十七話 図書館
廃墟のある森よりいくつかの町と一つの山を超えて見えてくるのは、大きな塔が聳える町である。
塔は基より魔法的技巧が多く施された町並は、訪れる人々を驚かせるのだった。特に宙に浮くオブジェの類は、魔法に精通していない人の殆どが思考を停止させられる代物である。
魔法の町とも呼ばれるそこは、あまりにも大きく城下町ではないかとさえ思わせる程である。元々は城下町の一角に位置していた程度だったが、規模が膨れていくと、王都での維持は不可能とされこうして町として独立する事を決めたのだ。
魔法が突出するこの町が城下町の囲いを外れて以降、見る間に大きくなり一つの大都市となるのにさほど時間がかからなかったであろう事は、想像するに難くない話である。
こうして魔法を研究し、扱う者を養成する地として、各国に知らしめる事となった。だがそれは、彼ら彼女らにとって楽園でもあるが、挫折や壁に阻まれる地獄の地でもあるのだ。一体どれほどの歓喜と悲哀がここで繰り返されてきたというのだろうか。
「じゃーん!」
マントの様にローブを翻してポーズを決めるエルナ。大勢もの人々が様々なドラマを送ったであろう場所だが、エルナは町に入って以降このハイテンションを振り撒いているのであった。
そうした困難などがあるのも、この町ではそれが珍しくない事も知っているものの、彼女にとっては自分の知的好奇心やその欲求を満たす場所でしかないのだ。
「どうと言われてもなぁ」
エルナの説明の通り、身を隠して学びに来る者も少なくなく、貸し出し用ローブというものが用意されている程である。短期滞在という事もあり二人は購入しないで借りる事にしたのだ。
だがエルナは屋内ならまだしも、外へ出るのに武具を身に着けないというのはどうにも居心地が悪いらしく、グリーブと胸当てを付けたままローブを着ているのだ。傍から見ても違和感のある姿である。
「正直に言って不恰好だな」
「ぐ……それはそうだろうけども」
今度は顔の上半分を隠す仮面をつけて、再度ポーズを決めるエルナ。当然ながら舞踏会などの為の物ではない。中々用意周到な町である。
「……仮装パーティかな?」
「わー腹立つなー」
更にもう一度、ローブを翻してポーズを決め、妖艶な笑みを浮かべてみせる。仮面の効果は絶大だ。
「こういうの、なんか怪盗みたいな感じで凄く良くない?」
「マントをローブで代用は無理があるな。そもそもグリーブで怪盗とは、中々チャレンジャーなものだ。大体、そういう者はもっと背が高くて良いスタイルであるというイメージがあるからなぁ」
「わー……腹立つな」
歯に衣着せぬ物言いと内容に、エルナの声音はがくんと低くなる。明らかに機嫌を損ねたのを感じ、クレインも倣って仮面をつけて誤魔化しを謀る。
「どうだ?」
「あー……何ていうか話に出てくる悪そうな魔術師だ。ごつめだけど」
クレインはと言えば、剣を腰に挿している以外、防具は全て宿屋に置いてきているのだった。その為にローブを着ればそれらしく見えるが、流石に魔法を得意とする者には見えない体つきが窺える。
「それはどうしようもない部分だな」
そう言いながらローブのフードを深く被ると、荷物を確認していく。
「さて、準備はこのぐらいでいいだろう。そろそろ向かわないか?」
「二泊しかできないんだもんなぁ……」
その後の薬草採取もあまり良い結果が出せず、言うほどの金策にならなかったのだ。どれだけ残すかを考えた結果、安宿での二泊を決めたがそれとて苦渋の判断によるものである。
「何だかんだで高いのだな」
「王都並ではないんだけどねー。ただやっぱ魔法を使うお偉いさんとかも来るから、宿の為の土地は取り合いになったんだってさ。だから土地代も高くなって安い宿は難しいんだって」
「居住する者は増えているのか?」
「ここで暮らすかぁ、セレブだなぁ……。でも普通のセレブはここで暮らすメリットないし、生粋の魔法使いや研究者は、魔法関係の条件で入れる寮みたいなのがあるし、住む人は少ないよ」
エルナの返答にクレインはしばし、腕を組んで考え込む。何度か見方を変えて考えてみるも、良い答えはなかったのだろう。大きな溜息と共に肩を落とした。
「だとしたら、壁を増やして土地を広げる、というのは難しいところだろうな……産業や特産など、目玉があればまだ分からないが」
「魔法を使った道具とかは売られてるけど?」
「高いのだろう?」
「高いねー。欲しい物があるんだけどずっと買えないんだよなぁ」
「しかも、図書館は公開されているのだから、他所の国はここへ学びに行かせて、自国に戻って開発、という手段もとるのだろうな」
「割と問題視されてるよ、それ。買うより作らせた方が安いもんねー。お陰で店頭の魔法道具はお飾りで、内々で消費しているって話」
何が原因で高価であるかは分からないものの、価格の面で対策を取れない以上は、商品としての流通はそうそう起こりえないのだろう。
だとすれば増産の為の設備投資などもなく、継続的に暮らす者も増えない。現状がどうとでもなっている以上、短期滞在者の為だけに土地の開拓が行われる可能性は低い。クレイン達のような者は割を食う状況はこれからも続くのだろう。
町の中央にある大きな塔こそが図書館であり、この町を象徴するシンボル。そして、その近くにいくつか大きな建物があり、それらは魔法の研究施設や、指南する施設となっている。この塔とセットで魔法大国の首位を確立しているのだ。
塔に入るとすぐに大きな受付があり、そこで利用者である事を示すカードを受け取る。一時的であれ、塔内での身分証のようなものであり、更には本の貸し出しの記録も行えるようなっているものだ。
「凄いな。こんな魔法道具、想像した事もなかったぞ」
興奮気味にカードを眺めるクレイン。エルナにしてみれば、妙な気持ちになるものだった。
「何ていうか魔法は……お前の方が凄いもんだと思っていたから、その反応は逆に気持ち悪いな」
「我々の方でこのような魔法の使い方は聞いた事がないからな。驚くなと言う方が無理だ。いやしかし凄いな。どうなっているのだろうか……持って帰ったら怒られるだろうか?」
「そりゃそうだろ……」
子供の様なはしゃぎっぷりに、若干引き気味のエルナ。僅かながら、ここに来た事を後悔し始める。身分を隠しているとは言え、好奇の目にさらされるのは単純に恥ずかしいのだ。
「ほら、とっとと行くぞ」
半ば置いていくような形で先へと進むエルナに、クレインは慌てながらついて行く。
受付の先の大きな扉を潜ると、そこは巨大な本棚が立ち並ぶ正に本の世界であった。
一階一階の高さがあり、聳えるような本棚の周りでは多くの人々が行き交っているのが見える。それはちょっとした町の通りを彷彿とさせる光景であった。
「……」
「大声出すなよ。怒られるからな?」
口を半開きにして震えているクレインに、横目でエルナが釘を刺した。カードだけであれなのだから、絶対に騒ぐという確信が彼女にはあったのだ。
「いやいやいや……これほどとは」
目を輝かせて小声で感嘆するクレイン。魔王としてその発言は果たしていいのだろうか。よしんば問題なかったとして、その表情での発言はどうあっても駄目なのではないだろうか。
「しかし、この広さからどうやって本を探すのだ?」
「そこら辺にある地図に何処にどういった本があるか書かれている。それでも見つけられなかったら、係りの人に聞いたりしているかな。ああ、それと」
件のカードをクレインに見えるように取り出すと、その表面を軽く指先で突いてみせる。するとクレインの方向を向く矢印がぼんやりと浮かび上がってきたのだ。
「同時にカードを申請した場合、なんていうか仲間? みたいな設定がされていて、館内でも相手を探せるようになっているんだ」
「そんな事までできるのか……。凄いなぁ、魔石ですら魔力そのものや、魔法を封じ込める程度のものだと思っていたが、一歩も二歩も進んでいるではないか……」
聞いてもいない事をペラペラと喋るように呟く。本来であれば飽くまで敵対する相手に対し、絶対に口外してはいけないような内容にも思える。
だがクレインとエルナの間には絶望的な差があり、それを理解している彼女にとって、有り難い情報にはなり得ないのだった。
「それじゃああたしはあたしで探してくるからな」
未だに感心しているクレインに、軽く手を振るとエルナは急ぎ足でその場を離れていく。
チラリと周囲を窺えば、何人かはこちらに視線を向けているのが見える。ここまで驚きはしゃぐ者もそうはいないのだ。
(ああ、顔から火が出そうだっ)
自身の身分は隠せるが、この館内にいる間は多少なりとも奇異の目で見られる事になるのだろうと思うと、自然とエルナの肩は下がっていくのだった。
館内にはその場で読む者も多く、机が備えられている。特に、この町へ長期的に学びに来る者達にとっては、ここは作業の場でもあるのだ。
だが、そうでない者にとっても必要とする場所であり、ある一角の机は既に満席となっている。そして、その中にはエルナの姿もあるのだった。
数冊の本を机の上に重ねており、黙々と手にしている本を読んでいる。時折、他の本を開いては何かを確認すると、また手元の本を読み出したりと、完全に自分の世界にいるのだった。
(うん? げ、もうこんな時間か)
ふと顔を上げて時計を確認すれば、早くも読み始めてから2時間は経過している。気づいてしまえば空腹感も感じ、広げていた本を手にするとその場を離れていく。
(そういやあいつ、何処にいるんだろ?)
あれ以降姿を見ないクレインを探すべく、軽くカードを叩くと矢印が浮かび上がってくる。
本棚の列の半ばほど進み、矢印の変化からおおよその位置の見当をつけて近づいていく。ふと、周囲の本の種類に気づいて、エルナは首を傾げるのだった。
(この先って物語の棚だよなぁ。あいつ、国の事とか調べるんじゃなかったっけか?)
一瞬エルナの脳裏に、それを見過ごすのもどうだろうか、という自問が過ぎる。だが、魔王がその気ならばどの道どうにもならないだろう、と心中で言い訳をして、あっさりと黙認する事にしたのだ。これを成長と呼ぶべきか、堕落と呼ぶべきかは難しい判断となるのだろう。
しばらく歩くと、ようやく見覚えのあるローブ姿が見えてくる。どうやら本の前でそのまま読み出してしまったらしい。何とも迷惑な話だ。
「おーい、読むんなら机だぞー」
「え? あ、ああ……すまない」
「……お前、そういうのにも興味があるんだな」
クレインの手にあるのは、魔王と戦う人々を描いた創作だった。立場的には当事者ではあるはずだが。
「て、そういえば興味はあったんだったっけ。そういうお話、ていうか魔王という存在の扱いみたいな」
「多少なりともな」
「まあ、いいんじゃない? それ、子供向けだし」
「……子供向け?」
仮面で口元しか見えないが、かなり不審がる様子が見て取れる。クレインがそのような反応をするのも中々珍しいものだが、本の描写は多くの人々がその命を礎に魔王を倒すという、血みどろにまみれているのだから仕方がない。
「正確には子供向けの話を、大人向けに仕立て直した、だね」
「ああ、なるほど……そういう事か」
「その内容じゃ子供は分からないし、分かったとしても泣いちゃうって」
「だから驚いたのだ。いや待て、これを子供用? それはそれで一体どういう内容になっているのやら……」
本を閉じて仕舞おうとする手が止まる。その姿のまま、ゆっくりと顔だけがエルナに向けられた。
「……全巻借りていってもいいのだろうか?」
「よ、止せ。何日泊まるつもりだ」
静かではあるが、明らかに強い口調のエルナ。
クレインの持つ本には10の数字が振られているのだ。彼女自身、読み出したら止まらなった過去もあり、何としてでも阻止しなくてはならない。
「そんな事より飯はどうするんだ? 目的の本は他にもあるんだろ? それを借りて外で食べるか? というか中では食べられないからどの道、外に出ないといけないんだけど」
「もうこんな時間か……」
上手く話題を逸らせた事で胸を撫で下ろすエルナとは対照的に、時計を見て驚いているクレインがいた。よほど熱中してこの本棚の前にいたのだろう。
「あれ? 手ぶらだな。他の本は?」
「……」
「お、お前まさか……」
気まずそうに顔を背けるクレイン。どうやら時間を忘れて読み耽っていたのは目的の本も見つける前からの事の様だ。もしかしたら早い段階で今し方の一冊を手にしてしまい、それからずっとあの調子だったのかもしれない。よく苦情を言われなかったものだ。
「とりあえず、一旦外に出て昼にしよう……」
未だにこちらを見ようとしないクレインのローブを掴み、軽く引っ張りながらエルナは歩き出す。
自分を取り巻く状況が、こんな馬鹿なものならどれだけいい事か。エルナはクレインの言動に呆れるのを通り越し、それと比べて悲観のこもった溜息をつくのだった。




