十三話 行商と護衛
盾の国より東に広がる銅の国。そこは名の通り銅の採掘が盛んで、遥か昔は金属資源の源として、各国がそこの領有権を巡って争い続けた土地である。
国土こそ狭いものの、そこは無数の鉱山が連なっており、多に類を見ない町の密度となっているのだ。
銅の国の町であり鉱山へと続く道を二台の馬車が進んでいく。決して大きいとは言えないものの、しっかりと整備がされており、多少の荒れた道でも難なく通り抜ける頼もしさがある。
その馬車の中にはいくつもの商品となるものと、二人の鎧姿の者達がいるのだった。
「いやぁ、行商の馬車に乗れたのは運がいいね」
「進行ルートも同じだというのだから、中々の巡り合わせだな」
流れ行く景色を眺めながら、暢気に会話をするのはエルナとクレイン。銅の国のとある町までの間、馬車の護衛として同乗する事となったのだ。
「そういえば前にも護衛で乗る事があると言ったな。そう頻発するものなのか?」
「うーん、まあ決して珍しくはないけども、実際に乗るかどうかは運次第だよね。お互いの目的地が全く違うんなら、交渉の余地もないじゃん?」
「珍しいわけではないのだな」
「まあ、まちまちだよね」
魔物であれ人であれ、行商にとって襲い掛かってくる存在は皆一様にして脅威である。それに対する策として用心棒を雇う事が一般的で、最低一人は雇っている事が多い。そこへ行き先の状況などを加味して一時的な護衛……エルナ達のような者達を、運賃と引き換えに雇う事で増強するのである。
今二人が共にしている行商は元々用心棒がいたものの、盾の国の首都までの道のりで装備が破損。元の装備と同程度の質のものを新調するとなると高額で、用心棒にとっても、行商達が先払いするにしても、そう簡単に払えるものでもない。生産場所から遠い首都である事が完全に裏目になってしまったのだった。
かくして元用心棒は装備が買えるまで城下町で仕事をする事を決め、行商は一時的でもいいから護衛を雇い、次の商売へと向かう事にしたのだった。
「不憫な話ではあるけども、こうしてあたし達も恩恵を受けられるんだし感謝だよね」
「それはいいが、この先の状況を聞いてもいいだろうか?」
「本来であれば少し遠回りして次の町へ三日ぐらい。だったのが、そこを通らずに一気に銅の国まで。一週間ぐらいで鉱山の町にいけるかなぁ」
「一週間で銅の国なのか……」
「まあ土地柄ってところかな。銅の国は鉱山を中心とした領地しかないから、色んな意味で近隣の国とは近いんだよ」
流石に馬車で一週間ともなると、それらしい山の姿はまだ程遠く、この先に山脈が存在している事すら窺えない。
「そこからは南の方に向かって風の国に行って、あとは基本的に西の方へ進む事になる、かなぁ……」
次の目的地以降を考えるエルナの顔が曇っていく。それもそのはず、彼女の言う西の方では彼女の仲間達がいる可能性が高いのだ。既に彼女を探す動きをしている事は、盾の国の首都で判明している以上、気が滅入るというもの。
それでも立ち止まる訳でもなく、着々と次の目的地へと馬車は進んでいくのだった。
日が暮れ夜の帳が下りてくる頃、馬車は街道の脇に留められ、近くでは焚き火が周囲を煌々と照らしている。
常ならば、この時刻には粗方野営の準備を終わらしているものだが、馬車があるというだけでその作業も随分と軽減される。クレインとエルナとで旅に出て以降初めて、野営をするにあたって随分とのんびりとした時間を過ごしている。
焚き火には鍋がかけられており、既に蒸気を上げている。その周囲では思わず腹が鳴りそうな良い香りが嗅げるところをみるに、出来上がりまでそう時間はかからないのだろう。暇を持て余したエルナが火の番をしていたのだが、鍋の前で今か今かと待ちわびる姿は微笑ましいものがあった。
しばらくすると、いよいよ晩餐ができたと言わんばかりに鍋が開けられる。惜しげのない量のキャベツとベーコンの蒸し煮が鍋の中で輝いているように見える。クレインのお陰で、随分と野営時の食事の質が上がったとは言え、こうしてちゃんとした食材の料理というのも、それだけで大きな価値がある、とエルナは改めて思った。
「いっただきます!」
待ちきれないといった様子でエルナは手を合わせると、手早く黒胡椒を振って大口で料理を頬張る。
「んー! 美味しい!」
「はっはっ、お気に召して頂けたようで何よりですよ」
「とは言え、ただの蒸し煮ですがねぇ」
「いえ、こちらとしては有り難い限りです」
材料は別としても手間のかけ方で言えば、クレインの料理の方がよほど上等なものであるだろう。そうであるにも関わらず、魔王は人間にそんな事をおくびにも出さず感謝を伝える。
「ところで……これをお聞きしてもよろしいかは分かりませんが」
二人組の商人の内の一人が恐る恐るといった様子を見せる。よほど聞きづらい事なのかも知れないが、クレインとエルナには皆目検討もつかず、ただ次の言葉を待つ他なかった。
「エリーゼ様はエルナ様でよろしいですよね?」
エルナがぶっと噴出した。口の中に料理を詰め込んでいたのもあり、飛び散るそれらにクレインは酷く嫌そうな顔をして、気持ち僅かに身を引いた。
先の一件もあり、自らの存在が周知される訳にもいかない、とエルナは偽名を使う事にしたのだが、まさか早速ばれてしまうとは。
エルナは咽ながら商人から受け取った水を、勢いよく喉へと流し込みながら中々上手くいかない現状を嘆く。海を出るまではそれなりに順調だったはずなのに。あれが全ての間違いだったのかだろうか、と今までとは別の後悔が押し寄せてくる。
「……やはりお聞きしないほうがよろしいですかねぇ」
「すまないな。あと口外もしないでほしい。それにしても、名前だけでなく顔も広いのだな」
事前の話とは違う様子にやや呆れた口調のクレイン。二人の事情を知らない商人達は不思議そうではあるものの、首を横に振って答えた。
「いえいえ、人相書きがあるわけではないですから、顔を見て分かる人が多いという事はないと思いますよ」
「私どもは盾の国のパレードでお見かけしたんですよねぇ」
「パレード?」
「ええ、前にこの近辺で大蜘蛛の魔物が暴れまわっていた事があったのですよ。それをその時に盾の国の城下町に居た勇者様方が退治しまして、その凱旋にパレードが行われたのです」
「……あー、そんな事もあったっけ」
聞く分には中々記憶に残りそうな出来事であるものの、エルナはパレードそのものを忘れていたかのような様子だった。
「そういう事が多いのか?」
もしや、行く先々でそういった事があって忘れたのだろうか、とクレインが訊ねるとエルナはばつが悪そうに目をそらす。
「……あの時は逃げる大蜘蛛を追ったり、夜間に町への襲撃を防ぐ為に周辺で見張りをしたりで凄い大変だったんだ。パレードは魔物を倒したその日に開催されたんだけど……あの時、一日半はろくに仮眠も取れなかったんだよなぁ……」
思いがけず酷く苦々しい顔で語られた。当然そんな事情を知らない商人達の表情は凍りつく。ごく一般的に見れば輝かしく栄誉な事であるはずだが、実際は主賓となる人物達が苦痛の上で執り行われたパレードであったようだ。
「そう言えば、銅の国は領地が狭いと言っていたな。珍しい事に思えるが何か事情があるのだろうか?」
流石のクレインも不憫に思ったのか話題を変える。すると、商人達が今度は怪訝そうな顔をした。
南の大陸には置いては常識の範疇らしく、クレインがどれほど辺境の生まれ者だろうか、と物珍しそうにじろじろと眺めてくる。よもや、北の大陸の魔王だとは思いもしないだろう。
「今時ご存知ないとは珍しいですね……」
やや見下し気味に商人が呟いた。ただでさえ、勇者のリストにない同行者。そういう意味では新参者なのだ。勇者の称号を持つ者に比べたら、無礼にも下に見る者も多いのだが、一般常識であるそれを知らないともなると、商人の反応も致し方ないものである。
「銅の国は歴史的にも有名な一つの争乱期の主役です。元々は何処の国の領地でもなかったので、その領有権で長く争われたんですよ」
「各国が無理やり町を作り、その周囲では各国の軍が争い、町を囲む形で軍を配置する事でその領有権を宣言していたそうです。随分と乱暴な話ですよねぇ」
「働く者には直接戦火が降りかからないようにした、と?」
戦乱の渦中である事を思えば、随分と稀な事である。事実それもまた、有名である事の理由ではあるが、商人は苦笑いをして首を横に振った。
「と言えば聞こえはいいですが、他国が送った町の労働者をそのまま吸収したかっただけですよねぇ」
「特に場所が場所だけに、身一つで来れる者……まあ住んでいたところに必ず帰りたいとする者以外が労働者として選ばれたそうです」
かなり特殊な環境であり、それはクレインの感覚からしても同様なのだろう。目を丸くして驚いている。
「待遇も良かったらしく、国が変わるだけで仕事が変わらない事もあり、町の人々は黙々と自身の仕事をこなし、その外では日夜血で血を洗う戦いが続く……」
「初めこそ今日は何処の国の人間だぜ、とか冗談を飛ばし合ったそうですが、あまりにもそれが長く続いたわけですからねぇ。休みなしで働いていたわけじゃないですし、ちょっと気分転換に町の外を出歩けば、半日もかからない場所で死体の山があり、死臭が漂っているわけですよ」
それだけ当時はこの国の銅山が魅力的であり事実価値があったのだろう。しかし、その為に相当の数の命を散らした事を思えば、果たしてそれに見合っていたか。
「遂には町の人々がその環境に嫌気がさし、ひそかに武具を作成。そして複数国が争っている戦場へ武装蜂起をして強襲をかけたのです」
「それはまた大胆な事だな」
「でしょうねぇ。何せ事実上、手厚く守ってきた労働者達ですからねぇ。ですが、反撃するわけにもいかず、指揮は大混乱。全ての国の軍は一時撤退を余儀なくされたそうです。これが狙いだとしたら、鉱山の労働者にしては随分と切れ者がいたのでしょうねぇ」
「それを機に、武装蜂起した町の人々は他の町へと向かい、そこの労働者も吸収していったそうです。流石に争うつもりはなかったとは言え、他所でも思うところは同じだったのでしょう」
それでも軍隊を覆す数がいたとは考えられない。だが、恐らくその真意は全ての町での武装蜂起にあったのだろう。行動の迅速さも考えるに、商人の予想は遠からず当たっていそうである。
「そして鉱山の労働者は独立を宣言したのですよ。当然真っ向から戦えば、一国の軍だけでも手こずる事はなかったでしょうねぇ。ですが、それを鎮圧したところで領有権は定まらない無法地帯のまま」
「よほど職にあぶれた者でもなければ、そんなところでは働かないでしょう。他にも知られざる政治的要素もあったのでしょうが、結果は各国がそれを受け入れたわけです。そんな成り立ちもあり、銅の国の領土は限定的なんですよ」
戦争と革命の話は終わり、忘れかけていた本題へと帰結した。クレインは感嘆の声を漏らしながら感心しているが、何かに気づいたかのように一変して表情を曇らす。
「しかし……何とも皮肉な話だな。鉱山と労働者の取り合いの終止符がその労働者であり、全ての国にとっては根こそぎ奪われたのだからな」
「同情はしますよねぇ。当時戦っていた方もそれで死んでいった方にも」
「私達は石の国の出身などでよくは分かりませんが、遥か昔の事とは言え、盾や風、雲の国の人々には耳が痛い話だそうですよ。三国においては今尚、自国の大汚点として語られていますからね」
「……雲の国?」
クレインは南の大陸の国について詳しくないのは当然の事。しかし、初めて聞く事になる国の名前に眉がぴくりと動く。その横では見て分かるほどにエルナの顔からすーっと血の気が引いていく。
「ああ、そういえばエルナ様は雲の国出身でしたか。私達はこのまま雲の国へと向かうつもりですが、もし都合がいいようでしたら如何でしょうか?」
予想だにしない打診に、最早エルナは顔面蒼白となっている。焚き火の明かりで色があるようにも見えるが、彼女の顔を見慣れているクレインには真っ白になっている事が明確に見てとれた。
「いや、銅の国からは風の国に向かうつもりだ。すまないな」
「いえいえいえ、もしよろしければの話ですし、元々銅の国の町までの契約です。恐らくはそこから方角を変えて動かれるのだろうとは思っていましたよ」
「そう言って貰えるとこちらとしても気が楽だ」
その後、食事は和やかに終わり、早々と商人達は馬車で就寝の支度を始めた。
護衛という事もあり、見張りも兼ねて火の番をエルナとクレインが行うわけだが、クレインほどともなると、このまま寝付いたところで襲撃を許す事はないだろう。だが依頼である以上、そんな手抜きを見せるわけにもいかず、形だけでもこうしてやらざるを得ないのであった。
「ようやく話ができるな」
まだ、しばらく起きているつもりなのか、エルナもまたクレインと共に焚き火の前にいる。と言うよりも、抜け出せないのである。
「まあ出身の国に、ましてや故郷に寄ろうなどと言われるのを防ぎたかったのだろう?」
雲の国をないものとして語ったのが意図的であるのは明白。エルナがビクリと肩を震わせて、おずおずとクレインの目を見つめる。
「その様な怯えた目をせずとも、端からそうするつもりはない。あの一件がなくとも、エルナを知る人物との接触が多く見込まれる故郷など、むしろ避けて通るつもりであった」
「う……その、ごめんなさい」
欺こうとした事か、それとも考えたらずの行動をか。エルナにしては随分としおらしく謝罪の言葉を口にした。
「何かを勘違いしているかは知らんが、私は特別エルナに危害を及ぼすつもりはない。……と言っても説得力がないか」
静かに首肯をするエルナ。当然である、その言葉を語るのが魔王なのだ。
「……ならば覚えておくといい。現状より更に私が直接、エルナを苦しませるつもりはない」
エルナの目を真っ直ぐ見つめて語る言葉に偽りを感じる事はなかった。しかしそれは飽くまで、クレインの主張に過ぎない。
ここまでの道中で散々な思いを食わされてきたのだ。とどのつまり、本人の意思とは反するが、これからも無自覚に苦しめられるであろう裏づけとも言える。
「……分かった。信じるよ」
だが、それを今問うたところでどうにもならない。それを理解しているからこそ、エルナは皮肉一つ言わずにそれを受け入れた。
クレインは尚気落ちしているのだろうと勘違いしたのか、優しくエルナの頭を撫でる。
「火の番は私がやろう。日中、少しは仮眠を取る事になるだろうがそうは問題にならないだろう。エルナは馬車でゆっくり眠るといい」
「うん……分かった。お休み」
「ああ、お休み」
クレインの優しい眼差しを受けながら、エルナは馬車へと歩き出す。未だにクレインには謎が多すぎるほどである。だが、背中に感じるむず痒いそれは、疑ってかかるべきものではないのかもしれない。あの日、決して心を許しはしまいと強く決意したものの、エルナはそう感じずにはいられなかった。




