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オパールの杯に乾杯を  作者: 一矢
四章 謀る者
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百三話 魔物の王の城

「ここがそうだ」

「……思ったよりもこじんまりとしているんだな」


 しばらく続いた三人の旅。


 いくつかの町を経て、親睦を深めつつ進み、遂に目的地へと到達したのだ。


 目の前に広がるのは荒涼としたものか、そびえ立つ険しいものか。


 そんなイメージを持っていたアニカだが、見る限りでは特別な事のない山である。


 ごく普通に緑を貯え、比較的なだらかな形状。ここまで来る間に見えた限りでは、多少だが高さの違う山頂が二つ並び、その半分ほどの高さの山頂が一つ。三つの頂きからなる山である。


 ならば大きい山のように思えるが、肝心の標高自体はだいぶ低いのだ。


 アニカとて、見ただけで標高を割り出せるわけではない。農商国家の王城周辺にある山と比較する程度だ。しかし、それでも1000mには届いてはいないように見える。


 南の大陸を支配せんとする存在。その根城にしてはあまりにインパクトに欠ける場所であった。


「話したとおり、旅の仲間であったエルナを追いかけて、消息を絶ったのがこの近辺。ほどなくして、彼女が魔王を討った事を考えた結果だ。絶対にここ、というわけではない」

「いや、それだけの情報があれば十分だ。恐らく、などと前置きするまでもなく、ここがそうなのだろう」

「……例の隠蔽する魔法を感じ取れる、とかですか?」

「魔法そのものではないけれども……まあ似たようなものかな」


 山を取り巻く魔力の量が普通ではない。明らかな異常性を孕んでいる。


 もっとも、事ここに至っても二人にはそれが知覚できないらしく、アニカは言葉を濁した。これが魔族だからこそ、であるならばボロを出す事に繋がりかねない。


(とは言え、あまり偉そうな事は言えないが)


 正直なところ、アニカも全くの事前情報なしならば見逃していただろう。


 なんなら虱潰しにしている時、近くを通っても気づかなかった可能性が高い。


 それほどまでに、施されている魔法は強力なようだ。


 事実、ここに山があるという認識はあるものの、誰からも関心も注目もされないほどである。


『背の高い山頂二つに低い山頂一つ。親子山、とでも名づけられているんじゃないか?』


 というアニカの問いに二人は、山の名前すら思い出せず。


 まさかと思い、二人の目を盗んで、最寄の町で訊ねてみれば、正式名はこれ、と定まらず、いくつかの候補を挙げるという返答を頂いた。それも半ばうろ覚え、といった様子である。


 なるほどの効力であると言っていいかもしれない。


 正直なところ、その強力過ぎる力を発する場所に立ち入るのは躊躇が生まれる。こうして目前となって、如何なるものかを実感すると特にだ。


 いくらエルナも行ったとはいえ、それは傍にクレインがいたから、という護りに似たなにかが発生していたかもしれない。なにせ死の島を生きてきた人物だ。そんな現象が起こったところで不思議でない。


 しかしここでまごついていても、なにも進展はしないし変化すらも望めず、麓の山道から山を眺めて覚悟を決める。


 そんな人知れず抱いた決心とは裏腹に、道中は穏やかなものであった。もはやただの登山である。


 もっとも、通る人は魔法の作用を受けている為に、そう高いところまでは登りはしない。途中で道は途切れ、進むのに苦労する場所も多く、若干ハードな登山であった。


 事前に分かっていて、そうした力に対抗する準備はしてきたのだから、魔法や魔力に影響されても困るが。


(けれども、道に関してはこんな話を聞いていないな……という事は他に登って行けるルートがあったのか)


 大本の環境はこれだ。恐らくそれは獣道の類だったのだろう。それでも今よりも楽だっただろうな、と僅かに羨む気持ちが滲み出る。


 朝方出発した一行は、途中で道を探したり、と道草を食いつつ休憩を挟み、夕暮れを前に本当の目的地へと到達した。


 高いほうの山だが山頂ではない位置。木々に囲まれ、決して下からでは姿を見る事はできない城。こんな山中にしては大きく、剛健さを物語っている。豪華という言葉とは無縁だが、要塞の雰囲気をまとった立派な作りだ。


 ただ一点、異質なものがあるとすれば、その城はぽっかりと大きな穴を開けている事。


 周囲の瓦礫の散らばり方を見るに、内側から吹き飛んだかのように見える。なによりその穴の先にある、ここより少し背の低い山もごっそりとえぐられていた。


 しかしその惨状もまた深い木々が覆い隠しており、下から確認するのは非常に困難なものである。


「どうなって……いや、これが戦闘の跡なのか?」

「これほどの力を持った魔王を、一体どうやって……」

(あの人はなんでこういう事をしていくかなー……)


 亡き主君の大きな置き土産。基本的に、アニカがそれを貰う事はなかったのだが、本人の死後、遂に自分にも回ってきたのだった。


 感慨深くもあるが、実際に受け取ると溜息しか出なくなるものである。


 この事態をどう収拾をつけろというのだろうか。


 ここまでの旅で親交を深めてはきた。しかし、きっと抱かれているであろう疑いが払拭されたわけではない。隠し事は依然継続しているのだ。当然である。


 その中にはきっと、この城にいた魔王に関わる存在、というのもあるだろう。エルナ失踪に関わる、というのだってあっても不思議でない。それもきっと悪い意味で。


 早い話、いたずらに疑惑が増しかねないのがこの惨状である。


 ただでさえ魔族のアニカでも、こうはならんだろう、と思う有様だ。北の大陸の魔王達でなければ、相当な出血大サービスで暴れなければここまでの破壊にはならない。


 しかも向かいの山からは、『やりすぎちゃった。テヘ』という声が聞こえてきそうである。というよりも十中八九、力加減を誤った被害だろう。


「……これはまさか」


 なにに気づいたのか、レオンが僅かに呟くも皆まで言わずに口を閉ざしてしまった。


 アニカにしてみれば、どう考えているのか少しでも情報がほしいところである。だが、どうに動いても薮蛇なのは間違いない。


 聞こえていないフリをしつつ、城の内部へと入っていく。


 戦闘の跡と思しき大穴の他にも、壁が崩れている箇所があり、その荒れ方はここ数年のものではなかった。


 中にはベッドが並べられた部屋もあるが、風雨が入り込んでいるのだろう。恐ろしく荒れたそこは、とても休めるような状況ではない。


 軽く一階を見て回ると、アニカは二人に振り返り、今後の予定を話し始めた。


「さて……正直、この有様も気になるところだが、私は任務を優先させなければならない。これから数日、ここを拠点に周辺の調査を行う」

「これだけボロボロですと、中で休めそうな部屋もなさそうですね……」

「我々が過ごす分ぐらいの壁と屋根はあるんだ。探せば使えそうな布も出てくるかもしれない。一先ず今日は、城内を探索して……と言いたいが明日にして、今日はもう休もうか」


 木々に囲まれた場所だ。まだ日が沈みきっていないものの、光はとうに遮られていて、だいぶ薄暗くなってきている。襲い掛かってくるのは獣ぐらいだろうが、うろつくのに適しているとはとてもではないが言い難い。


「賛成だ。ただでさえ荒れているし、魔法で治せたとしても無用なケガは避けたい」

「私は二人の判断にお任せします」

「よし、じゃあ一先ず今日はこの場で野営しよう。しばらくはいるんだ。石組みのかまどを作ろうか」

「……楽しんでいないか?」


 明らかにウキウキとした様子のアニカに、レオンが怪訝そうに呟く。


 別に不謹慎だ、という事はないものの、何故このタイミングでという疑問は生まれる。キャンプでもしたかったのだろうか。


「旅の途中だとそこまで手間をかけられないからな。かといって普段、キャンプするような時間もない。だがこうして楽しめる隙があるのならば勿体ないではないか」


 したかったようだ。


 もっとも、クレインやエルナからの話を聞き、少し羨ましく思った程度のもの。本当に機会があれば、という企みに過ぎなかった。


「だがちゃんとしたメリットもあるぞ。これで料理もしやすくなる。おまけに瓦礫には困らないから、作るのも苦労はしないだろう。水場が厄介なぐらいで、良い事尽くめだ」

「それで火事になったらどうする……」

「あ、池なのかは分かりませんが、外に水が溜まっているところならありましたよ」

「消火ぐらいには使えそうだな。よし、憂いも消えたな」

「……好きにしてくれ」


 許可は不必要であるし、そもそも止める必要もない。可決された今、アニカは意気揚々と瓦礫を組んでいく。


 瓦礫とはいえ元は石レンガ。組み上げるのに、そう時間もかからずに完成する。


 あまり広いとは言えない、空き部屋らしき一室。敷かれているものすらない殺風景な場所だが、これだけでぐっと雰囲気が出てくる。


 レオンが集めた薪を使って火をつけると、三人が一息をつく。と、おもむろにアニカが小型の鍋やフライパンを取り出し、夕食の準備をし始めるのだった。


「持ち歩いていたのか?」

「いや、ここで数日滞在するのは前提だったからね。直前の町で買っておいたのさ」

「ああそう……」


 半ばレオンに呆れられているものの、意に介する様子もないアニカは早速と言わんばかりに料理を始める。


 野菜と肉を豪快に鍋の中へと入れ、調味料と少しの水を入れて蓋をする。


 煮込む間にもう一つかまどを作ると、少し深めのフライパンに果実を中心に炒め、こちらも煮込んでいく。


 少々汁気の多いメニューではあるが、野外で食べるには十分贅沢なものだ。


 やがて周囲は空腹をより刺激する香りに満たされ、レオンでさえその表情を自然と柔らかくさせる。


「よし、そろそろだな」


 味見をしたアニカは満足そうに頷くと、それぞれを皿に盛っていく。


 オレンジ色に照らされた部屋。換気の為に開けた扉から流れる風は少々寒い。しかし、目の前の湯気が立ち上る料理を前に、その程度は気にもならなかった。


 一言、三人が食前の挨拶をすると、料理に口をつけていく。


 鍋はあっさりとしているが胡椒が効いており、体を芯から温めてくれるようだ。柔らかい葉物の野菜に、ほろほろの肉。ホクホクとした芋も味が染みていて非常に美味い。


 果実の煮込みはこちらもスープ状である。リンゴや柑橘類を使っていたようだが、僅かに果肉を感じる事はあっても原型は殆どなかった。味は甘すぎず、仄かに残る酸味が飽きをこさせない。今は熱々だが、冷やしたら冷やしたで美味しそうなものである。


「はぁ……アニカさん、とっても美味しいです!」

「そう言って貰えると嬉しいよ」

「ここまでは簡単なものばかりだったが……実は料理が得意なのか?」

「いや、前に長く旅をする事があってね。こうした外でも作れる程度の料理だけが馴れたもの、ってだけさ」


 体も温まり、短くない山道の疲れもあって、一時の団欒のあと三人は程なくして眠りにつく。


 むき出しの石造りの床に、荷物などで就寝場所を確保する。あまり寝心地がいいとは言えないが、そこは我慢するしかない。


 そんな環境もあって、明るくなるよりも早く三人は目を覚ます。


 昨晩の残りを食べると、城内の探索へ繰り出た。城はそれほど大きくはない。まだ昼には早いという時間には、いくつかの古びたカーテンを見つけられた。収穫は少なそうにも見えるが、荒れている事を考えれば十分な成果だろう。


 少なくとも、今晩はだいぶ寝やすい環境が約束される。


 それにちゃんとした水場を見つける事ができたのだ。湧き水らしいそれは、一旦この城の外に溜まり、山の向こう側へと流れているようである。


 昨晩見つけた場所とは比較にならないほど綺麗な水だ。どちらにしてもろ過は必要だとしても、精神的には大発見に等しい存在だと言える。


 その後はアニカの調査となり、特にする事もないレオンとルーテの二人もそれに参加することにした。


 向かった先は一際損傷が激しく、一際装飾の多い場所。魔王がいたのであろう部屋であった。


「やはりこの様子は内側から、か……しかしこれは、部屋の奥に向けて、魔王に向けて放たれたものなのか」

「凍土でもこうはなりません。エルナではないとしたら……あの男性が?」

「……そもそもこれは人ができる事か? なにがどうなっているんだ」


 困惑する二人にアニカは非常に気まずい思いをする。迂闊な事は言えない以上、下手に喋りたくはない。


 だがありがたい立場を持っているのだ。そう、ここには調査で来たというものだ。


「私はこの辺りにある、瓦礫の欠片なんかを集めるつもりだ。持ち帰るべきものは、魔力を帯びているものだが、二人には分かるだろうか?」

「……悪いが俺には力になれそうにないな」

「どの程度のものでしょうか?」

「そうだな……これとかかな」


 レオンには無造作に拾い上げたように見えるが、ちゃんと選んだものらしく、ルーテは険しい表情を作った。


「だいぶ、見落としてしまいそうですね」

「精査はこちらでするし、全てを回収せよって話じゃないからね。むしろこれよりも魔力が多いものが見つかれば、それに越した事はないよ」


 こうして始まった調査は、レオンが瓦礫を集め、ルーテがそれぞれ見ていく。アニカは単独で、部屋の中を調べて回るという形になった。


 他の部屋に比べれば格段に広く、これまでの探索よりもよほど時間がかかる気配が既に色濃くあった。


「それにしても……こうして魔力が帯びるなんて事、ありえるんですね」

「なに? 起こらないものなのか?」

「ないわけではないけども、大掛かりな魔法を行使した時、使った道具や触媒などに、というのが殆どなの。こういうどう見ても、ただ壁だったものに、なんていうのは初めて聞くわ」

「私もこれほどのは見るのも初めてだからね。正直、半信半疑でここまで来たぐらいだ」


 アニカとて、この話を聞かせてきた人物によっては、信じる事さえ毛頭なかっただろう。


 魔力を溜め込んだもの。魔石こそ北でも南でも当たり前に存在する。だがそれは飽くまでも、山の内部など深く魔力が溜まる場所とされる地で、長い年月をかけて生まれるのが一般的。


 膨大な魔力を収束させて人工的に作る、というのもあるが、このように帯びるという現象は、ルーテの言うとおり大きな魔法による副次的な結果が殆ど。むしろそれ以外の話は、今のところ聞いた事がない。


(それにしても……調査をしたわけでもないのに、なんでこれが想像できたんだろうか。こんな事で、クレイン様の意志を果たせるのやら)


 魔法や魔力において、学術的に言えばアニカのほうがよほど詳しい。


 だが、これから触れようとしているのは未知の領域だ。無論、基礎となる学術が重要になるのは違いない。


 それでもクレインはなにかが見えていたのだ。


 アニカではまだ到底追いつけない先。あるいは基礎がないからこそ、目にする事ができる景色か。


(今は目の前の事に集中するべきだな)


 追い越せまいと。追いつけまいと。成すべき事があるのだ。


 進みだした以上、浸るべき感情は後回しである。


 そう自らに言い聞かせて、強い魔力を発する瓦礫の一つを手にした。


 これほどのものならば、魔石の代用……にしては粗末なものだが、利用価値がないとは言えない。それほどの量を貯えている。


「あ……」


 しかし所詮は帯びている程度のものなのか。僅かな魔力の操作を行おうとしただけで、瓦礫ごと砕け散っていった。よほど不安定なのだろう。


(この場所……中心地でこうなのか)


 予めいくつかの想定は聞いている。当然、この魔物の王が鎮座していた部屋で、魔力を持つ物体が微少、あるいはこうして不安定というのも考えられていた。


 正直、どの想定もアニカにとっては夢物語に近しかったが。


 今後の予想と、それに合わせての予定を考えていく。


 ふと、こちらを見つめる視線に気づいた。二人がじっと見つめている。


 驚愕した表情で。


「砕いた、のか……?」

「この瓦礫を素手で……」


 二人にはそう見えていたようだ。


 もはや化け物を見る眼差しである。というよりも、彼らにとっての魔王の関係者、という疑惑が満ち溢れていた。


 完全に信用されずとも、交友を深め多少の信頼を得てきたそれが、音を立てて崩れていくようである。


「いや、待て。これは私が……原因ではあるが、そういう事じゃなくってだな」


 戦慄する二人に冷静に語りかけるアニカ。


 確かに一部の疑惑は正しいのだが、明らかに捻じれきっているこの疑い。


 誤解とも呼ぶべきそれが晴れたのは、一時間近くあとの事であった。

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