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オパールの杯に乾杯を  作者: 一矢
一章 出会う者
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十一話 薬

 盾の国の城下町から一望できる山がある。木々が生い茂るその山は、行商が通るルートの一つであり、周囲に住む人々に恵みを与える存在である。


 しかし魔王出現と共に、巨大な熊の姿をした魔物が現われ、その山に住み着いてしまったのだ。盾の国は幾度と討伐隊を編成したものの遂に吉報がないまま、魔物が山からは出ない事を理由に討伐中止を決定した。


 軍のこの失敗は木々が深い山中における、強大な敵との戦いの困難さを知らしめ、勇者達でさえも山を迂回するという結果を残す事となる。だが今は、まるで道のような大きな獣道を二つの人影が進んでいるのだった。


「凄いな。どれほど大きい魔物なのだろうか?」

「うーん、2mは超えていたけども、遠目だったからなぁ」

「直接見たのか? よく無事だったな」

「あーうん。落とし穴とか使ったんだけどさ」


 あっけらかんと語るエルナの言葉に、クレインは目を見開いて足を止める。


 周囲の木々の枝は2mほどの高さでも折れている箇所があるのだ。熊型というのであれば基本は四足歩行。枝の折れ具合からそれで2mの高さではないのだろう。だが、少なくとも『2mは超えている』程度は済まないのは間違いない。


「それで逃げ延びたのか。……待て、まさかそれで倒したとでも?」

「凄い深い落とし穴で、中には太い木の枝の先を鋭くしたものを何本も突きたてたりしたんだよ」

「……中々賢い戦い方だな」


 戦略としては間違っていないものの、勇者の名を冠する者達の戦い方は疑問が残る。何より魔物の大きさや講じた策を思えば、随分と大掛かりなトラップであったのだろう事を思えば、努力の方向性もずれているとも取れる。


「あんなの、正面から戦えるわけがないよ。って偉そうに言ってるけども、仲間の案なんだけどね」

「狩人でもいたのか?」

「いや、あたしと一緒に剣の稽古をしていた人」

「……他の人員は知らないが、剣を持った前衛が二人というのはバランスが悪くないか?」

「意外となんとかなるもんだよ」

「それはあまりいい風に聞こえないのだが……」


 エルナ達の構成はと言えば、前衛が二人の後衛が一人。前衛は剣でそれも特に重装備ではない為、一身に攻撃を受け止める盾役というのものはいない。後衛は回復役を担っており、火力と言う点では特に期待されてもいない。中々凸凹トリオであるのだ。


「剣ならあたしが一番なんだけど、もう一人の方はまあ色々と工夫が利くっていうか。罠だったり作戦だったり、準備さえできれば凄く強いというか」

「つまりエルナは……」

「言うな! 言いたい事は分かるけど言わないで!」


 哀れむ眼差しから逃げるように、エルナは前を歩いていく。自覚はしているものの、面と向かって言われて嬉しい事でもないし、言おうとしている相手が相手で殊更聞きたくないものである。


「そう卑下するでない。今までの言動から、頭がよく回るとは思わんが、決して浅はかな考えをしているなどと思っていないぞ」

「フォローのつもりで言ってるなら殴るぞ?」


 拳を握り締めたしかめっ面が、クレインを睨みつけた。至極フォローのつもりであったクレインは、殴られてはかなわないと押し黙るしかなかった。



 それからしばしの間、沈黙が続く中でクレインはやたらと周囲が気になるのか、あちらこちらと忙しなく視線が行き来している。それが数分ほど続いたと思えば今度は何事か考え込み、一人何かを決断したかのように頷くと、立ち止まって口を開いた。


「エルナ、今日はここで野宿をしないか?」

「……え?」


 あまりにも思いがけない言葉に、エルナはきょとんとした顔で振り返る。時刻にしてまだ昼前なのだ。天候も至って良好なのだから、不思議がるのも仕方がない。


「いくらなんでも早すぎないか? 体調でも悪いのか?」

「この辺りには薬草が多い。これだけ種類と量があればそれなりの路銀になるだろう。この環境で僅かばかり採取するぐらいなら、少し時間をかけた方が効率がいい」

「ああ、そういう事か。じゃあ、焚き木とかの準備はこっちでするから、お前は薬草の方に専念してくれよ」

「悪いな」

「別に謝らなくていいだろ。その金であたしも食べるんだし、めいいっぱい働けよ?」

「……そういう割り切り方、嫌いではないな」


 随分な言い様ではあるものの、クレインは気を悪くするどころか口角を上げて、任せろといわんばかり。そこには確かな頼もしさがあるものの、魔王が薬草採取、果ては調合する、という話であるのだ。


(もうこいつの事、あれこれ考えるの無駄な気がしてきたなぁ)


 よもや、クレインもこの言動に呆れられているとは思いもしないだろう。



 日が傾き始めると元々多くなかった地表まで届く日光は、更に木々に遮られてしまい、時刻にしては随分と薄暗くなってきた。とは言え、不自由になるほどの暗さになるまでは、まだまだ時間がかかるのだろう。

 既に山のような焚き木と大量の薬草が集められており、夕食の用意はまだ早いとエルナはクレインの調合を見学しているのだった。


「これでどんな薬ができるんだ?」

「擦り傷や切り傷に効く傷薬と腹痛食あたり、あとは一般的な毒草に効く解毒薬か」

「……薬っぽいな」

「いや、元から薬であるからな?」

「魔王が調合……食あたりに効く薬……」

「それも薬だ。そこに優劣は存在しない」

「こういう時になると、ホントに全うな事ばかり言うよな……」


 度々エルナを悩ます言動をとるクレイン。遂にははばかることなく、非難が色濃く感じる声音で謗られるのだった。


「私は何か、気に障る事をしただろうか?」

「……大丈夫だよ」


 何がだろうか、と問う以前にそもそも静かに微笑むエルナの目が笑っていない。道中での事もあり、クレインは今一度自身の言動を振り返る。昼前の話であれば、言い方が悪かったのだろうと理解もできるが、薬については一体何がいけないのだろうか。

 それについて答えを聞いてみようものかと、ちらりとエルナを窺うも相変わらず冷たい視線に、開きかけた口を思わずきつく閉じてしまう。


「で、どうやるんだ?」

「え? あ、ああ……」


 クレインは気を取り直して薬草を三つに分け、一つのグループを手繰り寄せる。

そこには二種類の植物があり、根ごと採取されたものは縁がギザギザとした鋸歯の葉をしている。もう一種は葉のみで切れ込みが入っており、葉の先が三つに分かれているものだ。


 エルナは何かに気づいたように葉だけ採取されたそれを手にし、葉の付け根の葉柄を詰まんでくるりくるりと表裏を眺める。


「これって所謂な薬草だよな」

「南の大陸でも一般的なのだな。生命力が高く生育環境の幅も広いから、普及し易いのだろうな」

「へー、じゃあちゃんと探せば見つかるもんなんだな」

「地域によっては雑草扱いもされるぐらいだからな。この葉のものは細かく刻み、一週間ほど干す。こちらは根を細かく刻み、一晩水に浸ける。まあ面倒だから、こちらも一週間だな」


 喋りながら黒曜石の短剣で葉と根を刻んでいく様に、エルナは調合と言うよりも料理のように見えてしまう。台にしているのはまな板で、短剣はいつも魔物の解体や調理に使っているものなのだから、余計にそう感じられてしまうのだろう。


「一週間後、浸けた水に加水して刻んだ葉を煎じる。すると非常に粘度が高いとろみがつく。これを乾かしていくと粉の塊になるので、それを瓶などに詰めれば完成だ」

「そのまま飲むんじゃないんだ……」

「煎じる場合はそれが普通だが、これに関してはこういったものだと考えればいい。出血を伴う外傷に対して、粉末状にしたものを塗布すると、血液を吸ってまた粘度を取り戻すのだが、殺菌作用が高い上に傷口を保護するから治りも早いのだ」

「な、なんだか聞く分には凄い薬だっ」


 エルナが知っている薬草は安価で家庭でもよく使われるものである。それがこうして他の薬草と手間をかけると、何か特別な薬っぽくなるのだから、驚くのは無理もない話である。


「既に話したとおりかなり粘度が高く、下手に零して誤って水拭きをしてしまい悲惨な目に合う者が少なくない。そういう意味では、中々悪意のある薬として凄くはあるな」

「ていうか、そんだけとろっとろになるんだったら、中々乾かないんじゃないか?」

「ああ、煎じたあとの塊ともなると一週間はかかるな」

「気の長い傷薬だな……というか旅しながらできるんだ、それ」


 根を瓶に詰め、葉を小さい麻袋に入れると、一度まな板と短剣を洗い始めるクレイン。しばしの間、手持ち無沙汰となっているエルナは、別に分けられているキノコが目に留まる。


「あのキノコはなんだ?」

「途中で生えていたから採ってきた。煮込むと美味いのだ」


 クレインの頬が僅かに緩む。珍味と言えば大げさであるが、北の大陸においては知る人が見れば必ず採取するであろうほどには、美味で人気のあるキノコなのだ。


「なんかくすんだ茶色で美味しそうに見えないけどな」

「菌糸類は見た目で判断するでないぞ……?」

「いや、分かっているけどさ。これ、食用だったのかぁ……」

「似たもので毒性を持つものがあるからな。詳しくなければ、中々手を出せんよ」

「その宣言しちゃっていいのか……。お前、魔王だろ……」


 計らずともキノコに詳しい魔王であると言ったのだ。エルナの言葉で、クレインはその意味に気づくも、何も間違ってはいない、とむしろ肯定してくる始末。


 遠慮がなくなってきたエルナに再び冷たい視線を浴びせられ、側近であるカインとはまた違って手厳しさに、僅かばかりだがこの旅に後悔を覚えるクレインであるのだった。

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