表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
オパールの杯に乾杯を  作者: 一矢
一章 出会う者
22/185

二十話 故郷の

 緑が珍しいほどの土地である石の国。他国のような豊かさはないものの、決して人口が少ない国というわけではない。


 特に石材が多く採れる地域では比例して町の規模も人口も膨らみ、土壌改良も積極的に行われている。貧困のイメージが強い国だが、極々普通の暮らしをしている町も少なくないのだ。ただ、国内においてその差が大きく、全体的に見ると芳しくない者が多いのである。


「一番、石の国が異国という風格があるかもしれないな」


 特に苦しみ喘ぐ層の地域を抜けて、初めて立ち寄った町でクレインは事も無げにそう呟いた。


 銅の装飾の町や、オブジェが浮く町。それらも十分に異国としてのインパクトはあっただろう。だがそれでも尚、石の国が一番とするならばそれは家の作りだ。


 石材が豊富という事もあり殆どの家は石造りなのだが、大きな四角い石の中をくり抜く様に削ったような作りをしている。


 北の大陸と盾や銅の国などの建物は確かに違うが、ここまで極端に違うものでもない。それ故に、立ち並ぶ建物全てが異質さをも感じさせる石の国は、『異国』であるという事を強く認識させるのである。


「まあ、正直あたしもそう思うけどもさ」


 土地柄が大きく異なるのも起因して、南の大陸で生まれ育ったエルナにしても、同様の感想をもっている。


 それどころか、全国規模でそうした印象を持っているのではないだろうか、という噂もあるぐらいだ。多くの者が共感する事なのだろう。


「それにしても、聞いてはいたがこの辺りは本当に旅人らしい者はいないのだな」


 石の国に入って以降、道中でそれらしい人物は一度も見ていない。


 少なからずどの国でも都市部の方角を目指していた為、どこかしらで見かけていただけに、この変化は顕著に感じるものである。


「大抵来るのは商人ぐらいだからな。わざわざ観光する人も珍しいし……報酬とかも期待できないから、魔物退治に人が集まらない」


 それでも、ある程度独占できる利点で全く人がいないわけじゃないけども、とエルナが付け足した。


 ある程度の実力があれば、競争率の低さから手堅くやっていく事はできるのだろう。しかし人が集まらない以上、魔物が大量に現われた場合の危険性は跳ね上がる。何より本当に実力がある人物なら、もっと良い待遇を求めていくものだ。その為に、多くは短期的に仕事をこなして移動していってしまう。


 長く留まる者は稀であり、空白期間が生まれる事など日常茶飯事。各地への兵士の配備も不十分であり、これらが大きな魔物被害を被る理由となっているのだ。


「この辺りは戦争には巻き込まれていないのか?」

「身を隠す場所もない土地だし、旨みもないだろうしね。石の国も攻める程の力はないしで、完全に傍観する立場だよ」

「言い方は悪いが人がいるのであれば奴隷にできる。何も土地や生産物だけが全てではないと思うのだがな」

「……」

「ああそうか。確かに利はあっても、他の国とも戦わなければならない時に、兵を割くほどではないという事か……しかしそれはそれで、それほどの状況にある世というのは問題だが」


 度々こういった人間同士の争いに関心を示すクレイン。特に先日の事とこれまでの言動とで、自分達こそが侵略者である事から目を背ける行動にも思えてくる。


 そこに考えが行き着いたエルナは、自然と険しい表情で横にいるクレインを見つめる。


「考えていても仕方がない。流石にここならば泊まっていくのだろう? 早めに休んでしまおうか」


 エルナの顔を見てすらいないクレインは、首筋に手をやりゆっくりと頭を回してストレッチを行う。ここ数日は野宿が続き、特に固く草も満足に生えていない大地の上では苦労する事も多かったのだ。


「今までの様なベッドはないけどな」

「この辺りで雑魚寝するよりは良いだろう?」

「まあ、それもそう、かな……」


 何とも歯切れの悪い返答。


 思わず楽観視し過ぎだろうか、と身構えるクレインの前方に宿屋が見えてくる。周りよりかは立派だが今までと変わらない、石造りの建物であった。



「……無事、石の国の比較的栄えている町まで来れた事に感謝し乾杯」

「乾杯」


 宿屋の食堂にて何時もより覇気のない声音で杯が鳴らされる。


 石をくり抜いた様な建物とは言え、内部は小奇麗にされており特に衛生面で文句が出るものではない。ただし、ベッドすらも石造りで敷かれている物も特別に柔らかい物でもなく、中々固い寝床であるのだ。


 一度、そのベッドに横になり、寝心地を確かめるとただ一言、比較論だな、とクレインは小さな声で呟いたのだった。


「そんなにショックか」

「少し、予想を上回っていた……」


 農業も行っている町とは言え、規模が大きいものでもない。野菜こそ問題なく流通しているのだが、そこそこの値段で随分と元気のない物が平然と売り買いされているのだ。そんな野菜のサラダを口にしながらクレインは肩を落としてみせる。


「石の国は過酷なのだな……」


 哀れみなのか、そこへ来てしまった後悔なのか、更に肩を落としながらまた一口と料理を口にする。


「でもこの値段で肉もあるんだし、文句は言えないんだけどな」


 フォークに刺さった気持ちばかりの鶏肉を揺らしながら、落ち込んでいるクレインを嘲笑うエルナ。


 それに納得する部分があるのか、クレインは小さく唸るも諦めたかのように溜息をついた。


 今二人の前にあるのは、小振りな皿に盛り付けられたやや萎びれた葉菜類のサラダに鶏肉とレタスのスープ、それにとても固いライ麦パンだった。仮に贔屓目に見ても、町で食べる食事としては一番質素なものだろう。


「やはりこの国の食事事情はこんなものなのだろうか?」

「都市部はもっとしっかりしてるよ。まあ、これでもだいぶ改善されたって話を聞くけどね。そもそも宿って呼べる物ができたのも最近らしいし」


 チラリとエルナが周囲を窺い、少しだけテーブルに乗り出すようにクレインに近づいて小声で話した。流石に普通に話すのは躊躇する内容だけに、周囲に気を遣ったのだろう。


「……今後のルートはどう考えているのだろうか?」

「この先にちょっとした岩山があるから、そこの周りを回って北に行こうと思っていたけども、もう泉の国を目指すか?」

「……正直それでもいいかとは思う」

「なんか、そんなお前って珍しいな。まあ味付けもだいぶ違うしなぁ」


 普段ならばもっと嫌味や皮肉がありそうなものだが、流石にエルナも口に合わないようで、早々と石の国を抜けるのは賛成の様子だ。


 だがそれも少しの間で、すぐにはっとするような顔をして、クレインの顔を見つめてくる。


「そういえば、お前って故郷っていうかあそこで食べる物の味が恋しくなるとかないのか?」

「随分と今更だな。大体、私が作る料理の味で何か思う事はなかったのか?」

「え? なに? どういう事?」


 まるで得体の知れない物を食べさせられたのかと言わんばかりに、エルナが身を引いて顔が青ざめていく。目の前で調理していたのを見ていたはずなのだが、彼女にはあまりにも不穏な発言に聞こえているのだった。


「……向こうの調味料持ってきて使っているという意味だ」


 そう言いながら、すっと小瓶を取り出してテーブルに置いて見せてくる。わざわざ北の大陸より持ち込んでいたとは流石だとも言えるが、それ以上に今この場ですぐに取り出せた事に恐怖すら覚える。


「……」

「そんな顔で見るでない。何となくここでの食事を予想していただけだ」

「うーん、説得力があるようなないような……分からなくもないから困るな。ていうか今までの全部、北の味付けだったのか……」

「エリーゼ……」


 周囲には宿の従業員だけで、他に商人も旅人もいない。更に言えば、いくらある程度は裕福な町とは言え、勇者の情報を気にかけている者も稀だろう。それでもクレインは飽くまで外ではエルナの偽名を使っている。


 これだけ律儀でいて非常にいい加減のところがあり、それでいて何故魔王なのだろうか。


 エルナはそう思わずにはいられず、疑問を浮かべてしまい動きが止まる。やや呆れた様子のクレインはあまりにもエルナの反応が薄い事に、今度は哀れみすら浮かべる始末であった。


「確かに持ってきた物の中には、こちらでも似た品種が調味料として使われている。だが、全く同じ味ではないし、食べていて気づきそうなものなのだがなぁ……」

「い、いや、あたしは料理人じゃないし、そんな繊細な味覚も持っていないからっ」


 クレインの含みのある言葉に、慌ててエルナが否定をする。まるで味音痴とでも言われた気分だ。


 だが、クレインは目を伏せながら静かに首を横に振ると、今度は優しい笑顔でゆっくりと頷いてみせるのだった。全くもってエルナの主張は通っていない様子。


「ち、違う。そ、そうだ! きっとあれだ、あたしの故郷だと同じような調味料があるんだ! だから違和感を感じなかったんだ!」

「故郷の味であったか?」

「……違うかな」

「エリーゼ……」

「待って。そんな目で見るな。おかしい……そんなはずは……」


 必死に言い訳を考えるエルナだが、特に上手い理由など思いつきもしない。


 そもそもにして口に合っていた事と、各地を回って色んな異国の料理を口にしていた事が合わさり、北の大陸の味付けを違和感なく受け入れてしまっていたのだ。だが、それに気づいていない現状では、クレインを納得させる理由も挙げられずただ哀れまれるだけであった。


「そう気にする事はない。逆に言えば、よほど口に合わない味付けでもなければ、満足できるわけだ。人によっては安っぽい味覚とも言うが、逆にそれは食事における幸福感を阻害する存在を少なくさせている。素晴らしい事ではないか」

「それっぽいフォローだけど、馬鹿にしているだけだろ」

「割と本気で言ったのだがなぁ……。少なくとも私が見てきた美食家、という者は大抵が鼻持ちならない者ばかりで、生き辛そうにしか見えなかったぞ?」

「あー……いや、分かるけども比較対象がおかしいような。ていうか、美食家とか北にもいるもんなんだな」


 城壁に囲まれた広大な土地には城下町と魔王城。豪邸らしきものが見当たらないのを考えるに、あそこ以外の町にそうした者達がいるのだろう。そう考えると人々の営みとしては、魔王がいる北の大陸と南の大陸の人間達とではそこまでかけ離れたものではないのかもしれない。


(所謂な貴族がいるとか、それはそれで夢がないな……)


 暴力こそ正義、力こそ全て。北の大陸にて、巨大な城壁を見てそのようなイメージを抱き、町を見てそれらを払拭した。しかしその上に毛嫌いする貴族のような存在もいるというのだ。いっその事、当初の暴力で彩られた世界であってくれた方が、まだ今エルナを取り巻くやるせない気持ちにはさせなかったのだろう。


「……とりあえず、今回はよく味わってみるがいい」


 テーブルの上に置いた調味料を、さっとスープに一振りかけてみせる。


 エルナが一瞬だけ躊躇うのを余所に、自身のスープにも振りかけ啜り始める。


「……うん、時々食べる味だ」


 おずおずとエルナも口にすると、溶ける様に表情が和らいでいく。魔王の手料理と言う時点で安心などないような気もするが、今のエルナにとっては安心できる味であるのだ。


「それで違いはどうだ?」

「……分かった」

「おお?」

「分からない事が分かった」

「……そうか」

「特にクセがある訳じゃないし、故郷のって言えば言いすぎだけど、やっぱりちょっと近いものがある。気がする」

「ふむ……やはり雲の国にも」

「頼むから止めてくれ」


 中々スパイスの効いた冗談を食わされた。とてもじゃないが、エルナの口には合いそうもないものだ。



 夕食も終わり、固いながらも久々のベッドにエルナは体を横たえた。大抵は投げ出すように身を預けるのだが、初めて石の国に訪れた際にここではそれが許されない、と深く深く戒めを胸に刻んだのだ。


「……」

「何だよ。食べてすぐは牛になるーって言いたいか?」

「そうは思わんが病気になるリスクは高めるそうだ」

「……え?」

「食べてすぐ横になると胃液が逆流し易いと聞く。寝付けば危険性は更に高まる。胃酸だから食道を溶かすのだろう。症状としては炎症にあたるそうだが、相当酷いものだそうだ」


 淡々と説明をするクレインの前で、エルナは青ざめた顔でベッドの上に座り直した。これまでの過去にもこうした行動はあったのだろう。その顔はまるで罰を受ける前の後悔や恐怖が入り混じったような、そんな表情をしている。


「……な、なあ、調味料はどれだけ持ってきたんだ?」


 背筋の冷える思いをしたからか、大して興味もないだろう事でもいいからと話題を変えようとする。


 そんな心情を察したのか、クレインは特に追及する事もなく、荷物からいくつかの小瓶をテーブルに並べていく。


 そろそろと並べられていく小瓶。その数六本。


「……」

「聞いておいてその反応はなんだというのだ」

「いや、お前に敵として魔王の威厳とか厳格さとか求めていなかったけども……今完全に粉砕した」

「失礼な奴だな。いいかエルナ。この大陸の国々での味付けの差そのものはある。だが、決してかけ離れたものではない。これはある意味、奇跡的な事なのだ。そして私からしてみても、南の大陸は未知であり、そこにある味覚もまた未知。だとすれば……」


 慣れたとは言え、クレインの大仰で底の浅い説法が始まる。力説具合からそう簡単には終わらないのだろう。


 エルナは適当に相槌をつきながら、大きな溜息を気づかれないようについた。


(なんでこんな奴に苦しめられてるのかなぁ……)


 ふと、外から差し込む月光に気づく。どうやら天辺に上りつつあるようだ。


「聞いているのか、エルナ」

「はいはい……」


 ある日の夜の事。半月を過ぎ、膨らむように満ち始めた月に嘲笑われているかのようだ。


 エルナはそんな心にもない事を考えつつ、早く終わればいいのにとただただ祈るのであった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ