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オパールの杯に乾杯を  作者: 一矢
四章 謀る者
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百四話 開示

 二日目の夜。


 昨晩に比べれば遥かに快適な眠りが約束されていた今。


 三者三様、心なしに嬉しそうである……とはいかない現状だ。


 口数の少ないレオンが更に無口になっているのである。


 というよりも非常に気まずそうであった。


 それもこれも、昼間の一件が起因している。アニカが魔力を帯びた瓦礫を砕いたそれだ。


 非常に不安定である為に、魔石のように扱おうとすると崩壊を起こし砕け散る。ただそれだけの話である。


 しかし魔法そのものが扱えないレオンにとって、魔力の操作など感覚としても理解できないところ。


 ルーテは説明を受けて、自身でも瓦礫を砕いた事で、すぐに納得はしてもらえたのだが……。


 その時のレオンの心境を考えたら、不憫でさえあるのだろう。もしかしたらルーテが『敵』と入れ替わっているのでは? という疑いすらもっていたかもしれない。


 そんなこんなで、最後まで疑い続けていたレオン。時間をかけて誤解だったと分かったあとはこのとおりである。


 アニカにしてみれば、逆に気をつかうから億劫なものだ。もっともルーテは馴れたものらしく、気にする素振りすらなく放置している。


「さあ、ご飯ができましたよー」


 なにより、今日の晩餐の用意を担当しているのは彼女だ。とても手が込んでいる、というわけではないにしても、そこまで構っている余裕はない。


 だが、もしかしたらレオンの機嫌を直すものを作るのでは? とアニカは密かに期待をしていた。


 してはいたのだが、夕食を前にしたレオンの反応は相変わらずである。


 そもそも、あまり期待はできない話だ。


 今は野営中。仮に喜ぶ料理があったところで、今の手持ちで作れる保証はない。そもそも彼女が、それを考える余地があったかどうかすらも分からない始末。


 そんな少々の息苦しさを感じる夕食が始まった。


 標高があまり高くないとはいえここは山。やはり夜は冷える事もあって、今夜もまた汁物がメインとなっている。


 しかし、ルーテはルーテで持っていた調味料を使ったらしく、アニカとはだいぶ違う味付けとなっていた。


 辛味はなく、どこかほっこりとする落ち着いた味。アニカにしてみれば、割と初めての味ではある。だがそれでも、これが所謂ところの家庭料理なのだろう、と思えるものだった。


「いいなぁ……」


 そんな料理に、思わずアニカが言葉を漏らす。


 一体なんの事だろう、と二人の視線が注目した。


「あーいや……昨晩のように、野営時にちょっと贅沢なもの、程度ならあのとおりだが、こういったものはてんでダメでね。正直、作れるルーテが羨ましいよ」

「ええ……? こんな場所であれだけ作れるのでしたら、この料理も作れると思いますよ」

「それがさ……いやよそう。わざわざ自らの傷口に塩を塗りたくっても辛いだけだ」


 何故かそういう料理になると、途端に変な味になってしまうのだ。


 おかしな話であるものの、クレインと共に料理をした時も結果は大抵それである。


 何度も機会はあったものの相変わらずで、酷く困惑されたものだ。


 それを、説明だけしても理解を得られはしまい。きっとどこまでも平行線を辿るであろう様子が、ありありと目に浮かぶ。


 ならば自傷行為にも似たそれを、行う必要もないわけだ。


「この話を置いておこうか。明日は城を出て、周辺の探索に出かけるつもりだ。二人はどうする?」

「どのぐらいの範囲だ」

「うーん、正直なところ、私にも分からないとしか言えないんだ。今日の調査で見たように、魔力を帯びた場所があるはずなんだよ。だからまあ……城から進めそうな方向へ真っ直ぐ進んで、調査場所に行き当たるまで、としか」

「具体的ですが凄くアバウトですね」

「こればっかりはね」


 調査手順の様なものは、いくつかのケースを想定し、事前に考えられていたものだ。それに当てはめて行動するとしても、現地の状況までは分かりはしまい。


 ルーテの言葉どおり、不思議に思われるのも已む無し、といったところである。


「その調査にも同行しよう」

「レオン。聞いたところで、私達には選択肢なんてないと思うのだけれども」

「お前はそうだろうな」


 どこか馬鹿にする言い草に、ルーテはむぅと顔をしかめてみせた。


 だが反論をしないところを見るに、なにかしらの自覚はある様子。


 不服そうではあるが、食い下がる事はなかった。


「なにか考えがあるのなら聞くし、なにがなんでも着いてきてくれ、とは言わないが」

「いや、俺のことは気にしないでくれ」


 気遣う対応をするも退けられてしまった。


 もっともアニカにとっては大方の予想がついている。


 状況によってレオンは、自身の為の探索を行うのも視野に入れていたのだろう。


 彼らにしてみれば、この城の有様には謎が多すぎる。なにより、エルナの空白の動向と重なるのがこの場所なのだ。


 今回の失踪と関係があるのではと考えたら、是が非でも調べておきたい、と思うのはごくごく自然な流れと言えよう。


 しかしその機会を捨ててでも、アニカと行動を共にすると言ったのだ。彼の中ではここでの出来事より、アニカの背後が関係している、という考えの強いようだ。


「それじゃあ明日もよろしく頼むよ」


 改めてそう告げると、早々と就寝の支度に取り掛かる。昨日ほどにないによせ、今日よりも体力を使うのは火を見るよりも明らかだ。


 二人もそれに倣い、早めに体を休めた翌日。


 アニカから前置きがあったものの、仮定された目的地には三時間とかからずに到着した。最悪、野営も視野に入れていただけに、若干拍子抜けもするが悪いという事はない。


 ただ問題自体は存在している。それも回避のしようがない事柄だ。


 調査地そのものが非常に芳しくない状況であった。


(これは酷いな……)


 自然環境の中で魔力が含まれていない、という箇所など存在しないと言われている。極微量、というケースはあるにはあるが、基本的に全ての生物は常に魔力に晒された世界で生きている。


 して、この調査地においては、その量が尋常でないほどに高いのだ。山に登る前からアニカも感じ取ってはいたが、いざ体感してその恐ろしさを味わっている。


 肌をざわつかせる様な不快感。悪心などのような内臓的不調。まるで熱にうなされている時に似た意識の混濁。


 主君であるクレインの故郷とも呼ぶべき死の島では、大量の魔力が渦巻き、立ち入った者の気を狂わせる、というのは一般常識とも呼べる話。きっとこの何倍にも酷い症状に襲われるのだろう。発狂死するのも納得である。


「おい……なんなんだここは」

「あ、アニカさん……。すみません、私はこれ以上その、進めません」


 アニカでさえ苦しむ状況。二人においては、もはや耐えられないほどにまで、達しているようだ。


「正直、私も逃げ帰りたいよ。二人は来た道を戻って、休めそうなところで待っていてくれ。やる事をやったら私もすぐに引き返す」


 レオンも本心では着いていきたいだろう。しかし少しでもこれを味わえば、一切の無理は禁物であるのを理解する。


 アニカの言葉に、険しい表情のまま頷くと、ルーテの手を引いて去っていった。


(私も長居は無用だな)


 荷物を担ぎなおすと、小走りで先へと進んでいく。その一歩ごとに体を蝕む力は増していくが、今はそれが早く終わる方向に動くしかない。


 やがて、アニカでも進むのを躊躇うほどの環境になり、ようやく足を止めて調査にあたった。


 城内ではしなかった魔力の測定を行うべく、道具を広げて並べていく。


 使い方を教わり、実際に試してもみたがそれも北の大陸にいる間の話。若干もたつきながらの準備である。


 だがそれも唐突に終わりを迎える。


「なっ!?」


 パンッ、という音と共に、機材の一部が弾け飛ぶ。幸いケガはしなかったものの、ガラスや金属の破片が辺りに散らばった。


 だいぶ朦朧としていたアニカの意識が、急速に醒めていく。


 ちゃんとしたデータが取れないのは困るものの、道具を失ってしまった以上、時間をかける必要はない。


 周辺の魔力によって、精密な機材は破損。今のところ、測定に関する結果としてこれを持ち帰ればいい。


 手早く周辺の土や石。植物などをサンプルとして採取すると、踵を返すようにその場を離れていく。


 既に足取りは重く、様々な不快感などで叫び声を上げたいほど気がおかしくなっている。


 よろよろと頼りない足取り。だがその一歩ごとに、今度は体が軽くなっていき、気づけば小走りで進んでいた。


 アニカを苦しめていた感覚は霧散し、まるで嘘のようである。


 その頃になると、休んでいる二人に追いつき、一先ずはと腰を下ろした。


「よく先に進めたな……」


 素直に感心している様子でレオンが呟いた。ルーテも言葉は発しないものの、その眼差しは尊敬の念が感じられる。


 しかし、よほど消耗した様子で、先に休んでいた二人からは、まだ覇気が感じられない。


「いや……私だってきつかったよ。引き返すというよりは、逃げ帰ってきた、というぐらいだ」


 それでも二人よりは耐えられたのだ。レオン達が抱く感情も当然だろう。


 もっとも、その差は種族によるものの可能性が高いが。


「それで。調査とやらはできたのか?」

「一応は。二人とも、ここまで協力してくれてありがとう。とても助かったよ」

「い、いえ。私達なんて大した事はしていませんし」


 殆ど旅に同行していたに過ぎないのだ。ルーテにとっては多少の道案内程度。感謝されても困るだろう。


 だがアニカにとってはそれだけでも大きい。


 そう、この二人がここまでついて来てくれた。副次的な目的ではあったが、魔物の王の城到達に匹敵する事だ。その匹敵する事柄とて、二人のお陰でスムーズに進んだのだ。


「さあ、城に戻って今日はもう休もう」


 残っているのは保存がきく加工食品ばかりだ。ある程度の鮮度を持つ野菜だの肉だのに比べたら、できる料理も限られてくる。


 体調の異変そのものは消えたとはいえ、疲労感は尚も体にへばりつく。


 しかもまだ約三時間の移動が残っている。


 今日はもう簡単な料理にしてしまおう。


 と、アニカは心に決めて、拠点への帰路につくのだった。



 干し肉と、水で少し戻した干した野菜を炒め、硬いパンと一緒に食べる。


 ここ数日の食事の水準からは著しい低下だが、誰一人それに文句を言う者はなかった。そもそも普通に旅をするのならば、この干した食料品を軽く火に炙る程度で食べるほうが多い。これだけでも随分と恵まれている。


「さて……調査はこれで終わりだし、改めて本題といこうか」

「……」

「え? なんのですか?」


 押し黙るレオンと見当もついていないルーテ。


 アニカは二人の反応を想像していたが、正にそのとおりで思わず笑ってしまいそうになる。


「色々と、だね。ただこれを聞いたらもう後戻りを認める事はできない。明日、改めて訊ねるからそれまでに……」

「いや、話してくれて構わない」

「れ、レオン!? 私はなにがなんだか分かっていないのだけど……本当に大丈夫なの?」

「……それもそうだな。一応確認しておきたいんだが、あんたはエルナが今どこにいるかを知っているんだろう?」

「良い質問だ。いや方向性が、かな。でもその問いでは分からない、という返答になるよ。こうして長旅をしている以上、嘘をつかなくても、ね」


 しかも最後に会ったのが約半年前だ。今現在、農商国家にいなかったとしても、不思議な事はない。


「まあ、レオンが探りたい情報は、大方予想がついている。だから更に言うと、あの子が蒸発してからの動向は知っているよ」

「え、それじゃあ……」

「もう一つ教えてくれ。あんたは俺達にとって味方なのか?」

「それは君にとっての敵味方の定義次第だろうな。あとどこまで信じてくれるかも君次第だが、我々には君達に対して、害意をもっていないのは確かだ」

「そうか。そうだろうな……。話を聞いたら後戻りはできないと言ったな。俺達をどうするつもりだ」

「そう難しい……事はあるかもしれないか。君達を私の帰るべき場所に連れて行く。そして力になって欲しいんだ」


 レオンが目を少し大きく開かせる。


 彼にとってその言葉は予想していなかったのだろう。


「目指しているのは悪いものではない。君達にとっても我々にとっても。しかし、その経過や未来のどこかで不都合を起こすかもしれないのも事実」

「もう少し、事前に具体的な話が聞きたいんだが」

「そうだな……例えで悪いが、ある国同士が統合されるとしよう。それは本当に平和的に結ばれたものだ。それでも人にとってはデメリットに感じる事はあるだろう。元は別々に暮らしていた者同士、摩擦や衝突も起こる事はあるだろう。我々が目指そうとしているのはそういう事だ。世界を変えるが、掌握する事ではない」

「それはつまり……国という壁を無くそうとしている、という事ですか?」

「飽くまで例えだし、そこまで大それた計画ではないよ。でも壮大なのは違いない。だからこそ、我々の側ではない人物の力が必要なんだ」

「……エルナはそれに乗っているわけか」

「どうだろうね。否定はしていないが、私の知る限りでは直接関わってはいない。……今はどうか、本当に分からないけども」


 クレインが死んで半年近く。彼女がこの南の大陸で見かけたという噂は聞かない。ならば今でも北の大陸にいるのだろう。


 なにを思い残っているのか。なにを思い暮らしているのか。


 胸中にせよ状況にせよ、今のアニカには判断のしようがない事である。


「ルーテはどうする」


 決心は揺るがない。いや、元より変えるつもりのないレオンがそう訊ねた。


 引き返せないとは言われたが、二人セットである必要は言われていない。レオンなりの気遣いなのだろう。


 だが当の本人はきょとんとした表情をしており、次に見せたのは苦笑であった。


「私にはなにがなんだが。でも、あの子に関わりがあって、その傍に行く事ができるのなら……初めから私に選択肢なんてないわ」

「だ、そうだ」

「君達の決断に感謝するよ……と言っても、話をするのは明日のつもりだったからなぁ」

「今では不都合があると?」

「うーん、直に見てもらったほうが理解も納得もしやすいだろうし……やはり詳しい話は明日だな」


 そう締め括るも、レオンはおろかルーテさえ不満そうな顔をする。


 流石にこれで今日はお終い、とはいかない雰囲気だ。


「分かった分かった。じゃあ少しだけ。この世界にはもう一つ大陸がある。大海の先、北にも広大な大陸が存在している。私はそこの住人だ」

「ほ、本当、だったんですか、それ」

「……予想もしていなかったが、確かにそれなら辻褄が合うな」

「「早っ!」」


 妙な物分りのよさに、アニカとルーテの声が重なる。


「考えてもみろ。エルナがいなくなってから、約半年よりも約一年のほうが適切だ。前回の時もそうだが、目撃情報すらない期間が長い。今回にいたってはよほど綿密な計画を立てていても、相当な協力者がいなければ実現しないだろう。ならば……そもそもこの一帯にいない、というのはむしろ現実的だ」


 それでも北の大陸にいる、という予想まではつかなかったあたり、彼にとっても北の大陸は御伽噺の範疇である認識だったのだろう。


「だとしても、レオンが一切疑わないだなんて……」

「確かに、普段なら絶対に信じないだろうな。だが、あれだけ前置きをしておいて偽る意味もない。状況からしても北の大陸は都合がいい。勿論、その上での嘘、という事もありえるが……どの道、無意味であるのに違いはない」


 納得したのかどうか。ルーテはうーん、と唸りながら理解に務めているようだ。


「では話を続けようか。我々は南の大陸、そして人間の存在は知っていた。が、こちらも国があり、南に対する姿勢も違っていてね。だから今まで決して干渉してはいけない、という取り決めがあった」

「さっきの例え話。そうか国か、考えが統合されたから、か」

「君はどれだけ察しがいいんだ……。だが、我々にとっても非常に助かるな」

「……私は本当に必要なのでしょうか」


 完全に置いていかれているルーテが、少ししょんぼりとしてみせる。


 レオンの理解が異常に早いだけではあるものの、この場では尻込みもするだろう。


「いや、ルーテの力も必要だよ」

「お前は小難しい事を考えずにそのままでいればいい。お前に求められているのは、多分そういうものだ」

「……」


 どこか釈然としなさそうなルーテは、不満げな様子で眉間にしわを寄せる。


 こればかりは納得をしてもらうしかない。


「さ、続きは明日だ。目まぐるしい日々になるだろうし、しっかり休むとしよう」

「……そうか、これからは北の大陸に向けての移動になるのか。いや待て、説明するのは、明日だったんだよな」

「ああ。帰還の為の準備はしてある。明日の楽しみだな」

「楽しみよりもちょっと怖いのですが」

「たった一日で幻の北の大陸だからな。流石の俺でも怖いものがあるな」


 珍しくレオンでさえ不安げな様子だ。


 しかし口頭で説明をしても払拭されはしないだろう。


 アニカは苦笑をしながら体を横たえる。


 いよいよ帰るのだ。アニカの胸に様々な思いが去来する。


 この旅の事。使命の事。城にいる人々の事。亡き君主の事。


 この一連の出来事が、遠い昔より続いて今に到るような錯覚を覚える。しかし、本当の旅路はまだまだ果てすら見えない。


 城での楽しかった日々が、脳裏で急速に遠ざかっていく。まるで手の届かない高い位置にあるかのよう。


 アニカは、水に沈むような感覚に囚われながら、深い眠りへと落ちていった。

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