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オパールの杯に乾杯を  作者: 一矢
一章 出会う者
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二十五話 作戦会議

「酷いものだな。既に監視されているぞ」


 泉の国の首都。そこにある宿屋の一室へと両手に食事を入れた袋を抱えたクレインが入ってくる。その殆どがパンであり、腕から下げた袋の中には木製の容器に納められたスープが入っていた。


 それに対して、エルナは部屋の中で携帯食料などを整理して仕舞っているところである。少しでも時間が惜しいと買出しを分担しての事だ。


「勘違いとかじゃないんだよな?」


 エルナの問いに軽く首を振りながら肩を落としてみせる。クレインが気づいただけでも通りで二人、周囲の建物にも二人ほどはこちらを窺っていたのだ。


「先ほど宿の主人に『兵士が宿に出入りしていたようだが事件でもあったか』と尋ねてみたが、なんでもないと否定された」

「あー来てたんだ。というか巡回だ、ぐらい言えばいいのにね」


 全くだ、と呟きながらクレインは部屋のテーブルにスープを並べていく。いくつかのパンをエルナに渡すと、勢いよくベッドに腰を落として遅めの昼食をとり始めた。


「敵意むき出しかぁ……だよなぁ」

「それはどうかな。案外、いい方向にも進んでいるかもしれないぞ?」

「この状況のどこがだよ。盾の国でのアレで絶対に悪く報告されているだろうしさぁ」

「あのような切り上げ方をしたのだ。それに関しては怪しまれていた上での報告はされただろうな」

「で、どこにいい方向が見えるんだ?」


 パンを千切っては口に運んでいたエルナが眉をひそめる。少なくとも今のところ吉報の欠片はどこにも見当たらない。


「細かい事を考えたところで仕方がないから、ざっくりと判断していくぞ。向こうは私の存在を2パターンで考えて行動してくるだろう。まあ、どちらであっても向こうが取れる行動にそう違いはないのだが」

「まさか魔王だってバレた……?!」

「あれだけで分かったのなら、間違いなくエスパーであるだろうな……」


 エルナの頓珍漢な考えに、肩を落としながらパンを一口齧る。


 悪人以外となると一体何があるのだろうか。そもそもこれは悪事の種類の事を言っているのだろうか。答えが分からないエルナはパンを片手に首を傾げたまま固まってしまう。


 それを見兼ねたクレインは、口の中にある物を飲み込むと続きを話し始めた。


「人攫いや奴隷を買うような悪人。はたまたはやんごとなき位の人間。まあ、貴族や王族といったところだろう」

「何をどうしたら善人説がでるんだよ」

「例えば、エルナの船は沈むなりして荷物や所持金を失い、どこかの浜に打ち上げられる。そこで王族などである私が遭遇し、金銭的な支援をしたとしよう。今までこそこそしていたのは、私がお忍びであるが故に表沙汰にされるのは困る。どうだろうか?」

「……初めからその設定でいればよかったんじゃないか?」

「考えはしたが、それを証明する事ができない。それにまだまだ先が長い中で変な嘘をつくより、情報そのものを与えない方がいいと判断したのだ。だが今回、彼が物凄くこちらにとって都合の良い解釈をした可能性が浮上してきたのだ」

「どこら辺にそれがあるんだよ?」

「この監視だよ」


 クレインの言葉にエルナは口をぽかんと開ける。その言葉との因果関係がどこにあるというのか。それを考える事さえも放棄していそうな雰囲気であった。


「エルナの話だととても想像できない程の迅速な支援だ。私が他国の位のある人間である可能性から、下手を打てば国際問題に発展しかねない、ぐらいの説得があったのではと考えている。監視はその証拠集めでもあるのだろう。ただの悪人としてだけなら、もっと厳重に包囲しておくだろうがその様子もない」

「全部が全部、非協力的じゃないしここの国にはちょっと理由があるんだよ。たまたま他に勇者がいなかったから、この近くに現われた魔物の討伐をあたし達がしたんだ。そうしたらここの王様にも気に入られたっぽくてさ」

「良くも悪くもそれが今の我々に返ってくるとは……」

「あたしは完全にお前に巻き込まれてるんだけどな」


 さも当然と言わんばかりに同じグループにされ、エルナはしかめっ面で非難をする。だがクレインは気にする様子もなく、話を続けていくのであった。


「だがこの国が協力的、というのは大きな情報だな。だとしたらレオンが取る手段は恐らく、飽くまで戦力の支援のみを求めるのだろう」

「普通に部隊引いて来るんじゃないか? 国にやらせた方が楽だろ」

「もしも、国として介入するのならばそれなりの地位の者が担当する事になる。そこで私が本当に王族だった場合、どうしてもその情報は複数名に伝達される訳だ。知る者が多ければ多いほど漏れた時に疑われる。だが、戦力としてのみならば、私の対処はレオンがすればいいだけである」

「……ごめん、よく違いが分からないんだけど。その場には結局兵士とかいるんじゃん」

「私が王族でお忍びならば、そもそも戦う意味がない。降伏した段階で兵を退けばいい。そうすれば問題が起こっても、泉の国はそ知らぬ振りとまではいかないが、責任は問われないだろう」

「ああ、兵士はお前の逃走を諦めさせるのと、悪人だった時の抑止力なのか」

「それでも私が犯罪者であれば、自棄を起こして暴走する可能性を孕んでいる。レオンからすれば、きっと生きた心地はしないだろうな」


 その元凶であるクレインは可哀想だと言わんばかりに、胸元で十字を切って手を組んでみせる。本人はいたって真面目だが、馬鹿にしている以外なにものでもない行動に、エルナは大切な仲間を不憫に思わずにはいられなかった。


「あ、そうだ! 生きた心地! 最後のあれはなんだったんだよ。なんであの時あんな挑発をしたんだよ? あたしが正にそれだったぞ」

「すぐにこちらを探りだしたと言ったであろう。その上であんなわざとらしい挑発をされたらどう思う?」

「罠、か……」

「どういった心証になるにせよ、退いてもらわない事にはこちらも準備なき強行突破しかできないからな」

「食いつかれたらどうするんだよ?」

「諦めるしかない。とは言っても戦闘となったところで一対一。隙を作って逃げられるだろう。一番の問題は補給ができない事なのだがな……」


 クレインの能力ならば相手さえも無傷で切り抜けられるだろう。しかしそうなってしまえば、犯罪者として指名手配をされる可能性が大きい。伝達速度にもよるが今までの様な町巡りはできなくなるだろう。


「でも結局、今は向こうがチャンスを狙っている状態なんだろ?」

「そう思っていた方がいいだろうなぁ」

「どうするつもりなんだよ」

「向こうが狙うとしたら、寝静まる頃合かこの町を出たところを取り囲むか、だろうか」

「で?」

「正直に言ってしまうと、宿屋の主人がどれだけ向こうに協力するかによって、だいぶ判断が変わってきてしまう」

「それ、深く探りなんかいられないんだから賭けって事じゃないか」


 多少の目安はつけられるとしても、基本的には出たとこ勝負。数の差から言ってもどうしようと不利であるのは変わらず、上手い事出し抜くなどという都合のいい話は転がっていない。


「なので何一つ頼れないという前提で、夕食を食べに外を出るつもりで逃げてしまおうかと思う」

「……荷物持ってたら即効でばれるだろ」

「その上での策だ。薄暗くなってきたらここを飛び出てとにかく外を目指す。後は野となれ山となれといったところだな」

「せめてちゃんと夜になってからの方がよくないか?」

「地下道でもない限り、見つかる事なくこの建物の外に出るのすら不可能だろう。夜間の隠密はこの囲いから出るまでは無効というわけだ。町の中で鬼ごっことかくれんぼをしてもいいが、そんな事をしていれば全ての門を押さえられてしまうだろうな」

「……成功するのかなぁ」

「完全に包囲されているわけではないからな。少なからず人が出歩いている時刻の方が、こちらには有利に働いてくれるはずだ」


 待機中か集めている最中か、どちらにせよクレインは周りに『人の壁』を見ることはなかったのだ。仮にもこれで包囲されているのだとすれば、かなりの広範囲に渡るものである。無関係の人々が行き交う状況であれば、その囲い急速に縮めるのは困難だろう、という判断のようだ。


「……それなら今すぐ飛び出していった方がよくないか?」

「流石にこの明るさで馬を使われたら逃げきれんだろう。そもそも休みなくそんな事をして逃げ切れる自信があるというのか?」

「……無理だな」

「体力を回復させる魔法を使えるのならばそれでも構わんが、もしかしたら夜通し進む事になるかもしれないぞ?」

「うん、夕方まで昼寝しよう」

「その方が賢明だろうな。どちらにせよ、向こうも町の中で厳戒態勢まではできないだろうし、相手の作戦の動き出しに対して先手が打てればそれでいい」


 昼食を済ませると、残ったパンを荷物へとしまっていく。元々、夕食も含めた量のようだ。


「よし、それではしばし休憩を取るとしようか」

「食ってすぐ横になるのは嫌だけども、今はそんな事も言っていられないかぁ……」

「……そうだな、ある程度の地図も頭に入っているのだし、エルナさえ構わないのならここで別れるか? エルナにとってもその方が後々面倒は少ないだろう」

「は……なにを言ってんだ? お前馬鹿か? この間あれだけの事をしたんだぞ。お前を殺すまで離れると思っているのか?」

「あれだけの好機を逃しておいて物凄い啖呵を切ってくるものだな……。しかし、流石に今後は毒にも警戒するし、もう打つ手がないのではないか?」

「確実に効くかは分からないけども考えならある」

「……あるの?」

「あるよ」

「あるのだな……そうか、あるのか……」


 エルナの思わぬ返答に、クレインは顔を青くしながらぶつぶつと呟く。ここにきて策があるというのだから、ブラフでなければ効果そのものは見込めると踏んでいるのだろう。


 しかしその内容は思い当たらず、不安げに自分の首をさする。


「それじゃ、あたしは寝るからね」

「あ、ああ……おやすみ」

「うん、おやすみ」


 ベッドに転がると穏やかな顔で、寝具の温もりを感じ始めるエルナ。クレインは落ち着きがなさそうに辺りの様子を窺っていたがしばらくすると、そろそろとベッドに潜り込んで体を休め始めるのだった。

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