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オパールの杯に乾杯を  作者: 一矢
二章 誓う者
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四十八話 くすめば光も見えはせず

 青い空に広がる雲。吹く風はやや強くもあるが心地よく。なんとも平穏な一日を表すかのよう。


 その空を五つの影が飛んで行く。


 大きな翼を広げて農商国家の上空を、まるで支配者であると誇示するかのように堂々と切り裂くように進む。


 やがて町から離れた、誰も管理していない林や森が見えてくると、集団は急降下し木々の合間を風のように抜けていく。そして再び上空へと舞い上がると、とても大きな旋回をしつつ、国境を沿うように国の端を飛んで行った。


 農商国家の兵士の鎧をまとった四人。


 そして国で採用される正規の物とは違う鎧が一人。


 進路は次第に国の中の方へと寄っていき、やがて王城の方角へと示した。


 公式な新魔王誕生の発表。あれから一ヶ月ほど経った今、週に二度ほどこの光景が見られるようになり、その先頭はやはりというべきか、クレイン・エンダーその人である。



「で、なにか釈明はございますか?」


 視察をした晩。二人に口止めをしたところで、予算案の修正ともなれば彼の耳に入らない訳もなく。


 初めて見る者であれば、暗殺者と勘違いするであろう眼光を放つカインは、無数の棘がついた棍棒を片手にクレインの前で仁王立ちをしていた。


「……その武器、お城にあるの?」

「急造させました」


 お前の為にな!


 という声すら聞こえる雰囲気に、クレインは思わずは息を飲み込み押し黙る。


 勿論それはなんの解決にもならないが、一秒でも長く生きたいのであれば黙秘に限る。そう理性と本能が告げているのだった。


 クレインの機嫌を損ねるような振る舞いをする者は殆どいない。人物像が分からない中での暴挙に、先代ゴート・ヴァダーベンの影を見たからだ。


 しかし、カイン・エアーヴンは違う。心情的な事などまだまだ分からないものの、クレイン・エンダーという男の本質を徐々に理解し始めている。だからこそのこの大胆とも凶行とも言える行動に出られるのだ。


「いやだってほら、本決定じゃないんだろ? ならまだまだ修正は効くでしょ」

「ええそうですね。このクソ忙しい最中に『ほぼ決定』の内容でもまだ一回は、そこに焦点を当てての会議をしますから。で、この農業区に対する莫大な予算はなんなんですか」


 棍棒を握る手に力が篭るのを見た。


 これは間違えられない。


「……食育とはなんなのか知っているかね、カイン君」

「……」

「わーーーー! 待て待て待て待て! ちゃんとした説明もあるから!」


 大仰な物言いに得物を振りかざす事で答えを返す。


 しかしクレインは先代をも討つ力の持ち主。守りに入れば相応の防御力を誇るのだろう。その彼をもってしてなにがここまで恐れさせたのだろうか?


 目が本気であるからだ。


 間違いない。やる気である。なにをやるかはお察しの通り。


「ではちゃんとしたご説明を」

「か、カインこそ知っている通り、農業区は完全に疲弊している。正にこの瞬間に破綻してもおかしくない状態だ。崩れる前と後では持ち直すまでにかかる時間はあまりにも違う。被害を最小限に止める為の先行投資だ」

「予算だけでは意味がありません。それをどのように効率的に行うかも大きな課題ですよ」

「技術改革も必須だろうが今は人の部分をどうにかしないとまずい。視察したところはまともに着る物もない状態で、町に一人しか残っていないとなると昼も夜も休みもなく働いている状況だと考えられる」

「農業なら日中は出払っているものでは?」

「まあ、な。普通なら心配しないが、追い詰められた環境であれば話は別だ。『そうした方が都合がいい』のと『そうせざるを得ない』のではまるで違う」


 カインは少し目を大きく開くと、溜息混じりに棍棒の先を床につけて握る手の力を緩める。


 第一関門は突破した、という事だろう。


「予算は用具や建物の修繕、あと食料品の支給に充てる。作物の生育状況などは分からないが、手の空いている兵士を各地に送り、力仕事や代われる仕事は全て彼らにやらせる。少しでも休ませてやらないとならないだろ」

「軍部からの文句は避けられませんよ。ただでさえ予算を減らされているんですから」

「今回の視察で見たわけじゃないが、ここに来るまでに通った村じゃ先の折れたフォークや鋸みたいな鎌を見かけた事がある。彼らが修理すらままならない中、身につけてるだけで壊れてもいない兵士の装備なんぞ後回しにしろ」


 もしかしたら、あの町ですら磨耗しきった道具で仕事をしているかもしれないのだ。


 それに対して実際に戦う事など滅多にない兵士の装備。優先させるべきはどちらかなど、クレインにとって天秤にかけるまでもない話である。


「それでも尚、文句がある奴らには正々堂々策を巡らし寝首をかきに来いって伝えとけ」

「……それはまた、性質の悪い宣戦布告で」

「俺も経験があるが、農具振るってだけでもそれなりに訓練になるもんだ。飽くまでも兵士だから鍬より剣を振るうべき、て駄々をこねる奴がいたら、俺が付きっ切りで打ち合いの稽古に協力してやる」

「……役職の者が言ったら連行しましょう」


 意外な言葉にクレインは目を丸くする。


 思えば、あの先代にして大好きな軍部のそれも上層。少なからず擦り寄りゴマ摺り、甘い汁を啜っていたのかもしれない。


 現魔王を出汁にお灸を据えたいとは、カインも中々抜け目がないようだ。


「確かに装備以外の部分も削っている。正直言って、魔王が代わって西側で荒らしている連中が舐めてちょっかいを出してもくるだろう」

「その上で削減ですか?」

「問題ない。今回の件で、恐らく俺は二代目ゴートとして知れ渡る事になるだろう。視察に行った町から追加で徴収もしたし」

「待て、何の話だ」


 カインの声のトーンがまるで地獄から響くかのようなものに変わり、敬語すらも消え去った。思わずクレインは自分の手で口を塞ぐも時既に遅し。


 それ自体は口止めし、当然ながら当日の内に城へ届けられもしないのだ。聞き及んでなくてもおかしくない。


「お、落ち着け。ちゃんとそれも含んでの話だから」

「どう含んだらそれを肯定すると?」

「ま、まず話の続き! これによって連中もそう気軽に手は出さないだろう! 加えてまだ考えてるだけだが、有翼種の兵士と共に週に数度の巡回を行う!」

「……巡回?」

「威嚇、と言ってもいい。人がいなくて隠れられそうな場所を敢えて通る。貧しい村はゴートに捨て置かれてターゲットにされていたと聞いているが、これでこそこそ隠れてもあまりリスクが減らせないと思うだろう。抑止力は今まで以上にあるはずだ」


 先代との決定的に違う点。


 それは正に先代を討つ力があり翼を持っている事。


 それを誇示してきたのであれば、手を出すのは真性の馬鹿ぐらいなもの。


「……本題は?」


 納得しかけるも暗殺者の眼光でクレインを見据える。なによりも重要になった内容。徴収と言えばまだ若干は聞こえがいいものの、実質強奪という諸行。


「西側に出荷されるのは勿体ない」

「判決は言葉にしなくてもいいですよね? それではいきますよ?」

「最後まで聞いて!」


 振りかざされる凶器の前に竦むクレイン。


 正直なところ、身長差があるカインに振り下ろされたところで、致命傷を負う位置に上手く当てるのは中々難しいだろう。


 しかし彼は魔法に長けている。全力でなかったとは言え、素のクレインが力比べで負けるほどには身体能力の強化が行える。


 もしも力に全力を出されたならば? まともに当たればどこでも致命傷になりえそうだ。


「劣悪な環境に対しては良い出来である。ちゃんとした国に持って行きそれを説明した上、今後は多少なりとも融通を利かせるとかなんかそんな感じで……」

「つまり投資を募る、と?」

「そう、そんな感じ!」

「……個人の商人なら自由ですが、現状ですと飽くまで国の商人という扱いですからね。正式に手続きを踏んで市場などで売る事になるので、そうしたやり方は難しいかと思いますよ」


 え、そうなの? といった顔でクレインが驚く。


 行動や考えは評価すべきだがやはりまずは勉学に励んでもらいたいものである。


「そもそも、それで買うものでしょうかね。元々が上出来であったのなら話は別ですが」

「俺なら買う」

「……まあ個人の感想は置いておくにして。それでどうするんですか? その案、既に破綻していますよ」

「買われた事にして俺がポケットマネーであの町に返せばいい」

「え? 徴収って話ですよね?」

「あの町への支援にそれを上乗せしておけばいいだろ? できるのなら先行して食料だけでも配り、それに紛れ込ませるとか」


 なんならそこら辺の山で肉を獲って来ようか。などというとんでも発言を重ねる魔王。


 ここまでに何度溜息をついただろうか、とカインは更に一つカウントをする。


「……いいでしょうそれらを含めて修正、改善案をまとめ早急に進めていきます」

「お、おお……いいんだな? 許されたんだな?」

「今回は、です。今後は事前に相談して下さい」

「善処はしよう」


 絶対にしない。


 クレインの返事を即座に胸中で否定をする。


 良くも悪くも、カインはクレインの本質を理解しつつあるのだから。


 およそ、魔王にふさわしくない者である。


 だが決して国に身を捧げる気がないわけではない。ならばこれは変革となるのだろう。


 既知に属さない魔王。さりとて無能でもなく、意志を持つ魔王。


 新たな仕組み考えやり方。そうしたものをきっと残していく。それが良かろうと悪かろう。


 だからこそカインは未来を知るのだ。


「今後、擁護のしようのないなにかを致しましたら遠慮なくこれですので」


 皆まで言わずゴツゴツと棍棒を床に突く。


 予想以上に重く鈍い音にクレインはゴクリと唾を飲み込む音をさせる。


「ぜ、善処します」

「ええ、して下さい。それと、なにか他にありますか?」

「他?」

「今後の方向性です。少なくとも、魔王様と我々とで大きな差があるのが分かりましたし、また無茶苦茶な修正をされては敵いません」


 無闇にその凶器を振り回したくもないようで、未然に防ぐべくとでも言わんばかりに意見を求められる。


 逆にこうした事を行っている上で致そうものなら、きっと全力で振り抜かれる事になるのだろう。


「俺は……まずは人々の暮らしをよくする事を最優先としたい。城下町ほどでないにしろ、衣食住で極端に不自由しているのは無くす」


 およそ、察していたとおりの答えにカインは深く頷く。


 既に見えた未来は悪いものばかりではない。


「あと俺はこんなだから、威圧的にやって暴君や狂乱のイメージで先代以上に周囲を警戒させる。少なくとも物理的な争い事への懸念は不要だろ? あっても俺が出て沈めればいい。最低限の警備は必要だがかなりの兵士が浮く。それを人手が足りないところに送り込む」

「……随分と割りに合わない役目ですよ。恐らく、城内ですら全方位に嫌われるでしょうね」

「お前がその意味を把握していれば問題ないだろ」


 少なからず茨の道であるはずのそれを、さも問題ないかのように平然と受け流し、


「むしろその状況であれば、国外のこちらに対する態度も先代からの現状維持だ。なにがどうに割り込んでくるとか魔王交代がどう転ぶとか俺には分からない。だからこの隙にとっとと国を安定……は短期間じゃ無理だな。せめて杖なしで立ちたい」


 私欲も見せず自らを礎にする事を当然のように前提とした。


 その人生を国の為にと捧げた稀代の王は今までもいただろう。思慮深く理知的で、傲慢さなど欠片もなく努力を当たり前とする。そんな英雄たる王。


 クレインもまた稀代の王だ。思慮を悪意で隠し知識足らずで、魔王としての言動の責任など欠片もなく。だが自らを道具とする事さえも厭わない。間違いなく英雄たる王となる。


「分かりました。では最大限、魔王様を悪役に仕立てつつ事を進めてまいります」


 当初の苛立ちは微塵もなく、側近であるカイン・エアーヴンは希望に満ちた目で新たな主クレイン・エンダーを見据えるのだった。



 そして今、濁りに濁り、液体状にさえなりそうな淀んだ目で地に伏せる主を見下ろす側近がいる。


 床には徐々に血が広がっているものの、小さな呻き声からまだ生きている事が確認できる。


 そこはクレインの部屋である。魔王らしいとまではいかずとも、相応の価値の備品が揃えられたそれなりに豪華な部屋。だが不自然なほどに何点もの調度品が姿を消していた。


 なにがあったのかと言えば、完全に独断で兵士を連れての巡回を開始しだしたのだ。


 それだけならまだいい。だがあろう事か、特別手当と称し物資支給としてそれらを兵士に渡したのだという。


 なるほど確かに売ればそれなりの金額になる。


 正に稀代の王さながらの判断。王たるものまずありえない行いだ。


 とりあえずと言わんばかりに、カインは治療師を呼ぶと天を仰ぎ見る。思わず神に祈らずにはいられない。


 何故、希望と絶望をない交ぜにした存在を作りたもうたか。


 分離など許されぬ土留色の希望を前に、ただ憂う事しかできなかった。

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