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オパールの杯に乾杯を  作者: 一矢
二章 誓う者
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五十七話 災い起こしてなにかを成す

 月明かりが煌煌と地表を照らす。


 星星の瞬きが世界包み、人々に休息と安堵を与える。


 そんな夜は常ならば、健やかな眠りや親しき者達との団欒。


 あるいはその静けさに身を委ね、物思いにふけたりもするだろう。


 ここ、農商国家の魔王城はどうだろうか。


 静寂とは程遠く、しかし昼の喧騒とは打って変わって。


 穏やかな時間が流れている。


「さあて、もうそろそろだ」


 そんな時間の中、風流とかなんかそういうのは好きに個々で楽しめばいいだろ? と言わんばかりの様子で、荒ぶる魔王クレイン・エンダーが厨房にて、大きな鍋に火をかけていた。


「……まあ、今更これぐらいで文句は言いませんけどね」


 季節的にはまだ早いし、気温的に恋しいというわけでもない。


 ようはいつもどおりの思いつきだ。


 そしていつもどおり兵士や侍女が数名いる。流石にいい加減クレインも配慮を覚えたのか、本日の勤務が終わった者達を捕まえての事。


 ある意味、普段どおりの光景を前に、側近カイン・エアーヴンは溜息一つでそれを受け入れるのだった。


「魔王が鍋料理をして文句などあるまい」

「ええ、そうですね」

「彼らとて今は勤務時間外、文句を言われる筋合いもなし」

「ええ、そうですね……」

「なんだかんだで食べるお前。はっ、そりゃ言えないよな!」

「……次やらかした時にはお覚悟を」

「さあてカイン君には多めによそろうかな?!」


 全く笑顔でない笑顔。


 協議以降、その凄みが水の魔王を彷彿とさせるようなってきて、よりクレインをびびらせている。


 あの場に出席した事でクレインは元よりカインにとっても大きな成長となったのだ。


 色々と嘆かわしい話だが。


「そーらご開帳だ」


 話題を変えたいクレインが、頃合を見計らって大袈裟に蓋を開ける。


 濛々と立ち上る湯気は、それだけで見る者の食欲を刺激し、次いで嗅ぐ香りに唾液腺が刺激され……早くそれを食わせろと体が要求しだすのだった。


「クレイン様の料理……光栄です」


 兵士の一人が感動に身を震わせている。


 今や一流シェフのような噂が立つクレイン。実際は全くそんな事はないのだが、己の主君がそれなりの腕を奮い作る料理とあらば感無量。


 特にクレインを慕う者達にとっては、ある種の褒美として期待されているところがある。


 なんとも良い効果だろうか。


 しかし果たしてこんな事で、城の者達に期待を持たせて士気を高めるというのも、いかがなものだろうかという話である。


 もうちょっとちゃんとした褒賞とか色々あるだろう。更に言えばこれで満足してしまう者がいるあたり、先代ゴート・ヴァダーベンの深い爪跡、もとい感覚の麻痺が見受けられる。


 もっとも口で言ったところでクレインが止まる様子もなく、ついぞカインはせめてそれを利用しよう、とこうして半ば諦めの境地で黙認するのだった。


「……なにやら見慣れない葉が入っていますね」


 ふつふつと煮える鍋の中を彩る緑は不思議な形をしていた。


 一本の針の様に伸びた葉の両側は、葉の先の方角へ開くように鋭そうな葉を伸ばしている。


 その刺々しい見た目はいうなれば雪の結晶の一片のよう。


 葉である事には間違いないが、その形状は針葉樹のイメージを与える。


 だが、鍋の中で煮えているそれは間違いなく、網状脈を持った葉っぱなのだ。


「ふっふっふ、良い物が手に入ったのだよカイン君」

「その言い方……また山に採りに行きましたね」


 何時の間に、という睨みを効かせるも、出し抜いたクレインは勝ち誇った様子で視線が刺さる様子はない。


 詳しい、というわけではないが、カインも知らないのであれば、よほど山奥や単純に希少。あるいは、実は近場では採れない代物なのだろう。


 空を飛べるが故に行動範囲も広く、クレインという人柄と合わさって非常に性質の悪い事この上ない。


「凄い腹立つ顔をして……」


 本来ならば叱責すべきなのだろうが、クレインにしてやられたのも事実。ここで怒るのもそれはそれで惨めなもので。


 だからこそ、クレインはこうして飄々としているのだ。


 先ほどのカインの言葉どおり、次の機会では倍返しにされるだろうがそれでも好機を逃す理由もない。どの道その時には怒られるのだから。


 だが、クレインは大きな過ちを犯していたのだ。この場を制する者は自分以外にいないなどという慢心。


 この状況を引っくり返す要因。


 それはつまり、


「あ、これっ!」


 詳細不明の野草を知る者が他にいるという事で。


 一人の侍女の言葉に、全員の視線が一瞬で彼女に向けられる。


「これ好きなんですよー。うわあ……クレイン様、感激です!」

「お、おう……そうか」


 感謝感激雨あられ。


 そんなはしゃぎっぷりの侍女の様子に、しかしクレインの顔が心なしか引きつる。


「これはどういったものなのですか?」


 この場を支配する主が覆ったのを見て、カインがにこにこと微笑みながら侍女に問いかける。


 楽しげな談笑の光景だが、これは布石であるのだ。


 そう、ほんの少し前まで頂点飛び越え有頂天であった、今は転落した王者を下す為の。


「トゲトゲとした見た目で、実際に葉でよく指を切ったりするのですが、加熱すると鋭さがなくなるんですよ。ほんのり甘みもあって凄い美味しいんです! 農商国家にはない野草なんで当分食べていなかったんですよー」


 場の空気が間違いなく数度下がった。


 これは国内では採れないもの。


 ならば一体何処からもたらされたのか? そもそも何処に生息しているものなのか?


 大よその結末を察した他の侍女や兵士が息を飲み、カインが話の続きをにこやかに待ち、話題を変えねばとクレインが口を開く。


 よりも先に侍女からその言葉は発せられた。


「樹海の国にしか生息してないし、出荷もされていない野草なので、実家に帰った時ぐらいしか食べられないですからねー」


 上機嫌の彼女が気づく事もなく、その場の時間は停止した。


 微動だにできない者達。


 悟った大よその結末に事の経過が加わり、災厄に触れまいと息を潜め。


 目を見開く主君と側近。


 一人はいく筋もの汗を流し顎へと集約させて恐怖を思わせる表情で。一人は口角こそ上がっているがまるで面のようにピタリと張り付いた表情で。


 ただ一人、状況を把握していない侍女だけがニコニコニコニコと鍋を眺めている。


「か、カイン、君。これには、深い……海よりも深ーい訳が」


 ゆっくりと振り向くクレインの目に映ったのは。


 天高く聳えるカインの所有する禍々しい得物。


 物や人を移動させる転移魔法。その応用で、もはや持ち歩く意味すらもなくなったそれを振りかざすカインの姿が。


 そうして穏やかな時間に流血沙汰が発生するに至るのだった。



「いい加減にして下さいよ? 今回は深緑の魔王様でしたからよかったものの、他の魔王様方だったら最悪国際問題ですからね!?」


 煌く丸い月が傾きつつある中、長々と続いた説教もようやく終わりを向かえ、その言葉で締めくくられた。


 国際問題。


 他国の魔王が無断で立ち入り、その国で自生する野草を食す目的で採取。


 これが原因で起ころうものなら、世界の終焉まで歴史に刻まれ続けるだろう。無論、悪い意味で。


「……分かった。今度からちゃんと了承を」

「そもそもその行動をするなと言っているんです!」

「ならあの侍女の言うように、彼女が実家に帰省してそのお土産に期待しろとでも!? いいんだな! そんな卑しい真似していいんだな!?」

「既に卑しい上に、それを他国に見せ付ける行為なんですからね?! どっちも懲罰房行きに決まっているでしょう!」

「……懲罰房、あるのか」


 これまでどれほどカインからの叱責を浴びたものか。


 累算半年は入っていそうなものだが、今のところその存在を知覚する事さえなかった。


 はてどういう事だ、と思うまでもない。


 魔王をそんなところにぶち込むのも、それはそれで問題であるのだ。


 だが終ぞその言葉さえも出てきたところを見るに、カインも色々と我慢の限界が近いのやもしれない。


「とにかく、他国に対してだけは醜態を晒さないで下さいね……」

「……」

「なんですか、その沈黙」


 ずい、とカインが乗り出すと、思わずクレインが視線を逸らした。


 そんな様子の主を睨む事数秒。その意味に気づいたカインがその場に崩れ落ちるように床に膝をつく。


「誰です……誰に見られたんです」

「多分、深緑の魔王」

「ああ……」


 既に他国の魔王に目撃されていたとは。


 しかしなにもアクションがなかったのであれば、怒り心頭という事はない、はず。


 もっとも奇怪な行動が故に、遠巻きから眺められ対処に困っていた可能性がある。


 親交があるわけでも他国の魔王。そしてなにも見なかった、と記憶から消す。


 きっと誰もがそうする。


 だって相手が、他国の魔王のそれも飛びっきり頭がおかしいと判断するに余る者なのだから。


「絶対に、次回の協議までに噂になっている……」

「いくらなんでもこんな話が流れるものか?」

「それだけ貴方は動向が注目されているんです。いえ、そうでなくてもこんな奇天烈な事をしていたら噂されるに決まってます!」


 気が狂っている要注意人物。そんなお触れが出回るのも時間の問題か。


 なによりも問題なのが目撃者だ。


 これが水の魔王ならまだしも、協議の場でも厳格さとはかけ離れていた深緑の魔王。


 もしかしたら嬉々として触れて回るやも。


「よし、侘びに行こう」

「神経を逆撫でする図しか思い浮かばないのですが、具体的にはどのように?」

「既にこの国のチーズは特産を謳えるほどの質になりつつある……流石は我が舌よ」

「……つまりはそれを手土産に持って、という事ですか」

「樹海の国は畜産そのものはあまり盛んではないんだろう? 顧客獲得も含めて丁度いい」

「意図を理解されたらそれこそ怒りを買いそうな……。こちらで穏便に取り計らいますので、魔王様は手を出さないで下さい」



「と言うわけで本当に申し訳なかった」


 クレインが深々と深緑の魔王ミシャ・ブライトシャフトへ頭を下げる。


 当の本人のミシャは呆れた様子で、その光景を前に溜息を吐いたのだった。


「……アポなしで現れて何事かと思ったらそんな事か」

「流石に日付が変わっているのに仕事をさせたのは申し訳なくて……即日行動すべきだと……」

「むしろそういう行動を慎むべきだとあたしは思うけどなー」


 そもそもこうしてクレイン本人が謝罪に来ている事自体、苦労人の側近を背後から切っているのと変わらない。


 ましてやそれも事前に連絡を取っていないのだ。思いはどうあれ問題を上塗りしている。


「そもそも別に気にしてもいないし、わざわざ謝りに来なくてもよかったのに。ま、くれるっていうんだし、チーズは貰っておくけども」

「ああ、是非食べてみてくれ」

「……本当は本気で営業に来た、とかじゃないんだよね?」


 包み隠さず話された内容に、手にした詫びの品に疑いの眼差しを向ける。


「五割は謝罪だ」

「五割営業かー」


 しかし、それがけっして間違っていない、とあっけらかんに言われてミシャはぼやく。


 あの側近の子がどれほど苦労しているか。それを垣間見た気がした。


「失礼な。営業は一割で、四割は交流だ」

「交流?」

「……? そりゃあお互い、立場ぐらいしか知らないんだしな。いや、俺は一方的に過去を語ったか」

「ふーん……」

「え……なにかおかしな事を言ったか?」


 じーっとミシャに見つめられて、居心地の悪さにまた何事をやらかしたか、とクレインが不安そうになる。


 だが、ミシャはパッと花が開くように顔を綻ばすと、


「いやー? ま、今後ともよろしくね。あんたは面白そうだし」


 好意的に手を差し出した。


 それを僅かに不服そうながらもクレインが応じながら苦言を漏らす。


「割と真面目なつもりだったんだがな」

「本気で疑いなくそれが問題ないと思っているのなら、あの側近の子の前でここでの話をしてみなさいよ」

「……どうぼかしても怒られるなぁ」

「答えでてんじゃん」


 天を仰ぐクレインに、ミシャは彼の側近を不憫に思う。垣間見るどころではない。


 間違いなく相当な苦労をしていると断言できた。


「あんたが来た事、内密にしておくよ。あの子に知られたらまずいでしょ」

「……わざわざいいのか? すまないが助かるよ」

「いいって事よ。今まで没交渉になっちゃってたけども、折角のお隣さんだしね。あたしもそんな真面目じゃないけども、魔王に関しては先輩なんだ。いくらでも頼ってよ。あたしも寄りかかるから」

「ちょっと待て、比重がおかしいだろ」


 クレインのツッコミにからからとミシャ・ブライトシャフトは笑ってみせる。


 確かに問題である行動であった。


 更にそれを追い討ちをかけるようなものであった。


 だが間違いなく、一つの糸が結びついたのだ。


 それはかつてあって、今は途切れた糸とは別に。


 新しい繋がりが今、確かに結われたのだった。

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