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オパールの杯に乾杯を  作者: 一矢
四章 謀る者
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百二話 想い

 目的地も明確となり、ただ虱潰しに進むアニカの旅は劇的に進む事になった。


 掛け値なしに大喜びをしていい状況である。


 のだが、エルナの仲間であったレオンとルーテが加わった三人の旅は、どうしても息苦しいものであった。


 二人の信用どころか、警戒を持たれているのだ。当然である。


 日中の進んでいる間は、多少の雑談はあったものの、どうしてもぎくしゃくとしてしまう。


 だが、アニカ自身はそうした場でも、コミュニケーション自体は問題なく取る事ができる。


 現に荒ぶる魔王クレイン・エンダーの友人エルナ・フェッセル。実際にはもっと複雑だが、城内ではそういう者として、扱いに困る立場であった彼女とも、誰よりも早く打ち解けたのだ。


 であれば今回もいつもどおり、社交的に接する事ができそうなものだが、二人に対しては秘密にしている事が多い。


 変に洩らして警戒が不信に変わってはアニカも困る。その為にあまり話し込まないよう、適当なところで切り上げてしまっているのが現状だ。


 勿論それは相手に不快を与えない形である。流石は若くして地位あるアニカの処世術といったところか。


 となってくると、基本的に会話のボールはレオンとルーテにあるわけだが、二人は二人でアニカに対し、あまり深く突っ込んだ話をできずにいた。


 正確にはほぼレオンが切り出す形だが、言葉選びや内容に、慎重になっている様子。


 そんな三人の旅の初日は野営という形で終わりを迎えつつある。


 日持ちのしない野菜などを煮込んだ鍋を囲みつつ、三人は一時の団欒を楽しんでいた。


「あのーアニカさんはどちらの国のかたなんですか?」

「んー……申しわけないけどもそれも今はヒミツだな」

「秘密ばかりだな」

「悪いね。こればかりは大切な事でどうしても融通は利かせられないんだよ」

「ではでは、今お付き合いされているかたとかいないんですか?」

「いきなり凄いプライベートな話になったなぁ!?」


 遠慮がない上に、今そういうのを聞くのか? と思わずにはいられない内容に、アニカも素で返してしまう。


「ルーテ、不躾過ぎるだろ」

「旅の背景を話せないというのですし、それならばお互いを知る為にも、こうした話題になるのは当然の事ですっ」


 ふんす、と鼻息を荒くしていそうな語気で言い放つ。


 確かに一理あるか、とアニカが納得していると、レオンが呆れた様子で呟いた。


「色恋沙汰が好きなだけだろ……」

「あれ? そういう理由?」

「否定はしません」


 と、キッパリと言い切るルーテ。随分と大胆なものである。


 しかしそれでいいのだろうか、とアニカが首を傾げた。


「私はこういう事に疎いのだが……彼女は聖職者や神官の類ではないのか?」

「一応はそうなんだが、規律があまりにも緩いんだよ。正直名ばかりだ」


 名ばかりの聖職者。それだけ聞くと、裏でよからぬ事をしているイメージとなるが、ルーテにそれらしいものは感じられない。


 そもそも本来の日常では、一体どんな生活を送っているのだろうか。それすらあまり想像がつかなかった。


 ただでさえ、エルナの魔物の王討伐の旅に同行までしているのだ。それが前提であれ、現状の要素であれ、聖職者という立場と結びつけると、イメージが固まりにくくなる。


 復興ムードで一時的に帰郷はしていたにしても、随分と長い時間を旅に費やしているはず。表向き布教活動とかの理由なのか?


 もっともそうであったところで自由奔放なものである。


「あー……うん。とりあえず、さっきの質問だが今はいないな」

「では気になるかたとかは?」

「本当にぐいぐいくるなぁ」


 その勢い、猪突猛進をも思わせるほどである。


 普段ならば適当に流してしまうだろう話題であったが、ルーテのペースに飲まれかけていたアニカは長考に入った。


 ずっと農商国家の兵士として、そして今は騎士として仕事仕事の毎日だ。正直なところ、恋愛ごとから随分と遠のいている。


 全く経験がないわけではないがそれも遥か昔の話だ。


 身近には男性は多いが、飽くまで仕事としての繋がり。そしてそれを超えるのは極僅かであり、そんな稀少な人達の顔が脳裏に浮かんでくる。


 今は亡き、心からの忠誠を誓ったクレイン・エンダー。敬愛しもっとも信頼している主君だ。


 長年、自らを縛る鎖を意図もせずに解き、良い事でも悪い事でも、良き師として学びを与えてくれる。あれほど自らを託す事ができる、と思える人物はそうそういない。


 そしてあの性格だ。魔王としての垣根など微塵に感じさせず、無遠慮に人を自らの領域に招きいれてしまう。不躾に人の領域に入る事もあるが……それはそれとして、非常に親しい人物でもあった。


 実際、アニカにとって一番仲がいいのは誰か、と問われたら間違いなくクレインを挙げるだろう。


 しかし意中と言われるとそれは違う。あれだけ慕い、敬いもしていたのだが、なにかが違う。


 むしろ、もうそういう間柄ではないというべきか。


 一方で。


 幼い頃から知っており、今となっては魔王であるカイン・エアーヴン。彼の父親が側近として職務についていた時、若かったアニカは世話になったもので、その礼も兼ねて幼少であったカインの相手をする事もあった。


 弟、というよりもご近所の子供に近い感覚だっただろう。だが父親が死に、過酷な役職である父親のあとを幼くして継いだカイン。あの当時でさえ気づけば立派な姿を魅せられていたものだ。スケールは違うものの、水の魔王と肩を並べられる、とアニカは密かに思っているほどである。


 才色兼備であり、その容姿により、美少年と呼べてしまう風貌。一部の侍女達などから、黄色い声を上げられているのはよく知っている。


 そんな人物であるカインと長い付き合いのあるアニカ。


 しかし意中と言われるとこれもまた違う。


 元々、主従関係や直接仕事の繋がりはなかったが、気づけばそうした気持ちが生じていたようだ。


 我が国を守る家臣として尊敬し、信頼していた。特にゴート・ヴァダーベンの時代、長く城を空けた時など彼がいてくれるからこそ、安心して城外での任務に専念できたと言っていい。


 二人に対する気持ち。それは異性というくくりからは大きく外れた、敬愛という想いがまず先に来てしまうのだろう。


「あの……なにがなんでも聞きたい、というわけではありませんからね?」


 よほど考え込んでいたのか。あるいはそんな顔をしていたのか。


 ルーテがおずおずと告げてきた。


「いや、気を悪くしたとかではないんだ。ただ、特別親しい人達は……立場とかがあって、そういう意識がないものでね」

「ではではそれを考慮しなければ?」


 今の流れで話を切れば終わりなのに、とうんざりするレオンの横で、失速しかけたルーテが勢いを取り戻す。


 だが、存外にも悪い気のしないアニカは、ルーテの言葉どおりに想像する。


 自分も相手も、もしも様々な意味で自由の身であったのならば。


 そして描かれた光景は……やはり恋仲とは程遠く、これまでの魔王であるクレインがいて、側近であるカインがいて、魔王の右腕たる騎士の自分がいるものであった。


(ああ、そうか……)


 脳裏にそんな世界を映して気づく。あの二人がいるあの時が自分にとって至福であったのだと。


 だからこそどちらかと、という考えもまるで浮かばないのだろう。


(しかしそうなると、お二人を足して割った人物こそが理想、という深層意識の可能性が生まれるのか。それはそれで少し複雑だな)


 我ながら随分と失礼な話だ。そう思わずにはいられない。


 ただでさえ立場は上。更に自ら敬う相手である。


 できれば気づきたくはなかったが、気づかなくては懺悔もできまい。決して人に話せる内容ではないが。


(まあ……それは一旦忘れても、恋仲になるというのはやはり想像できないな。これはむしろ私が原因だな)


 もしも想いを告げられたとしたら嬉しく思うだろう。けれどもそれはただ単に、一人の騎士として選ばれた。と、いうような名誉あるものに近い受け止め方をしそうである。


 もはや二人に対して恋愛を通り越した、あまりにも大きな信頼関係がある所為か。はたまた自分が恋心を置き忘れてきたのか。


 いざそういう付き合いになれば、なにか変わるのかもしれないが、今のアニカにはまるで見えてこない世界である。


 これほどまでに枯れていたのか? と、危機感を募らせられる事実を垣間見た。


 だが、一つだけ。これだけははっきりとしている事がある。


「パートナーとしては良好な関係は気づけるとは思う、かな」

「なにか違う話になってませんか……?」


 ビジネスライク、とまでドライには言わないが、人生を分かち合う者としては上手くやっていけそうだ。


 そんなよく分からない変化球に、ルーテは困惑しつつ捕球するも、さてどう投げ返せばいいものか。


 しかし、それよりも先にアニカが続けてボールを投げてきた。


「そういう君達はどうなんだい? 長く旅をしていたのだから、出会いもあったんじゃないか?」


 いい加減、自分ばかりが喋るのも、と同じ質問である。


「そんな事はないですよー」

「……」


 朗らかに否定するルーテに、口をつぐんでそっぽを向くレオン。随分と対照的な反応を見せた。


 触れてはいけない話題だったのだろうか? むしろだからこそ、彼はこの手の話題に難色を示したのか?


 と、推測しているとルーテは少し苦笑いを浮かべた。


「彼は、まあ色々とあるので察してあげてください」

「そういうのではないっ」

「察するにはあまりにも材料がないのだが……そうか、色々とあったのだなぁ」

「変な想像はしないでもらいたいんだが」

「ではレオン、素直になって言えばいいじゃないですか。しかもアニカさんならば、進展もあるのでは?」

「黙れ!」

「え? 私?」


 まさか自分が関わるとは欠片ほどにも思っていないアニカ。目をぱちくりとさせて、しばし呆然としてしまう。


「あ、私に似ている人物、とかだろうか?」

「この話題は終わりだ!」


 よほど嫌なのか、レオンは半ば叫ぶように話を止めた。


 本人がこの様子ならば、これ以上アニカも聞くわけにもいかない。


 この手の話題そのものに興味があるわけではないが、どう自分と関わってくるのか。その辺りは聞きたいところであっただけに残念ではある。


 レオンは咳払いを一つすると、それよりもだ、と別の話に変えてくる。


「一つ聞きたいのだが、とても学者の類に見えないがどんな調査をするつもりなんだ?」

「調査そのものは簡単なものかな。いくつかの項目を確認するだけだ。一番の目的は採取。これがなくてはなにも始まらないからね。だから、調査とは言ったけども、早い話ただのお使いさ」

「そうだとしても、その役目を任されるというのは、凄い事なのではないでしょうか?」

「……まあ、そうだね」


 アニカがはにかんで笑って応えた。


 能力的な選定もあるとはいえ、クレインが信頼しているからに他ならない。


 彼から信頼されている、と自負しているとはいえ、その裏づけがされるのは素直に嬉しいものだ。


 しかし、それ故に悲しくもなる。その人物はもういないのだ。いないからこそ、今こうしてアニカは南の大陸で、この時を過ごしている。


「……」

「ルーテさん? どうかしました?」


 じっとこちらを見る彼女に、アニカが声をかけると困った様子をみせた。


 後悔している、というよりもこれから怒られる子供のように、しゅんとした雰囲気で口を開く。


「嬉しそうにされていたので、件のかたが指名してくれたのかな、と思ったんです。でも、すぐに表情が暗くなったので、もしかしてそのかたはもう……」


 ほぼ正解を言い当てられて、アニカは思わず自分の頬を揉んだ。


 そこまで分かりやすい顔をしていたのか、と恥ずかしさが募る。


「確かにそのとおりだが気にしないでくれ。というよりもそれでよそよそしくされても、私もやり辛いものがあるしな」


 なにより先の返答も飽くまでカインを想定してだ。


 もっとも仮にクレインでも似たようなものだろう。生活の形は異なるが、上手くやっていける未来が見える。


 だが、クレインのつもりで語る事は今後ともありえないだろう。さも生きている風に口にすれば、それはその死を冒涜しているようなものだ。


 少なくともアニカはそう考えている。


 だからといって喪に服し続けても、それこそクレインは喜びはしない。


 例え辛かろうと、受け止めなければならない。


(だが平静を装っていられるのもすぐに城を出たからこそ、か。これで帰って、本当にもういないのを改めて実感した時、納得できればいいんだが)


 今のところ、クレインの訃報に、毅然とした振る舞いを見せていたアニカ。


 だがそれは与えられた大役と、まだその死を実感しきる前に城を離れたからに過ぎない。


 城へ戻った時、変わらずその態度でいられるだろうか。


 流石のアニカでもあまり自信がない話である。


(いや、今は目先の事に集中すべきだな)


 考えたところでなるようにしかならない。


 もしも駄目なら、その時は……隠れて一頻り泣けばいい。その程度の悼みは許されるだろう。


 一度、静かに深く息をして、気持ちを切り替える。


 どうやら今回は顔に出さずに済んだのか、ルーテやレオンに注視されている、という事はないようだ。


 もうしばらくしたら眠りにつく事だろう。


 ただそれまでは、ゆったりとした時間の中、静かに語らいが続くのであった。

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