九十七話 お茶会
「魔王様、こちらを」
「手紙……俺に?!」
クレインが驚愕とした表情でそれを受け取る。
それは紛れもない一通の手紙。物々しさや仰々しさが一切ない、上質で高級感のある封書が使われているが普遍的な手紙。
そう、他国からの書簡ではない手紙である。
個人として送られた事などあっただろうか。
いいやない。一切ない。
そういう意味でのやり取りなどありはしなかった。
「なんでそこまで驚いているんだよ」
「お手紙貰うの初めてだから」
「え? うわ……可哀相」
友達いないのかよ、といった哀れみの眼差し。
クレイン自身、あまり気にしていなかったが、こう改められると虚しさも込み上げてくる。
確かに知人友人そのものはいるのだが、如何せん農商国家の魔王であるという肩書きがついて回るのだ。
クレイン・エンダーという個人としてはご覧の有様である。
「一応、水の都市の国印が押されていますからね?」
「あ、なんだ。正式な書簡……いや、そうでもないな」
普段送られてくるものとは様式が違うそれに、クレインは首をかしげながらも封を切る。
中から一枚の手紙を取り出し、二人にも見えるように広げて文章を目で追うと、
「これは、お茶会のお知らせといったところでしょうか?」
「みたいだな」
カインが簡潔にその内容を要略した。
少しばかし目を疑いそうにもなるが、どの角度から読んでもそう記されている。
「しかし、先日お会いしたばかりですし、なによりこのような催しなど初めてでは?」
「ああ……俺が悪いかもしれないな」
申し訳なさそうな顔をするクレインに、エルナとカインが怪訝そうにした。
「お前、一体いつの間に失礼な事を……」
「違う違う。俺の寿命の話だ。多分、時間の有限さに思うところがあったんだろう」
「正式な書簡ではないところをみると、飽くまで魔王間ではなく友人として、なのでしょうね」
「人の事は言えないが、こういう手紙など出した事もないんだろう。悩んだ挙句、一応は水の魔王として国印を押したってあたりか。いじらしいじゃないか」
「ちょっと待て。これ、参加者には人を送って魔法にて水の都市に送迎する、て書かれているぞ」
「……本気度、というべきかかなり真剣に考えたな」
飽くまで個人的な集まり。しかしお互い立場は魔王。
可能な限り滞在時間を減らそうと講じた案であろう。
特に転移魔法は距離や物量に応じて、コストが大きく掛かるものだ。長距離を繋ぐ魔法陣一つだけでも、よほど富を持っていなければ二の足を踏みたくなるもの。
お茶会と聞けば優雅なものだが、中身は随分と大掛かりだ。
「うーん、協議のついでに、とかすれば負担も少ないだろうに。水の魔王様的には許せない、か」
「公私をきっちりと分ける方ですからね」
「むしろ本当に私事があるのか不安になるぐらいだがな。まあ、今回こうした企画を立てたんだ。周りが知らない息抜きとかもしているだろ」
「ご就任になってからそれなりに経っていますからね。あの当初のような状態のまま、という事はないでしょう」
「確かクレインと同じぐらいの時期だったんだっけ?」
「俺より少し前だな。思い返してみると、水の魔王が変わり、荒ぶる魔王が変わり、ついでに鉄の国の魔王が死亡……あの時期、激動過ぎるな」
「他人事過ぎる」
うち二つはクレイン由来の話であるのだ。
それを思い返さなければならないとは一体。
「水の魔王には魔王様がだいぶ心労をかけましたからね。今でも胸が痛いものです」
「耳が痛い」
「クレインに耳が痛くない話のほうが少ないと思うが」
「……ですがまあ、魔王様なりにフォローをしていましたよ。彼女にとって支えになっていたのも事実です」
「あの当時の水の魔王はまだ幼かったからな。王族としての自覚と教養があったからこそ、一魔王としてこなせていたのだろうが、危うさを感じる事もあった」
「なのに他国の魔王を討ったのか……」
「耳が痛い」
しみじみと語るクレインに、エルナが全力のドン引き。
暴挙を行った時の細かい事情やその心情などは、クレインが伏せている時に聞いたものである。しかし飽くまでその事件に関する直接的な話だけだ。
こうした周囲への思いがどうであったかは知らず、あの当時なにを考えていたのだろうか。
もしかしたらそれがきっかけで、罪滅ぼしのつもりで水の魔王には特に寄り添おうという心境になったのかもしれない。
なんにせよ、あまり美談にはできない話である。
「それでどうなさいますか?」
「お呼ばれされたとあってはな。エルナはどうだ。ついてくるか?」
「なんでいるの、ぐらいに思われるだろ」
「あいつらはそんな細かい事を言ったりしないさ。大体、前の時に面識を持っているし、今じゃそれなりに顔を合わせたんだろ? 俺もこうして戻ってきたとなると、俺を弄るネタ探しに会話も弾むさ」
「それ自分で言うのか」
「どうせ連れて行かなかったら、逃げたなぐらい言われるだろうしな」
「……理由をつけてエルナさんを連れ出し、私の仕事を増やしたいだけですよね」
二人の会話を黙って聞いていたカインが忌々しげにそう呟く。
「こいつをいい様に働かせた罰だ。安いものだろ」
「ええ。忙しさにかまけていたのは事実ですし、今回は甘んじて受け入れましょう」
「えっと……本当に大丈夫ですか?」
「ほんの数日ですし、現状においては襲われる心配もありませんしね」
「そうだろうな」
「へ?」
カインの苦笑とクレインの悪そうな笑顔。
告げられた内容も然り、その態度にエルナが困惑する。
「こうして魔王様が戻ってきましたからね。私を討つという事は魔王様がセットでついてくるわけです」
「お守が必要みたいに言うな」
「なるほど……現状の農商国家の魔王など誰も成りたがらない、と」
「なので私は仕事をどう回すかぐらいの問題です。折角の機会ですし、こちらを気遣っているのでしたら、気にせずに行って来て下さい」
「うーん、結局来ちゃったけども本当によかったのかなぁ」
「特別な問題でも起こらない限り平気だ。あいつが何十年側近していると思っている」
「……そう言われると、仕事をしない魔王二代を面倒見てきた手腕を思えば、あたしの心配など迷惑にも値するのか」
「そこまで言われると俺も困るんだが……」
長い廊下を歩き、突き当たりの扉を開くと花の香りが鼻孔をくすぐる。
普段、立ち入らない区画にあるそこは、中庭が一望できる広いテラスとなっていた。見慣れている水の都市の魔王城とはまた違った趣があった。
用意されている大きな二つのテーブルの周りには、見知った魔王達が既に座っており、五人の視線がこちらを注目している。
「ようやくで主役のお出ましだな」
「そうなのか?」
断ち切る魔王の嫌味に、クレインが白々しくそうとぼける。
既に談笑をしていたようで、端から柔らかいムードであった。
ただ一人、鋭い目つきをしている人物を除けば。
「当然です。貴方はどれだけ多くの心配をかけ、悲しみを振りまいたかを自覚していなさ過ぎます」
「う……わ、悪かった」
それがどうしてお茶会の主役なのだろうか。
などと疑問を口にすれば数倍の小言や苦言となって返ってくるのだろう。
にわかに反省会の空気を感じながらも、クレインは素直に頭を下げた。
「まー、それが一番顕著に現れていーたーのーはー?」
「……」
「ありゃ?」
ニヤニヤとからかおうとする深緑の魔王。だが、むすっとした様子で水の魔王に流され、当てが外れて目を瞬かせる。
「止められるもんだと思った」
「いくら荒ぶる魔王とて、私がどれほど心を痛めたか分かっていないはずはありませんもの。貴女の言葉はただの裏づけにしか過ぎません」
水の魔王は毅然とそう振る舞った。
再会時の彼女にとっての醜態を隠しつつ。
「ほー。実際のところ、荒ぶる魔王はどうなんだ? 察していた?」
「……そう聞かれるとグレーだが、理解していないわけではない」
水の魔王に合わせ、クレインもぼかしつつそう答える。
すると数名からおぉ、とどよめきとも感嘆とも取れる声が上がった。
「しかし、わざわざ自ら飛んで来るとはな。水の魔王の好意に甘えて、転移魔法を受ければよかっただろうに」
「こっちは飛べる以上、流石に遠慮はするさ。山の魔王こそ、いつもどおりお隣の魔王に送ってもらえばよかったんじゃないか?」
周りより少し遅れての登場はそこにあった。
全員は予め決められた定刻での転移魔法で水の都市に来たのだが、クレインはエルナを連れてその翼を使ってやってきたのである。
「便利そうに言うが気まぐれに勝手に帰られるからな。時たま自力でどうにかしていたりする」
「……その不意打ちは酷いな」
どういう信頼関係なんだろうか。
そもそも国として上下関係があるからなのだろうか。
暗い思考に流れつつあると、山の魔王がからからと笑って手を横に振った。
「長い付き合いだからこその故だ。荒ぶる魔王に心配されるような話はない」
「なら良かった」
そうクレインが胸を撫で下ろすと、侍女達がティーカップにポットと準備をし始めた。
「さて、改めてではありますし、お互い今更ではありますが。本日は飽くまで公務とは別ですので、ごゆっくりとご歓談下さい。エルナさんもお越し頂きありがとうございます」
「え?! い、いえ、あた、私なんて! 本当に場違いというか……!」
「なに言ってんのさー。エルナちゃんは唯一魔王ではなく、その面々との友人なんだよー」
「ある意味、彼女にとっては正に歓談だな」
「え? そこまで打ち解けてなかったのか?」
「どうだろーな。魔王としての敬意を払いつつ、というか多少なりとも壁は感じたかな」
「火の魔王は面識なかったからな気もするが」
前回の旅において、このメンバーでただ一人、道中で会わなかったのが火の魔王であった。
別にクレインの意地悪でもなんでもなく、純粋にルート上の問題である。
「火の魔王に限った話ではない。山の魔王も私も同様の感想だ」
「いや、俺はそれを礼儀正しい、と評価していたのだが」
「……そうか。私はそれなりに行動を共にしたから、彼女の態度に壁を感じたのか」
「ああ。そういえばそうだったか」
クレインが一度、死の島に戻る時にエルナを預けたのだ。
無論、四六時中一緒にいたわけではないが、断ち切る魔王にとってはそれでもあまり心を開いてもらえていない、と思っているわけである。
(初めに脅しすぎたのと第一印象の怖いオーラの所為か。いや、後者が悪いんだな。きっと)
少しばかし申し訳ないと反省しかけたクレインだが、水が流れるが如し自己擁護を確立させると、そんな気などふっと消し飛ぶ。
そうこうしている内に準備も終わり、楽しい楽しい一時、お茶会が始まった。
のだが、水の魔王と断ち切る魔王の居るテーブルに着いたクレインは、
「……お陰で新しい体制を整えるのにどれだけ苦労をしたかと」
「お前がいなくなったのは半ば不可抗力ではあるが、そのタイミングさえもう少し後であったのならばだな」
(バリバリ公務の話だし、完全に糾弾会になっているのは何故なんだ……)
愚痴と文句で袋叩きにあっているのだった。
そして会話に入れないでいるエルナの居心地の悪い事。
見かねた深緑の魔王が、そっと連れ出してもう一つのテーブルへとご招待した。
「あっちの話はドロドロしているし、こっちはこっちで別の話でもしましょーか」
「ああ、とばっちりがこないように避難しとかないとだな」
(なんでテーブルを分けているのだろう、とは思ったが、もしかしてこれは予定のうちなのか)
今も詰め寄られるクレインを尻目に、エルナは難を逃れられた事にほっとする。
「それにしてもあんな剣幕の水の魔王、あたし初めて見たかも」
「身勝手な兄貴が最大級の身勝手振りまいて死んだんだからな。それが蘇ったとあったら、そりゃあ文句の一つや二つ、言いたくもなるさ」
「彼女なりの気持ちの整理もあるだろう」
今日の水の魔王の様子を初めて見るのと等しく、クレインの葬儀の場で見せた姿もまた誰しもが初めて目にするものであった。
それは見る者の心を締め上げるほどであり、彼女が両親を失った時はこれをも越えていたのだろうと思わせる。
二重の痛みを与える光景だ。
そして今。クレインが蘇った事でそれは消えた。
もっとも、いずれそれは再びやってくる。だからこそ、今一度向き合う必要があった。
どんな心境かは分からないが、それが今の水の魔王なのかもしれない。
「ところで、クレイン……荒ぶる魔王は就任時からあんな言動だったんですか?」
「はは、名前呼びでいいよ。エルナもそっちで慣れているんだろ」
「まーあいつは本当に変わらないわよね」
「それは違うぞ」
火の魔王も同調して頷いている中、山の魔王が待ったをかける。
「初めのうちは不慣れで緊張もあったのだろう。魔王としての言動に足りないなど到らない点が多々あったが、荒ぶる魔王なりに努力しよう、という姿勢は確かにあったのだ」
その冷静な分析に、記憶を掘り返した二人が確かにそうだ、と感心する。
「今のあの男は緊張感もなく、かといって足りなかった部分を埋めようともせず、ただ堕落した姿となっただけだ」
「それ完全に舐め腐っているじゃないですか……」
「魔王としては中々破天荒だよな。だが、無責任で怠惰でどうしようもない、というわけでもない。一夜で国を滅ぼした逸話は知っているか?」
「ええ、本人から聞かせてもらいました」
「無茶苦茶だけど、だからこそ手を出せる事ってのもあるわけだ。迷惑と言えば確かだが、そういうぶっ飛んだ行動を取る時は、あいつなりの私信や信条が元になっているからなぁ」
「俺達にとっても共通する部分がある。だからこそ、憎めないから厄介でもあるがな」
「ふざけたやつだけど、エルナちゃんは誇りにもっていい男だよ。あいつは」
「……ありがとうございます」
クレインと顔を合わせると、悪口交じりの軽口を叩き合う。
そんな印象の深緑の魔王からの言葉だけに、エルナははにかみながらそう素直に返した。
「けれどもあいつはもう魔王じゃないんだもんなー」
「もともと征服派がなくなれば辞めそうだったし当然の結果だろ」
「え?!」
「なに?」
何気ない火の魔王の一言に、深緑の魔王はおろか山の魔王も驚きを見せた。
「荒ぶる魔王のところの騎士って、要は魔王の補佐する為のものだろ。多分、自分が辞めたら慈しむ魔王がそのままシフトする……まあ事実そうなったが、それを予想して準備していた感じだったからな」
「……うん? え? あれってクレインが定めたものなんですか?!」
「あー確かにそれまでは兵士しかいなかったはず。あいつの代になってから色々と接点増えたけども、途中まで騎士って見た事なかったし」
(なんだ。ちゃんとやっているにはやっていたんだな)
流石に口には出せなかったものの、大きく評価を改めなければと見直した。
のだが、普段の様子を見ると、きっとそんな気持ちはすぐにぐらつくのだろう。
結局は変わらなさそうな未来が、早くもエルナの脳裏に浮かんでいるのであった。
それでも少しぐらいは、と比較的まともなクレインを思い返すうちに、ある光景が記憶から甦ってくる。
「そういえば、前々から疑問に思っていたんですけど、他の魔王のかたは魔力を物体として形にできるんでしょうか?」
「いやいやいや。できるのは荒ぶる魔王だけだよ」
「あたし達からして見ても、キチガイの所業だもんねぇ」
「え、そうなんですか? 魔法も使えないくせに……不思議だ」
「当たり前だ。習得できるものじゃなくて、能力みたいなものだからな」
ふっと湧くように現れたクレインが、エルナの横から腕を伸ばして、皿の上に飾られたクッキーを手に取る。
流石にお茶会でそれは下品であるものの、既に無礼講の雰囲気なのか咎める者はいなかった。
むしろ別の点に対しての苦情が出てくる。
「ちょっとー。こっちに来ないでほしいんだけどー」
「延々と愚痴の受身も辛いんだよ。確かに俺が悪いが不可抗力だったんだぞ」
そんな逃げ出してきたクレインの肩にぽん、と手が置かれる。
薄い表情の断ち切る魔王が、逃走する亡者は許さんという地獄の門番に見えてきそうだ。
しかし実際は違う様子である。
「ならばその話、詳しく聞かせてもらおうか」
「……興味津々なのも無理はないか」
一度、クレインが周囲を見渡すと、水の魔王を含めて全員の視線が集まっていた。
言葉を濁して話さないつもりはないが、それを語る上でどうして避けられない話題があり、そしてその先の話もせざるを得ない。
「あまり後味のよくない話も触れる事になる。それでも聞くなら話しはするが……どうだ?」
その前置きに、なにが関わるのかを察する魔王達。
一度、主催である水の魔王に視線が向けられると、承諾するように頷いて応えた。
一つのテーブルに集まり、話すほうも聞くほうも腰を据えていざ、という時に、侍女達がティーポットを換えに来る。
どうやら水の魔王がなんらかの指示を出したようで、飽くまでお茶会として行うらしい。
(真面目だなぁ)
数名がまだ始まっていない話の腰を折られた気持ちになるも、水の魔王が気づく様子はなかった。




