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オパールの杯に乾杯を  作者: 一矢
二章 誓う者
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三十二話 拡充

 岩山から離れた場所にある森。そこのとある一角にまるでパーティで被る帽子のような三角錐の物体が存在していた。


 木の枝で組まれており、かまくらの様に中が空洞となっている。明らかに人工物だ。そこへずるずると重たそうになにかを引きずってくる人物がいる。


「ふう、今日は大収穫だな」


 引きずっていたものを放り出すと、少年は体を仰け反らせて大きく伸びをする。地面には樹皮で作られた敷物の上に、中型犬ほどの大きさはある爬虫類が転がっている。彼が運ぶには苦労しそうな重さがあるだろう。


(もっと水辺が近いところにシェルターを作っとけばよかったなぁ……。とは言ってもあの時はそれ以上、探索に時間を割けなかったわけだけども)


 解体し易い様に爬虫類の体の位置を調整する。引きずる時のダメージを減らす為に敷物を使ったのだろうが、地面に面する部位は随分と見た目が悪くなっていた。それも承知の事なのか、少年は気にする様子もなく慣れた手つきで作業に取り掛かる。


 岩山の部屋に入ってから既に数ヶ月が経過していた。季節はすっかり冬模様でいたるところで寂しい景色が広がっている。少年はいくつもの本を読み漁り、凄まじい早さで知識に触れ実践し、自分のものにしてきた。特に今、少年が羽織っている毛皮はそれの象徴だった。


 皮の使い方を知った少年は心躍らせたものだ。だがしかし、周囲で見かけるのは爬虫類と虫と鳥。そこに迫る冬ともなれば大慌てで、多少の無理をしてでも哺乳類の獲物を探し続けた。


 中々見つからず、もしかしたらそうした生き物はこの島にいないのでは? と、戦慄を覚えもする。だがそれも杞憂でようやく獲物を見つけたのだ。とは言え、このような島にいて、それなりの大きさともなれば凶暴で強靭な生き物。熊のような姿で岩のような体をしており、これはこれで少年を戦慄させる事になった。


 しかし少年も戦う力や知恵をつけてきている。槍に投石、そして大掛かりな落とし穴。大捕物であったが、それらを駆使してなんとか狩猟に成功したのだ。もっとも、あまりにも強すぎて止めなど刺しきれず、こそこそと攻撃を加えて衰弱死を待ったのだが。


 こうして大量の肉と皮を手に入れた少年は狂喜乱舞する中、地獄のような皮のなめし作業へと入っていった。


 皮のなめし方だが方法はいくつもある。まずは肉と脂肪を削ぎ皮と真皮層、いわゆるコラーゲンの部分のみにする。肉や脂が残っていると腐る為に入念にしなくてはならない。その後は丹念に洗浄などを行い、なめし液を利用していく。だが、当然ながらそんなものは少年にはなく、原始的な手法となると木槌などで丹念に叩いてほぐしたり、特定の木材で燻したり。あるいは脳漿や糞尿に漬けるなどの方法となっていく。


 だが準備不十分と度胸が足りなかった少年にとって、取れた選択肢といえばもっとも原始的な方法。噛んでなめす、であった。それもあって困る事もないだろうと取れた皮を全てをである。口がいくつあっても足りない大きさだ。


 そもそも解体作業が巨体さもあって過酷であった。少年ではとても一日で終わらせられる作業ではない。さらに皮から肉を剥ぐ作業も根気はもとより見た目以上に力を必要とする。それらしい道具を作れるようになったとはいえナイフは石器。不十分な道具に作業の困難さはより高まるのだった。


 もはやそれは、なにかの修行か儀式の様なものにも思える。だいぶ冷え込んできて肉や皮にとってはありがたいものの、それでも腐敗の恐れがあり夜は軽く燻して昼は解体といった調子で長い時間をかけた。


 燻した事が良かったのか、初めての皮のなめしにしては不自由しないできあがりとなり、こうして愛用しているのだった。今の少年にとって深まる冬に何一つ恐れはないのだろう。


(しっかし……凄いところだよなぁ)


 焼きあがった爬虫類の肉を頬張りながら、遠くを飛ぶ巨大な生き物を眺める。あれを間近で見た事はないが、あの巨大な爬虫類と同等かそれをも凌ぐ危険性があるのだろう。


(あれ相手にはどうしようもないだろうけども弓は作っておきたいよなぁ。でも鳥も見かけなくなったし……今の時期に実をつける木の森とかどっかにあるのかな)


 気づいた時にはもう、矢に使う量の羽の収集は岩山近辺では不可能に近かった。今までに食べた鳥の羽を、大切に扱ったり保管したりしなかった事を心底悔やんだものである。


 それもあって未だに少年の装備は石器のナイフと槍とハンマーである。奇襲するにしても、あまり大きな生き物を狙うには一人とこの武装では貧弱だ。それでも今食べているぐらいの獲物が獲れるのであれば、差し迫って困る事もないのだろう。


 だが、一箇所に留まってばかりもいられない。そこに寄り付く生き物がいなくなっては困るのだ。こうして拠点を作っているのは探索範囲を広げると共に、新たな狩場を増やすのも目的の一つである。


(この辺りにいい立地があれば、ちゃんとした小屋を作りたいな。拠点があるだけで探索できる範囲は広がるし)


 三角錐状のシェルターに潜り込みながら、もっとしっかりとした家の作り方を思い返す。それは木の枝や細い幹で柱や壁を作り、屋根は草をふくという正しく家と呼べるものだ。


 近くに小川があって獲物の解体がしやすく、スペースがあれば燻製する為の小屋も作ろう。あれこれとそんな事を考えながら横になる。岩山に戻れば食料の備蓄もあり、焦る必要もないことで随分とスローライフが実現できている。少し前までは生きぬく事で必死であったが、今や楽しんでいるのだ。


(まだ行った事もない場所が多いし、もう少し島の事が分かってから先を考えればいいか)


 本当にこの島には他に人はいないのか。あの部屋の主はどこにいったのか。自分がここにいる事を知る者はいないのか。何故、自分がここにいるのか。


 考えれば疑問が尽きない。だが、推察する要素と言えばあの本の山を除けば手探りで探すしかないのだ。それでもかなり環境が整いつつある少年にとって、恐れや困惑などを感じてはいなかった。この生活の延長線でありそれらしいものを見つけたら切り替えていけばいい、程度にしか思っていない。まだ半年と経っていないが、随分と逞しく成長しているものである。



「……」


 しばらくして、シェルターのあった森とは別の場所で腕を組む少年がいる。森と言うよりは林と呼ぶべき環境で、その中でも木々が少ない場所だ。目の前には小さな小屋があり、暮れ始めた太陽に照らされて赤く染まっている。


「家だ……ちゃんと家になった」


 少年は感動のあまり、身を震わせていた。細い木の切り方や木材集めなど、随分と慣れてきている。むしろ熟練されてきていると言ってもいい。だがそれでも、本格的な家を作るには一日では仕上がらなかったのだ。


 立てた細い幹を柱にし、蔓で縛って屋根の骨組みを作り葉を刺した枝を掛けて草ぶき屋根にしている。割った木の枝を何本も柱の前後に噛ませれば、隙間はあるものの確かな壁の出来上がりだ。遠目から見ても家と思わせる見栄えとなっている。


 小屋の周りには小さな堀もあり、雨天時に浸水して内部に立派な池ができる事もないだろう。別の場所で作った三角錐のシェルターでは、その辺りを失念したが為に痛い目をみている。だがその失敗も成長の一つ。二度と忘れはしないはずだ。


(近くの川の粘土も食器になるかなぁ。今日はもう火を起こして、ご飯を食べて休もうかな)


 既に岩山の家でも食器作りには挑戦済みであった。小川から持ってきた粘土を適当な形を作り、火の近くで乾燥させたら焚き火に入れて燃える木炭を被せる。粘土であれば焚き火程度でも十分に焼成させる温度に達するのだ。


 焼きあがった器はヒビもなく十分に実用に適しており、随分と少年をはしゃがせた。そしてそれから数日に渡って、嬉々として幾つもの食器を作りあげる。一見、ただ遊んでいるようにも見えるが、これによってまともな量の水のろ過や煮沸する手段を得たのだ。早急に揃えたいと思っても仕方がないだろう。


 だがそれらの食器をこの場には持ってきてはいない。というよりも、その場で作ってしまえばいいという考えのようだ。彼の中で岩山の価値はまだまだ計り知れないほどだが、家として絶対の存在にはないのだろう。


 だがそれでも、まだ岩山の家は彼にとって行動の中心地にある。その一つが食料だった。


(うーん、各地の拠点だと食べ物の貯蔵は難しいしなぁ。遠くの拠点、はいいけど行った先で毎度毎度、食料探しからっていうのも効率悪いしなぁ)


 今のところ岩山の中であれば食料を荒らされる心配がないのだ。不思議な事にそうした生き物は虫ぐらいなもので、目立った被害に悩まされはしなかった。だが、作った拠点はそういうわけにもいかず、置いておいた干し肉などが数日後に立ち寄った際に欠片も残っていないのは珍しくなかった。


(保管についてはまだ読んでいないなぁ。早めに覚えないと面倒かな)


 僅かな木の実と干し肉を口にしながらぼんやりと考える。すぐにできない以上、環境の違うこの近辺で採れる物を覚えるのが先なのだろう。少し悩みはしたものの、明日は食料の探索にあてる事にして、その日はゆっくりと体を休めるのだった。


 翌日、本を片手に周囲を歩き回る。採取に関する本はいくつもあり、島の場所によって分けられており、見つけ方や食べ方が事細かく書かれているのだ。少年にとって、まだまだ当分手放すことはできない本の一冊だろう。


「おっ」


 ハート型の葉に、縁より内側を同じ形でなぞるようなハートの模様を持った植物を見つける。実はあまり大きくないがそこそこの栄養を持っており、冬場はかなりの数が減るものの一年を通して手に入れられるだろう作物だ。雑食性の生き物達にとっても重宝されているのだろう。


 引き抜いた根には丸い実がいくつもついていて芋の類を思わせる姿をしている。その中で一際大きなもの、少年の拳よりやや大きな実を軽く洗って皮をむく。実は僅かに黄みがかっており、ぬめりを帯びていてつるりと落としてしまいそうだ。生でも食べられると記されており、少年は躊躇なくかじりついてみる。


「……まあ、こんなもんか」


 酸味をもっていて、感触を裏切らないぬめりの多いねっとりとした食感。お世辞にも美味しいとは言えない。


 周囲を探索し、ごく近くにはそれ以上の食料が見当たらないのを確認すると、いくつかハート型の葉の植物を収穫して小屋に戻っていく。


 実の部分が浸かるように川岸に置くと、いくつかの石を拾い始める。それを焚き火の周りに重ねて土台を作り、最後に薄くて大きめの石を乗せればコンロとフライパンの完成だ。


 薄い石を熱している間に、実を回収して手早く皮をむく。それを別の石の上で潰してまとめ、パンの生地のようにした。その頃にはもう、石は十分に熱せられていて、その上に伸ばすに生地を広げていく。あとは火加減と焼き加減の様子をみるだけでいいだろう。


(そろそろいいかな?)


 香ばしい香りが鼻腔をくすぐる。両面をしっかり焼いて、頃合を見計らって真ん中を切ってみると、香りは一層広がった気がした。中まで焼けていそうだ。


 片方を取り上げて、両手でキャッチボールをするように投げあって少し冷ますと、一口かじってみる。もそもそとした粗いパンのようなもので、酸味もぬめりも感じさせない。薄味というよりも無味に近く、一度に多くを食べたいとは思えないものだった。


(塩も無限にあるわけじゃないから無駄使いできないけども……持ってくればよかったなぁ)


 岩山の部屋の中にはいくつかの調味料があったのだ。その中でも塩の量は特に多い。海が近くない立地であり、謎の人物はあそこに訪れた者が早急に塩の確保は難しいと考えて貯蔵していたものなのかもしれない。


(そのうちにでも海までの道を探して拠点を作らないとだなぁ)


 塩の取り方や必要性を学んだ少年にとって、自分で得る手段の確立は絶対の課題であると理解している。だが、貯蔵された塩の量からみても、大慌てをする事もないのだろう。塩に対して今はまだ楽観的で、どうせならばもっと暖かくなってからにしよう、とまで考えていた。


「お……」


 もそもそと残りを食べていると、空を飛ぶとある影に気づく。この島の大空を飛ぶにしては随分と小さく、そう滅多にみる事もない存在だ。時折、大きな飛行生物に追われていたりもするが、最終的には反撃して打ち負かしてしまっている。相当に強そうだ。


(なんかあれだけ、普通の生物っぽくないんだよなぁ。初めから好戦的じゃないし)


 言うなれば知性を思わせる行動。だからこそ、少年は焼き付くように記憶し、その影を見かけた時は姿を隠すまで眺め続けてきたのだ。


(いつか、あれが暮らしているところも見つけられるのかな。どんな生き物なんだろう。会ってみたいな)


 もしかしたら見当違いで肩を落とすのかもしれない。それでも少年は夢を見ずにはいられなかった。『誰か』と接する事を。例えそれが自分に計り知れない影響を与えようとも。


 望まずにはいられなかった。

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