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オパールの杯に乾杯を  作者: 一矢
二章 誓う者
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四十五話 新生

「……」


 寝ぼけ眼で体を起こすクレイン。


 見渡せば広めの一室でベッドの上にいる。部屋に備えられる机では、最初に声をかけてきた金髪の少年が書類を確認したり、時折なにかを書き込んでいたりと忙しそうだ。周囲にある家具などは輝かんばかりの絢爛さはないものの、一つ一つが細かい装飾が施されており、相応の高価な品々であるのが分かる。


「おや? お目覚めになりましたか」

「ああ……」


 かけられた言葉に、今もぼんやりとした頭でクレインが答える。一体なにがどうなったのか。文字通り分かっていないのだ。


 彼から声をかけられてからの記憶がまるでない。恐らく治癒を行う魔法が施されたのであろうが、こうして問題なく動く左手がある理由すらも知らないでいる。


「……色々と言いたい事と聞きたい事があるが」

「遠慮なく仰ってください」

「まずはトイレに行きたい」

「分かりました。兵士を呼びますね」

「え……?」


 思わぬ返答にクレインが働かない頭で疑問符を浮かべている間に、部屋に二人の兵士が入ってくる。


 一瞬、なんの冗談かと思いはしたが、真剣な面持ちの兵士達を見て本当にトイレに行くだけの自分に付き添うのだと理解した。だがやはり理由まではまるで分からない。


先代を討った大罪人の付き添い、にしては部屋といい待遇がおかしい。そもそも新たな魔王として祝福されたはずだ。


「ま、待て……なんでだ」

「恐らく御自分では歩けないかと思われます」

「……いやいや、足はそんなに負傷していなかったはずだ」


 ベッドの端まで這うように動く。こうしてみて、初めて自分の体が鉛のような重さを感じている事に気づいた。だからと言って少年が言うように歩けないとは決まっていない。


 ベッドに腰をかけた状態で、普段どおりに立ち上がろうと体に僅かな力を込める。と、微かに腰が浮かんだだけでそのままベッドに尻から落ちるのだった。


「……」

「極度の疲労と短時間での大量の魔力消費によるものだと思われます。むしろ魔力においては、その程度で済んでいるのが不思議でなりませんが……とりあえず大人しく彼らの肩を借りて用を足してきて下さい」

「ま、待て……なんだこれ……くそ……!」


 それから二度三度と挑戦するも、そもそも立ち上がる事ができない。一時的とは言え、今のクレインは一人でなにをするのも不自由する体である。


 それを見越しての兵士か、と納得しかけるも、到底受け入れられる話ではない。


「こんな……介護を必要とするような状態……惨め過ぎる! 他の方法はないのか!?」

「……し尿瓶で世話されたいと?」

「あ、肩貸して下さいお願いします」


 二者択一。両方惨めならばよりマシな方を選ぶしかない。クレインは即座に選択し、二人の兵士に手を取ってもらうのだった。



「さて、どこからお話すべきか……まずは魔王様が先ほど仰っていた通り、言いたい事聞きたい事から進めていきましょうか」


 トイレを済ませ再びベッドに横になったクレイン。その傍に椅子を持ってきた少年が、クレインの顔を覗き込んでいる。


「正直まとまっていないんだが……まずは先代、にあたるのか? 俺が戦ったあの男はどうなった」

「我々が向かった時には既に事切れていました。まあ、我々が割ってはいってもなにができるわけでもないので、静まり返ったタイミングであの部屋に突入し、先代魔王であるゴート・ヴァダーベン様の死亡を確認したわけですが」

「勝てた、のか。その記憶もないから実感がわかないな」

「……巨大なドラゴンに襲われでもしたかのような傷を負っていました。ズタズタに引き裂かれた状態でしたが、それでもかなりの抵抗をされていた様ですよ」


 一撃で仕留めていないのならば、相当な激闘が繰り広げられたのだろう。記憶がないほどに暴れたとはいえ、クレインには自分が生きている事が奇跡のように感じずにはいられない。


 事実あの場で目覚めた時には、先代魔王から成す術もなく一方的に攻撃された時の傷以外に、目立ったものはなかったのだ。なにがどうなればそうなったか。むしろ本当に自分一人で成し遂げた事なのか、とクレイン自身が怪しんでしまうほどである。


「なんか、君に挨拶されてからの記憶がないんだがどうなったんだ?」

「まず腕の治療を可否を確認し、許可を得ましたので治療しようとしたところで意識を失われました。あれから二日ほど眠り続けて今に至ります」

「……腕ね。いや普通に考えて許可取る前に治していいんじゃないか?」


 思い返してみれば、ただでさえ激痛の走る体を起こすのに腕が足らなくて随分と苦労したのだ。先に治療されていれば、自由に動かせたかは分からないものの、もう少し起きやすかったはず。


 表面上は淡々としている少年だが、実は先代魔王を打った事で恨まれているのではないだろうか? そんな事がクレインの脳裏を過ぎる。


「誰一人として魔王様のような種族を知りません。もし、腕が自然再生するような能力をお持ちでしたら、魔法で腕を接合させる事が正しいとは限りませんので無断での実行に移れずにいたのですよ」

「トカゲやドラゴンか……俺は」


 ここに来てようやく、クレアから本来の姿になる事を控えるよう言われた意味を理解する。自分はあまりにも希少種なのだろう。


 北の大陸におけるこうした知識の一般というものが、クレインにとって穴が多い部分である。特に『賊狩り』と呼ばれた時代においては、相手を切り倒す日々ばかりであった。つまりは島を出てから、そうした分野での成長は大してないと言える。


「……で、なんで俺が新魔王なんだ? 自分で言うのもなんだが、大罪人じゃないのか?」

「この国では魔王を討ち取った者が次の魔王となるしきたりがあるのです。無論、失敗し捕らえられたら大罪に対する償いをする事になりますが」


 随分と無茶苦茶な国である。おおよそ農商国家、などという名前からは想像もつかない。しかし、だからこそあの岩のような大男がこの国の魔王になったのだろう。あれもまた武力による交代であった事は想像に難くない。


「魔王、か……」


 思いも寄らぬ人生の転機となった。まさか死に場所を求めて臨んだ戦いで、自らが王になるなど考えもしない話である。


 思えば雨の日は確かに岐路であったが、新たななにかが始まるのであって終わりではなかった。正に今もこうして証明されているのだ。


「そんな大層な役柄なんてな。正直に言ってきっと俺はなにもできやしないぞ」

「本当ですか?!」


 クレインの発言の内容とは裏腹に、少年が身を乗り出して目を輝かせる。


 無能の王となれば嫌悪されたり邪険に扱われてもおかしくない。相当に嫌がられるだろうと思っていたクレインは、予想外の反応に目を瞬かせて止まってしまうのだった。


「……失礼しました。恐らく魔王様もお知りのとおり、この国はかなり危ういバランスで保たれています。特に指針などがないようでしたら、まずは建て直す事に集中させて頂きたいと考えております」

「ああ……そういうのは全部そっちでやるから、逆に手を出すなって?」

「勿論、魔王様が政治に興味がおありで学ばれたい、という事でしたらご自由に会議などへご出席になって下さい。そもそもそれが普通の魔王ですので」

「その言い方だと、あの大男は出なかったんだな」

「……報告だけ受けて、決定したものを好きなように変えたりなどそれはもう……コホン、お耳障り失礼しました」


 やや声のトーンは落ちているも、クレインにもしっかりと聞こえる声で苦痛そうに言葉を漏らした。相当苦労してきたのだろう。かといって、反抗もできずひたすら少しでも国を善くしようと動き続けてきた。この少年からはそんな印象を感じられる。


 そもそもああして第一声を担ったり、こうして新生とは言え魔王の傍に控えているのだからそれだけ城内での地位が高いはず。更にはその言動からこの国を支える功労者であるのも窺える。


「うん……?」

「どうされました?」

「そういえば自己紹介すらしていなかったな。もしかしてそっちは俺の事を把握しているとか?」

「まさか。今も名前すら知りませんよ。ですが、先ずは魔王様が求める事から、とお伝えしたとおりです」

「あー……律儀だな。それじゃあ改めて、俺はクレイン・エンダーと言う。ここまで噂が流れてきているかは知らないが、『賊狩り』という者の正体だ」

「え? あのですか?!」


 少年が思わず声を張り上げる。よほどの驚きだったのだろう。すぐさま、クレインを見つめる眼差しが一層の期待が込められた気がする。この様子からすると、やはり英雄として伝わり相当な大物として見られているようだ。


「流石に驚きました……が、なるほど。だからこうしてこの国を救おうと……」

「……あー。まあいいか」


 確かに客観的に見れば人々を守る英雄的な立場であった。だがその実のところは全く違うのだから、本当の事を言い出しづらくもなる。それが今の環境を作ってしまっている原因だが、かといって今更訂正しようともなにが変わるわけでもないだろう。志はどうあれ、結果は多くの人々が救われたのだ。


 特に否定し真実を明かす事に迫られてもおらず、クレインは彼の言葉を受け止めた。


「私はカイン・エアーヴンと申します。先代魔王様の代より側近として勤めて参りまして、今後も新魔王であられるクレイン・エンダー様の側近として補佐をさせて頂きます」

「あーその件だが、やっぱり魔王をやりたくない、とか駄目だよな?」

「我々には、強制力がありません」

「……」


 有り難い言葉であったが鎮痛な面持ちのカインに、もしかしたらと用意していた『じゃあ魔王をやらない』という言葉を飲み込む。流石のクレインでもこの状況でそれを口にはできなかったのだ。


「ですが、もしもクレイン様のお時間が許されるのならば、形だけでもいいので魔王となって下さい。魔王が不在、という事態は長引かせる事ができません。そうしたら……良からぬ者が魔王となる可能性も生まれます」

「形だけであっても魔王なら権限があるんだろう。俺がその良からぬ輩でないと何故思えるんだ? 少なくとも、お前達が見ている賊狩りの姿は虚像で、それが信頼に足りうる証にはならないぞ」

「僅かとは言え、こうして対話すればクレイン様が悪人でないのは分かります。なにより、魔王になるという事に執着どころか遠慮しようとさえしていました。ならばどんな事情があったにせよ、先代魔王様との死闘は安直な私利私欲によるものではないと考えられます」

「それは狂人だと思わないか?」


 なんなら自らそうであると疑わない。果たしてそんな男のどこを良しとするのか。


 だがクレインの問いにカインはゆっくりと首を横に振ってみせる。その表情は確かな自信と輝きに満ち溢れていた。


「先代魔王様を討つのが目的であり、その道中で兵士を一人も殺してもいません。ならばそこには確固たる意思があったはずです。なによりあの方の話を一切知らない者を探すほうが難しい。そんな相手に臨むような方は……まあ確かに狂ってはいますが、悪事を成そうという者の行動ではありませんよ」


 否定はしたものの全てが否定できないと気づいたのか、カインは恥ずかしそうに顔を歪める。


 照れ笑い、とも違うが僅かにほころんだ顔は、見た目相応の可愛らしさだ。クレインが目にしなくなって久しいもの。いや、視界に入れようともしなくなったものである。


 クレインは完全に忘れていた温もりが、体の奥に宿るのを感じた。


 だがこれで救われた、などとは思わない。周りの評価はどうあっても、自らが果たすべき償いはあるのだ。誰かに対してではなく、自らの思いと行動によるもの。無論、それがこれから負う責任で贖われるものではない。


 これからの時間の中でなにかしらの答えを見つけ自らに決着をつける。それが今、クレインに考えられる己の咎だ。しかしそれは現状の知見からは見出せずにいる。ならばこそ、別の場所に立ち、生き方を変える必要があるのだ。


「カイン・エアーヴン」

「……はい」


 改まったクレインの様子に、カインは緊張した面持ちになる。ここで断れれば引き止める言葉を投げかけれても、なんの力にもならないだろう。だからこそ、この一瞬を神に祈らずにはいれらなかった。


「……迷惑ばかり、いや迷惑しかかけないだろうと思う。それでもいいというのであれば俺の方からこそ、これからをよろしく頼みたい」

「っ! はい! よろしくお願いします、クレイン様!」


 感極まっているのかカインの瞳が輝きを放つ。そして、クレインの手を取り深々と頭を下げた。


 やはりと言うべきか、先代魔王の下で相当の苦労をしてきたのだろう。


 それが今目の前にいる新たな魔王は、その地位のその権力を誇示するでもなく自ら頭を下げてきた。相手を思える者であり、きっと良き王となられるであろう。カインにはそう思わずにはいられなかったのだ。



 この日この時、まだ満身創痍の身であるも新たなる魔王が誕生した。その報せはすぐさま国中に、そして他国にまで知れ渡る事となる。そして多くの者が新たな王による未来に様々な思いを巡らされた。


 彼の側近となるカイン・エアーヴンもその一人である。だが、彼には一切の悲観はなく、全て希望に満ち溢れているものであった。クレインの言葉が文字通りであり、この日を祝福した己を呪う時がそう遠くない事を知る由もなく。

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