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オパールの杯に乾杯を  作者: 一矢
一章 出会う者
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二十三話 野生と失敗

 クリフと出会い、一夜を共にしたクレイン達。


 翌朝には出発するのだろう、と考えていたエルナであったが見事に裏切られ、昼をゆうに過ぎての出発となった。


 それと言うのもクレインは残った肉を可能な限り燻製にしたり、大きな木の洞で暮らすクリフに『小屋』を作ったりしたからである。


 特に小屋に至ってはかなり原始的でありつつ本格的で、太い木の枝や蔓、葉っぱを使った野性味溢れるものだ。


 枝と蔓で柱や屋根の骨組みを作り、枝に葉を刺していき、屋根に一本また一本とかけていけば立派な草ぶき屋根へと姿を変える。そして少し細めの木の枝を割って、並ぶ柱の前後に噛ませれば隙間が目立つもそれらしい壁ができ上がり、立派に小屋と呼べるものとなったのだ。


「とは言え、詳しいわけではないからな。この草ぶき屋根とてそう長くはもたんだろうし、張替えは必要になってくる」


 小屋の管理について詳しく説明をする魔王にそれを聞く人間の少年。幾度となく魔王の珍妙な言動に晒されてきたエルナだったが、今回に至っては完全に第三者である。事情を知っていればこそ、ではあるが今までの自分達がどんな様子であったかを客観的に見る羽目となった。


「そこにある木、三分の一ほどならば樹皮を剥がしてもまた再生するそうだ。必要となったらあの種類の木の樹皮で屋根をふくといいかもしれない。それと今の時期はいいが、これから先はしっかりとした壁がなくてはまずかろう。近く、というほどでもないが小川があったな。あの辺りで粘土を探して壁の材料とするがいい」


 尚も説明が続く。エルナにしてみれば、それらしい生活をしていた話は聞いていたものの、いざこうして恐ろしい手際で小屋を作り、解説をしているのを見ると、気持ち悪いという思いが募る。


 原始の世界から飛び出てなぜ魔王に。その目は知性と理性を持ち合わせた人の姿の何かに対するものではなく、ただただ得体の知れない奇怪なクリーチャーに向けられるものであった。


「……と、このぐらいだろうか」

「ありがとうございます」


 一通り説明が終わったのか、満足げのクレインにクリフは深々と頭を下げて感謝を伝える。一見すれば良い光景であるはずだが、エルナは心落ち着かない様子で眺めるしかなかったのだった。



 そんなこんなで、町に着く頃には日が暮れており、安い宿屋にて格安で提供してもらった残り物の夕食にありついた。


 食事も終わり割り当てられた部屋へと移動して一息つく。ようやく落ち着けたところで、エルナが聞くタイミングを逃していた事柄に触れた。


「何であんな事をしたんだよ」

「心当たりが多すぎて答えられないのだが……まさか全部だろうか?」

「そうだな、全部だよなぁ……本当にもうなんなんだよお前」


 そもそも振り返ってみれば出会ってからこの方、大抵の行動はおかしなものばかりだった。その極めつけがこの野生育ちである。集大成とも言えなくはないが、今までは文明的な中での出来事だっただけに、退化を感じずにはいられない。


「前にも話したが、幼少時代は色々と苦労をしたものだからな。彼には思うところがあるのだ」

「いっそ、野生から這い出てこなければよかったものを……」


 忌々しげに搾り出された言葉に、クレインは神妙な顔つきで目を逸らした。僅かながら顔色も悪いように見える。


「なんだ? まさか今のがショックだ、とか言わないだろうな」

「いや……うむ、エルナは本当に運がよかったかもしれないなぁ」

「いきなりなにを言っているんだ?」

「まあ……そうだな。うむ」


 一人で納得しているクレイン。


 どこまでいっても捉えきれない存在であり、余計に不気味さを煽られて、エルナはクリフとのやりとりでもう一つの大きな疑問で話題を逸らした。


「そういえばなんで短剣なんて渡したんだ。ていうかあんなの持っていたんだな」

「物の試しで作ってみたやつだ。特別切れ味が素晴らしいとかはないがな」

「魔王が作った短剣、と聞けば凄そうだけども、ただの短剣か」

「ベテランの鍛冶師に教わりながらとはいえ、私は素人であるからな」


 魔王が誰かにものを教わる図とは一体どのようなものだろうか。教える者とて相手は最高権力者なのだから、生きた心地はしないように思える。


 しかしその相手とは目の前にいる魔王ともなれば、別に緊張する必要もないのかもしれない。緊迫しているようで気の抜けているような光景が、エルナの頭の中に広がっていった。


「別にあの短剣だから、という意図はない。ただあれは彼の助けになる。どう使おうとな」

「……」

「分かりやすくその選択肢を提示したに過ぎん。だがまあ、あの様子であれば生きる為に、他者の為に振るうのだろうな」

「そんなの……分からないじゃないか。悪戯に力を与えただけかもしれないだろ」

「そうだな。神でもなければ未来など分かりはしない。だが彼は劣悪な、歪んだ世界に生きている。酷く醜く歪曲した心に囲まれている。そこに正しさなどなく、ただそうであるように周囲もまたそれに感化され……悪い方に傾けば転がり続ける嫌忌すべき世界だ」


 静かに言葉が途切れる。見ればクレインはどこか遠くを見るように目を細めていた。そこにある感情は分からないものの、彼の言う幼少期には今しがた口にした世界もあったのかもしれない。


「だが、皮肉にもそんな環境の渦中にいるからこそ、正しく世界を見つめられるようにもなる。無論、エルナの懸念どおり自身も歪めてしまい、破滅を手繰り寄せる者もいるがな」


 それでこの話はおしまいのつもりなのか、クレインは言い終わると荷物を漁りだした。


 一体何が出てくるのだろうか、と見守るエルナの前に黒々としたキノコが姿を現す。傘にドクロマークがついていたとしても、何一つ違和感のない漆黒のキノコだ。


「言いたい事は分かるが、そう殺意のこもった目で見るでない」

「別に殺意はないぞ。ただ心からこいつは頭がおかしいって思っただけだ」

「失礼な奴だな。町に入る少し前に見つけたのだが、これが中々美味いのだぞ。まさか南の大陸でお目にかかれるとはな」

「……それが?」

「うむ。クリフがいる時に見つけていたなら教えていたのだがなぁ。愚痴を言っても仕方がないな」

「いや、夕食も食べたのになんで今ここで出しているんだよ」


 少し丸みがある広い傘は形が整っており美しい。だがそれ故に不気味なほどの黒い色は、おどろおどろしい雰囲気を際立たせており、食欲を根こそぎ奪ってしまうのだ。


「足が早くてな。収穫後すぐに味も落ちてしまう。自生しているものも希少ならば、食す機会は更に稀というわけだ」

「こんな部屋じゃ火も使えないだろ。食堂でも借りるのか?」

「馬鹿を言え。これだけ新鮮なら生食しても十分に美味なのだぞ。むしろ生食の方が美味であるほどだ」

「え……」


 エルナが世界の終わりを見たかのように絶望した顔をする。しばらく得意げのクレインの顔を見ると、今度はゆっくりとキノコへと視線を移していく。まるで愛しい人を亡くしたかのような絶望の顔となる。


「嘘だろ……正気じゃない。狂っている」

「勇敢な先人達の顔に泥を塗るつもりか」

「そのフォローも泥を塗ってるだろうが!」


 わーわーと騒ぐエルナを尻目に、クレインは悠々とキノコを手に取り傘を千切るように裂くと、すーっと綺麗に切れていく。そして、何の躊躇いもない様子で口にし、ゆっくりと咀嚼すると満面の笑みを浮かべるのだった。


「うむうむ。やはりこの仄かにくすぐる様な香りに淡白でありつつ口内に広がる味、そしてこの歯ごたえ。実に素晴らしい。あー美味いなー美味であるなー」


 ちらりちらりとエルナに視線を送りながら、少しずつキノコを口に運んでいく。わざとらしさはあるものの、本当に美味いのだろう。ゆっくり味わっていたのだが、徐々にそのペースは速くなっていく。


「ま、待て」

「んー? 要らんのだろう? 狂っているのだろう?」

「……」

「あ、いや……大人気なかったな」


 ここぞとばかりにクレインはキノコを取り上げるも、エルナの一瞬の逡巡と何かを探す様子を見て慌てて差し出すのだった。


「な、何だよ急に……」

「いや、エルナの視線が私の剣とエルナの剣を行き交っている様に感じたから」


 頭を下げるぐらいならば切りかかる。それを予想したのだろうか。


「お前の中のあたしはどんだけ野蛮なんだよっ」

「じゃあ何を探っていたのだ」

「……隙を突いてキノコの奪取が可能かどうか」

「流血沙汰がなくなっただけで本質は変わっていないのでは?」


 奪い取るの選択肢は正解であったようだ。何よりあの一瞬でそれを選択した事が恐ろしくもある。クレインは引きつつ身を屈ませて小さくなる。


「……あ、美味しい」


 魔王に恐怖を与えたとは気づきもしないエルナは、毒キノコに見えるそれの素直な感想を口にした。


「これって他には生えていなかったのか?」

「……まさか」

「違うからな? 食い意地じゃないからな? この森にたくさん生えているのなら、それこそクリフに教えてやりたいって思っただけだ」

「ああ、そういう事であったか。残念ながら自生していても、そう多く群生しないものであるからな。話したとおり、ここまで来る途中にようやっと見つけた程度だ。森全体で考えても他に自生している場所があるかすら怪しい」


 採った場所とて町の近くだから、教えても具合が悪いだろう。と付け加える。一番の問題はそこなのだ。下手に町に近づき、また問題が起こったでは顔向けができないというもの。


「もっとも、あの様子であれば食料調達に関しては少なからず知識があるのだろう。ああしてしっかりとした拠点もあれば、活動もしやすくなる。食す事ができる果樹も少なくない。しっかりと先を見据えて行動していれば、どうとでもなるだろう」

「そういうものなのかなぁ……」

「確かな保証はないが、私は問題なくやっていくだろうと予測している。気になるなら、時たま顔を見に行けばいいだろう」

「……それ、お前が言うのか?」


 逃げ出すわけにもいかず、かといってゴールが明確でない旅路。エルナの望む結末にも手が届かず、この町巡りが終わったその後の見通しもないままなのだ。


「そういえば言い忘れていたな。少々寄りたい場所があるのだがいいだろうか?」

「え? ああ、別に構わないが……」


 クレインの方から明確な提案があるのは珍しい。いそいそと地図の準備をしているエルナの脳裏に、ある予想が浮かぶと途端に鼓動が跳ね上がる。平静を装っているつもりだが、その音が聞こえてしまうのではないかと思うほど脈打っており、今や彼女の体は大きな緊張に絡め取られている。


 南の大陸の魔王の更に上、北の大陸より動く事がないのであろう自称魔王。名称にしてしまえば大魔王であろうクレイン・エンダー。南の大陸に魔物を侵攻させる魔王を放つ立場の存在だと考えられる。それが、この南の大陸で特別な用事があるとしたら。


 その先に見える影を思うと、エルナは身の毛もよだつ様な戦慄に襲われる。


「で、それは?」


 魔王に悟られるべきではないと考えたのだろうか。エルナは終始、地図に目を落とし決してクレインを見ようとはしなかった。


「ここだな。この山に行きたい。問題はないか?」

「……薬草か?」

「……」


 ごく自然に訊ねたつもりのエルナだったが、返答はなく沈黙が続く。藪を突いてしまったのだろうか、とエルナは顔を上げられず、それこそ不自然にも地図に顔を向け続けるしかなかった。


「そうだなぁ……。皆までは言えんが、きっと最終的にはエルナが喜ぶであろうな。いや、怒るかもしれんな」

「はあ?!」


 エルナを縛る緊張が解かれ、勢いよく顔を上げた。幾度、この緊迫や不安、予想を裏切られればいいのだろうか。


 そして、エルナが考えたそれでなければ、他にどういった事があるというのか。サプライズでもあるのだろうか。しかしこれだけ行動を共にしているのであれば、そんな準備などしようがない。


「だいたい、ここにはあたし達も行ったけども何もない普通の山だったぞ」

「そこは……当日のお楽しみだな」


 カラカラと笑いながらクレインはベッドに腰をかけて、就寝の準備をし始める。これ以上の質問をしたところで、はぐらかされるのだろう。


「……くそ!!」


 何を言っても流される雰囲気を感じ、エルナは苛立ちを隠す事もなく地図を叩きつけるように荷物に仕舞う。


(とは言え、絶対に『魔王』絡みの事だよな。いやそうしちゃ下らない内容ばかりだっただろ。変に勘ぐって気疲れするより、どうせ山の珍味や本当に薬草ぐらいに思っていた方がいいか?)


 既に調べた地域なのだ。だが、もしあの山に坑道のようなものがあったりひっそりと地下が存在していたのであれば?


(き、気になる……これ、眠れないんじゃないか?)


 なにかを企んでいたとして、今更エルナにどうこうできるなどと思っていないのではないだろうか。ならば明言を避けた理由はどこにあるのだろう。


 無視しようとしても、様々な想像が浮かんでは消えていき、エルナの思考を奪い続けるのだった。


(おまけにその原因はもう寝てるし)


 まだ寝付いてはいないのだろうが、既に就寝の体勢をとっている魔王を横目に小さく舌打ちをしてエルナも横になる。だが、目が覚めてしまっている今は一向に眠りにつける気配はない。


 グルグルと取り留めのない考えが渦を巻く。エルナが寝息を立てるのはそれからしばらく後、だいぶ夜が更けた頃だった。



「ん……」


 差し込む光にエルナは目を覚ます。しかし、快適な目覚めから程遠く、体は重く思うように動けなかった。


(うわぁ、風邪をひいたかなぁ)


 全く動けない程ではないとはいえ、鉛の様な体に手先は痺れているかのよう。クレインはまだ眠っているのか起き上がる気配はなく、起こしてまで手を借りるのも癪だ、と這うようにトイレへと向かっていく。


 普段ならばものの数秒の事を何分もかけてようやく辿り着く。一先ずは安心と胸を撫で下ろすも、妙な違和感に気づく。


(これだけ体の調子が悪いのに、別に頭がぼんやりするとかないって変だな。ただの疲労か?)


 だがここしばらく、そうした不調を感じる事はなかったのだ。急に疲労の波が押し寄せてきた、というのも無理がある。寧ろ身体機能に障害を与える疾患を患ったと考える方が自然なのかもしれない。


(不味いな。何が起こっているのか分からないけども、結構大事なんじゃないか?)


 魔王に借りを作るのが癪だ、などと言っている場合ではない。こんな森の町では大きな病に対応できない事は珍しくなく、早急に都市部に移って確かな医者に診てもらわないと恐ろしい事態を招くかもしれない。


 用を足すと再び這って何とかベッドに戻り、今後を考え始める。大きな病院に行くにしても、この状態では移動も難しい。となると馬車は必須となる。


 薬草などクレインの収入は本人が管理しており、果たしてそれだけの余裕があるのかエルナが知るよしもない。よしんば馬車はどうにかなるとして、重病ならより金が必要になる。流石にそれも問題ない程の稼ぎではないのは確実であった。


 うんうんと唸っていると、ふと一つの視線を感じる。


「クレインか?」


 首を動かすのも億劫なのか、仰向けのままエルナが訊ねるとそうだ、と普段と変わらない口調で返事が返ってくる。


「……すまん。なんかあたし、体が上手く動かないんだ。もしかしたらやばい病気かもしれない」

「大丈夫だ。安心しろ」


 声は尚もベッドから聞こえてくる。近くに寄り添ってはいないものの、力強い言葉にエルナは思わず口元が緩んでしまう。冷静に状況を分析しようとしているとはいえ、未知の状況にその心は少なからず弱っているのだ。


「私もだ」


 そんな思いを一瞬で打ち砕く。それがクレイン・エンダーである。


「……聞き間違えかな」

「いいや、私も体が動かせん。起き上がれもしないな」

「……なんで。まさか伝染病か! だとしたら……クリフも!」

「安心しろと言ったであろう。この身体の異常は覚えがある。ある種のキノコが持つ毒に、この様な症状を引き起こすという」


 エルナがベッドの上で鬼の形相となる。だが、昨日の会話を思い出し、眉をハの字にして首を傾げた。


「あれ? でも、昨日のはお前のところじゃ食用なんだろ?」

「うむ。それでその毒を持つ種類のキノコなのだが、昨日のキノコの仲間なのだ。もっともそれは赤いキノコだがな」

「ふーん? それで?」

「恐らく、気候か何かの問題なのだろう。南の大陸ではあの黒いキノコも同一の成分をもつと考えられる」

「……お前、腕は動かせるのか?」

「物を取るのも一苦労だろうな」


 量で言えばエルナの何倍も口にしていたのだ。魔王とはいえただでは済まないのだろう。あるいは魔王にも有効な毒、とも言える。


「あたしは這ってなら動ける」

「そうなのか? 摂取量の問題か。まあ、致死性も低く、時間経過で自然に解毒される。しばらく辛抱するだけの話だ」

「……今なら、今がお前を殺せるチャンスか」

「え」


 クレインが青ざめる中、エルナは自身の荷物を漁り始め、剣を手にズリズリと宿敵へと近づいてくる。


「ま、待て待て待て! よいのかそれで! 勇者が魔王を討つのにお互いが毒キノコにあたって、体が不自由なところで倒したなど名誉ある不名誉ではないか!」

「お前相手に理屈もプライドも要らない。お前を倒せればそれでいい」

「う、うおおおお! 動け! 動いてくれ!」



 その後、愛用の剣を手にした事が仇となり、エルナはクレインの傍まで行ったものの剣を持ち上げられず、悪戦苦闘するも最終的には力尽きて雑魚寝をするという、ただの不名誉を賜るのだった。


 そんな状態で数時間が経過しただろうか。部屋から出てこない二人を心配した宿屋の主人が様子を見に来たのだ。


 床で討ち果てたように潰れているエルナはベッドに移され、二人とも簡易な解毒剤を服用するも、一日は安静にすべきだろうと二泊を余儀なくされるのだった。

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