七十九話 道すがら
北の大陸の北西。大陸内でもっとも山々が連なる地である。
樹海の国から向かう場合、いくつかの丘陵地帯を越えるとようやっとそれらしい山が姿を現す。
丘陵を含めた内陸側を山岳都市、そしてその外、遥かに険しい山々を高山都市が治める場所。
地形からすれば名前が逆のようにも思えるが、山岳都市は高山都市から分離、というよりも管理を別にした経緯がある。その為に元の高山都市の名前をそのままにした結果がこれだ。
建国当時、この辺りに住む魔族達にとって、国というもの自体それほど重要視しておらず、自分達の生活が保たれさえすればいい、という考えが多かったようで。ゴーレム種に限らず、鳥の姿が混じっている者達や、植物に関わる魔族。彼らの俗世への興味が薄い種族性も大きく関わっているようだ。
そうしたあべこべの名前であるが、険しい場所も少なくない山岳都市。樹海の国と比べて陸路を向かう者は、好みの差でどちらのほうがマシか、と順位付けられる国である。
「あの辺りが山岳都市の首都だ」
まだ日の傾きも空が焼けるまで数時間はあろうという頃合。宿屋の窓からクレインが指を指した。
立派な城と赤い屋根の目立つ城下町。分かりやすくそれらしい姿が、単眼鏡を通して確認できる。
「明日中に着けそうだな」
「いや、そう見えるが結構厳しい。向こうに数日滞在するのなら少しぐらい急がせてもいいが、翌日には出発するとなると流石に馬が可哀相だ」
「ふーん……それほどきつそうには見えないんだけどな」
そして今、夜の帳が下りてくる中、二人は焚き火を囲んでいた。
ベッドで眠ったのも先日の話。クレインの言葉どおり、こうして野営をしているところである。
「見事に着かなかったな。まあ、あたしは別に野営でも町に数日泊まるんでも構わないんだが。敢えてそれを避けるって事は樹海の国みたくなにもないとかか?」
「いや、それは心配ない。高原やらなんやら見所はいくらでもある。が、時間的な問題だな。なるべく剣の国に滞在したい」
「なんだ? オススメなのか?」
「……私用がある」
「お前……」
まさかの返答にエルナが呆れた眼差しを向ける。
「いや待て、確かに個人的なものだが色々と重要というか。遊びじゃないし、本当に真面目な内容だから!」
「それじゃあ仕方がないか」
「おお……言っておいてなんだが納得してくれるとは思わなかった」
「だってお前、反省とかないじゃん。それが自分の口で真面目なんて言うんだから、本当なんだろうって」
「凄い分析力だな。昔カインにも同じ事を言われたぞ」
それはそれでどうなんだ。
そんな思いがエルナの中に浮かんだものの、きっとその言葉を投げかけても意味はないだろう。十分にそれを学んでいるエルナは、言葉にする事無く胸中にそっとしまうのだった。
「昨日までは随分と楽な道だったけど、この辺りは荒れてたり進みやすい道が蛇行してたりするんだな」
「ああ、だからどうしても足止めを食らうんだ」
そう言いながらクレインが地面に落ちている拳ほどの石を拾い、だいぶ背が伸びている草むらに放り投げた。
野営の為に道から少し外れた場所であるものの、道のほうでもそれなりの石が転がっていたりする。
クレインは馬の疲弊を持ち出したが、それ以上に無理をすれば事故が起きそうなものだ。
「そういえばここってもう山岳都市? の領土なんだよな」
「ああ、樹海を抜けてからはずっとそうだ。南から行くルートは道中のとおり比較的楽だが、それ以外だと結構きつい道のりとなっている」
「へえ、名前の割りになだらかだと思ったけどもそういう事か」
「それもあるが、この奥は本当に険しい山脈があってな。そこが高山都市と呼ばれる国の領土で、そこから生まれたのがこの山岳都市なんだ」
「……うん? なんかおかしくないか? 険しいほうが高山なのか?」
「物事に拘らない性格の種族が多いからな。元の名前はそのままに、新たにつけたのが山岳というだけだ。因みに高山都市には馬車じゃいけない、というか歩いて行くのならば本気で登山を行うような人でなければ進めないような場所だ」
そう、馬車を使う商人泣かせの樹海の国と山岳都市。しかも後者は緩いコースがあるとは言え、樹海の国から向かう事自体非常に稀。更に遠回りをしてもかかる日数を考えたら悩ましい、という環境だ。
そして極めつけの高山都市。そもそも馬車では辿り着けない。
少量を取引するような有翼種の商人ならば問題はないが、そこまでして行くほど美味いものもないのが実情である。
農商国家から東側の国の殆どが、多くの商人にとって扱いに困る場所で、遥か古から今に至るまで、巨大な商機は見出されていないようだ。
「凄い国だな……」
「だからこそこうして山岳都市として分離し、窓口を作ったとも言われている。山岳と高山間の物資の輸送なら、国内の人手で対応できるからな。それでも山岳都市そのものに来たがる商人はそう多くはないが」
「もしかして立地的に農商国家って凄い恵まれている? こんな国ばっかか?」
「恵まれてはいるが、ここと樹海の国が特殊過ぎるだけ……とも言い切れないか。種族の問題もあってもっとおかしな国はあるし。だが、全体から見てもこういうのは少数派だ」
それを聞いて、どこかエルナがほっとした様子を見せる。
「いやぁ、よかった。もしかしたら超巨大な樹木の上の国とか、超巨大火山のマグマが流れる洞窟内部とか、そういうのが浮かんできたぞ。その様子だとここまで突拍子のないものじゃなさそうだな」
「お前は魔族をなんだと思っているんだ……?」
仕方がないとはいえ、クレインの視点からすれば中々失礼な物言いであった。
エルナの話した内容で生活できるとしたら、それは単純に魔物に属する者達ぐらいなものである。
例え本来の姿がドラゴンであろうとなんだろうと、人の姿を取れば持っていた耐性などは著しく低下するのだ。体の作りそのものが違うのだから当然の事。
そして一般常識が南の大陸によるものであるエルナ。まさか人の姿をしていない者でごった返す国があるなどとは思ってはいない。
だとしたら人の姿のまま、そのような環境で生活している姿をイメージしているのだろう。どんな超人の集団だろうか。
「いやドラゴンが人の姿をしているとか、そんな感じなら火山とかでも生活できそうじゃないか?」
「人の姿となれば耐火に優れた鱗も消失する。ある程度は炎そのものに耐性はあるが、マグマともなれば本来の姿がなんだろうとそのままでは普通に死ぬぞ」
「……魔物の人化って夢がないんだな」
炎から逃げ惑う人をイメージしたエルナは、どこか悲しげにそう呟く。
「また失礼な事を考えているな?」
「いやいやそんな事は……ってお前よくその台詞が人に吐けるな」
「言うだけならタダだからな」
「いつかカインさんあたりが本当に刺してくるんじゃないか?」
「……」
「否定しないあたり手遅れか」
そもそも挽回も更生もその気がないクレイン。
幾度となくカインが持つ凶器の餌食になりはしたものの、それでも当てる箇所など加減はされていた。が、それもなくなる日が来るかもしれない。
そんな薄ら寒い予感を感じていないわけがなかった。
しかしそれで反省をしないのだから、いい性格をしているというものである。
「まあその時はその時だ」
「そこまで耐えなきゃならないカインさんにもう少しでも気遣ってやれよ」
「なんというか、高確率でエルナからカインへのフォローを耳にしているなぁ」
「そうだな。だって不憫過ぎるもの」
立場上、魔王を討った英雄。勇者エルナ・フェッセルとて、戦争の駒として扱われていたのだ。
そんな彼女にしても不憫だと言わしめる所業の数々。
「お前は反省したほうがいいと思うぞ?」
「それならばとっとと代わりの魔王を立てればいい。全うな候補者がいるのなら、すぐにでも降りたいぐらいだからな」
「だからってなにをしてもいいってわけじゃないだろ。お前自身が他を探していて見つからなかったとしても、チャラにはなっていないじゃないか」
「……まあそれももう終わりだ。あとはカインに任せてお役御免だからな」
「清々しいスルーの上に、押し付けて終わりは強引過ぎるだろ」
ここまで自覚はある。が反省も罪悪感もないときた。
これでも側近のカインは飽くまで付き従っている。他に適任者がいないのか。前魔王、ゴート・ヴァダーベンよりもマシなのか。
どちらにしても恐ろしい話である。
「なんの話だったか。まあそういう国だ」
「いや、ここまでの中で焦点にすべき話題は……今更な話か」
「そう、今更だし十分だ。いい加減、耳そのものがたこになりそうだしな」
「……それなら本当に言動に反映してやれよ」
要らぬ軽口に話題がループしかけたところで、クレインがいそいそと焚き火を弄り火を調節し始めた。
さも、この話題にはもう応じない、とでも言いたげな様子である。
エルナとしてもこれ以上なにかを言ったところで無駄だろうと思っているのか、ぼんやりと夜空を見上げた。
だいぶ標高が高くなった事もあり、星星の輝きが一層増した空。宝石箱を引っくり返したような、という言葉どおりの景色に自然と心が躍る。
「だいぶ暗くなったな。そろそろ寝るか……こんな星の下ならいい夢も見れそうだ」
「ああ、お休み」
「……お前、まだ寝ないのか?」
焚き火を消す様子のないクレインに、エルナが不思議そうに訊ねた。
よくよく見れば、近くに準備してある焚き木も随分と残っている。
どうやら初めから普段より長い時間、火を焚く予定だったらしい。
「この辺りは人を襲う魔物もいるからな。大した強さではないとはいえ、無用心というのも落ち着かないし見張りをするつもりだ」
「お前なぁ……そういうのは言えよ。いくら道がこんなでも、明日の昼前には着けるだろ。ただでさえ馬の操縦はお前なんだ。ここはあたしがやるよ」
「この程度、気遣われるほどのものじゃないし、一晩中起きているわけでもないんだ。エルナはいつもどおり荷台で寝ていてくれ」
「……」
しかしエルナは立ち上がりかけた腰を落として、拒否の姿勢を示すのだった。
南の大陸の時とは違い、今回は馬車での旅。野営する時、エルナは幌のかかった荷台のほうで、クレインは外で寝ている状況である。
それなりに大きさがあるとはいえ、男女二人で寝るには手狭なのとクレインなりの配慮あっての事。
そんな中で見張りまで丸々任せろと言われたところで、エルナとて首を縦に振るはずもない。
「……意地を張るような場面、あったか?」
言っても聞かなさそうな、頑なな意志を感じ取ったクレインが、少し困った様子でそう訊ねる。
いくら気づかぬ内に機嫌を悪くさせた経験があるとはいえ、それでこの行動というのも考え難い。
悪い意味での原因については全く心当たりがないのだ。
「あたし個人としてはだな。ま、お前が眠くなるまで付き合うよ」
「付き合う、と言っても特になにかをするわけでもないしなぁ」
「じゃあなんか話をしようか。そうだな、今度はあたしが自分の事を話すか」
「あまり自分の事を語った覚えはないんだがそんな機会あったか?」
「あー……勝手に知ったが正しいか」
「自分の情報が独り歩きしているって滅茶苦茶怖いな……その原因には覚えがあるから文句も言えないが」
揺らめく炎を囲み、空の星星は巡り。
いつもと変わらぬ二人の夜は今日もゆっくりと更けていくのだった。




