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オパールの杯に乾杯を  作者: 一矢
二章 誓う者
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五十五話 協議

「今回出席するのは開催国である水の都市の水の魔王。山岳都市の山の魔王。それに樹海の国の深緑の魔王と、火の国の火の魔王です。共存派の中核メンバーが勢ぞろいですね」

「とか言いつつ、その面子が揃う日を選んだんじゃないのか?」

「ええ、勿論その通りです」


 ゴトゴトと揺れる馬車の中、クレインとカインは協議に向けての話し合いをしている。


 正確には、今のところカインから話を聞くだけであるのだが。


「そのなんとかの魔王、て二つ名みたいなものはなんだ?」

「他国の魔王様方に対してはそう呼ぶものです。国の特色などから取ったり、その当代魔王様ご自身に当てはめたり、自らお考えになったりします」

「初耳だ……」

「あまり国外に対する話をしてきませんでしたからね」


 魔王という座に就いて既に一年が経過している。


 にも関わらずクレインは自分が他国から暴君再来、二代目ゴートあたりの呼ばれ方以外をされているだろう事を知らなかったわけだ。


「俺はどうなっているんだ?」

「特になにもしていませんので、先代ゴート様の荒ぶる魔王を受け継いでいる状態ですね」

「あー……さもありなんってところだな」


 ここまで正確な二つ名もそう多くないのだろう。


 しかしそれを今度はクレインが名乗っているわけである。


 ゴート・ヴァダーベンの暴れる二つ名をだ。


 一見すればとんでもない物を押し付けられたかにも見えよう。


 だが、これはこれで間違ってはいないのだ。絶体絶命の死の島で生きた経歴にせよ、賊狩りと呼ばれた過去にせよ、そして魔王になった経緯にせよ。どれをとってもその名は結びつく。


「いえ、別にゴート様が初めて名乗ったわけではありませんので」


 妙に納得しているクレインに、カインが待ったをかける。


 まだ他にも似たような奴が魔王をやっていたのか、とクレインは驚くも、すぐにそれも然りと再び納得したように相槌を打った。


「魔王の任命方法からしてありえるか。しかしそうなってくるとなんか使い古しで嫌だな」

「情報が間違っていなければ建国初期、とまではいきませんが、相当昔からある二つ名だそうですよ」

「歴史あると言えば聞こえはいいが使い古しか。なんか嫌だな」

「では、所帯じみた魔王を名乗られますか? 間違いなく名乗った方はいないでしょう」

「ここぞとばかりにネチネチと……」


 よほど日頃の行いを改めてほしいのだろうか。先日爆発した不満は今も尾を引いている様子。


 確かにカインが言わんとしている事をクレインも十分承知している。


 いるのだがしかし、あの数日前に自身の机に置かれた、カインも知らない手紙を思い出す。


『先日の夜食、ありがとうございました。不敬を承知で申し上げます。またお作り頂ける事を心から願っております』


 カインの思惑はどうであれ、既に今の等身大のクレインが周囲に認知され、受け入れられているのだ。


 つまりは、国外に向けてはどうであれ、国内においてはもう変わる必要性は薄くなってきている。


(言い訳の一つにもなるが、言ったら言ったで拗れそうだな)


 ただでさえクレインに振り回されて、そのしわ寄せという後始末をカインが請け負っているのだ。これにキャラとして周りには受け入れられている、とカインが知ったらどうだろう。


 考えるまでもなく荒れる。なんなら憂さ晴らしに殴られるのも已む無しとまで言える。


 聞く限りのカインの経歴からは反抗期なんてなかったのだろう。それも合わさって爆発する未来が視界の端にチラつく。


「……とりあえず今後は正式に荒ぶる魔王を名乗るとして、派閥の話をしよう」

「意欲的になって下さるのは嬉しいですが、なにか意図がありそうで嫌ですね……」


 急に素直になったクレインに困惑した様子を見せるカイン。


 だが、間違いなく協議の場で発言する事になる話題に進むのは彼とて賛成である。


「以前にも言いましたが、共存派であれ征服派であれ。どちらに属したからなにかの役目を負うという事はありません」

「共存派は仲良しグループ、征服派は腹の底に抱えるもの抱えて睨み合い、だっけか」

「睨むほどあからさまではありませんが、その認識でも間違いはないですね。現状における派閥の動き……というよりも水の都市が征服派へ説得を行っているのみで、魔王様の仰った以上はカテゴリーとしての意味しかありません。まあそれも、征服派にとっては牽制の効果がありますが」

「水の都市ではどう共存していくかの計画とかがあるのか?」

「……いえ、まずは貿易から始め、異文化交流を経て仲良くなり、相乗的に良い結果を目指しましょう。みたいな話だそうです」


 なんとも大雑把でありきたりな話なんだろうか。それも相手が善人であれば通じる内容である。


 無論、南の大陸の人間というのが、北の大陸に害を為すほどの強靭な種族ではないのはクレインさえも知る周知の事実。だとしても頭がお花畑だ。


 もっとも、カインとて物心ついた時から魔王はゴート・ヴァダーベンであったのだ。他国の者と接する機会はなかったと考えられる。


 ならばこれは飽くまで城の者から聞いたに過ぎない。果たしてどこまで正確なのだろうか。


 だとしてもこんな内容になるのだから、それなりに平和ボケした説得であるように思えるが果たして事実はどうであるか。


「ま、どちらにしても共存派でいいか」

「その心は?」

「征服するという事はその地を支配するわけだ。それはつまり……」

「つまり……」


 ゴクリとカインが唾を飲み込む。


 いつになく真剣そうに語るクレインの様子に、緊張と期待が膨らみ、


「大海の向こうの場所の管理なんてやってられ……」

「期待した私が馬鹿でした」


 弾けて萎む。


 何故、学習しないのだカイン・エアーヴン。


 そう口にして問いたい気持ちを抑えて、淀んだ半眼を己の主へと差し向ける。


「阿呆な事を考えてないで、しっかりとした答えを用意しておいて下さいよ。魔王交代と言えど今の農商国家は、他国から見れば色々とマイナススタートの国ですからね」

「あ、そうか……俺が暴君引き継いだ事での負債、ここで引っくり返さないと後々長引くのか……」

「……」


 嘘ですよね?


 目を見開いて血の気が引いていくカインの顔にはその文字が書かれていた。


 まさかこの程度も見通していないとは、一体誰が思っただろうか。


 恐らくカイン以外はそう思っていただろう。だってクレイン・エンダーだもの。


 ようやく、傍にいるが故に誤った信頼をしていた事に気づく。


 そして現状の絶望感はいかほどか。


 カインは揺れる馬車の中、静かに頭を抱えるのだった。



 水の都市。ちょっとした川のような水路に取り囲まれてその町は建っている。


 町の内部ともなれば、大小様々な水路が張り巡らされて、見る者の心を洗う穏やかな景観をしていた。


 そんな町を抜け、中心部へ進むと大きな城が悠然と構えている。


 様々な意匠が施され、嫌味ではない装飾が輝く美しい城。


 流石は大国。その思わせる高尚さと優美な姿を魅せてくる。


 ところ変わりその麗しき城にて、ピシリと空気が固まりそうな一室があった。


「それでは協議を始めていきますがその前に……」


 小柄、というよりも単純に少女の姿をした者がそう述べた。


 清流をも思わせる長く美しい髪を束ね、厳格ささえも思わせる装飾が施されたローブを身にまとう国色天香の美少女。水の魔王である。


 この場の、男三人女一人の魔王を取り仕切る彼女はチラリとクレインを見やり、


「初顔合わせであり、参加も初めてですので分からない事、戸惑う事が多々あるかと思います。ですが時間は十分にあります。そちらの付き人と共に学んで下さい」


 凜としつつ柔らかな声音でそう告げてきた。


 配慮をしてくれている、とも取れるが特別手助けをするつもりはない、とも断じられているわけだ。


 話とは程遠い歓迎ムードだが、征服派と認知されていた暴君の姿を引き継いだとあらば、その思惑を明かすまでは当然の対応だろう。


「……あれが農商国家の魔王? 嘘でしょ?」

「まさかここまで若いとはな。俄かには信じがたいが……」

「話し合いで片付くはずがないし、実力は本物なんだろうな」


 そしてこのアウェーである。


 水の魔王を除いた三人の魔王が小声で、だがクレインにも確かに聞こえる声で話す。


 一人は深緑の魔王。


 若い容貌の女性で、季節に合った薄着をしている。しかし、萌黄色で染められ、なんらかの模様が刺繍されたその服は、彼女の国にとっては正式な衣服なのだろう。


 揺れる短く切られた髪に引き締まったすらりと伸びる肢体が、活発さをイメージさせる。


 その正面、山の魔王。


 この中では一番の年配者、と呼べる顔つきをした男性だ。


 落ち着いている様子と声音からして、この場を取りまとめる役であってもなんら不思議ではない。そんな雰囲気を持っていた。


 軽めの鎧を身にまとっているが、それでも尚大きく見える体は、随分と鍛えこまれているのが一目瞭然である。


 そしてクレインの正面、火の魔王。


 彼もまた若い魔王で、見た目の様子で言えばクレインに近しいだろう。しかし種族によっては寿命に差があり、容易にはその判断はつかない。


 山の魔王やクレインと比べれば深緑の魔王のように軽装であり、随分とフランクな印象を受ける。


 そんな彼らは遠巻きにするかのようにクレインを見つめていた。


 恐らく、などと言う必要もない程度には、確実に今のクレインのほうが並の珍獣よりよほど珍しい存在と言える。


 クレインとてそんな事は十二分に理解しているが、だからといってこの空気が居心地いいはずもなく。


 それを察するまでもなく、水の魔王がコホンと一つの咳払いにて三人を咎めると話を続けた。


「魔王に就任されて一年、でしょうか。貴方の国が置かれてる状況、貴方に対する各国の評価も分かっているでしょう。それらを踏まえた上で、貴方がどうありたいか、どのような国を目指したいかをお聞かせ頂いてもよろしいでしょうか?」


 それはまるで査問されているかのようだ。いや、実際に査問と大して変わらないのだろう。


 他国からしてみれば油断できない危険な魔王を討ち取り、次代の魔王となった者なのだ。


 一体その腹にどんな一物を抱えているのか。それこそ、北の大陸の征服を目論んでいてもおかしくなった男を討った者。次はいよいよそれに踏み切るやもしれん。


 各国魔王の視線が集まる中、クレインは席を立ち一礼をする。


「では改めて。荒ぶる魔王ことクレイン・エンダーという者だ。ご存知の通り、我が国は先代魔王によって酷く疲弊した状態にある。また、西の国々を拠点とする賊による侵略行為も見過ごせない。目下、国の建て直しを最優先としている」


 水の魔王は僅かに目を開け、山の魔王は顎に手をやり、火の魔王は目を丸くし、深緑の魔王は隠す気などない、と言わんばかりに大口を開ける。


 そして、傍に控えるカインは俯きがちに目を大きく見開き、静かに肩を震わせて感動を。


 三者三様、クレインのスピーチにそう反応するのだった。


「失礼ながら、私は貴方が先代荒ぶる魔王と似た性質の方だと認識しております。力を誇示し権力を振りかざした話も耳にしていますが、その事について詳しくお聞きしてもよろしいでしょうか?」


 僅かな戸惑いを見せたものの、すぐに元の静かな調子で水の魔王はクレインへ問いかける。


 それらの言葉は三人も抱いたのだろう。彼女による代弁に静かに頷いていた。


「それらの話自体は事実であり、自分が先代魔王と同種である、と周囲に思わせる為に行ったものだ」

「お、思わせる為に?」

「先代魔王ゴート・ヴァダーベンを討ったのは自らの意思だが、魔王就任は本意ではない。そもそも自分は魔王としての基礎知識を著しく欠いている。その為に、就任当初は状況の把握すらままならなかった為、外部からの接触を極力なくすよう……つまりは先代における環境を維持しようとしたのだ」

「……なるほど。始めこそ詳しい話が耳に入ったものですが、それ以降噂話程度しかなかったのは、周囲にそう印象付ける為に当初だけそうした立ち振る舞いをしていたからなのですね」

「理解が早くて助かる」


 納得する水の魔王に対し、三名の魔王達は互いに顔を見合わせていた。


 暴君であると偽った。というのすら偽っている可能性は?


 国全体がそうであるわけではないのは百も承知。しかし、先代魔王であるゴートが落とした影、その不信感はそう簡単に払拭できない。


 それでも彼女が納得し認めるのであれば、と僅かに引っかかるものがある様子で、表向きクレインの行動を理解し受け入れたのだった。


 だが、これで終わりにはならない。


 まるで値踏みするような火の魔王は、


「で、わざわざ協議に出てきたって事は南の大陸に対する考えも先代とは違う、て事なんだよな?」


 今この場にいる意味を問うのだった。


 彼の言葉と共に、水の魔王さえも含めた魔王達の空気が再び張り詰める。


 当然だ。例え国を豊かにすると立派な思想を掲げたところで、他者から奪う事を厭わないのであれば、自分達と考えを反するのだ。


 なにより征服派を警戒している。


 団結、とは程遠く今まで直接こちらに害意をもって干渉してくる事はなかった。だが、それが一片の疑いのない事柄であるとは誰も妄信していない。


 何時、手を組んだり、共存派の切り崩しを企てるか。


 戦争こそ遥か過去となった今だが、誰一人平和ボケなどしていないのだ。


「ああ、共存派として進むつもりだ」


 そんな緊迫感などどこ吹く風と。ある意味で、彼ら彼女らが望む答えがごく自然に返される。


 しかし、それで安心する者はおらず、温度の低い視線は尚もクレインを射抜いている。


 その先を促されているのが肌に感じるほどで、クレインは更に口を開き、


「正直に言って遠方の地を征服し、管理する余裕などない」


 馬車で語った言葉がそのまま出した。


 果たしたその答えは彼らにとってどうであったか。


 聞くまでもない。


 四人は目を丸くして呆気を取られたかのような視線を、ある一人からは喜怒哀楽を失った暗殺者の視線をクレインに向けた。


「というのは建前だ」

「それ、建前か?」


 更に続いた言葉は殊更に彼を困惑させるものである。


 あまりの発言に、深緑の魔王が思わずツッコミを入れるほど。


 他に誰も発言こそしないが、三人の魔王が小さく、しかし確かに頷いた。


「あまり偉そうな事は気後れするし気恥ずかしいから、滅多に口にしないんだが……」


 チラリとクレインは傍に控える己の従者の顔を見る。


 よほど続きがあるのが思いがけないのか、カインにしては珍しくきょとんとした顔で主を見上げていた。


「無理ならば共存しなくたっていいとさえ思っている。大海の向こうだ、今までどおりお互い不干渉でいいだろう」


 そこで一度区切ると、クレインは大きく息をつく。


 薄っすらとであるが首筋や顔には汗が浮かんでいるのをカインは見る。


「自分は……言わば治安の悪いところで生きてきた。全て許される、とまでは言わないが、生きる為に殺し奪う事は致し方ないと思っている。それは自然の摂理でもあるのだ。だが西の国々の賊はその範疇を超えている。だから俺は賊狩りと呼ばれるようになった」


 火の魔王だけがピクリと反応を示すも、クレインの言葉は続く。


「荒ぶる魔王、ゴート・ヴァダーベンは娯楽のように人を殺め、人々から搾取をしていた。だから俺は魔王となった。征服派がその思想を実現させた時、同様の事が起こるのは想像するまでもない。だから俺は共存派を選択した。いざとあらば、人道も倫理もかなぐり捨てて止めるつもりだ。賊や先代と同じように」


 その言葉を意味するところに、その場にいる誰もが息を呑む。


 正義とは程遠い思想の告白だ。


「それは正にお前の言う生きる為ではない殺しではないのか」


 静かに、だが咎めるように山の魔王がクレインに問う。


 そう、紛れもない自己矛盾だ。


「それは……今でも悩んでいる。だが、俺には戦う事しかできないし、この頭じゃきっと答えなんて見つけられないだろうな……。だからこの行為を糾弾されるのであれば甘んじて受けようと思う。俺がそうしてきた者達のように、俺がそうされるのであっても」


 その罪を背負った上でただ手にかけよう。


 ここまで善良そうに語っておいて、晒した内側は全くもって無責任な話だ。


 自分が好かない事だから許しはしない。例え罰せられようとも。あまりにも歪なエゴイズムの塊である。


 クレインが沈黙すると、部屋は静寂に包まれた。


 果たしてこの男を野放しにしていいのだろうか。


 誰もが呼気の音を立てるのさえ躊躇し、ただ静かで淀んだ時が流れていく。


「……以上ですか?」


 しかし、それを水の魔王が破るのだった。


 山の魔王でさえ、口を噤んでいた空気をそそぐように。


「ああ……以上だ」


 今や玉の様な汗を噴出しているクレインは、静かに席に着いた。


 カインにすら晒していない心の内を、その本心を打ち明けたのだ。


 どれほどの非難をされるだろうか。決して小さな勇気ではできやしない事だ。


「我々は貴方を新たな共存派、仲間として心から歓迎します」


 だが返ってきた、澄み渡るような声にその色は一切含まれていなかった。


 クレインやカインはおろか、三人の魔王も驚愕と言わんばかりの表情で水の魔王を見る。


「そもそも、他国における事柄を裁く者は誰もいません。それこそ先代荒ぶる魔王を誰も止められなかったように。ですが、貴方のその覚悟が現実のものとなる時、侵略阻止を引き換えに戦火という形で周囲を焼き尽くすでしょう。そのような事、到底許されません」


 なので、と付け加える水の魔王の表情が、水の様な静けさを打ったそれが柔らかな温もりへと変わり、


「我々が絶対にそうはさせません。個人で行った事を取り返せはしませんが、貴方が稀代の殺戮者の魔王と呼ばれるのは防いでみせます。ですので、そのお力をお貸し下さい」


 クレインを心から受け入れるのだった。


 その光景を三人はどう見たのだろうか。


 この光景を二人はどう思っただろうか。


 だが、少なくとも確かな事が一つある。


 北の大陸を覆っていた、一つの暗雲がまたこうして晴れていくのだった。

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