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オパールの杯に乾杯を  作者: 一矢
三章 眠る者
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閑話 有翼種

「仕事中にあたしから聞くのもなんだけどもさ」

「気にするな。ノルマがあるわけでもないしな」

「いや、それを片付ける気概ぐらいは持てよ……残ったらカインさんに丸投げになるんだろ」

「……」

(日常茶飯事、て顔をしてる……)


 魔王の執務室兼自室にて。


 監視を兼ねたエルナが呆れた様子で大きく息を吐いた。


 かつては上に立つ者としての資質を感じたりもしたものだが、蓋を開けてみたらその片鱗を感じ取れるのは極稀という。


 飽くまでエルナがそう感じただけに過ぎないが、思わず詐欺として糾弾したい気持ちが湧き上がるものである。


「それで、なにについて聞きたいんだ?」

「あー……」


 果たして話して仕事の手を止めてしまうのは正しいのだろうか。そもそも今この場で聞かなくてはならない事か?


 これから先、以前のように旅をするのだと思うと、その機会の多さから考えても言いにくくなってしまった。


「カインに気遣っての事なのだろうが安心しろ。楽ではないがこの量なら今日中に終わらせられる」

「……それならまあいいか。この国の初代魔王って眷属みたいなのがいて、その影響もあって羽を持つ人が多いんだよな?」

「という歴史だな。そんな事まで知っていて何故、自国の歴史に関心が湧かないんだ」


 まさか二年前の旅の事を蒸し返されるとは。


 しかもそれをお前が言うのか、という人物からだ。


 エルナが渋そうな顔をしつつ話を進める。


「なんていうか、お前みたく背中から羽が生えている人ばかりだけども、有翼種なんて言い方をするからにはもっと種類がいるんだよな?」

「そのとおりだ。確かに城下町だとエルナの言うタイプの者が多いのは事実だ。だが、あれで種族として全て同一ではない」

「……違いなんてあったのか」

「細かく見ていくと多岐に渡るからな。この町にはあまりいないタイプとしては、背中から羽に足も鳥のような姿。これは膝からや腿から、下腹部から下が全てという者もいる。他に肩から先が翼で、下半身はまあ先に言った例と同じという者。この辺りが分かりやすい別グループだな」

「鳥と人のハーフみたいな感じなんだな……」

「なるほど、人間からして見たらそういう捉え方にもなるのか」


 種族としての認識を持つクレインにとって、エルナの考え方は新鮮で感心している様子だった。


 無論、そうした学者の間には珍しくない見方なのだが、北の大陸における一般的にはそうであるのだ。


「……他には頭だけ人であとは鳥の姿というのもいる」

「じ、人面鳥……怖いな、それ」

「俺も見た事はないけどもな」

「それさ、魔物じゃないのか?」

「……この手の話題はかなり議論がされているらしくてな。その中でもこの種族は一応の決着がついていて魔物という事になったらしい。まあ生活習慣、というか習性が鳥の側だから当然とも言えるが」

「本人達はなんて?」

「さてな。そもそもやろうとしない限り、交流などないものだからなぁ」


 議論でさえ学者間で勃発しているだけの事だ。


 人面鳥、と称された魔物達は、そんな争いなど露知らず、今日もどこか人里離れた土地にて、我が物顔で飛びまわっているのだろう。


「そういえばハルピュイアと呼ばれる種族もいたな。ただこのあたりの文献は失われているらしく、絶滅しているのか今ハーピーとして括られる中にいる種なのか分からないそうだ。これに限らず、長い歴史の中で元の種族名が消えたり、気づかれない内に途絶えた種族は結構いるって話だ」

「今、割と重たい話題をサラリと言われた気が……。他にも色んな種族がいるんだよな? ドラゴンは聞いたか。例えばオークとかゴブリンとか。そういったのもこっちの大陸にはいるんだよな?」

「ああ。ただ彼らは自らの種族で構成された社会を築くからな。基本的にこうした町なんかに居る事はあまりないな。と言ってもゼロではないんだが」

「じゃあ、さ。エルフとかも、いるの?」

「何故そんな緊張感を持って問われたかは謎だが普通にいるぞ」

「おおお~」


 エルナの喜びようにクレインは甚だ理解できない、といった様子で顔をしかめる。だがそれも仕方がない事である。


 南の大陸においては、勇者と呼ばれる者の英雄譚と同じく、エルフという種族の者を主役にした物語が溢れかえっているのだ。


 そして、エルナとてそれを多く読んできた、言わば一般的な南の大陸の人間である。


 時には騎士であったり、時には姫であったり。エルフ達の国、というのも御伽噺の中では極々ありふれた設定であった。


「エルフかぁ。会ってみたいなぁ。彼女達で国を持っていたりするのか?」

「いや、そもそも単一の種族の国自体が存在しない。だから精々、自分達だけの集落とかそのぐらいだ。そういう意味ではエルフ種も、独自のみで生活するグループではあるな。勿論、町で暮らしているのも大勢いる。明日から旅の道中でも、そうした国を回るから見かけはすると思うぞ」


 クレインの解説におぉ、と声を洩らすエルナ。


 それだけ南の大陸の、そうした物語を読んで育ってきた者達にとって、エルフというのは一種の憧れの象徴であるのだ。


「俺にはその気持ちがよく分からないな。そこまで珍しい種族でもないし」

「そうだなぁ、あたし達からしてみれば高貴な種族とか、姫とかそういう身分みたいなイメージなんだよ」

「……とある国では料理屋を開いているぞ?」

「えっ?」

「料理屋。鍋物専門の」

「……」


 夢も希望も打ち砕く言葉に、果たしてエルナはなにを思えばいいのだろうか。


 事前に現実を突きつけてくれた事を喜ぶべきか。それともこのなんの気遣いも遠慮もなく開示されたネタバレに怒るべきか。


「まあ、色んな奴がいるよ。種族としても個人としても」

「現実はそんなものか……」

「流石に姫は難しいが、騎士となったエルフはいるからな?」

「……楽しみにはしておくよ」


 そも旅の中で出会えるかは分からない。


 打ち砕かれた期待と希望を胸に、己を心を立ち直させるエルナ。


 果たして実現されるか否かは、明日からの旅にかかっているのであった。

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