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オパールの杯に乾杯を  作者: 一矢
四章 謀る者
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九十九話 夕食会

「それではまた次の協議で」

「そうそう問題もないだろうが達者でな」


 各々が別れの言葉を口にして、それぞれの帰路へと着こうという中、


「……」


 見るからに思い悩む様を隠す事のない人物が一人。


 皆、解散の雰囲気どころかその寸前であるというものの、果たしてこれはどうしたものか、と言葉はかわすも一向に帰る為の一歩が踏み出せない。


 なにせその人物は水の魔王なのだ。


 ホストであり、半分は彼女が手配した送迎で来ている。


 それが今はこの状態であり、転移魔法を行う為に待機していた者達も、どうしたものか、と困惑していた。


「ちょっとー? ほんとどうしたのよ」

「……」


 他国の魔王であり、親友でもある深緑の魔王の言葉でさえ、険しい表情のままである。


 彼女の中で、よほどの難題、もしくは葛藤があるようで。


 遂に覚悟を決めたかの表情で一同を見渡した。


「これは! ……各魔王に対し対応に差をつける、本来あってはならない行為です。ですが、深緑の魔王。そして荒ぶる魔王とエルナさん。もしも時間がありましたら、夕食を、その、一緒に……」


 しかし振り絞ったそれも最後まで続かず、凄い勢いで声が消えていく。


 確かにこれだけを見るのならば、贔屓をする言動であると言えよう。


 批難も止むなしである。そこだけを見れば。


 実際はどうだ。王家の者として幼少よりその宿命を背負い、親しい友人と言えば深緑の魔王ぐらいなもの。


 少し変わった形ではあるが、荒ぶる魔王クレイン・エンダーも支えになっているだろう。


 周りから見て、交友らしいものはそれぐらいしか見えない最年少の女性。


 普段は自分達を取りまとめるリーダーとして、周囲に配慮をし、協議を設け、今日までやってきた。


 むしろ我侭の一つや二つ、寄りかかるような頼み事の一つや二つ、言ってもらいたいぐらいである。


 早い話、この言動に不快な思いを示すどころか、むしろ祝いたいとすら思うほどだ。


「全く、何事かと思えばそういう事かよ。そのぐらいで俺達が不満なんて言うと思ったのか?」

「俺達としてはいつも負担ばかりかけてしまっているのだ。水の魔王の息抜きになるのならいくらだって協力する。なにより二人と親交が深いのは知っているのだから、個人的な付き合いに口をはさむつもりはないのだぞ」

「そもそも我々は時間を決めての転移魔法での送迎だ。自身の魔法で来た深緑の魔王と、自らの足で来た荒ぶる魔王の招待に、不信不満を抱く余地などない」

「三人とも……」


 水の魔王が彼らとの信頼関係をどのように捉えているかは分からない。


 ただきっと、今よりも一歩踏み出してもいい。


 二人のように、友人としてもっと近づいてもいいのだ。


 と、そう感じているのであれば、誰もが喜ばしい事だろうか。


 そんな美しい光景を前にし、クレインと深緑の魔王がそっと身を近づける。


「あいつら絶対、この二人ならどうせ仕事ないしな、とか思ってるわよ」

「ああ。賭けてもいいな」

「賭けが成立しないけどもね」


 その腹を見透かす二人。


 これもまた、立派に信頼関係があってのものなのだろう。


 もっともすぐ傍にいるエルナにとっては、それが良い事なのかは定かでない。


 そう、漏れ聞こえる会話の内容を、決して顔に出すまい、と穏やかな表情に徹するエルナにとっては。



「それでは荒ぶる魔王に倣いまして、南の大陸との調和を願いまして、乾杯!」

「乾杯!」


 水の魔王に続き、三人がグラスを掲げて声を上げる。


 クレインただ一人が、釈然としなさそうな顔をして。


「……別に俺に倣わなくても、これは普通なんじゃないんだろうか」

「そうだろうけども、なんかもう乾杯って言葉を聞くと荒ぶる魔王が浮かんできちゃうのよねー」

「申し訳ありません。あまりにも短慮でした……」

「大丈夫ですよ。あたしはむしろ、普通の乾杯はどういう時にするのかが、分からなくなる時がありますし」

「それは……重傷ね」


 無論、常日頃そういう状態にあるわけではない。


 ただクレインと寝食を共にする機会があまりにも多すぎて、それが途切れるとしばしの間はこの悩みを抱えるのである。


「まあ今となっては慣れましたけども」

「いや慣れちゃダメなやつでしょ。エルナちゃん、目を覚まして」

「……酷い言われようだ。折角のディナーなんだし、そういうのは別の時にしてくれ」


 目の前には数々の料理が並べられている。


 端的に言ってしまえば魚やサラダやスープに肉料理。


 しかしここは水の都市。それも水の魔王がホストとなると話は違う。


 一品一品が上品に彩られた料理の数々。


 新鮮な野菜のサラダには魚の赤身が添えられて、幾筋の斜線となってかけられているソースはそれだけで美しい。


 スープは赤く芳醇なエビの香りを漂わせ、生クリームであろう白い模様が浮かんでいる姿は食欲をそそる。


 白身魚は野菜と共にソースがかけてあった。ただそれだけであるが、細やかな色彩の配分を見るだけで、調理そのものにどれほどの手間隙がかけられているかは計り知れない。


 肉料理は一風変わり、具を鶏肉で巻いて蒸し焼きにしたものだ。輪切りにされた断面から緑黄色の野菜やチーズが見える。しかし半分以上を占める餡のような具は分からず、あまり味の想像がつかない。


「まーねー。流石にあたしもご馳走になる事は殆どないし」

(また味が分からなくなりそう……)


 そんな料理の前に、深緑の魔王がクレインに同調する一方、エルナの表情が僅かに強張った。


 ふと剣の国での食事を思い出す。


 人払いされ、断ち切る魔王とクレインとで共にしたあの時。


 全く味が分からなかったわけではないが、どうしても緊張があって味わえた、とは言えなかった。


 今回は今回で、見るまでもなく超がつくほど上品に食べるであろう水の魔王の前だ。誰も気にはしないと言われようとも、自分の所作に不安も生まれよう。


(お、落ち着け。逆に同性が多いし、もっと肩の力を抜いて……そ、それに)


 周囲、というよりも深緑の魔王のほうを向くと、水の魔王ほどでないにしろ、彼女もまた綺麗に食事を始めていた。


 失礼ではあるが裏切られた思いをしているのは言うまでもなく、諦めと言う名の悟りの境地に到り、エルナも料理に口をつけ始める。


「これは……中々だな」

「いやー舌に毒だわー。ただでさえ森で川魚程度の生活なのに」

「口に合っているようで良かったです」


 洗練された料理が合わないはずもなく。


 初めこそ緊張していたエルナも、気づけば自然体で食事を楽しんでいた。


 男の魔王に比べれば、友人に近い二人の魔王との同席という事もあり、会話も弾んだからだろう。


 やがて食事も終わりに近づき、ゆったりとした時間を満喫するようになっていく。


 昼間に飲んだものとも違う、香りの良い紅茶を各々が楽しんでいる。


「それにしても初めからこれを用意してあったの?」

「いえ。ただいつでもそうした対応ができるようにはしているので」

「……あー、それは悪い事をしたな」

「へ?」

「クレイン。乞食のような真似でもしたのか?」

「時々思うんだが、エルナの中で俺の評価はどうなってるんだ?」


 交際相手からの辛辣な言葉にクレインが悲しそうな顔をする。


 さしもの深緑の魔王でさえも、その反応には哀れみを浮かべていた。


「俺が色々と話した所為なんだろう。深緑の魔王も呼んだのは……一番責任を感じているから、あたりか?」

「……荒ぶる魔王はなんでもお見通しなのですね」

「ほんと腹立つわねー」

(どうしよう、置いてけぼりだしアウェーだ)

「殆どの種族が殲滅に関わったとはいえ、深緑の魔王の種族は単体で決定打を放ったわけだからな。種族単位で彼らと密接だった二つの王家。水の魔王や断ち切る魔王と同じぐらいに思うところはあるだろう」

「ああ、うん。フォローは嬉しいんだけど、もうちょっとこっそり言ってほしかったかな……」


 そう軽々しく口にしていい話ではないだろうに。


 そんな批難を含めるエルナだったが、水の魔王も深緑の魔王も苦笑をするだけであった。


 いい加減、エルナも分かっているとはいえ、一事が万事この調子であり二人も慣れっこである。


「話を戻そうか。そんなわけだし、なんの慰めにもならないだろうが、折角の機会だ。少し話しておこうと思う。彼らが報われるわけじゃないが、やれば罪滅ぼしにはなるだろう」

「なんだ。話す気はあったんだ」

「少し意外ですね。まだ影も形もない計画なのではないのですか?」

「そのとおりだから具体的な内容は一切ない。で、その企みだが魔物の王の完全な根絶だ」

「えぇ?!」


 その目的に一番驚いたのはエルナであった。


 よもやここで南の大陸が出てくるとは夢にも思っていなかったのだろう。


 だが、共存の未来を見据えるのならば、避けては通れない問題なのは間違いない。


「魔物の王。古くから南の大陸に存在し、幾度となく蘇っては人間を害する存在……」

「それを滅ぼすねー。だいぶ壮大な話じゃないの?」

「もしも予想が的中していれば、不可能ではないと踏んでいる」

「凄い……クレインが、なんていうか賢そうだ」

「エルナさん?」


 直球のバカ呼ばわりではないか? とクレインが怪訝そうにする。


「具体性なしと言っておきながら予想はあるのかよ」

「慈しむ魔王が言うには、魔物の王の種族が転生術の研究をしていたそうだ。あいつの時代には既に滅んだ種族扱いだったらしいがな。だから、魔物の王の復活はその術に起因するものなんじゃないかと考えている」

「うわ……こんなところで繋がるのか」

「因果の塊だな……クレイン」

「いやほんとこればっかりは俺の所為じゃないのに、責任あるような言い方やめてくれ」

「しかしそれなら具体的な対策も考えているのでは?」

「残念ながら現状だと恒久的に転生を行っているわけだからなぁ。どんなカラクリなのかさっぱりなんだ」


 慈しむ魔王でさえ、単発での転生術であるのだ。


 彼自身、クレインが遭遇した事で初めてその存在を知り、大いに驚いている状況である。


「そんなわけで調査報告待ちだ」

「分かりました。必要でしたら遠慮なく頼って下さい。協力を惜しむつもりはありません」

「そうね。あたしも同じ気持ちよ。まあ……うちの国がどう協力できるんだ、て話だけど」

「……アニカさんがいつ頃戻ってくるとかは分かっているのか?」

「いや、流石に俺が復活する前提で進めたわけじゃないからなぁ」


 全てアニカに託されている。つまりは、まず調査できるまで帰ってくるな、というのが現段階であるのだろう。


 なんて無茶振りを、とエルナは引いている傍で、それ以上に顔をしかめているのが他二人の魔王であった。


「ちょっと待って。アニカってあんたのところで有名な人だよね」

「おぉ……アニカさん、深緑の国でも名が知れているんですか」

「今時にしては珍しく、武勲の多い方ですからね。水の都市でも知っている人はいますよ」

「やっぱり本人かよ……」

「なんでそんなに突っかかってくるのか分からないんだが。問題でもあるか?」

「いやいやいや! あんたまた勝手に南の大陸に……今回は人を送ったけども、踏み越えている内容同じでしょ!」

「え?」


 深緑の魔王の叱責に三人の声が重なる。


 そう、確かにこれは共存派、征服派関わらず結ばれた決まり事。


 南の大陸への渡来禁止。それをぶっちぎった話である。


 だが、


「あ、深緑の魔王には話していませんでしたね」

「水の魔王と断ち切る魔王には事前に話しておいて……まあ二人の許可があればいいのか、と言われたらあれだが、独断先行によるものじゃない」


 一応は協議の上での行動であるのだ。


 この場で唯一知らなかった深緑の魔王が、納得のいってなさそうな顔をする。


「……分かった。それについてはもう触れない。けど、その一人を送り込んでやらせているんでしょ?」

「ぞろぞろと行かせるわけにもな」

「いや、そうじゃなくて普通にしんどいでしょ。別の大陸で一人で、地理や向こうの一般常識も……あってもエルナちゃんに教わった程度でしょ?」

「それで十分だろう。俺だってそれほど困りはしな、かった……」


 クレインがなにかに気づいたかのように、顔色が悪くなっていく。


「……あたし、てっきりそのあたりは周到に用意していたのだと思っていたのだけど」

「常にエルナちゃんがいる環境とじゃ天地の差があるでしょ!」

「やっべぇ……」

「因みにエルナさんはその辺りについて、しっかりと情報を共有されたのですか?」

「いえ、特別教わりたいとは言われた事がなかったので、雑談の中で話すぐらいにしか……」

「……やっべぇ」


 クレインが机に肘をついて頭を抱える。


 少し前に見た光景だ。


「うわぁー超鬼畜。よっ、鬼、悪魔、魔王殺し」

「く、今回と関係ないが事実だから否定できないの混ぜやがって」

「……現状、考えるべきは、調査の長期化が予想される事なのですが」

「最悪の場合、あたしとクレインが南に行き、合流を目指しますよ」

「断ち切る魔王には私のほうから連絡しておきますね」


 和やかだった夕食会も今は姿を消し、一人は煽り一人はほぞを噛み。


 二人は苦笑しつつも、先を見据えて粛々と事を進める。


 随分とカオスなものとなった。


 未来が暗雲立ち込める気配であるものの、そこは当事者がこれである。


 むしろらしい、と。彼なりの未来を紡ぐのだろう、と。


 良くも悪くも三人の中にはそうした安心感があるが……それを口にしてクレインを慰める者はいなかった。

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