叙勲式
かつてレナとカイルが叙勲された謁見の間には再び人が詰めかけていた。
既に皇族方が集まり叙勲者を待っている。
ただ一人エリザベスだけは欠席しており、代わりに女装させられたカイルが参列している。
皇帝陛下と皇后陛下、ウィルほか最小限の人間にしかその事実は伝えられていない。
人数が多いと秘密が漏れる危険があるからだ。
念の為にレナとクレアが式典会場の脇で待機している。ウィルマも来たがっていたが、ただの一兵卒では式典場に入れず控え室で留守番だ。不満そうだったが、無関係な人間が入れないように見張る必要であり、控え室に待機させていた。
そして、ここまで来てはカイルも逃げ出す訳にはいかず、大人しく皇族の列、ウィルの隣に並んでいる。
(やはり不味いんじゃないのか)
カイルは小さく隣のウィルに呟く。
エルフの妖精魔法で声に指向性を持たせて、ウィルのみに聞こえるようにしている。エルフの魔法は妖精に頼み込む魔法であり、妖精との付き合い方で決まる。その気まぐれな妖精をどうやって相手にするかは親から聞くしかないのだが、人間の両親から生まれたカイルに教えてくれる人がおらず、独学で小さな魔法を使うのがやっとだった。
(往生際が悪いよカイル)
(けど、皆こっちを見ている)
(僕に注目しているんだよ)
軍務で暫く公式の場から離れていたウィルに注目が集まるのは当然だだ。皇太子であり皇位継承順位一位のウィルは注目されている。
だが、エリザベス――カイルの変装に注目が集まっているのも確かだった。
何よりも、普段より綺麗じゃないか、と貴族達が噂してしまうほど容姿が輝いていたからだ。
そのような事はない、と言い聞かせてカイルがパニックにならないようにウィルは言い聞かせてきた。
「帝国海軍海佐ウィリアム・サクリング卿! ご入場!」
貴族の注目に耐えきれなくなったカイルが逃げだそうかと考えている時、儀典長が大声で今日の主役が到着したことを伝えた。
金縁のある煌びやかなネイビーブルーの海軍礼装服に身を包み、堂々とした足取りで玉座に向かってくる姿は威厳に満ちていた。
ほんの一月半ほど会っていないだけだが、それでも頼りがいのある姿にカイルはそれまでの不安も吹き飛び安堵する。
式典で間違いを犯さないかと不安になって声が震えている小父さん、もとい皇帝陛下の様子を見て落ち着きを取り戻した事も大きい。
「今ここに帝国に新たな英雄と栄誉が加わった。諸侯よ讃えよ」
長い祝辞の後、最後に皇帝陛下からの言葉が付け加えられる。
「今は、海佐としてしか遇することは出来ないが、六月からは提督として今後も海軍を率いて貰いたい」
サクリング海佐には去年の軍法会議により一年間の昇進停止処分が下されていた。そのため、ピク・マルティの戦いによる大戦果にもかかわらず海佐のままだった。
しかし処分期間が終わる今年六月には提督への道が開ける。
皇帝陛下はそれを保証した。カイルは小さく、恩人であるサクリング海佐の昇進を喜んだ。
だが、カイルの試練はこれからだった。
たどたどしくも皇帝陛下による叙勲が終わると皇族から言葉が贈られる。
その役目を負う者にはエリザベスも含まれている。
「多大なる戦果を上げられたこと。お祝い申し上げます」
直ぐ横でウィルが言葉をかけている。次は自分の番だ。
移動してきたのを感じてカイルはバレるのでは無いかと顔を伏せてしまった。
怪訝そうな顔をするサクリング海佐の様子が雰囲気でカイルにも分かる。
顔を上げたら至近距離の為、バレるかもしれない。しかし話さなければこの場では不味い。
カイルは覚悟を決めて、精一杯作り笑いをしてから顔を上げて、エリザベスの声で本音を言う。
「叙勲、おめでとうございます。サクリング海佐」
精一杯笑ってカイルはサクリング海佐にお祝いの言葉を述べた。バレないように作り笑いをしているが、言葉に嘘偽りは無い。自分の上官であり恩人であるサクリング海佐の叙勲と昇進を喜んでおりお祝いの言葉を述べたいとカイルは思っていた。
だから、今その言葉を伝えた。
「……」
だが、サクリング海佐は黙ったままエリザベス――変装したカイルに視線を向けたままだった。
変装がバレたのかとカイルは焦り始める。
ポッ
そんな擬音が流れたとカイルが錯覚するくらい、突然サクリング海佐の顔が紅くなった。
「エリザベス殿下、過分なお言葉ありがとうございます」
先ほどまでの威風堂々とした態度から一転してしどろもどろに、まるでプロポーズをしようとする少年のようにサクリング海佐は挙動不審になる。
突然の変化にカイルは戸惑い、血の気が引き、思わず顔を下げてしまう。
「し、失礼」
慌ててサクリング海佐が謝るが、何かやましい気持ちがあるのではとカイルは勘ぐってしまい余計に恐怖を感じる。
そのため襲撃者に気が付くのが遅れた。
「帝国に死を!」
玉座の脇から数人が飛び出してきた。
台詞から帝政廃止を訴える共和主義者の過激派のようだ。テロや蜂起を繰り返してその度に鎮圧しているが潰しても現れてくる。
しかし辺境ならともかく帝国の中枢である帝城に現れたことはない。
警備担当者が何をやっていたのか問い詰めたいが、今は避けるしかない。
皇帝陛下とは距離があるので衛兵が間に合いそうだ。だがカイル達の方は間に合いそうにない。
カイルも迎撃しようとするがドレスが重くて動けない。いや下手に動けばエリザベスではないとバレてしまう。
「はああああっっっっっ」
その時、カイルと襲撃犯の間に割り込んできたのはレナだった。
海軍の礼装を着ていたため、装飾の一つとしてサーベルを携帯することを許されていた。
レナはサーベルを抜き放つと襲撃犯に駆け寄り、カイルを庇う。
「逃げて!」
カイルに向かって言うとカイルも謁見の間から離れようとしたが、スカートに足を取られて転んでしまう。
「死ねええええええっ!」
そこへ襲撃犯が襲いかかるが、レナがサーベルの柄を足下に投げて転ばせる。そしてカイルの元に駆け寄ると抱き上げて離れる。
ようやく襲撃に気が付いた衛兵も駆けつけて襲撃犯の拘束に入り、事態を収束させることが出来た。
「いや、見事」
一歩間違えばパニックになりかねない事件だったが、最後にエリザベスが赤髪の海軍士官に抱きかかえられた姿――レナとカイルのお姫様抱っこが強烈で全員の視線を釘付けにした。
「なかなか似合っているじゃないか」
赤髪にネイビーブルーの制服を着た士官と金髪で白いドレスを着た姫。
物語のワンシーンの様な光景に人々は見とれていた。後に海軍士官が女性だと知って同性同士だと安堵する声もあれば、残念、寧ろあり、など多数の声が上がった。
だが、それを本人達が聞くのは後の事だ。
この場では別の事態が進行していた。
襲撃犯を撃退しエリザベスに変装したカイルを抱きかかえつつも周囲に気を配り第二波が無いか警戒しているとき、レナは声を掛けられた。
「あの、レナ」
声の主はカイルで反射的にレナはカイルの方を見てしまった。
「その、助けてくれてありがとう」
怯えながら――実際には恥ずかしさで震えているカイルが頬を紅く染め目に涙を溜めた姿をレナは見てしまった。
そして、レナの中で何かが切れる音が響く。




