海軍監獄
新章始まります
7/23 乱文でしたので修正しました。
開闢歴二五九三年一二月 ポート・インペリアル近郊
雪が降り積もるポート・インペリアル鎮守府近く。石造りの重厚な建物に向かって一台の馬車が行く。
目的地の建物周辺に警備以外の人影は殆ど無い。
建物が放つ不気味なオーラにより近づこうとする人間がいないからだ。
アルビオン帝国海軍ポート・インペリアル監獄。
アルビオン海軍軍人の未決囚および囚人を収容するための施設であり、何の罪が無くても、勇猛果敢な海軍軍人だろうと近づくことを躊躇する。
そんな海軍軍人ですら恐れをなす監獄に馬車で乗り付ける、肩に星を付けた海軍士官がいた。
提督は馬車から足音を立てて下りる。提督はかなり慌てており建物に入った時、入口警備の海兵隊員が捧げ筒をしたことにようやく気がついて急いで答礼しつつ足早に入る。
建物内の受付で差し出された書類を見て提督は一瞬戸惑うが直ぐに理由が判明する。
「……そうか面会で入ったことが無かったな」
これまで何度かこの監獄のお世話になっており、自分が収容される際のサインには慣れている。だが面会者として監獄に入るのは初めてであり戸惑った。
提督はいつもと違う書類、面会者リストに自分の名前を記入して差し入れの確認作業に移る。
差し入れの品、監房内が寒いことを提督自身が身を以て知っているので毛布と温かい紅茶が飲めるようにポットを持ち込む。お湯ぐらいは看守が出してくれるので問題無いが、直ぐに冷めてしまうので保温性の高い物を持ってきた。
担当者に念入りに差し入れの品を調べられた後、提督はようやく収容区画に入る。
警備の海兵隊員が先導して収容区画に入って行くが、面会者にとってこの監獄は勝手知ったるなんとやら。自分の身体に建物の内部構造が刻み込まれていて提督は迷うこと無く目的の監房に向かう。
看守役の海兵隊員が監房の鍵を開けて扉を開き、隊員は提督より先に中に入ろうとした。
「いい」
一言、だが強く提督は海兵隊員に進入は不要と伝えた。一瞬、海兵隊員は戸惑うが、返答を聞く前に提督は監房の中に入って行く。隊員は提督を守ろうと慌てて後から入る。
そして隊員は収容されていた自分より小さく若い人物を見る。
部屋の住人は、入って来たのが提督と知るとベッドから起き上がり完璧な敬礼した。
「君ほど礼儀正しい囚人はいないだろうな」
「ありがとうございます」
皮肉か率直な感想なのか不明だったが監房の住人は小さく返事をした。
提督は答礼すると話しかけた。
「元気そうだねカイル・クロフォード君」
「サクリング提督のお陰をもちまして」
カイル・クロフォード。アルビオン帝国海軍海尉に任じられているエルフ。
僅か一三才にして熟練の船乗り以上の知識と技術を持つのは天賦の才能と幼少からの修練、なにより転生前の経験があるからだ。
転生前の名前は杉浦航平。大手海運会社の航海士をしていた。
中学時代に虐めに遭い不登校に。一般の高校だとまた虐められると考えたこと、そして船が好きだったので国立商船高専に入学し商船士官としての人生を歩み始めた。
三等航海士としてコンテナ船やLNG船、タンカーに乗船し昇進していったが、ある日大学を中退して奨学金の返済に苦しむ中学時代のいじめっ子に逆恨みされ刺殺される。
だが、何の因果かこの世界に転生し、今度は自分の身が守れるように海軍に入隊し海軍士官の道を歩んでいる。
一応、貴族の生まれだが古の戦乱で人類と他の亜人類と激しく戦った事によるトラウマのため、人間の間では亜人、特にエルフに対する偏見が強く家督を継げそうにない。だからカイルは実力主義の海軍に入る事にした。
カイルが敬礼を下ろすとサクリングは海兵隊員に命じた。
「二人だけで話したい。外に出て扉を閉めてくれないか?」
「し、しかし」
軍法会議前の人間とは言え収容者と提督を二人きりにすることに看守役の海兵隊員は戸惑いを覚えた。何かあったら責任問題だ。なにより中に居るのはエルフだ。邪悪の象徴の様な相手であり、提督を残すのは躊躇われる。
「構わない。彼は私の元部下だ。何も問題はない」
そう言うと海兵隊員は若干の躊躇を見せながらも、扉を閉じた。エルフが不幸を呼び込む存在と言われているからだ。一刻も早く隔離したい気持ちで海兵隊員は扉を閉めた。
「ふんっ」
迷信深い海兵隊員の顔を想像し内心で笑いつつサクリングはカイルに向き直った。
「まさか、ここで君に会うとは思わなかった」
「私もです」
申し訳なさそうにカイルは答える。
「全くだ」
提督は早口でまくし立てた後、建物の外に向かって開く鉄格子付の窓に視線を移した。鉛色の空模様の中、風が吹き雪が降っている。
石造りの監獄という事もあって監房の中は酷く冷えた。
だが提督は怒りで身体が熱くなっていた。そして怒りに任せて早口にまくし立てる。
「去年の五月、いや二月に新大陸から君を送り出した時は君が無事に任務を成功させる。凱旋して帰国すると信じていた。このような重大任務を達成できるのは君しかいないと信じてのことだ。それなのにどうして君はここに、こんな寒い監獄に居るんだ。不良士官の私ならともかく、君のように優秀な士官が任務を無事に達成し成果を持ち帰ってきたというのに」
「軍法会議にかけられましたからね。艦長代理として航海中の全ての件に関して追求を受ける立場です」
アルビオン海軍では艦内で起きたことに対して軍法会議で明らかにする事が多い。
例えば事故を含む艦の喪失などだ。
「二度目だとしても酷いものだよ。私は何度もここに入っている。上官への批判や飲酒、喧嘩、命令違反などで監獄に入れられた。軍法に反することは理解している。しかし、君は任務を無事に達成した。なのにどうしてだ。どうして入らなければならない」
「私は航海中の全責任を負うべき立場です。その航海の最中に疑問のあり審判を受けるべきですから。まして軍法違反の疑いもありますから」
「だが、君は最善を尽くした。そもそも海軍本部の連中が手続きのミスといってメンツを守ろうとしているだけではないか」
「しかし」
「だが、君も君だ。君は航海の腕は確かだが、脇が甘すぎる。艦と乗員と自分の身を守る能力は船乗りに必要だ。海の魔獣だけでなく、海軍本部のバカや無能な官僚への対応も学べ。でないと再びここに来ることになるぞ」
「は、はい……」
提督も何回この監獄に入っているんだ、と言いたかったがカイルは黙っていた。
だが提督はそれを悟って言う。
「私は良いんだ。連中のバカをバカだと言ってやっているだけだ。嘘を吐くなど私には出来ん。だが、やり方を知っている。不要な妨害に対する予防は行っている。しかし、君はそれを行っていない。もっと学びたまえ」
提督の怒りは更に上がり、叫んだ。
「何故だ! 何故、こんなことになったんだ!」
サクリング提督の叫びは外の風に掻き消された。