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オパールの杯に乾杯を  作者: 一矢
三章 眠る者
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閑話 旅の中の合間

 樹海の国の城下町。


 城がないのに城下と呼んでいいかは甚だ疑問ではあるが、便宜上国内外問わずそう呼ばれている。木造の族長の家らしい建物さえも魔王城と言うのだ。


 その地を木々を通して僅かな朝日が差し込む中、クレインとエルナは山岳都市に向かう準備をしている。


 お世辞に言えば、所謂都会とはかけ離れた土地。


 ここで暮らす人々は朝が早く、それもあってかいくつかの店は既に開いている。朝早くに出発するつもりのクレイン達には好都合だ。


「それぐらいの補充、もう少し外側でもできそうなものだけどなぁ」


 保存食や携帯食を見繕うクレインに、エルナが不思議そうにぼやいた。


 なにも国の中心地で買い込む事もなさそうなものだが、クレインが残念そうな表情で首を横に振る。どうやらここで調達すべき理由があるようだ。


「ここから北だと大きな村も少ないからな。以前寄ってみた時は、その手の食料は壊滅的な状況だったんだ。もっともここに来るまでの道中も状況としては似たようなものだが」

「……確かに補充していた記憶がないな」

「まあ商人と話した時も、ここで必ず補充していくと言っていたぐらいだし、わざわざ先人の知恵を疑う必要もないだろ」

「なに普通に旅人のような事をしてんだよ」


 さらっと言ってのけるクレイン。


 確かに過去は旅人のようなものだが、そんな風に他人と和気藹々としていたのは本当に僅かな時間であった。


 それを考えるとこの情報は、魔王となってから得たものと考えられる。


 そこまで詳しく知らないものの大方最近の事だろうと、エルナは大きく呆れた溜息を吐いた。


「別に商人と会う事ぐらい珍しくないだろ」

「そうかぁ? いや仮にそうだとしてそんな世間話はしないだろ」

「意外とな、他国にいると農商国家の魔王だと思われないもんなんだ」

「……そりゃあ他国の民衆に混じっている魔王なんて誰も想像しないもんな。いつもの格好でもないし」

「流石に鎧ぐらいは変えるさ」


 そんなクレインを見て、一般的に人々はなにを思うのか。


 大半は他人の空似という言葉に行き着くのだろう。


 きっと過去にこうして会って来た人々は、今でもあれが農商国家荒ぶる魔王であるなどと思ってはいまい。


 それこそ二人が昨晩食べに行った鍋物専門店の店員に対するように、自らの身分を伝えない限りである。


 というかそもそも伝える、という考えがおかしい。


「さて、無駄話も一旦ここまでにして、そろそろ払うもの払って戻るとするか」


 おおよその補充する品物を集め終わったようで、クレインは商品の詰まったカゴを片手にその場を離れていく。


 その後ろをついていくエルナが、ふとある物を目にして足を止める。


「こ、これ……」


 そうして恐る恐るといった様子で手を伸ばしたのは、穀物などを押し固めて焼いた携帯食であった。


 エルナにとって懐かしく、そして南の大陸の闘争の間にも随分と世話になったものである。


 無論、現地で作る余裕もないので、帰還時に間もない次の防衛地に向けて作っていたのだ。その当時、唯一の楽しみが食事であった彼女には、これが支えの一つというのも過言ではない。


 それが今、商品として陳列されている。


 ここまでの道中、売られているところなど見た事がないエルナには、感動すらも覚える光景だ。


「ああ、それも買うか?」

「いいのか?!」


 思わず食い気味でクレインに詰め寄った。


 流石にここまでテンションが上がっているとは思っていないクレイン。僅かに顔が引きつっていて、若干引いている様子である。


「ばかすか食べるんでなければ構わないが……」

「そ、そのくらいの自制が利くのは知っているだろ」

「いや、これは特になんだよ。甘味が混ぜられていてそれは蜂蜜だったかな。他にはチョコとかもあったような。とにかくここに置いてあるのは食べ過ぎると太るぞ」

「……そ、そのくらいの自制は」

「すっごい目が泳いでいるんだが……まあほどほどにな?」


 そう言われると、エルナは控え目に十本には満たない数をクレインに渡した。そう控え目である。エルナにとっては。


「そ、それにしても珍しいな。もしかしてここが発祥の地か?」


 一度、数を数えるとエルナの顔とそれらを見比べるクレインに、エルナが居心地が悪そうに話題を振る。


 露骨ではあるが確かに珍しい。好んでいるエルナが不思議に思うのも無理からぬ話だ。


 少しばかし追及したい気持ちもあったクレインだが、それをしまうと会計を済ませながら説明を始めた。


「どこが発祥だかは知らないが、ここではなかったと思うな。売られているのは需要があるからだ」

「需要? なんか意外だな」

「ごく一部の商人にとって、樹海の国は重宝する場所なんだ。所謂高級料理に使われるような山菜やキノコが採れるからな。ただ常に売られているものでもないし、そもそも大抵は個人と契約してたまに取り置きされてるのを買うぐらいだ」

「そんなに美味いのか……」

「単純に味の問題だったら、ここももっと商人で賑わっているんだろうなぁ」

「ああ……」


 一般人にはあまり理解できない類の食材。


 なんでも美味そうに食べるクレインでさえ、味を好評してはいないという事は。


 つまりはそういうやつか、とエルナが納得をする。


「ええと、それで?」

「だからそうした商人は足りなかったり購入できなかったりで、自分で採るのが基本となっているんだ。で、そうなると慣れているとは言え、常にここで暮らしているわけでも無し。当然、遭難する事も珍しくない」

「……命綱か。でも救助できる体制はあるだろ」

「流石にそういう採取目的だと結構深いところに行くからな。発見までに時間がかかる。これがあるかないかで運命の分かれ目となったケースもよく聞く。まあ、単純に美味いから好まれている、というのもあるんだけどもな」


 ただでさえ一本食べただけでも、体に力を与えてくれる代物。


 それが更に甘味を多く含んだとなれば、きっと窮地における寿命を随分と長くしてくれるのだろう。


 戦慄と敬意をもった瞳で、エルナが『彼ら』を見つめる。


「そういった経緯で売られているんだが、最近は普通に菓子として扱われ始めているそうだ。そのうちおやつ感覚に食べられる軽いものとか出てくるんじゃないか?」

「……」


 ゴクリ、とエルナが生唾を飲み込む。


 クレインの語る予想にどれほどの期待が込められているのだろうか。


(今後、野草を採るだけでもここに来たら土産を要求されそうだな)


 いつか終わりを迎えようとも、それまで変わらぬ日々が、今がそこにあるのだと。


 そしてそこで起こるだろう出来事を想像する。


 輝くエルナの瞳を見つめながら、クレインは苦笑しつつも楽しげにそう思うのだった。

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