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オパールの杯に乾杯を  作者: 一矢
一章 出会う者
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十話 武具

「ここが次の町か……」

「そうだけど、そのあからさまな落胆はなに?」

「……小さいな」

「どこもかしこも賑わっているわけがないだろ」


 次の目的である町は家屋こそしっかりしたものだがその規模は小さく、町を囲う策も気持ち程度といった状況である。居住としての町のスペースよりも、周囲に広がる農耕地の方が倍は広かろう光景に、この町はどういったものかを察するのはあまりにも容易い話だった。


「特産とか美味い物は……」

「野菜とかいっぱいあるさ」

「それ自体に不満はないのだが、そうか……そうであったな。全てが全て観光地ではないのだ」


 言い聞かせるように、一人でぶつぶつと呟くクレイン。


「お前は時々すっごいバカになるよな」

「……ならば時々でない方を維持しようか。小さな町とは言え、これだけ農業が盛んなら、あの港町から行き来する商人の関係で、野菜類も出荷できるのではないのか?」


 確かにまともな話をしている。クレインがこういった話題をする、興味を持っている事はこれまでを通して、エルナも十分に分かっている。だが、この話題を口にしたのが魔王という立場だというのだから、やはり馬鹿らしい話には違いないだろう。


「何より港町からの距離を考えれば、ここは通過地点になるだろう。それでいて町がこの規模というのは理由があるのか?」

「盾の国の城下町の近くに、もっと大規模な農場をもつ町があるんだよ。城行きの野菜の仕入れはそこからが殆ど。何より港町から城までだと別のルートなんだ。周囲の町を巡る商人だと、規模が小さいからね。そこまで潤わないって話」

「……世知辛い話だな」

「それでもそこそこの収入になっているから、安定した暮らしをしていけてるみたいだけどね」


 話も一区切り、とエルナは荷物を背負い直して、勝手知ったると言わんばかりに歩き始めるのだった。


「この町にも来た事があるのか?」

「城ルートだとね、宿屋が商人で埋まりやすいんだ。だからこういう町を通ったりするのさ。まあケースバイケースだし、護衛を名目に馬車に乗せてもらう事もあるから一概には言えないけどね」


 そうこうしている内に、ある建物の前で足を止める。他の家と変わらない見た目をしているものの、道具屋の看板が下がっており、クレインは僅かに首を傾げてみせる。


「もう次の町までの必要物資の見当がついているのか」

「多少多目でよければ今すぐ揃えるよ。でも、一番の目的は……」


 そう言いながらエルナは、赤黒い染みのついた袋を取り出し、よく見えるように掲げた。



「で、いくらになったのだ?」

「白銀貨三十枚」

「旅をする上では、ちょっとした小遣いではないか……」


 初日に一回、それと間でもう一回、犬型の魔物との戦闘があり、その時に得た戦利品改め魔物の爪や牙。それなりに立派なものを選んでこの額である。相当安い部類の宿屋に素泊まりできるかどうか、といったところだ。


「そもそも疑問に思っていたのだが、あのような物を買い取って彼らは何に使うのだ?」

「そりゃあ武器にするに決まっているだろ」

「武器? あれでか? 何時の時代だ。ちゃんと金属製の武具を持っているではないか」


 大層不思議そうに、クレインはエルナの装備を上から下へと舐めるように見る。


「規模こそ大きいけども、鉱山や加工する町の数は多くないんだ。当然、普通の剣でも、運搬費で値が張ってくる。珍しい物ではないけども、お前が思っている以上に高価なんだよ」


 自分の胸元を軽く拳で叩きながら説明を続けるエルナ。ある程度意匠も施されている彼女の鎧を、この町で買おうとしたら果たしてどれほどかかるだろうか。


「できればあたし達もタダで提供したいけど、流石にそれだと旅を続けるのもきついからね」

「しかし爪や牙で武器か。人間というものは随分と時代錯誤だな」

「けど、魔物相手であれば十分に通用する。全ての町が手厚く保護されているわけでもないから、こうやって町の人にも手が届く武器が作られるのであれば、自衛のしようがある」


 ちらりとエルナは警備にあたる兵士を見る。二名が見晴らしのいい位置で番をしているのだけなのだ。町の環境を考えるとあと二名ほど、控えがいるかどうかといったところ。魔物が徒党を組んだら一溜まりもない。


「どれだけ貧しているのだ……人間達は」

「集まるところに集まっているだけだ。ブドウ畑で酔いしれる連中だっている」

「乱れているな」


 顔を曇らせて呟くクレインの言葉に、何が含まれているのかだろうか。急に変わった声音に、エルナはクレインの様子を注視しつつ口を開く。


「権力者限定だ。それが問題といえばそうだけども、世の中全てが乱れているわけじゃない」

「言われんでも分かっている。だが、力あるところが乱れているのは非常に問題だ。それは……」


 言いかけて口をつぐみ、申し訳なさそうに目を伏せる。


「いや、エルナに言っても仕方がない事であったな。忘れてほしい」

「別にそれはいいけども……」


 お前は本当は何を考えているんだ? 思わずその言葉を続けそうになったが、口を固く結んで踏みとどまるエルナ。


 クレインの言動にどうしても納得いかない事がある彼女にとって、その問いを投げかけ、明確な答えが返ってくれるのならどれほどいい事か。しかし、それはきっと叶わないのだろう。


 意味深な事を言い、答えは決して見せない。それがエルナの中で、魔王クレイン・エンダーという存在についての一つの理解であるのだ。


「さ、売るものは売ったし、とっとと宿屋に行ってゆっくり休もう」


 エルナが歩き出すと、クレインはそれに倣い、従者のように一歩後ろをついていった。



 町が町である以上、宿も宿で平凡で料理も平凡で、パンとサラダと気持ちばかりの肉入りスープ。そんな場でもクレインとエルナは杯を鳴らしたわけだが、随分と慣れたものである。


 ここ数日の野宿においては、獲った肉などを食べる時にも食前の乾杯があり、何かしらの意味があると感じずにはいられないものだった。


「お前ってしょっちゅう乾杯するよなぁ」

「おかしいだろうか?」

「普通ではないな」


 だが、問いかけてみてもクレインはと言えば、そんなものだろうか、と言わんばかりの反応で、やはり答えを見せる事がない。こういう男だと理解はしているものの、それが意図的なのか性格の問題なのか、その判断はつかないでいる。


 そんな夕食も終わり、今後のルートの確認も済まして、二人は思い思いに寛いでいるところである。当然と言わんばかりの相部屋であるが、もはやその事にエルナが気にかける様子もなかった。


「そういえばお前の鎧ってさ。装飾とか無いよな」


 手入れも済んで置かれている鎧を手にして、眉をひそめるエルナ。仮にも魔王であるならば、もっと凝った意匠が施されていてもいいものの、見た目は非常にただの鎧である。それどころか、凝っているどころか、目に付く意匠すらないのだ。


「見た目に拘りがないからな。機能性重視でいいだろう」

「お前……威厳とか考えないのか」

「お前までカインと同じ事を言うのか……」


 クレインはうんざりだと言わんばかりに顔を歪めて、呻くように呟いた。


 エルナはと言えば、はて誰の事やらと首を傾げており、表情を変えないままクレインが説明をしだす。


「側近だ。見たであろう、金髪で小柄の者を」

「ああっ。あの子か。え?! 側近?!」


 何時だったか、もう大抵の事では驚かない、と思ったエルナだが、あれからしばらくそして今に至るまで、散々驚き続けている。それも今度は魔王以外の事であるのだから、逆にエルナの知らない事は驚くべき内容ばかりなのかもしれない。


「……人間ではないのだぞ? エルナより数倍は生きている。とは言え優秀だよ、あの歳で先代からの側近なのだからな」


 エルナがはーやらへーやら漏らしながら感心していたが、はたと何かに気づき動きが止まった。


「お前、あんな子にも小言を言われるほどに……」

「あ……言わなければよかった」


 哀れみに近い眼差しに、ばつが悪そうに魔王が呻く。本当に魔王なのだろうか、実はかなり呆けた奴なんだろうか、とエルナは疑わずにはいられなかった。


「お前さ、あたしが言うのもなんだけどもうちょっと考えないのか?」

「力さえあれば認められる。人柄が良ければ受け入れられる。それだけの事だ」

「人柄ねぇ……」


 エルナはいぶかしんではいるものの、その言葉の意味は理解していた。僅かながらの期間とは言え、彼の兵士と共に行動していたのだ。彼らのクレインに対する信頼を疑う余地はない。


「でも、ほんと見た目悪いよな。貫禄もないし若いし見た目人間だし。お陰で周りが魔王だとは思いもしないから、楽と言えば楽だけど」

「フォローしているように見えんのだが」

「してるわけがないだろ。お前、絶対にただの戦士とか傭兵だと思われてるぞ?」


 これが普通の権力者であれば侮辱を受けていたのか、と怒りを覚えるところなのだろうが、特に誇りもないのかクレインの表情に変化もなかった。


「まあ、そうであろうな。私も自分の姿を見て、魔王だと言われても冗談だろうと思う」


 寧ろ自ら肯定してみせる。魔王としての規範や自覚について、突いたところで痛くも痒くもないのだろう。


「こんなんでもダメなのかぁ……」

「唐突に何の事だ?」

「お前に言っても仕方がない事だ。忘れてくれ」

「え? 根に持たれている……?」


 僅かに動揺を見せるクレインの呟きも無視して、エルナは突っ伏すようにベッドに倒れ、枕に顔を沈めこむ。


 かつて見た共存の未来を思う。このとてもらしくない魔王が望む未来は、一体何処にあるのだろうか。この大陸の掌握なのだろうか。もう甘い望みは棄てたつもりであっても、心のどこかでその可能性を望む自分がいる。


 そんな自分の半端さに辟易しつつ、エルナは静かにまどろみへと落ちていった。

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