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オパールの杯に乾杯を  作者: 一矢
五章 果たす者
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閑話 帰郷

「また家を空けるとなると薬の材料や食料も勿体ないから、北の大陸に行くのは早いほうがいいのだけれども」


 そう切り出したのはレインであった。


 クレストにヴィルト、そしてミシェルはその意味を理解できず、すぐに言葉を返す事ができなくて固まってしまう。


 魔王を倒し、アリア達と共に王都に向かったクレスト達。ややこしい事もあったものの、褒賞を受け、賛美され、王家主催のパーティやら、式典やら、英雄としての演説じみたものやら。良い事も厄介な事も一通り済まし、解放されて戻った第一目的地、レインの家に着いてそうそうの出来事である。


「お前はいったいなんの話をしてるんだ?」

「今後どうするにしても、一度はミシェルも樹海の国に帰るでしょ。思惑がどうあったにせよ、連れ出したのは私達なのだから、最後まで付き合うのが道理でしょ」


 大まかな方角こそ同じだったものの、別の街道を行く必要があり、王都を出る時にアリア達と別れた四人。魔王を倒した、とされるアリア達と別れたものの、クレスト達とて魔王まで辿り着いた人物、という英雄に類する扱いには変わりがない。その為に、ここまでの道中も馬車の旅、というご厚意を頂戴したのだ。


 これまでの旅に比べれば快適で、とても速い帰路である。だが、それはそれで多くの時間を持て余す事となった。


 ミシェルがクレスト達に同行した目的。転生の巫女となったその術。そして、これからはクレストと共に生きていく。そんな話もヴィルトやレインにも話したのだ。


 こちらに家のないミシェル。順当に考えればクレストの家で生活していくのだろう。といったところで、ただでさえ距離のあるレインが、今後発生しうるその行事をすぐしよう、という提案してきたわけだ。


「別にあたし一人で帰るんでも……」

「それは流石にない」


 クレストの即答でミシェルがうっ、と言葉を詰まらせた。しかし、それは恋仲であるクレストだからという話でもなく、ヴィルトもレインも頷いて、クレストの言葉に同調を示している。


「いくらなんでも、俺だってそれは無責任だと思うしなぁ」

「うっわぁ……ヴィルトに言われると傷つくぅ」

「おいこら」

「……だが、レインの言い分は分かる。俺も家に戻って落ち着いてから、と考えていたが、戻るだけの時間もレインの生活の事を考えたら悠長だな」

「……え? クレスト? まさか」

「この町で少し休んだら行こう。今なら英雄特権でいい船に同乗させてもらえるかもしれないしな」



「……まさか、こんな勢いで帰ってくるなんてねぇ」


 魔王討伐後の帰路。だったが突発的に決まった北の大陸への旅。随分と長旅が追加されたわけだが、こうして樹海の国に戻ってきた一行であった。


 だが、のんびり樹海の国で観光、というわけにもいかず、ミシェル一人がかつてクレスト達と出会った地、その王都の中にいた。


 これから転生の巫女の帰還を祝うセレモニーが始まる。そこで、語るべき事を語り、この国から去るという予定であった。


 クレスト達が一緒にいてもなんらおかしくはないのだが、長らく連れまわした事、そして国を去らせる要因とも言える、という立場から刺されかねない。と、三人は道中の宿に滞在している。


(まー言わんとしている事は分かるから、反対もできないんだけれども……)


 王や重鎮が控える中、この国の長が居る建物より、町が見下ろせるバルコニーへと進むミシェル。


 流石に巨大な樹木が立ち並ぶ中にあるこんな地で、立派で荘厳な城があるわけでもなく、かなり豪華なお屋敷といったところだ。それでも彼女の記憶にあるかつての樹海の国を思えば、随分と近代的な発展をしたものだ、と感心せずにはいられない。


 ミシェルが姿を現すと、民衆に大きな歓声が湧き起こる。それは数十秒、あるいは数分と続いた。長く長く歓声が周囲に響く。やがて落ち着いてくると、ミシェルは大きく息を吸った。


「この度は、私の帰還を盛大に祝って下さり、誠にありがとうございます。……この場をお借りしまして、皆様にお話すべき事があります」


 改まったその言葉に、民衆が息を飲む音がミシェルにも聞こえるほどであった。


「私が転生の巫女として生き続けた意味……。それは南の大陸に発生する災厄をもたらす存在を滅ぼす為でした。そして、私がある方達に同行した理由もそれを果たすチャンスであったからです。こうして戻ってきたのは成し遂げてきたわけでして……」


 言葉が途切れる。溜めでもなく、ミシェルの唇が僅かに震え、言葉を詰まらせたのだ。


「この国を愛しています。私が生まれ育った国。転生の巫女などという、ありえない存在を受け入れ、敬愛して下さった皆様。長い長い時間を過ごしたこの土地が嫌いなわけがありません……。ですが、私はもう転生の巫女としての役目を終えました。悲観でもなんでもなく、ようやく肩の荷が下りたのです」


 その先の言葉。それを正確に予想できる者はいないだろう。だが、彼らが望む言葉ではない事は明白である。しかしそれでも、誰一人としてざわつきもしないで、傾聴すべく静かにミシェルを待ち続けた。


「だから……私はこの国を去ろうと思います。ただのミシェル・ビシュルシュとして、これが最後の生として、只人の人生を歩んでいきたい。人として謳歌して、その幕を閉じさせていただきたいのです」


 ずっと清聴されている。なにも変わってはいない。


 だが、言い終わったミシェルには、急に水を打ったような静けさに思えて仕方がなかった。


 やがて、一人二人と深く頭を下げ、いつしか全員がミシェルに深く礼をする。


 戸惑うミシェルが振り返ると、そこには王達もまた同じようにしていた。


 ある意味でこの樹海の国の象徴でもあった転生の巫女ミシェル・ビシュルシュ。その立場となってから、国策に関わった事はない。それでも、彼女の存在はこの国の人々にとって誇りであり支えでもあったのだ。


 寂しい。留まってほしい。そんな思いを抱いていない者はいないだろう。だがそれ以上に、これまで居続けてくれた事への感謝が、彼らにそうさせる。


「……ありがとう」


 思わず頬が濡れ、震える声を絞り出して口にしたその言葉は、誰に届いただろうか。しかしきっと、彼女の想いは誰一人欠ける事なく伝わっているはずだ。



「今頃盛大なパレードとかなんかねぇ……」


 樹海の国の王都より離れたところ。鬱蒼とする樹海の中にある宿屋にクレスト達三人は滞在していた。


 この地の樹海は広く、ただ王都を目指すだけでも、こうした中継地点となる宿屋に世話になるほどだ。ましてや、山菜や菌類の採集などが目的ならば、長期滞在だって珍しくはない。


「正直なところ、当時のバイト先の人達へ挨拶に行きたかったが……こればかりは仕方がないな」

「命には代えられねえもんな」

「いくらなんでもそこまでじゃないと思うけれども」

「いいや危険だね。俺もクレストも女なら平気だろうよ。だが違うだろ? 連れ出した挙句ミシェルは国を出るっていうんだ。手を出してない、と思う奴はそうはいない。そりゃ、俺達以外、旅の道中でそういう出会いって可能性も考えるだろうが、第一に矛先が向くのは俺らなわけだ」

「これには俺も否定できないな」

「手を出したしな」

「出されたんだよ」

「そういう意味では私達全員、まんまとミシェルの手の平だったわね……」


 互いが互いに、想いを打ち明けるタイミングをどうするつもりだったか。それを口にした事はない。


 だが、少なからずあのタイミングではなかったのは明白であった。


「なんにせよ、手紙はミシェルに預けたし、それで納得するしかないな」

「直接顔を合わせるにしても、次の機会……いったい何年後になるんだか」

「流石にその頃には私達も簡単には船に乗れないでしょうね」


 飽くまで魔王討伐に貢献した英雄扱い。アリア達ほどのネームバリューはないのだ。そう遠くない未来の内には、ちやほやされる時期は終わるのは目に見えている。


 討伐の旅の時ですら異例中の異例。果たして客として乗船するには、どれほどの運賃を払う事になるのか。


 三人が顔を見合わせて、思わず苦笑いを浮かべてしまう。


「こんな話、ミシェルの前じゃできねえな」

「彼女にとってみれば気が遠くなるほど過ごしてきた国なわけだし……」

「使命の為とは言え、それでも呪縛に思っている様子はなかったからなぁ。全てが良い事ではなかったにせよ、彼女にとって愛すべき故郷である事には違いない」


 その気持ちの重たさを推し量る事など、三人には到底できそうもない。そもそも時間だけではないのだ。特殊な存在であった自分を受け入れてくれたというのも、その心に大きく関わる。


「ま、俺達は俺達で大人しく待っていようぜ。今回の目的はミシェルの帰郷なんだしよ」

「この近くにいいキノコの採取スポットがあるらしい。明日はそこで採ってきたもので鍋でも作るか」

「クレストには信頼を置いているけれども、この地域の毒キノコの判別までできるの……?」

「宿屋の人が分かるらしいから、ちゃんと見てもらうさ」

「この抜かりのなさが信頼の一つだな」


 ミシェルの想う心を知らない三人。それがどれほどのものか。


 かつてこの国でどのように生まれて、どう過ごし、どうここまで歩んできたか。


 いつしかそれが聞ける日もくるのかもしれない、と思いを胸に秘めて三人は日常を生活して待ち続ける。


 その時に明かされる話がどれほど三人を驚かせる事になるのだろうか。今は何一つ予想さえもしてない事であるが、それは遠くない未来のまた別の話であった。

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