二十七話 魔物の王
南の大陸における魔物。それは魔王の魔力によって多くの動植物が凶暴化したものである。彼らは代が進めばより凶悪になり、その姿は怪物へと変貌していくのだ。とくに人里から遠く離れた場所では、その変化は著しいものである。
その為に完全に怪物となった魔物はそうそう人前に出て来るものでもなく、人々がそうした異形の存在を目にする事はないのだ。それでも人々はドラゴンといった存在を想像の上だが知覚している。南の大陸の創作物には、彼らは数多く登場するのだ。
そして今、エルナの前には今まで見る事のなかった魔物がいる。強靭な鱗に四足歩行。火も吹かなければ角もないが、彼女にとっては正にドラゴンといった姿であった。
それが目の前にある。エルナの足元にその首が転がっている。
「……」
「何故そんな悲しげな……」
「もう、なにから言えばいいか分からない」
「言いたい事があるならば遠慮をする必要はないだろう」
剣についた血を拭うクレインは事も無げに言う。ならば、とエルナは生首から視線を上げた。
「本物のドラゴンだ……」
「トカゲが魔物化したものだろう。まだ動物の域だ。北の大陸にはこれぐらいのものならば、爬虫類に属する動物として生息しているぞ」
「それが生首……」
「所詮はトカゲか。弱いものだな」
「なんで、お前がここに来てまで襲われるんだ!」
「まあお楽しみというところだ」
「はあ?」
にやりと意味深に笑われた。確かにお楽しみはあるのだろう。襲い掛かる魔物を切り払いながら進む先には他ならぬ『魔王』がいるのだ。
「もしかして……ここにいる魔王を連れて帰る、とか?」
「それは考えもしなかったな」
「じゃあ、なにをするつもりなんだよ」
「……もう気にする必要もないのだが、折角だし最後まで貫かせてもらおうか」
「わあ、殴りたい」
クレインは人差し指を立てて口元に近づける。語れない、ではなく語らない事に意味があったかのようだ。
だがそんなヒントよりも、これまで散々悩まされた挙句こんなポーズを取られた事により、エルナは冷ややかな目で薄笑いをしていた。
「というか、あたしになにか隠し事をしたところで、お前が困る理由が思いつかないんだけど」
「色々とあるのだよ。さ、城内も脅威はないようだしさっさと進んでしまおうか」
そう言いながら、横たわるトカゲ型の魔物の胴体を蹴り上げる。鮮血を散らしながら通路の脇へと転がると、赤く染まった地面を踏みしめ歩いていく。城の内部に侵入してからはずっとこの調子であるのだ。
それはこの先も変わらず、迫る魔物を切り払いながら装飾が少ない寂しげな城内の探索を続ける。すると、他とは異なり大きくそして装飾が施された扉が姿を現すのだった。
「あからさまだ……」
「分かりやすくていいではないか」
まるで他人事のクレインが扉に手をかける。古さを感じさせる重たい音と共に、扉がゆっくりと開いていった。
奥には大きな玉座に皺が目立つ老人らしき男が座っている。装飾の施されたローブを身にまとっており、質素な城内からはそこだけが浮かび上がっているかのようであった。
「ハハ、ハハハ! フハハハハハ! よくぞここまで来たな、人間どもよ!」
見た目に反してすらりと立つと、大仰にも両手を広げる。
クレインと共に旅をしてきた所為で、推測ではあるが様々な事情が見えてしまったエルナ。それが故に、元々はエルナが倒す者と認識していたこの『魔王』を前に抱いた感想は、パフォーマンスの指導とかもあるのだろうか、という疑問だった。これまで散々、クレインの言動に眉をひそめてきたが、今後はそう簡単にできないであろう話だが、エルナは気づいていない様子である。
「で、あれがお前の幹部か」
「幹部? なにをほざけた事を。この私こそが全てを統べる者、魔王だ!」
「……? うん? え? あれ?」
クレインに問い掛けた言葉であったが、それに反応したのは城の主でる『魔王』であった。その上に、返ってきた内容は思いもよらぬ否定に、エルナは目を瞬かせながら二人の魔王を見比べる。
「しかし……たかが二人で攻めてくるとは愚かな。矮小な存在でこの私を倒せるとでも思うたか」
「ちょ、ちょっと待って。時間、考える時間を……」
「ふん。ここに来て覚悟が足らなかったとでも? そこの男に至っては恐怖して言葉もないようだな!」
言葉の矛先を向けられたクレインだが、特に反応を示す事なく静かに玉座にいる存在の様子を観察している。だがそんな事にも気づいていないのか、『魔王』は手を高々と上げて更に声をあげるのだった。
「見せしめに貴様から消してくれよう! 消し炭となれい!!」
振り下ろされた手からは燃え盛る炎が噴き出した。エルナが慌てるも、身構えるより先にクレインが彼女の手を引き自身の背後へと隠して空いた手をかざす。すると、焼き尽くさんとばかりの勢いであった炎が、二人を飲み込む寸前で掻き消えたのだった。
「耐性装備か……。ならばこれならどうだ!」
炎が効かないのを見て取るや否や、両手を空へとかざすと天上がぐにゃりと歪む。するとそこを中心に闇が溢れだし、巨大な球体を吐き出したのだった。
だが、クレインが大きく片腕で振り払うと、球体は砕け散り黒い霧となって散っていく。そして何事もなかったと言わんばかりの様子で、体を二度三度と汚れを払うかのように手の平で叩いた。
「な……馬鹿な」
「すごい……」
目を丸くするエルナと城主。そんな二人などお構いなしに、クレインは大きく溜息をついた。
「……所詮は魔物の王といったところか」
「な、何者だ! 貴様、人間ではないな!」
「そうだな、いい加減ネタばらしでもよいのだろう。お前の言うとおり私は人間ではない。魔王だ」
「ふ、ふざけるな! 私こそが魔王だ! き、貴様がそうであるはずなど……!」
「そう怒鳴るでない。正確には魔王の一人だ」
ギリギリと歯軋りを立てて憤る魔物の王に、クレインはどうどうと両の手の平を相手に向ける。尚もわけの分からない様子のエルナは、ただ二人を見比べ続けるのだった。
「この世界には二つの大きな大陸がある。ここと、そして北に広がる大陸。北の大陸には人間はいない。我々魔族とドラゴンなどのような魔物が暮らす世界。そして北の大陸には、南でいうところの魔王という者は存在しない」
「魔王がいない? ど、どういう事だ?」
「北の大陸にも複数の国がある。それを統治する者の事を魔王と呼ぶ……要するにこちらの国王と同じ存在というわけだ。そして私はその中の一つの国の王、魔王の一人なのだよ」
そこで区切ると、部屋はしんと静かになる。反応の薄さにクレインは不安そうにエルナの顔を覗き込むと、魂の抜けた表情をしていた。
「ごめん、もうなんか話についていけない、ていうかよく分からない」
「エ、エルナ……」
「なにが国の王だ……その強さ、確かなものなのだろうがそれがとんだ妄想癖とはな!」
一方で魔物の王はクレインの言葉を一蹴すると再び手をかざす。だが、その動きを制したのはクレインであった。
「魔物の王よ。先祖代々お前達による過失、きっちりと清算してもらおうか」
「な、なに?」
「ごく一部の国は南の大陸の支配を望んでいる。我が国を含め幾つかの国々は人間との共存を目指しており、長い年月をかけて共存派を増やしているのだ。だというのに……この大陸にいるお前達、魔物の王は魔王を悪の権化という図式を根付かせている」
クレインの握り締める拳が震える。エルナにとって初めて見る事となる、クレインの明確な憎悪と怒りだ。
「共存へはまだ、交渉の段階ですらなく最初の一歩を踏めていないというのに南の大陸はこれだ。許すか、許してなるものか……魔物の王よ!」
部屋に響く怒声。その姿にびくつきながら、エルナはおずおずとクレインに声をかける。
「じゃ、じゃあお前は私達の味方、なのか?」
「あの時、立場上は罪人とは言え、人間であるエルナを保護するつもりであった。だが、思いがけずこの大陸に這う不穏分子の情報を得てしまったからな。表向きはエルナを南の大陸に帰還させる為だが、それに乗じて始末する事にしたのだ」
「国がいくつもあるのに、北からこっちに来る魔王は他にいなかったんだ」
「征服派を抑える為にも、全ての者の渡来を禁じていたのだ。お陰でこれが終わればそこにまだ繋がっている首を片手に土下座旅行をせねばならん」
クレインに睨まれた魔物の王は身を竦ませて辺りを窺う。ここにきて、力の差を感じたのかもしれないが、今からどうにかできる策もなく、その様子は沙汰を待つ罪人のようであった。
「さて、お喋りが過ぎたな。折角の大将戦なのだ。久々に全力でいかせてもらうぞ!」
全身を強張らせる魔王クレイン・エンダー。突如、背から巨大な翼が突き破るような勢いで羽を広げ、額と耳の後ろからそれぞれ一対の鋭利な角が突き出てきた。
「オオオオオオオオ!!」
皮膚を破って出てきたのか、決して少なくない血飛沫を散らしながら大きく仰け反り、大気を震撼させる咆哮が城内を揺るがした。
その様にエルナは目を見開いて硬直し、魔物の王は体を震わして恐怖している。
「どうした? まだ姿が変わっただけなのだぞ」
何も手にしていない両手を前へと突き出す。そして、ゆっくりと剣を鞘から抜く動きをすると、左手から剣が出ているかのように、黒塗りの刀身が姿を現していく。
刀身が姿を現した直後から圧し掛かられるようでいて、吹き付けるような圧力が辺りを包む。その感覚を受けて、エルナから自然と言葉が零れた。
「これが……魔力の剣」
クレインが抜ききった剣を高々と宙に掲げると、剣先にある天上が大きく歪む。魔力そのものによるものか、その力による熱気によるものかは判別つかないものの、その異様な光景は絶対的な力の差を示すには十分過ぎた。
「ま、まま待て! 私は世界を統べる者だぞ! そうだ! この大陸を半分、いや九割くれてやろう!」
「……」
悠然と剣を構えるクレインの動きがピタリと止むと、魔物の王の頬は緩んで口角が上がった。
「そうだな、そうだ! 九割で手打ちといこうではないか!」
「下らんな、待ってやっただけだろう? 望みは共存だと言ったはずだ。歴史の塵に消えろ、矮小な存在め」
振り下ろした剣からは目を焼き尽くすような光が放たれる。周囲の壁を床を貪りながら真っ直ぐに魔物の王へと飛んでゆき、その姿を悲鳴すら許さず飲み込むのだった。
「うーむ、全壊まではいかないが城が崩れていくな」
土煙を立ち上らせる魔物の王の城。その上空をエルナを抱えたクレインが、真っ黒なカラスのような翼を羽ばたかせて飛んでいた。
「それ以前に周りの山がえぐれてるんだけど」
「これでも加減したつもりなんだけどな」
「……すっごい口調が砕けているんだけど?」
まるで不審者を見る目でエルナはクレインの顔を見上げた。
「王らしく喋るのって面倒だよな」
「今まで全部が演技なのか?」
「カインに……あの時の側近に小突かれてな。先代とは武力交代だと言っただろ? 王としての教養などないのさ」
更に大きく羽ばたき天高く昇ると、城に背を向けて移動を始めた。太陽の位置から見るに進路は東の方である。
「この高さなら地上から見てもよくは見えないはずだ。まさか人が飛んでいるなんて誰も思わないだろ」
「双眼鏡とかで確認されたら終わりだけどな。だいたい、そっちは海の方角じゃないだろ」
「あそこで別れるつもりだったが、折角だし雲の国まで行こうと思う。同行していた兵士達は既に海を渡り始めているから、あの海岸に戻る必要もないしついでだ」
「お前、あの海を飛んで帰るつもりか?」
「そうとう疲れるだろうからしたくはないが無理ではない。帰還中の船を探すつもりではいるが見つけられなかったら、大人しく真っ直ぐに渡るさ」
更に加速して飛んでいく。エルナを抱えているものの安定しており、強く吹き付けるような風だが気持ちいい。味わった事のない未知の体験と、謎こそ多いものの胸の支えがとれたエルナは、柔らかな笑みでこの一時を堪能していた。
「結局なんだったんだ? あいつといい魔法による障害がどうのとかといい」
「魔物の王に関しては俺にも分からないな。まさかあそこまで力のない存在だとは思わなかったし……あれで木端微塵になるなんて」
既に存在する南の大陸の侵略者。その証拠はクレイン本人が言葉通り塵にしてしまったのだ。それを思い出したクレインは、これからの各国への対応に気持ちが沈みそうになる。
「魔法は方向感覚や知覚能力を狂わせるものだ。真っ直ぐ進んでいるつもりでも、逸れるに逸れて城を見ないように移動したりするのだろう。もう一つ、これは進む分には影響しないが、あの場所に関する記憶に関わるものだ」
「記憶……あ、まさか記録がないのは」
「書かなかったのではなく、書けなかったのだろう。記憶を喪失させるとか認識できなくさせるとか、そのあたりなのだろう。流石にこれは専門家に調べさせないと詳細は分からないだろうな」
「でも、だとしたらその魔法ってとんでもなく大掛かりじゃないか? 聞いた事もないぞ」
「毎度毎度、現われる度に魔王は殺されているのなら、再度出現する理由もよく分からないからな。とんでもない仕掛けや考えがあるのだろうから、それの解明も今後の大きな課題だ。まあ……その前に南北での協定やらなんやらの成立が前提になるだろうわけで」
「……頑張れよ」
「そのつもりだが、生きている内に実現できるとも思えないなぁ……」
溜息交じりの弱音に、エルナは軽く喉を鳴らして笑うのだった。本質的なところでは今までのクレインと違いはないのだが、ちょっとした変化が新鮮で楽しいのだ。
クレイン・エンダーは魔王でありながら魔法が使えない。それ故に、溢れる魔力を物理的に具現化したり、直接身にまとうような形で、身体の強化を図るのだという。その強化を行ったのだろうか、徒歩ならば何十日もかかるであろう距離をその日の夜の内までに飛びぬけてしまったのだ。海を渡る自信があるのも頷ける。
日が暮れたのを都合がいいと言わんばかりに、雲の国の首都の近くに降り立つクレイン。だがそこは夜だというのに、喧騒に包まれているのだった。
「祭り騒ぎだな」
「魔物の姿が消えて魔王が倒された事が伝わったんだろ。当然、こうもなるさ」
「なるほど、魔物化の子供も魔王の影響によるものだったのか……。ならばこの晩餐で馳走にあずかってこの旅は終わりだな」
「明日の朝には帰るのか?」
「いくら理由があったにせよ、この大陸にいるだけでも重大な規定違反だからな。これからしばらくの事を考えると逃げたくなる。と、いうわけで今晩は存分に楽しませてもらうぞ」
飛んできた疲労なのか、クレインは背を伸ばして唸り声を上げる。
国をあげての宴はビュッフェのような形をとっており、あちらこちらにテーブルが置かれており、その上には料理が山盛りになっている皿が所狭しと並べられている。すぐに料理がなくなってしまうのでは、とも思われたがそれ以上の速度で料理が運ばれてくる。
「……作る側は大忙しか。こういう時は損だな」
「それは宿命ってもんじゃないか? ま、相応の補填というか補償というか、見返りはあるんだろうけども」
「……だと、いいな」
「え?」
「さて、この分なら食いっぱぐれの心配はないだろうし少し見て回るか?」
そう言うが早くクレインは足を動かし始めた。人は多いが事前に告知されたものでもなく、その数は飽くまでこの城下町や城の者達によるもの。身動きが制限されるほどではなかった。
少し進むと楽器を演奏したり芸をする者の姿が目に映る。ただの飲み食いに留まらず、各々が全力でこの宴を楽しんでいるようだ。
「歩きながらでいいから色々と話して欲しいだけど」
「例えば?」
「お前の話を信じるとして、どうやって王になったんだ? 飽くまで国王だっていうなら、打ち勝ったからって簡単になれる話じゃないだろ」
「寿命で死ぬのなら穏便な交代らしいんだが、討ち取った者が次代の王となる慣わしがあるそうだ。それを知らなくて真正面から殴りこんで一騎打ちして首を跳ねて……気絶するようにその場で寝て起きてみたらご就任おめでとうございます、だ」
「国側がそれなら仕方がないけど、絶対にギスギスしただろ、それ」
「いや、結構な圧政を行っていたし、恐怖政治を敷いていたからな」
「もしかして、殴りこんだ理由は……」
「他にもあったが……まあ、そういうわけで教養の欠片もない俺が王となったのさ」
語りながら懐かしんでいるのか、クレインは遠くを見つめる。王、という立場として考えるならかなり若い立場であるのだろう。だが、人間とは違う種族、果たして遡っている記憶はどれほどの年月の開きがあるのか。
「そういえば派閥もあるんだよな? 誰も来れないのに」
「気が遠くなるほどの昔にはそういうのもなかったそうだ。その時は制約もないし、誰も攻めようとしなかったんだとか。実際はまだ土地が余っていて、遠征するより周辺の開拓の方が効率が良かったんだろうな」
「その頃ってきっとまだ、こっちには国とかなかったんだろうな……。お前はなんで共存派なんだ?」
「別に共存できなくてもいいとは思っている。だが、手を取り合える関係なら尚良しってところだ。だがまあ、不必要な侵略や略奪をなくせるのなら越した事はないだろう」
「なんだ……立派な王様じゃないか」
「文字通り弱肉強食の世界で育ってきただけだ。食う為ならば全て許される、というわけにもいかないが、無用な殺生には好かない。ただのエゴだ」
クレインの横にいるエルナは嬉しそうに微笑んでいる。嘘とは言え計らずとも一度、心をズタズタにされるような仕打ちを受けたのだ。だが彼女の抱いた期待も希望も、何一つ間違いはなかった。それだけでも心を満たされる気持ちになる。
だが、そこで元凶とも言える疑問にぶち当たり、顔を歪めてしまうのだった。
「じゃあなんでお前はこちら側の魔王のような振舞い方をしたんだよ。おかしすぎるだろ」
「大々的に人間と手を組む、という形を取りたくなかったんだよ」
「それならこっちに渡ったら全て話してくれてもよかったんじゃないか?」
「海を渡るのは難しいものではない、と自分で証明してしまったからな。既に侵略派が秘密裏に南の大陸に入り込んでいないとも言い切れない。変な勘違いをされては取り返しのつかない事になり兼ねない」
「で、そんな感じはあったのか?」
「今のところはなにも。だが本当に居るとしたら既に俺がここにいる事は知られているだろうから、気づかれる真似はしないだろう。気配はない、が潜入していない証明にはならないわけだ」
「……言われたらなんだか怖くなってきたな」
「いきなり支配に乗り出す事はないだろうからそう心配するな」
「なんで?」
「侵略派、というが侵略したいというだけで団結しているわけじゃない。独り占めしようものなら、他の同派が叩くしこちらも叩き潰す。おいそれと大胆な行動は取れないのさ」
「……それだけの戦力があそこで蠢いている事実も怖いんだけど」
クレインほどの力を持った者も集団の一人。その序列がどのようになっているかは不明ではあるものの、人間にとって怪物と類する存在が北の大陸では複数いて割拠しているのだというのだ。個々の思惑を知らない以上、恐ろしくないわけがない。
「他には何かあるだろうか?」
「北の大陸にも魔物がいるんだよな? ドラゴンとか言っていたけど、全体的にお前の言う魔物の王の魔物とは違うのか?」
「その通りだ。勿論、狼のような姿をした者もいるが、それは元からそういう種族というだけで、動物が短期間で魔物になるという事はない。……そちらでもドラゴンのような存在の認識があるのは、遥か昔に交流があった証拠なのかもしれないな」
「じゃあ創作に出てくるような魔物は全部、そっちのものなのかなぁ」
「恐らくは北産なのだろうな」
「そんな食材みたいな……」
そこで会話が途切れると、クレインは足を止めてエルナに向き直った。ここまでは全て、エルナの疑問に答えてきたがクレインからも伝えるべき事があるのだろう。その改まった態度に、エルナは静かに言葉を待った。
「この旅の間、ずっと考えていた」
「うん」
「今の人間の世は乱れている。気づいているだろうとは思うが、この平和も長くは続かず、争いは再発するのだろう。望むのなら、俺はエルナを北へ連れて行きたいと考えている」
「……」
「皆、快く受け入れてくれるだろう。どう、だろうか?」
「ありがとう。でもあたしはここに残るよ」
エルナは首をゆっくりと横に振った。
「確かにいい世の中だ、とは言えない。けど、それを良くしていくのも勇者の務めだと思うんだ。それにあたしは魔王討伐の功績がある。あたしだからこそ、するべき事だと思う」
「そう、か……。ならば俺は俺で、遠くで頑張らないとだな」
「あたしが生きている間に結果が見えるといいんだけどなぁ」
「厳しい事を言ってくれるな。そもそも仮にこちらが統一できたとして、今のままではそちらが上手く手を取り合えないだろう」
「まあそうなんだよね……」
苦笑するエルナ。だからこそ、彼女はここに残ると決めたのだ。
二人は何皿か料理を取り分けると、離れたところに置いてある空いているテーブルに並べていく。イスなどはなく、周囲を見れば道の端の方で地面に座る者もいた。
「手助けが欲しければいつでも頼ってくれ。同じやつではないが、使いの鳥もエルナに渡しておこう」
「……いいのか?」
「今更その程度を遠慮するものでもないだろ」
「そうか。それじゃあ遠慮なく預かるよ。いつか機会があれば、またそっちにも行ってみたいし、その時は連絡するよ」
「ああ、待っているよ」
今ならばあの景色も違って見えるのだろうか。そう思わずにはいられないし、是非ともそれを目にしたいのだ。
「さ、そろそろ晩餐としようか」
「軽く見ただけでもかなり高級な食材とかあるからな」
「そりゃあいい。この旅の終わりを締めくくるに打ってつけだな」
「……そう考えると本当に食事の記憶ばかりが印象的だったな。それじゃあ……あたし達の更なる活躍と」
「一日でも早い、人間と魔族が手を取り合える未来を願いまして」
「乾杯っ!」
「乾杯っ!」
喧騒の端で二つの杯が音を鳴らす。それぞれの未来の願うそれは契りのようであった。




