婚約破棄についての国家戦略会議
王宮の一室で、緊急会議が始まった。
「え~、お忙しい中、お集まり頂きありがとうございます。
今日の議題は、第二王子による婚約破棄です。
お手元の資料をご覧ください。
概要をざっと説明しますと、先日の卒業パーティの席で、第二王子が婚約者の伯爵令嬢に婚約破棄を突き付けました。
理由は王子が親しくなった平民の女性に、婚約者である伯爵令嬢がいやがらせを行い、こともあろうに階段から突き落とした。と、いうことです。」
出席者から、ぼそぼそと、
「あー、あのやらかしちゃった件ね」「バカ王子やっちゃったかあ」と、声がもれる。
「こほん。この件について、関係各位のご意見と今後の対応について、検討をしたいと思います。
本日は、広い見地で考察するために、各分野の教授にもご出席頂いております。
まずは、生物学の教授からご意見をお願いいたします。」
真っ白なもじゃもじゃのひげを生やした、頭のてっぺんの明るい如何にもハカセといった風情の男が立ち上がった。
「紹介にあずかりました、生物学のイトーです。
今回の件を生物学的見地から、解説してみたいと思いますな。
第二王子と婚約者である伯爵令嬢は、3才の時に婚約が整い、その後幼馴染として成長されたと伺っとります。
皆さんは、バヌーツ平原に住むイグーラ族をご存知ですかな?
この民族では、子供のころから班に分けて、同年代で集団生活を送るのですが、研究結果によると、子供のころから同じ集団で育った異性とその後結婚するものは、ごく少数という研究結果があります。
ま、このことから見てもわかるとおり、幼少期からともに育つと身内感覚となり、異性として恋愛感情に発展しにくくなるようですな。
猿山のサルの観察でも、同じ群れの異性よりほかの群れの異性がモテるんですな。
これは、自分に近い遺伝子より違った遺伝子を求める生物の本能であると考えられますな。
今回の件は、幼馴染で身内感覚で婚約者である伯爵令嬢に恋愛感情が抱けない王子が、自分と境遇がちがう平民の女性を新鮮に感じて、恋に落ちたというところでしょうな。
ロシアのロマノフ朝の血友病が有名ですが、近い血筋同士で結婚すると病気に弱い子供が生まれたり、遺伝子病がでたりしますからな。
新たな血を入れるという意味では、平民を娶るというのは遺伝子学的には、おススメといえますな。」
会議の出席者のなかから、ほお~というため息のような声がもれた。
「政略結婚を成功させたいなら、子供の頃に会わせない方が正解なのか?」と、本件とは違う質問も出た。
「いやあ、うちの子、幼少期に婚約させちゃったよ……」という、ぼやきも聞こえた。
「次は、経済学の教授からご意見をお願いいたします。」
教授というより、たっぷりと太った商人といったかんじの中年の男が揉み手をしながら、立ちあがった。
「経済学をやっとります、ウルネと申しますわぁ。
経済学的には、平民の女性との結婚はプラスだと考えとりますわぁ。
いやあ~、王子と平民の女性とのラブロマンス。シンデレラ婚だと、国民が盛り上がりますやろ、
ついでに、派手に結婚パレードなんかをやっていただけますと、観光客も来はりますし、
お土産、宿などで、経済的効果がガッポガッポですわぁ。
願わくば、王子と平民女性の絵姿の使用をお許しいただければ、ロイヤルカップルのお皿、カップ、クッキーなどのお土産を作り、観光客に売りつけますわ。
もちろん、国のほうにもマージン払いまっせ。
ご結婚にあやかって、結婚するという乗りやすい国民も多く出るでしょうから、
そこからも経済効果が上がりまっせ。
私の方で、ざっと試算しましたところ、観光効果で1200億ギル、関連事業で3000億ギル、
その他で2500億ギル、合計で6700億ギルの経済効果が、出ると思いますわ。
いやはや、もうかりまんな。」
「確かに、経済的には、もうかりそうですな。」
「庶民、王子と平民の女性とのラブロマンス好きですもんね。」「うちの妻も、ロマンス小説好きで……」「じゃあ、平民押しでいいのかな?」
と、声が上がる。
「最後に、政略的見地からのご意見をお願いいたします。」
「政略担当課のマルチーノです。
まず、この表をご覧ください。大まかな貴族の勢力図です。
ご存じの通り、我が国は、大臣派、宰相派、どっちつかず派と勢力が分かれております。
(そこは、中間派と言ってくださいと、小さくツッコミが入る)
今回の婚約は第一王子に大臣派の有力貴族の娘を娶り、バランスをとるために、第二王子が宰相派の有力貴族である伯爵令嬢を娶るという政治的目的でなされたものです。
この婚約が破棄された場合、パワーバランスが崩れるとともに、名誉を傷つけられた宰相派貴族の反発は必至です。
また、王家そのものが平民との婚姻を認めるとなれば、貴族階級からの反発は大きいと考えます。
そもそも、好き嫌いで破棄すべきものじゃないということを理解してないぼんくら……もとい、第二王子をそのまま王室に残して良いのかという問題も出てくると思われます。」
「確かにねえ……」 「貴族にあるまじき行為だよねえ」
「そもそも自分が浮気しておきながら、婚約破棄なんて、どうよ?」
「せめて婚約破棄するなら、ちゃんと王の許しを得て相手の親に謝って、根回ししてから、陰でこっそりだよねえ……」「なんで、公衆の面前でやっちゃうかなあ?」
「あほだよね……」
「王子の側近も、なんで止めないかなあ?」
「王室に残しとくと、いろいろやらかしそうで怖いよねえ……」
「政略担当課としては、王子の処置をどうかんがえてるのか、お聞きしたい」
「政略担当課としては、第二王子に臣下に下りていただき、第三騎士団団長としてバングル砦に派遣したいと考えております。」
「ええええ、あの隣国との激戦地に?」
「事実上の更迭、いやいや、死ねってことだよなあ?」
「まあ、あのぼんくらにいろいろやらかされるより、名誉の戦死を遂げてくれってやつだろう?」
「我が国は第七王子までいるから、一人ぐらいかけても大丈夫だしね」
政略担当課のマルチーノが、眼鏡をちょっと押し上げながら、冷たい視線を向けながら答える。
「ええ、王子が戦死となると、弔い合戦で、現場の士気も上がりますし、
死んでしまえば、ぼんくらがこれ以上問題を起こすこともないでしょうから、一石二鳥ですね。
何でしたら、平民の彼女と結婚して経済効果を上げたあと、バングル砦に派遣でかまいません。
国民は、世紀の悲恋なんて好きそうですしねえ。」
「おに! ここに、鬼がいますよ~!」
「まあ、甘いだけじゃ、国家運営は、できないですからね」
「では、婚約者の伯爵令嬢はどう対処なされるんですか?」
「貴族内のパワーバランスと、宰相派貴族の反発は???」
政略担当課のマルチーノが、ふふと、ほほえんだ。
「説明がまだでしたね。第二王子のバングル砦に派遣、事実上の更迭で、宰相派貴族の反発は押さえられると思います。
婚約者の伯爵令嬢については、後ろ盾のなかった第三王子が、
『第二王子の婚約者だったから、言えなかったけど、ずっと君のことが好きだった。』と、
さっそくウソ八百で、口説き落としにかかってらっしゃいますから、
時間の問題で、そのうち、貴族内のパワーバランスもとれると思います。」
「やっぱ、第三王子、やり手だよなあ」
「抜け目ないよねえ」
「次の国王の最有力候補は、第三王子かな?」
「そうそう、平民の彼女は、王子戦死後どうするの?」
「肉食ぽいから、また有力貴族とか、たらし込まれると困るよねえ。」
「ええ、もちろん、その危険性は、政略担当課でも考えてます。
王子が戦死した場合は、菩提を弔っていただくためにアレグリアの修道院へ入っていただこうと思っています。
あそこなら、二度と出てこれませんし、
世紀の悲恋のヒロインが、夫が死んだとたんに、男あさりとか外聞も悪いですしね。」
******
「では、政略担当課の案で宜しいですね。
第二王子には、臣下に降下していただき、平民女性との婚姻を執り行います。
ロイヤルウエディングとして、派手にパレードも行いますので、
各部での準備と計画をお願いします。
その後は、バングル砦に派遣となりますので、その対応も裏で進めておいてください。
今後の王族の婚約者の選定については、血族があまり近くなりすぎないように、親、祖父母まで検討することと、婚約する年齢については今後の検討課題とします。
では、これで今日の会議は閉会とします。」
******
その後、第二王子と平民女性との婚姻は、世紀の恋として、大いに盛り上がり、
彼らの結婚式は、国民は元より、外国からもたくさんの観光客も押し寄せ、
大いに経済をうるおした。
そうして、国を守るため戦地に赴き、新妻を残して死んでいった王子と平民女性との恋は、
悲恋として、吟遊詩人に歌われる叙事詩となった。
もちろん悲劇の王子の戦死に、兵士達の士気は、「隣国許すまじ!」と、大いに盛り上がり、百年続いた戦いに勝利したことも、付け加えておく。
彼らの歌は、大いに国民の涙を誘ったが、
会議のメンバーだけは、悲恋の裏側なんて、こんなものと、そっとうそぶいたと、いう。
お暇でしたら、↓の小説もよろしくお願いします。読んでいただけるとうれしいです!
小学生ダンスィの夏休み
http://ncode.syosetu.com/n9068ec/