿を見て文句を言う気が失せた。
エドモントはぐったりしたカイルに肩を貸して、彼らはほうほうの態でクロフォード公爵邸に逃げ帰った。
取り残されたクレアとレナは二時間ほど口論した後、ウィルの手引きによって帝城から出て来た。より正確には追い出されてカイル達のいるクロフォード公爵邸に戻ってきた。
ちなみにカイルの上申書の提出期限は脱出途中で切れてしまった。
開闢歴二五九三年一二月 ポート・インペリアル海軍監獄
「そして、海軍卿に会えず上申書の提出期限が過ぎてしまった訳か」
「はい」
本当の事を言えず、カイルは黙って詳細を話せずぼやかして言うしか無かった。そのため下手な隠し事をしているようにサクリングには見えてしまった。
「私の叙勲を祝いもせず、上申書も提出せず一体何をしていたのかね。あのミス・タウンゼントや招かれざる者まで会場に来ていたのだぞ。言葉を交わせなくとも来て欲しかったのだが。丁度海軍卿もおられた。そこで渡せば良かったのではないか」
当然のことだったがカイルは何も言えなかった。
エリザベス殿下の身代わりとして女装して眼前に居ました、等と言える訳が無いのでカイルは黙ったままだった。
なのでサクリング提督が口を開いた。
「では仕方ない。軍法会議の席で航海中の事を話し給え」
「はい」
「ところでエリザベス殿下のことだが、何か聞いていないか」
丁度エリザベスのことを考えていたカイルはサクリング提督の言葉を聞いて硬直した。
「いや叙勲式以来、何度かお会いするのだが、避けられているようでな。私に何か問題があったのだろうか? 聞けば君らはかつて隣の領地同士で幼馴染みだったと聞く。何か聞いていないか?」
「イイエナニモー。デモダイジョウブデスヨー」
「ああ、済まない。帰国して直ぐにここに収監されたのだったな。聞いている訳がないか。それに二年近く前の話だ。いや、叙勲式の時に何か聞いていると思ったのだが」
「ダイジョウブデスヨー」
「気休めはよし給え。君が殿下から聞いた訳ではあるまいし。君の気持ちは嬉しいが、現場にさえ居なかった者が殿下の心情を出鱈目を言うものではないぞ」
「ダイジョウブデスヨー」
照れ隠しをするサクリング提督にカイルは抑揚の無い声で話すことしか出来なかった。
無表情にサクリング海佐が出て行ったことを確認してからカイルは叙勲の日の事を思い出していた。
「しかし一体誰が仕組んだんだ」
共和主義者が反皇帝派の貴族の手引きで内部に入られたという公式発表が成されただけで一海軍軍人には何も知らされていない。
ウィルの方も何も知らされておらず、事件の真相は闇だ。
結局、共和主義者を手引きした反皇帝派を粛清すると共に共和主義者の逮捕が行われ監獄に送りに。逮捕を逃れた共和主義者も国外や海外の植民地に逃亡して事件は終了した。
警戒厳重な帝城に入られた事から、当局が共和主義者弾圧のためにワザと過激派を招き入れたと言う陰謀論者もいたが真相は明かされていない。
「だとしたら何で襲撃を許すんだ」
カイルは粗末なベッドの上に、サクリング提督が持ってきてくれた差し入れの毛布を敷いてから寝転んで考えた。
「襲撃目標なんていくらでもあったろうに」
シーズンの最中で各所で貴族達の晩餐会が行われている。多くは警備が比較的手薄なので襲撃は容易だ。
あえて襲撃したのは事件が起きて一番インパクトの大きいのが皇族というのは分かる。
だが、何故襲撃出来た。警備は厳重を掻い潜って入る事が出来たのは何故か。警備側があえて入れたのではないか。
ではどうして警備側、帝城の人間が襲撃者を入れるのだ。
「エリザベス殿下が偽物だと分かっていたから?」
そんな考えがカイルに浮き上がってきた。皇帝はともかく、殿下の警備は比較的薄い。
「僕を抹殺するために引き入れた?」
そこまでカイルが考え、馬鹿な、と言って否定した。
ウィル、皇太子殿下が襲われて殺されかけるなど、あってはならない事だ。




