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オパールの杯に乾杯を  作者: 一矢
一章 出会う者
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十四話 銅輝く町

 銅の国には数えるほどの町しかないものの、全てが採掘と鍛冶に精通した場所である。銅以外の金属も採掘されている為、鍛冶の発展も目覚しいもので、わざわざ他国から武具の作成依頼が来る事も珍しくない。


 戦乱の時代より盛んに採掘が行われていたにも関わらず、未だに採取量に陰りが見える事もない。その結果長い年月をかけて、町は惜しみなく技術が注がれた銅による装飾品で彩られていた。


 勇者達は当然ながら、魔物討伐を請け負うなど戦う事で生活する冒険者達にとっても、武具の調達となると必ず上がる候補地である。それ故、通りを歩く人の姿の多くは金属製の装備を纏っており、より一層町を鈍い光で輝かせるのだった。


 そうであるからこそ、戦いにおいて前線に立つ知人や顔見知り程度を、この町で見つけるのは中々難しいものがある。クレインは町に入る前まで、何者かがまたエルナを見つけるのではと危惧していたがそれも杞憂であった。木の葉を隠すなら森の中とはよく言ったものである。



「これは何とも……凄い景色だな」


 そんな町を歩きながら、クレインは感嘆の息を漏らした。


 金銀の装飾品で飾られた世界であれば、何となしにも想像がつくものの、こうして銅が輝く光景は中々イメージし難いものである。その様子を隠す事無く、クレインは珍しげに装飾をまじまじと眺めながら進んでいく。


 あまり目立つ行動は避けるべきだが、初めて訪れる者の驚き方は似たようなものらしく、クレインの様子を気に留める者は何処にもいないようだった。


「まあ、あたし達も初めて見た時はビックリしたよ。何せ銅だし」

「銅だものなぁ……」


 北の大陸でも南の大陸でも、この国を除いて銅で町を装飾しているところはない。


 何より貨幣にもなっていて見慣れているとは言え、最も価値の低い扱いなのだ。数も多い分、使用頻度も高いというもの。であれば、見る物は酷くくすんでいる事が常で、こうして煌びやかな姿というだけで目をみはるものである。


「綺麗だけど僅かにくすんでる感じとか、逆に奥深さみたいなのがあるよね」

「確か銅は劣化しやすいのではなかったか? だからこそ表面を少し加工してやらないといけないとか」

「へぇ……そうなんだ」

「私もあやふやな記憶だからあまり自信はないがな。しかしこうした装飾品としては見慣れていないからなぁ。新鮮なものだな」

「え? 装飾品自体は珍しくないだろ?」


 不思議がるエルナが指差す方角の店には、銅で作られたであろうアクセサリーや燭台がガラス越しに陳列されており、美しくも鈍い光を放っていた。


「あれが一般的に流通しているのか」

「アクセサリーなんかは雷撃の魔法の威力を上げるって言われてるし、実際に効果があるんだけど……こっちの魔法だけ?」

「……」

「……? 知らない、とか言わないよな?」

「い、いや、銅で効果が上がる、か。そのような実験自体、北の大陸では行われて、いない……んじゃないかな」


 どんどんと声が小さくなっていくクレイン。決してエルナと目を合わせようとしないその様子に、エルナがにたりと悪そうな笑顔を作り上げる。


「えー? クレインは知らないのー? そんな事もー? え、だって、ええぇぇ、お前はだって、へえぇぇ」


 わざとらしい驚き方に、屋外である事もあってか魔王である事を伏せる。一言一言言われる度に、クレインの目が泳ぐ。欠片ほども隠せていない。


「ぐ……ええい、黙れ黙れ! どうせ私は魔法が使えんよ」

「えっ使えないの?!」


 今度は本気の驚きを見せる。またもやエルナの中の魔王のイメージが打ち砕かれた。


「な、何それ? 本当なのか?」

「……ああ」


 エルナの純粋な問いに、傷を抉られたかのような苦悶の表情となるクレインは、力なくゆっくりと頷いた。その様子を信じられなさそうに見るエルナ。


 今まで現われた魔王の詳細こそ知れないものの、南の大陸で創作される魔王の話に魔法が使えない者は存在しないのだ。それ故に、微塵にも想像した事がないのも仕方がないのだろう。


「というか……うん、それで王を名乗れるんだ」

「……先ほどからそうであるが、傷口に錆びた剣を突き立ててくるのは止めてくれないだろうか?」

「え? うーん……」


 魔王を苦しめる絶好の機会をみすみす見逃していいのだろうか。と、本気でエルナは悩んでいる。


 追撃があっては敵わない、とクレインはエルナの返答を待たずに続けた。


「私は魔法適正がないらしくてな……一時はそれでも何かはと訓練したのだが……」

「火傷一つ負わす火もでなかった?」

「……マッチほどの火すら出なかった」

「ごめんなさい」


 思わず謝るエルナ。彼女の幼馴染であり、旅の同行者であったレオン・ヘッザも魔法適正がないと言われる程であったが、可燃物に着火する位の火は出せるのだ。それにすら不憫に思ったのに、本当に文字通り適性がないとなると、先の自身の行動を恥じるほどである。


「いいか、エリーゼよ。素直に反省する姿勢は正しいが、それは時に相手をズタズタに引き裂く行為であるからな?」

「え? じゃあ貶せばいいの?」

「お前……」

「流石にそれは冗談だって。じゃあさ、何ていうか姿形が変わったりもしないのか?」

「変身するとでも?」

「そうじゃなくて、いや間違っていないのかな? お前は何かの化身みたいなもので、人の姿は仮初とかそういうのさ。ないの?」

「ほお……」


 随分と失礼な軽口を叩くも特に反省する様子のないエルナ。やや呆れていたクレインだが、新たに出てきた質問にいささか目を大きく開いて驚く。一瞬、何かを考え込むも、すぐに口を開く。


「エリーゼ達の間ではそのように伝わっているのか?」

「いや、御伽噺だとそうなんだよ。脚色なのかもしれないけども、あまりにもそういうのがありふれているから、そういうものだと思っていたんだけど違うのか?」

「いや、間違ってはいないな。どういった姿をしていると記されているのだ?」

「話によってまちまちだけども、土の巨人や巨大な怪鳥。龍なんかもあるな」

「……興味深いな」

「え? 何で?」

「……人間達にどの様に伝わっているか、だ」

「ふーん?」


 意味深ではあるものの、クレインの関心は割りと人間じみたものが多く、魔王からの視点であればそんなものなのかもしれない。いい加減、振り回され慣れてきたエルナは、そう結論付けると気になる点を更に掘り下げる。


「で、お前の真の姿みたいなのはどうなんだよ?」


 途中で自分の存在が漏れ聞かれる以上の話をしている事に気づいたが、特別周りが自分達の会話を気にもしていない様子であるのをみたエルナ。少しだけ周囲を窺ってみても、変らない様子に気持ち声のトーンを落としただけで聞いてきた。


「対して変わりはせんが翼が生えて角も生える」

「翼ぁ? その鎧を打ち破って生えてくるのかよ?」

「それは最早、翼ではないような……。ちゃんとその為の加工はされている」


 数歩、エルナを追い越したクレインが背を向けてくる。今まで気づきもしなかったが、細長い板の様な物が取り付けてあった。


 上の方で留められており、そこを支点に可動する蓋のようなものなのだろうか。少し触れると掛けられた札のように横に振れる。


 更にそれを少し引っ張ってみると、勝手に横へと振れていく。留め具か、留め具に接する板の部分に何らかの加工されているのだろう。内側から外へと力が加わると開いていく構造のようだ。


「……じゃあお前が着ている服は同じような位置にスリットが入っているわけか。気持ち悪いな」

「そうせねばならないのだから仕方がなかろう」


 クレイン自身、気にしているのか嫌そうな顔をする。


 鎧を脱いだ状態でふとした時に、背の素肌が見えるかもしれない服。華奢とは正反対の鎧を軽々と着るような体つきで、そんな服を好んで着る男性は、中々のナルシシズムをもっていそうなものである。


「で……強くなるんだよな?」

「当然だ。もしもこの状態で、その姿の自分と戦うというのであれば全力で逃げ出す」

「え? そこまで?」


 戦慄するエルナ。まだ真の魔王暗殺を目論んでいるのだが、海に巨大な水柱を起こすだけの力を持ったクレインですら勝負にならないというのだ。


「身体能力は勿論、魔力の放出量も違う。対峙したところで話にならんだろうな」

「え? 魔法が使えないんじゃ、魔力なんて意味がないだろう」

「ああ、言い忘れていたか。魔法は使えんが魔力をそのまま身体能力向上に使っている。あと魔力そのものを物質化させて剣にしたりする」

「そんな事ができるのか?!」


 魔法が使えないと聞いて喜んだのも束の間、そこは腐っても魔王というものなのだろうか。ただならぬ力について解説し始めた。


「魔力だけは馬鹿のようにある所為か、気づいた時には物質化ができるようになっていたのだよ。因みにその剣は振るえば周囲を焼き払う事もできる。恐らく魔力そのものが放出された事によるものだろう。それ以外は切れ味と強度が高いだけで、既存の魔法との関連性はないようだ」

「うわぁ……化け物」


 素直な感想に、クレインは少しだけ表情を曇らすだけであった。過去にもそう言われたか、彼自身、自分があまりにも異質である認識を持っているのだろうか。


(真の魔王は規格外って事なのかな……ますます遠のいた、ていうか勝てる要素あるのかなぁこれ)


 雑談で始まった話であったものの、更なる絶望を突きつけられエルナは深い溜息をつくのだった。



 過酷な肉体労働者が多い町である事も影響しているのか、食堂で出される料理は安価でいてボリュームが多い。肉に至っては器からはみ出んばかりである。


 安いセットメニューを頼んだものの、山盛りの肉野菜炒めとこれまた山盛りのパン。小柄な鍋と見間違う器のスープを前に、クレインはしばらく唖然とするしかなかったのだった。


「二つ目の国に到着し、何事もなく平穏な一日を送れたことに乾杯っ」

「乾杯」


 杯を鳴らしながら一口呷り、再度料理を見渡すと得も言えぬ笑いがこみ上げる。


「いやしかし、これは凄いな」

「はは、町の様子からここまで初めて来た人が通る道だよ」


 ある種の通過儀礼となっており、初めて訪れる者を連れて来た時の楽しみでさえあるのだった。


「この国は農業も畜産業もやっていないのだろ?」

「うーん? まあ、数人で土地を開拓してちょっとした農業をしている人はいるけども、基本的に自給自足に毛が生えた程度っぽいかなぁ」

「それであの値でこの量か。ここの銅や武具の輸出は相当強いカードなのだろうな」


 事実、銅の国はそれなりに価格を抑えて輸出する見返りに、食料品などの輸入品の価格を下げる事を確約させているのだ。お互いが痛手を負わず、明らかに突出した利益にもさせず、永い安定を目指したのだろう。


「そういうものなのか?」

「少なくとも私にはそう見えるがな」

(魔王が貿易の知識ねぇ……北の大陸を完全に支配しているわけじゃないとかか?)


 少し引っかかるものを感じはしたものの、あの広大な大陸を常に支配し続けるのは難しいように思える。もしかしたら、あの翼を持つ種族のように、人の姿をした別の種族がもっと多くいて、種族単位でコミュニティを作っている場所もあるのかも。


 そんな事を考えながら、エルナは料理を口に運ぶ。粗野ながら何処か懐かしい味に舌鼓を打ちつつ、目の前の山の切り崩しを進めた。


「そういえば、この国の名前は銅山が由来している訳だが、他の国はどうなっているのだ? エリーゼの故郷の雲の国とか想像がつかん」


 クレインは僅かに眉を曲げる。自身の発想が貧相なのか、そもそも名の由来の在り方が違うのか。全く検討もつかないようだった。


「え? あー……なんか他の国は建国に関わりがあるって話だけど」

「……詳しくは知らんのか。自国なのに」


 顔を歪めるクレインに対して、エルナは手を払うように横に振ってみせる。


「いやー知っている人の方が少ないよ。まあ、次の風の国に図書館があるからそこで調べればいいさ。あ、図書館って分かるか?」

「貸し出しも行う書物庫だろう。そういう施設もあるのだな」

「風の国のみだけどね。魔法の研究が進んでいて共有しようっていうのが理由で、大昔は魔法に関する本しかなかったって話。他の国だと書物庫はあるけど、色々と申請したりしないと中にすら入れないからなぁ」


 面倒臭そうに溜息をついて語るところを見るに、それを体験したのだろう。不得手とは言え知識があり、学ぶ意欲もあるエルナ。なればこそ他国の魔法の知識を知る事は純粋に嬉しく楽しくもある。最もそれがまともに果たせたのは風の国だけではあるが。


「しかし、南の大陸において一大施設ともなると人も多そうだな。平気だろうか?」

「軽装備にしてローブを着たりして変装とかすればバレないさ。前線で戦う人って魔法を学ぶのを恥ずかしがる人が多いしね」

「……よく分からんな。努力する事を恥じるとは人間は変わっているな」

「んー、筋肉ゴリラみたいな人が、難しそうな本を読み出したらどう思う?」

「知識のない状態からそうであるなら、入門書から読み始めればいいものを、と思うだろうな」

「あ、そういう反応か……」


 純粋な反応でいっそ眩しささえも感じられる。よく南の大陸の現状について、呆れる様子を見せるが、エルナは何となくその理由が分かった気がする。それが北の大陸においての事なのか、クレインのみの事なのかは分からないが。


「皮肉な話だけど……お前のそういうところ、嫌いじゃないな」

「……なるほど、嘲笑されるわけか」

「まあ、そんなところだ」


 クレインはやや驚きもしたが、力なく乾いた笑いをするエルナに、色々と思うところの一部を汲み取った。だが、特に言及する事はせず、先の質問の答えに頷く。


「何れにせよ問題がないのであれば、興味もあるし是非にでも行くとしよう」

「……あたしも調べたい事があったからそのつもりだったしね。何泊かしたいし、薬になりそうな物が採れそうなら言えよ?」


 多少なりとも気遣われたのであろう事を悟ると、エルナは暗くなっていく顔を引っ込めて、いつもの調子を振りまく。だが、その内容が金を稼げというのだから、中々思い切りがいいというものだ。


「地図には地形も記されているのか?」

「大きい森とかならね。後で見せるよ」


 話題はこの先の旅路となり、話が弾んでいく中でエルナははっとする。


 果たして、魔王を人間側にとって大きな価値を持つ図書館に連れて行くのは、正しい判断だったのだろうか。もしかしたら大きく踏み外したかもしれない、と僅かながらもゾクリと、虫が這うような悪寒が背筋が走る。


 だがきっとそれもまた杞憂に終わって、勝手に振り回されるだけになるのだろうと心を落ち着かせる。それを成長とするか、理解とするか、はたまた楽観とするかは人によるが、少なくともエルナの中で一つの大きな変化である事に違いはなかった。

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