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オパールの杯に乾杯を  作者: 一矢
二章 誓う者
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閑話 種族

「協議に全く関係ないんだが……」


 荒ぶる魔王クレイン・エンダーがそう口を開いた。


 周囲には水の魔王リリア・スフェスター。深緑の魔王ミシャ・ブライトシャフト。火の魔王クロム・ファクト。山の魔王グレゴール・ファミステス。と、そうそうたる魔王陣とも、見慣れた面子とも言える人物達が集まっている。


 そして場所も変わらず水の都市。


 そんなよく行われる協議の場で、議題が粗方済んだのを見計らっての事だった。


「改まってどうしたんだ? お前らしくもない」


 咳払いの一つでも入れて話し出しそうなクレインの雰囲気に、火の魔王が心配そうな眼差しをする。


 普段のおかしい言動をしているのにこれでは、正常化したと言うべきかおかしくなったと言うべきか。そんな不安が見え隠れする。


「いや、だいぶデリケートな話なもんでな」

「……その言い方だと俺達全員、という事か?」

「ああ」


 山の魔王の問いに、首肯しながら答える。


 女性に、というのならばまだ分かるが、火の魔王と山の魔王にとってもデリケートとは一体どんな話が出るのだろうか。


 もはや不吉な予感しかなく、この場にいる三名ほどは戦慄しながら身構える。


「四人とも本来の姿があるわけだが……なんで人の姿を取るようになったんだ?」


 しかし問われた内容はいたってまともであった。


 まさか荒ぶる魔王からこんな内容の話を持ち出されるとは、と水の魔王を除いた三名が目を瞬かせて驚く。


 そんな中、特段変わらぬ様子の水の魔王が、それでは、と言わんばかりに居住まいを正す。だが、彼女の解説より先に、正気に戻った火の魔王の非難が割ってはいるのだった。


「お前、もうちょっと考えて言えよ! 本来の姿なんて触れられたくない奴が若干一名いる事を知らないわけじゃないだろ!」

「フォローと見せかけて後ろから刺すとはやってくれるじゃない……」


 ゴゴゴ、という地鳴りが聞こえてきそうな笑顔で、深緑の魔王が火の魔王を見据える。


 魔王、というより種族においてもっとも不憫な存在。それが深緑の魔王の種族なのだ。


 そう。本来の姿が菌糸類そのものである一族。


「……念の為に聞いておくが、深緑の魔王を煽る為ではないのだな?」

「おい、ドスレート過ぎるでしょ」


 山の魔王からの確認に、深緑の魔王の矛先がそちらに向く。


「勿論、純粋に知りたいんだ。例えば水の魔王のように竜の種族ならば、保有する魔力も高く人の姿に化けるというのは分かる。だが、もはや人として生命活動を行っている状況や、他の多種多様な種族までもそうであるのは納得できないというか腑に落ちない。農商国家にある史料だと、建国時には既に今の様な環境だったみたいで詳細が分からないままなんだ」


 そして答えたクレインのこの真面目さである。稀有も稀有。明日は槍が降らんほどである。


 だが、この大陸でそれが常識として育ってこなかったクレインには、当然とも言える疑問であった。


「なるほど……確かにその辺りですと、それこそここ水の都市や剣の国の建国時以前まで遡る話になりますからね」

「以前?! そんな当時の記録が残っているのか」

「あ、いえ。ちゃんとした史料は少なく、いくつかの仮説から考えられているんですけども……」

「流石の水の都市もそこまで古いものは逸失しちまってるか。それでも残っている物があるだけすごいんだが……」


 火の魔王とて初耳の話だったらしく驚いている様子である。口にこそしていないが、山の魔王も同じなのか彼の言葉に頷いてみせた。


「今のところ有力なのものですと……一つ、元々この辺り一帯を水龍の姿のまま統治、または守護を行っており、人々が集まり組織となっていく中で、人の姿を取って先導していく中で今のようになった。二つ、元々人の姿で現れては助太刀しており、組織となっていく中で代表者となり……以下同様」


 指を立てながら説明が続く。有力とする説はまだあるようで三本目の指、薬指が立てられた。


「三つ、ある魔族と協力関係にあり二種族で共に暮らす中で人の姿を取るようになった。こちらは国云々以前の話ですね。今のところこの三つの歴史が研究されています」

「水の魔王の種族は、自分達のメリットよりも他の魔族との共存の為、という形だったのか」

「とは言え、これは飽くまで現状で得られている情報に基づくものです。これが覆される真実があっても不思議ではないですからね」

「そこまで分かっていて覆るものなのか?」

「そりゃあお前……皆まで言わなくても分かっているだろ」


 言い難い様子の火の魔王の言葉に、クレインがはたと気づく。


 そう、国単体の話ではなく、北の大陸において隠されているであろう謎があるのだ。


「不自然な歴史か……」

「勿論、時代はあまりにも違うのは分かっていますが、遥かに遡ったその時代にもなかったとは言い切れません。もしかしたら水の都市で残っている古い記録こそ、作られたものである可能性、むしろ作られたからこそかろうじて残っていた可能性があります」

「何度考えてもよく分からない話よねー」


 少なくとも歪められているのであろう史料において、その先の真実についてここにいる魔王の国々は一切把握できていないのだ。


 誰も彼もが望んだとしても、手が届かない状況である。


「まあ、その話をしても仕方がない。それより火の魔王や山の魔王……はどうなんだ?」

「露骨に避けやがった」

「触れても怒って避けても怒って。もうどうしろと?」

「深緑……貴女の態度にも問題があると思うわ」

「いや、今のが水の魔王だったら気遣いだと思うわけよ。でも荒ぶる魔王だぞ? 絶対含みがあると疑ってもおかしくないでしょ!」


 深緑の魔王の抗議に、水の魔王がきょとんと首を傾げる。


「確かに、少々戯れになる事はありますが……私は疑うとかそうは思いません」

「水の魔王には甘いからなぁお前」

「まるで俺が誑かしてるみたいに言うな」


 火の魔王の視線を撥ね退け、クレインは山の魔王に向き直った。


「王家ではないとは言え、ゴーレム種が魔王を勤める事も多いだろう。記録とかないものなのか?」

「逆に聞くが残すような種族に見えるか?」

「あー……」


 そう言ってクレインは後悔をする。愚問もいいところなのだ。


 そしてあまり触れてはいけない内容でもある事にも。


「そういうな……まともな認識だったら俺とて苦労はな……。山岳都市を見てみろ。色々と老朽化がきているというのに、修繕などに皆消極的だ。根本的にそういう合理性がない。いざとなってからなんとかすればいい、と……決して怠惰ではないんだが、何故あんななのか……」


 自国の、それも国民性も含んだ問題に、日々頭を抱える山の魔王の愚痴が始まった。


 国の整備。比喩とかでなく、国内の物理的な物のそれがあまりにも滞っている現状に、現職魔王の彼は苦しめられている。


「ああ……だが、我々の種族はかつて、人に使役していたような話があるらしい、とは聞いたな。関係は違えど水の魔王のところの三つ目に近い感じだろうか」

「意外な共通点が生まれたな」

「確かに共通してはいるが本質がだいぶ違うような……。俺のところはなぁ、別に魔王務めるのがサラマンダー種じゃないし、俺自身あんまり気にしていないから詳しくは分からん」


 一方、火の魔王は早々とお手上げのポーズを取った。


 よほど関心がないのか、次の協議までに調べる姿勢すらない。


 そして残るは一人。


 果たして聞いていいものなのか、と遠慮がちに視線が集まる。だが間違いなくそれらはこう訴えていた。


 進んで自分の口から喋れ。


 そう、空気読め、と。


「……あたし達は森にいる魔族を見て、人の姿を真似るようになってこうなった、とは伝え聞いているわ」

「……真似?」

「……ビが人の姿」

「……ホラーではないか」


 男三人が引きつった表情で深緑の魔王を見つめる。


 それに眉間に皺を刻み引きつった微笑み、それも下唇をかみ締めた表情で応えた。


 場所が場所ならば間違いなく殴りかかってきそうだ。


「まあ、冗談は置いといて」

「あたしはだいぶ本気だけどな」


 青筋が浮かびそうな表情の深緑の魔王。


 だがその話は終わりだと言わんばかりに話題を移していく。


「あとは……ゴーレム種は近しいにしても、もっと人の姿の魔物とかでそういう話ってあまり聞かないのはなんでなんだ? 例えば……そうだな、マイコニドとか」

「あー……」


 怒り心頭の様子だった深緑の魔王が、なんとも言えない困った表情になる。


 彼女としては言い難い事なのか、少しばかり口をもごもごとした。


「聞いた話だと、昔は結構人の姿を取って行動していたらしいのよ。でもあたしの知る限り、意思さえあれば歩いて移動もできるんだけども、今では大半が森の奥で根を張っていて……」

「それ、退化していないか……?」

「あたしもね、言ってはみたのよ。でも、『わざわざ足生やして出歩くとか面倒臭い』って返ってきちゃって……いやまあ言い分は分かるし、種族の問題だからあたしもあまり口出しできないし……」


 心境としては頭を抱えたいのだろうか。


 深緑の魔王が項垂れてポツリポツリと語りだす。


「いつか、マイコニド種がただのキノコになっちまいそうだな」

「火山とは言え火の魔王のところにもいるんじゃないのか? あと山の魔王も」

「……そういや奥地にいるとは聞いていたが、見ない理由はそれか」

「俺のところは彼らでコロニーを作り、普通の生活をしているから問題はないな。火の魔王は対策でも講じるのか?」

「いや、彼らがそう望むなら好きにさせてやるつもりだ。介入するもんでもないし、結果退化したり滅んだりしても自己責任だろ」

「ドライな……」

「山の魔王ところはいいなぁ。一応ね、あたしも魔王だから、自国の領土内の種族だし心配はしているんだけどね……」

「我々が多種族の管理、というのは魔王として在り方が間違っていますからね……」


 思わぬ重たい空気が充満しつつある場に、クレインが話を戻すように結論を口にする。


「要するに人と同じ場所で暮らすようになったか否か、なのかな」

「……聞いていて思ったんだが、俺にしても山の魔王にしても、種族自体はピンキリだがこうして魔族化したのって、その中でも能力の高い種族だよな」

「そうだな、ゴーレムもサラマンダーも魔物のままの種のほうが多いぐらいだ」

「あれ? カイン……うちの側近からはゴーレムは魔族を指す存在、みたいな事を聞いていたんだが」

「間違ってはいませんよ。ゴーレム種で魔族でないものは精霊の扱いですし、こちらを指す場合は精霊のほうの、と言ったりしますので」

「ゴーレム種、面倒臭いな」

「荒ぶる魔王の意味不明さに比べたらだいぶマシだけどな」


 火の魔王が冷やかすように横槍を入れる。


 無論、クレイン個人の普段の行動……もきっと含まれているのだろうが、最たるものは種族の問題なのだろう。


「なにせ俺も知りたいぐらいだからな」


 クレイン本人でさえこれである。


 彼ら彼女らとは違い、一部姿が変容する者。しかもそれによる向上する能力はあまりにも高いのだ。


 そんな種族、この場にいる誰もが知らないのである。


 突如湧いて現れたようなクレイン。周りからしてみれば、彼こそが巨大な謎である。


「とりあえずそうだな……荒ぶる魔王は異質であり、今後、討伐の恐れを孕み各自覚悟をするように」

「ひ、火の魔王!?」


 唐突の、それも中々理不尽な締め括りに言われた本人よりも、水の魔王が先に非難の声が上がる。


「うむ、違いない」

「その際は是非、樹海の国に」

「一名が滅茶苦茶物騒な事を言ったぞ」


 その後もしばらく、議題とは別の談笑が続く。


 一昔前ならばこのような雑談など生じはしなかった。


 そう、クレイン・エンダーという新たな荒ぶる魔王によって、その場はかき乱され撹拌し、これが協議の日常の風景となっていったのだ。


 厳格さ、という意味では悪い事かもしれない。しかし魔王とて心を持つ者。人である。


 それを思えばこそ、この変化はきっと歓迎すべき事であったのだろう。


 例え未来でどのように評価をされようとも、今この場にいる者達で否定的に捉える者はいなかった。

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