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オパールの杯に乾杯を  作者: 一矢
一章 出会う者
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閑話 本

 広大な草原に道がある。一面の緑に土色の線。


 その線を辿っていくと、ところどころに胡麻のような粒が散らばり、ぼこぼこと穴が空いている。更に辿ると、やがて無数の石の集まりが見えてくる。


 道は草原に留まらず、川を山を横断しており遮られるという事はない。何処までも続き、意たる所に粒と石が見受けられる。


 何処までも何処までも。


 道を戻り、端に行くと道は元より草原には多くの粒がひしめき合っている。


 塵のように払われる、吹けば消し飛ぶ軽い命。人の群れだ。



「くそ……攻撃が届かない!」

「目的を違えるな! それこそに意味がある!」


 武装した者達が取り囲み攻撃を行っているが、彼らの武器が相手に届く事はない。


 感情、というものが存在するのか定かではない魔王は、表情一つ変えずに兵士の攻撃を凌いでいた。


 膨大な魔力はそれ自体が壁となり、物理的な攻撃を受け流す。ただそこに居るだけでも攻撃を受ける事はないのだ。


 だが、それに対抗する道具が開発され、一度血を流す事を許した魔王は、取り付かれるのを避けるように、攻撃をかわしいなす行動を取るようになったのだ。


「総員、回避行動!」


 突如、魔王から紫色の光が放たれる。


 それは徐々に膨らむとかざした手に集まり、目が眩むほどの光となって辺り照らす。


 その直後、光は一筋の矢となって掌から放たれた。散り散り逃げ惑う人々の背後から容赦なく食らいかかる。


 瞬時に走った光は、同様に消えていく。光の通った跡には無数の黒い塊、人間だったものがぼろぼろと崩れていくのだった。



「第三波全滅! 第四波、残り10!」


 建物の一室には鎧姿の者達がひしめき合っていた。


 魔法学を元に作られた魔道具も所狭しと並べられて、戦況の報告や指示が飛び交っている。


 魔王の攻撃による被害の報告を受けて、髭を蓄えた男の顔が険しさを増す。随分と恰幅が良さそうに見えるが、組んでる腕は丸太のようである。力を込めたのか、たたでさえ太い腕がはち切れそうな様子であり、並大抵の鍛え方ではないのが窺える。


「これでは……消耗戦だっ」


 髭の男が苦々しく吐き捨てると、部屋の中の空気はより一層悪くなり、誰もが暗い顔となる。


 だがそんな中、長く使われくすんでいるものの、煌びやかな意匠が施された鎧をまとう女性は水の様な静けさを思わせる表情で周囲を見渡した。


「いいえ、これは消耗戦です」


 一同は思わずその女性へと視線を向けるも、彼女は尚も言葉を続けるのだった。


「今戦場に立っている者はおろか、この場にいる者全ての命は生き長らえる事を望んではなりません。全ては駒であり無残に散ろうとも、大地に流れる魔力を奪い、全てを土へと還す魔王を今この場で討たねばなりません」


 その目には揺るぎのない覚悟があった。言葉通り、命尽きるまで戦うのだろう。


「これ以上の暴虐を許す訳にはいきません。第一突撃部隊第五波をあげて下さい」

「りょ、了解! 第一突撃部隊第五波、攻撃開始!」



「ものの五分足らずで俺達の出番か」

「やはり魔王は警戒しているな。一瞬とは言え、あの魔力の壁が消されたんだ。当然だな」

「今までは攻撃されるがままで、ついでで薙ぎ払われていたらしいからな」


 魔王との戦闘より離れた地点に、二つの大軍が待機している。先の攻撃の通り魔王の攻撃の射程の長さから、こうして直接戦闘に加わっていない部隊は距離を取っているのだ。


 多数の魔術師達が魔法にて部隊を戦線付近へと送っており、第五波にあたる部隊は次々に魔王のいる戦場へと足を踏み入れるのだった。


「酷い有様だな!」

「これ以上は無駄口叩く暇はない! 行くぞ!」


 増援に来た兵士達は各々が鼓舞しつつ、得物を引き抜くと魔王へと突撃していく。それに気づいた魔王が大きく腕を薙ぎ払ってみせると、戦闘中であった第四波に所属する三人の兵士の身体が弾け飛ぶ。


「規格外……」

「止まるな! 進め!」


 一人の兵士が震え上がる中、後ろを行く兵士に追い立てられ、魔王との距離は縮まっていく。


 魔王一人を相手にする以上、一度に大軍でかかる事はできず、作戦の規模の割には戦線の人数は少ない。だが誰一人として、退く事など許されないのである。


「……」


 無表情のままの魔王の顔が周囲を見渡した。基本的に目線さえもろくに動く事のない魔王だけに、その動きは異質なのだがそこまで理解している者はいない。だが、情報としてその動きによる次の行動は予測できた。


「まさか……アレが!」

「で、伝達しろ!」


 一瞬にして魔王の全身から強烈な光が発せられる。だが、それは徐々に弱くなっていき、不発の様なイメージを思わせた。だが、それは大いに間違いなのである。


「退避! 退避ぃ!」

「こんなにも早く使うのか……!」


 兵士達が一斉に駆け出すも、その方角は魔王であった。第四波の兵士達に到っては魔王を追い越してその後方へと進んでいくのである。


 だが、魔王はそれをさして気にする様子もなく、ただの一飛びで第四波の兵士達を追い抜き、その先へと着地する。


「くぅっ!」


 兵士達が呻く声を上げた時、魔王の手から発光する球体が打ち出された。



「きました! 魔力球です!」

「第二突撃部隊を上げろ!」


 司令室の中は一瞬で騒然となった。それだけ魔王のこの攻撃は恐ろしいものである。


 だが今は、人々にとってこの攻撃こそ大きな反撃の狼煙ともなるのだ。今はただ行方末を見守るしかない者達は、手を組み神に祈ってさえいる。


 直後、大きな揺れが司令室を襲う。多くの者の顔が青ざめる。報告からの短さを思えば仕方のない事だろう。


「……! 第一突撃部隊第四波、第五波全滅!」

「初弾は止められんか……!」

「控えている第一突撃部隊の半数は順次、魔王に突撃して魔力球を撃たせ続け、魔力切れを起こさせろ。残りの半数は第二突撃部隊に再編し、魔力球誘爆の盾となれ」


 無残にも思える策ではあるものの、人々に残された唯一の対処法は、少数の命で多数の命を守り、敵を消耗させるものであった。それがこの戦場の全ての駒の役割である。


 後続の兵士を守る為。この先に住む人々を守る為。ここに居る者は、人類の未来への礎なのだ。



「あれが魔力球の……」

「魔力を魔法に変換する事無く破裂させる……なんて力だ」

「第二突撃、第二波。次の爆発と共に行け」

「もはや処刑宣告だな」


 一人の兵士が自嘲気味に笑うと、周囲の兵士達の顔が歪んでいく。そう、死ぬのを命令されたのだ。だがそれは分け隔てなく、全ての者の役割である。


「あれは人の死に方ではない。だが、だからこそ、あんなものが家族に降りかかる事は到底許せん。なあに、我々はあれに突っ込んで、ここに到達するのを防いで死ぬばいいだけだ。運が良ければ魔王も巻き込んでやれ」


 一人の年老いた兵士が鼻で笑いながら語りだす。彼の一言一言に多くの者が様々な表情をしてみせる。怒り、悔しさ、恐怖……だが、笑っているのは彼一人である。


「俺にはできねえよ。この後、何千何万の命で作られた決戦の場に、死んだ俺らと人類の存亡の重責を背負って戦うなんぞよ。おら、胸を張れ! 俺らはこんな簡単な仕事で英雄扱いだ! これほど安く手に入る栄誉はないぞ!」


 そう鼓舞すると共に、また新たな爆発が発生した。第一波があの光の珠に身を差し出し、爆発させたのだろう。


 希望や未来の為の戦いは、地獄よりも恐ろしい場所であった。



「……借りていってもいいだろうか?」

「止めろ」


 ある日の午後、顔色を窺うような様子の魔王には甚く読みたい本があったのだが、無残にも勇者に取られて本棚へと戻されるのであった。

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