百一話 探していたもの
大きくもないが小さくもない。ただただ普通の町。
地理的に戦火に晒される事もなく、不穏な情勢ながらも平穏を保っている。
決して他にないわけではないが珍しい環境なのは違いない。
それ故に、町の規模の割には人が多く、活気がある印象が強いところだ。
商人達もやってきているようで、物が足りていないという事もなく、アニカは琥珀色の液体を楽しんでいるところである。
戦いに疲れてここに流れ着いた者達も多いらしく、町の人々よりも、無骨そうな男達で混雑する酒場で、一時の安息を味わっていた。
「見ない顔ですね」
二杯目を受け取ったアニカは、酒場の店主に声をかけられる。
殆どのテーブルが埋まっていて、カウンターで飲んでいたわけだが、それ以上にその出で立ちは目立っている様子だ。
「ええ。今朝この町に着きました」
「傭兵にも見えませんし、兵士でもないようにお見受けしますが」
「わけあって旅をしているんですよ」
「こんなご時勢に……。よほどの理由なのでしょうね。この辺りはまだいいとはいえ、未だに戦争の混乱はありますし、新たな魔王の侵略、などという噂さえ耳にします。どうかお気をつけ下さい」
「魔王……? 魔物でも出たのですか?」
「いえいえ、ただの噂です。大方、なにか起こった時に犯人が見つからず、不安からそうした話が流布したのでしょう」
「一番恐ろしいのは人、ですか」
「ええ、特に姿が見つからないとあれば、隣人がそうかもしれませんからね。だからといってこの現実逃避も如何なものかと思いますが……いや、全くの眉唾、というわけでもなかったですね」
店主が声のトーンを落とす。
思い出した内容は、多少なりとも信憑性のある話らしい。
思ってもみなかった情報だけに、アニカは少し身を乗り出して、続きを促した。
「もう一年、は流石に早すぎますか。ですが、半年以上前から噂されているもので、魔王を討ったと言われる勇者様が消息を絶たれたのだそうです」
「勇者様が……」
内心落胆するもアニカはそれを顔に出さずに、驚いてみせた。
当然である。海の向こうで自分の身近にいた人物なのだ。
南の大陸で見かけられていたら逆に怖い。
「いなくなられた時の話がいくつもあって、本当かは分かりませんがね。しかし、前線で戦われていた勇者様の話を聞かなくなっていますので、消息不明なのは事実かと」
「……なるほど」
「詳しい話が聞きたいのでしたら、あそこに座っている二人に聞くといいですよ。いなくなった当時、傍にいたわけではないらしいですが」
「どういう事ですか?」
「勇者様と面識があるんだそうです。もっとも私には真偽の程は分からないですけどもね」
勇者を知る人物。
今のアニカにとっては手がかりとなり得る可能性がある。
だが、今の南の大陸の状況を見ると、それを騙っているだけ、というのもありえる話。
あまり期待し過ぎて、もしも悪いほうが的中していればぬか喜びもいいところ。
ようやく情報が得られるかもしれない期待を抑えつつ、アニカは店主が示した二人組へと近づく。
一人は鎧を着込んだ男性。腰に携えている剣にしても、前衛を担っているのがありありと伝わってくる。
もう一人は法衣を着た女性。神官や聖職者を彷彿とさせる。恐らく魔法を使うのだろうが、旅の仲間としては北の大陸の感覚だと中々珍しいものだ。
「失礼。少しお聞きしたいのだが、お二人は勇者様の知り合いで間違いないだろうか?」
「……あんたは何者だ」
男のほうがそうぶっきらぼうに答えてきた。百歩譲っても警戒している。
だとしたら……面識がある事を騙る者ではない。かもしれない。
アニカは気持ちが逸るのを感じつつ、慎重に言葉を選んでいく。
「私はアニカ・ゲフォルゲ。勇者、エルナ・フェッセル様とは……知人や顔見知り程度だが知り合いでね」
「……知り合った時、誰かと一緒だったか?」
「え?」
予想していない方向からの問いに、しばし言葉を失ってしまった。
だが事前に色々と話は聞いていたアニカ。この戦士の男が何者かを察し、なにを気にしているのかを想像する。
「ああ。確か男性一人と一緒だったな」
「間が空いたな」
「いやぁ……あんな聞き方をされて、私が見た人物は貴方ではないんだ。申し訳ないが痴情のもつれを考えてしまってね」
「……そういう事ではない」
「時期は魔王が討伐される直前から数ヶ月前、程度でしょうか?」
苦々しく吐き出すような男に、女性が割って入って言葉を繋いだ。
「その通りだが、同行者の僅かな情報だけで、ある程度の時期が分かるとは……君達は一体?」
「私達は元々、彼女と旅をしていた者なんです」
「なんと! ではお二人が……えっと、ヘッザさんとクーナイツさんですか?」
我ながら白々しい。
決して口にはできないが、そんな気持ちを隠しつつアニカは驚いてみせた。
しかしこれは彼女にとって僥倖である。
エルナの話では魔物の王を倒した時に、二人は近くまで来ていたというのだ。
調査を最優先の目的として来た旅も、ここに来て大きな成果が得られそうだ。
「え、ええ。彼女から聞いたのですか?」
「はい、お二人は大切な親友だ、と。また、私がお会いした時に、お二人と共に旅ができない状況になってしまった事を後悔されていました」
「……そうか。それで、俺達に接触してきてなんのつもりだ」
「私は今、ある事の調査をしているのだけど、目的は明確だが場所が全く分からないもので。もしも二人が知っているのならば、と思い声をかけさせてもらった次第だ」
「なんだか釈然としない話だな」
「ええ、なにせ調査をする場所は……二年前に討たれた魔王の城なので」
「あの女、本当に人間なんだろうな」
宿屋にて足を組み、手も頭の下で組んで寝ている戦士、レオン・ヘッザがそう呟いた。
今でもアニカを警戒している様子である。
気持ちとしては分からないではないものの、だからといって一切信用しないその姿勢に、ルーテ・クーナイツが目を少し吊り上げた。
「いくらなんでもそれは失礼が過ぎますよ!」
「……俺からしてみれば、あの時の男だって信用ならない。その上あの女だ」
『私は元々魔王の調査で旅をしていてね。勿論、既に討伐されているから、飽くまでその城を、というわけだ。しかし全く位置が掴めず、各地を放浪とする日々さ。緘口令の類がないのであれば教えてほしい。無論、情報料も支払おう』
『いや……。むしろ私に同行しないだろうか。魔王復活の噂もあるし、それほど勇者様と親しい関係なのであれば、魔王城の様子が気になるんじゃないか?』
「上手く丸め込まれた、という感想しかないな。大体、あの提案自体がおかしいんだ」
「なんでですか?」
「よく考えてみろ。魔王城の様子が気になってて、尚且つ魔王城の位置を把握しているのなら、自分達で勝手に行っている。確かにこのご時勢、道中の厄介事で行くに行けない、と思われたとしても、それなら二人から三人になった程度でそう変わるもんでもない」
「! では……。どういう事でしょうか?」
不審な点に納得はしたものの、とどのつまりはなんなのか、まで辿り着いていない様子のルーテ。
その反応は予想どおりなのか、レオンは呆れるでもなく言葉を続けた。
「どこかしらに嘘がある。現状でそれがなんなのかは分からないが……少なくとも俺達を同行させたのは特別な意図があるんだろう。魔王側の存在に、あんな人間のような姿の者は見た事がないが、もしも残党の類ならば報復の一環って可能性はあるな」
「……ならばその真偽、私が直接問いただして!」
「止めろ止めろ。もしも旅の話が本当なら、一人でこの時代を生き抜く実力を持っている証。正面から行って俺でも勝てるか分かりはしない。今はまだ様子見の段階だ」
格好の割りに随分と行動的な発言をするルーテを、レオンがすかさずなだめた。
もしかしたら、現状でエルナと繋がりを持つ存在であるかもしれない。
ここで勝手な事をされて失っては困る。むしろ、返り討ちにあって『終わる』という可能性のほうが高いが。
彼女を抑えつつ、いざという時に備えた対策。良くも悪くも状況が動いたものの、問題の多さにレオンはルーテの影で溜息を吐き出した。
一方でアニカといえば、今日の手ごたえに祝杯を上げているところである。
(いやー、一挙両得とは正にこの事だな)
気をしっかりと持っていなければ顔がにやついてしまう。
なにせ魔王城の位置を把握したのも同然だ。
大掛かりな魔法が敷かれているという魔王城。人間には一般的に感知できなくても、種族の違う自分ならば近くまで行けば、その魔力に気づけるだろう。
もっともそれも事前情報あっての事である。闇雲に探している時に接近した山が、偽装に関わる魔法を施されていたらどうだろうか。流石のアニカでも見落とさない、という自信はない。
(だが、魔王城に行きたがる相手など信用はしないだろうし、ついて来ないかって話もだいぶ無理がある。きっと疑われるだろうし、いきなり切り込まれるなんて事も覚悟したほうがいいな)
終ぞ最後まで警戒を解かなかったレオン。なんならその瞳に敵意さえも見出せるほど。
(そこは彼女に期待だな。良い感じになんか説き伏せてもらいたいものだ。まあ、三人は幼馴染だと聞くし、今更そんな言い方で止める事もないか……)
立場どうのなど関係ない長い付き合い。
案外、口悪い物言いで止めていたりして。
と、今はそんなイメージをし辛いルーテの姿を想像する。
意外とお転婆だなぁ、と勝手に作った虚像に苦笑をした。
(なんにせよ道は開けた。おまけにあの二人に近づけた)
グラスに残った酒を飲み干して席を立つ。いい加減、明日に備える時刻となってきている。
そろそろ休もう、と手配した宿の部屋へと向かっていく最中、再び顔がにやけそうになった。
今日の副次成果があまりに大きいのだ。状況がかみ合わなければ、調査よりもよほど難しいものである。思わず舞い上がっても仕方がないほどだ。
なにせ、
(北に抱きこめる、最有力候補者に接触できたのだから)
よほど、幸運の女神にでも微笑まれなければ出会う事さえ叶わない事である。
だが、それならばもっと早く、あの人に微笑んで欲しかったものだ。
と、急上昇した熱に水を差すのであった。
「それでは出発、の前に大体の場所を教えて貰えないだろうか?」
「構わないが俺のほうからも一ついいか?」
もう来るのか。と、アニカは内心身構えつつ、レオンには首肯でもって返した。
しかしよくよく見れば、警戒や敵対心などはなく、どこかばつが悪そうである。
危惧したものではないのか、と判断を改めると、アニカは地図を出しながらレオンの言葉を待った。
「昨晩、そちらに名乗らせておいて、こっちは名乗ってなかったな。俺達の名前を既に知っていたとは言え、非礼を有耶無耶にはできない。申しわけなかった」
「はぇ?」
向けられた言葉が謝罪であっただけに、アニカが間の抜けた声を上げる。
予想外も予想外だ。
「……んー。君は案外、生真面目だな」
だがレオンという男の人となりが少し分かった気がする。
その分、エルナの件で騙している事に、僅かであるものの胸がチクリと痛む。
「そうなんですよ。この顔で」
「顔は関係ないだろ。……魔王城に関しては俺達も正確には分からないんだが、恐らくあるのだろう場所は分かっている。ただ、辿り着けないんだ」
照れ隠しなのか、レオンが話題を魔王城に切り替える。
かつてエルナを含めた三人の時とて、その場所には行ったはずだがそんな物は見つけられなかった。
しかし、エルナと同行する男の二人を追い、あと少しというところで届かず。そして後に知る魔王討伐の報せ。その時も、その場所の近くにいたのだ。
だが、決して見る事さえできない。
「だろうね。だけど一応の対策はあるからなんとかなる、と信じたい」
「……なにを知っているんだ」
「調べれば分かる事だよ。これまで幾度となく魔王は現れたのに、その根城に関する情報は一切ない。再現なんて到底できないが、恐ろしく強力な隠蔽を行う魔法が行使されているわけだ」
これでそうした力が作用していないとしたら、都合のいい空想のお話でも引っ張ってこなくてはならない。
もっとも、これだけの効力を発揮する魔法、という時点で十分空想の領域であるが。
「……過去にも情報がない。なんで今まで、この違和感に俺は」
「こんな……これほど強力な魔法が」
「だけど完全ではない。こうして……まあ私も君達のように、言われて目が醒めたタイプだが、抜け出す事ができる。そして、実際に近づいても見つけられない、というのだって破れるはずだ」
魔王は討たれた。それはつまりこれを破った事に他ならない事実。
改めて示された事で、二人はその意味を認識したようで、目を見開いて驚いていた。
二人、特にレオンからの信用が得られつつあるのが手に取るように分かる。
一先ずはこれで、とアニカが思った矢先、レオンの目が険しくなった。そう甘くはいかないようである。
「待て。一体なんの調査なんだ。仮説とは言え、隠蔽の魔法から抜け出したのは事実だ。これだけの情報を持っているお前は……いや調査をさせているのは何者だ? なにが目的だ?」
「まず内容と目的だ。それは正にこの魔法について。これの解明が長きに渡る魔王との戦いに終止符を打つ、と考えられている。次に人物だが……それはまだ明かせないな」
「まだ……?」
「ああ。来るべき時に……いや、調査が終わった時、私と君達の間にある程度の信頼関係が生まれていれば話そう」
「あの、どういう意味でしょうか?」
「さて? どういう意味だろうね。ただ、私は君達の敵ではない、とだけ言っておこうか」
アニカは地図を仕舞うと、今はこれ以上を言うつもりはない。と言わんばかりに歩き始めてしまった。
戸惑いを見せるルーテとは対照的に、レオンには迷いがない様子でそのあとに続く。
誰も知る由もない。三人ではなく、一人と二人の旅が密やかに始まるのだった。




