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オパールの杯に乾杯を  作者: 一矢
二章 誓う者
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閑話 アニカと短剣

「おおーー」


 周囲に憚る事もなく、感嘆の声を上げるのはアニカ・ゲフォルゲ。


 今や農商国家荒ぶる魔王の右腕という位置に上り詰めた兵士である。


 だが実際にはそんな役職はなく、ただ単にクレイン・エンダーと行動を共にする事が多く、そういう印象を周囲に与えただけの話。


 それはそれで昇格のようにも見える。が、手が開いている時にクレインと遭遇すると、アニカがくっついていっているのが主な理由であるのだ。


 実際に仕事として同伴する事は全体の一割もない。


 といった諸々の事情はあれど、元より時の人であったが更に加速させ続け止まる事を知らない彼女。


 そんな人物が声を上げた先にいるのは、その要因となっているクレイン・エンダーであった。


 だがいつもの魔王とはかけ離れた格好ではない。


 ようやく新調された装備一式を身につけており、外見としては威厳を醸し出しているのだ。


「まさかこんな格好になっただけで黄色みがかった声を聞く事になるとは」

「いえいえいえ、とてもお似合いですよ。今までの粗野なお姿も好きですが、その魔王たる者として、正装したお姿も素敵なものです」

「似合うかどうかは別として、確かに良い鎧だよ。材質にせよなんにせよ、な。というか依頼した物よりよっぽど上質なんだけどこれ……渡した金で足りているのかなぁ」


 まさか足りもせず、だが魔王が身につける物と向こうが勝手に変えたのではないだろうか。


 もんもんと追加で支払うべきか? と悩むクレイン。


「確かカイン殿が別途で支払ったようですよ」

「……」

「やはり小細工してましたか、とも言っていました」

「依頼内容の確認をされたかぁ」

「……書き換えたんですか?」

「いやなんか高そうな金属だったから気後れしたというか」


 直前までただの鉄製の装備であったクレイン。


 というよりもそれ以外の装備らしい装備を知らないのではないだろうか。


 よくもまあ今の今まで、カインに無理やりにでも別の装備にさせられなかったものである。


「それにしても黒、なのですね」

「そういえばアニカはゴートより前の魔王の時代からいたのか?」

「ええ、なので……既に記憶は塗り替えられましたが、魔王様は白というイメージがあります」

「ゴート以前から城にいるのは全員そんな感じなんだろうな……だが俺が白というのもな」


 髪や目。翼も黒ときている。


 なによりこれまで身につけていたものがものだけに、ちょっとした小道具ならまだしも純白な鎧を装備など、想像しなくても落ち着かない話だ。


「コントラストとなって映えそうですが」

「……だとしても俺は嫌だな」


 カインでさえ黒い鎧に異論はなかったのだ。


 であればこれで正解である。きっとそうに違いない。


 今後もしも白い鎧を勧められたらこれで押し通そう、とクレインは心に決めて思考を停止させた。


 カインが気まぐれに、たまには元の正装どおり白でもいいかもしれませんね、とでも言ったが最後、崩れて塵になる言い分であるのだが。


「あれ? その腰のは短剣、ですか?」

「あー、使わないだろうがまあ見てくれの為にな」


 飾りの短剣。豪華そうな意匠を施された赤い鞘に収められるそれは、使われる事がまずないものである。


 そもそもクレインにとって短剣と言えば、獲った獲物の解体やらなんやらに使う道具としての側面が強い。


 戦闘においてはなにもリーチのある武器が全ての華、という事もなく場面によっては短剣も十分に有力なものである。が、今や非常識な力を持つ存在へと成長をしたクレインが短剣を使う機会はほぼないと言えた。


 ゴートとの一戦は正にそれである。暗殺でもないのに短剣を使うような状況であれば、自らの力を使ったほうが早い上に強力だ。


「……」

「そんなにこの短剣が気になるのか?」

「刃を見ていないのであれですが、きっと素晴らしい代物なのですね」

「一応抜いて確認してみたが一級品は一級品だな。こんな短剣、使った事がないぐらいだ。もっとも高級品自体使った事がないわけだが」

「もしも買い換えられる際は是非、私に譲って下さい」

「お前、これを新品で買えるぐらいの給金されて……え、ないのか?」

「そうではありません。クレイン様のその短剣が欲しいのです」

「……気持ちは嬉しいが、やっぱ神格化しすぎじゃないか?」


 以前に比べたらだいぶ落ち着いたものの、アニカのミーハーっぷりは今も収まらないようで。


 まるで炭火だ。


 表面的には炎を上げているわけではないが、燃料がくべられれば燃え盛る。


 いい加減クレインも慣れてきたのだが、時折こうして思いがけない言動をとられるとたじろぐ事も少なくない。


「そんな事はありませんよ。少なくとも私にとっては、ですが。今の時代に居られる事、神に感謝してもし足りませんほどです」

「目が本気だ……」

「それに私の場合は短剣自体使いますからね」


 そう言いながら腰をクレインに向けて見せる。


 元々の立場もあり、一般の兵士とは別に特注の鎧でがっしりと覆われた腰部。


 変わった嗜好でもなければ色気を感じさせないそこには、短い短剣から刃渡り50cmはありそうな剣まで数本を携えていた。


 予備の武器、にしては随分と数が多い。というよりも携帯している数がおかしい。


「なにそれ……」

「私の武器です」

「え? 普通の剣使っていたよな?」

「正式な兵ですからね。剣自体は使えます。が、私はこうした短剣や短めの剣による二刀流の方が本分なんですよ」


 本来の姿でないのなら、割と本気でなければアニカに負けていたであろうクレイン。


 だがそれも彼女にとってはある意味で全力ではなかったのだという。


 ならば彼女の本気は恐らく、クレイン本来の力でなければ太刀打ちできない事が予想される。


 ただでさえ彼女の機敏な動きに翻弄され、力でゴリ押ししたに過ぎない一戦であったのだ。


 そもそも次があるとしたら数のない手の内を晒した今、兵士に支給される普通の剣でさえ太刀打ちできるかも怪しい。


「で、どうなんでしょうか?」

「まあ換える時なら誰に文句を言われるでもなし。別に構わないぞ」

「! 聞きましたからね! 言質取りましたからね! 絶対ですよ! 忘れないで下さいね!」

「えー……短剣一本に本気になられすぎて逆に怖い」


 アニカの押しに怯むクレイン。


 特に断る理由もなく口約束を結んだその日であるが。


 遠いのち、その短剣が渡るのが別人のそれも別の土地であるというのは。


 二人とも予想する事などなく。


 そもそもクレインはこの約束を忘れ去っているのであった。

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