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オパールの杯に乾杯を  作者: 一矢
四章 謀る者
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九十五話 命

「そういえば荒ぶる魔王って家を持っていないよな。魔王に戻らないんならどうするんだ? 死亡扱いだしお前自身の財産って今はないんじゃないか?」


 各自が雑談する中、思い出したように火の魔王が疑問を口にする。


 農商国家の城にいたのはただの三日。それもドタバタとしている中でだ。


 正直なところ、自分の現状などクレイン自身が教えて欲しいほどである。


「あー……蘇って二日後には出発していたからなぁ……なし崩しに今までの部屋使っていたんだよなぁ」

「私は父の代から城にいる関係もあって、元から個室の執務室があります。なので魔王様は今までどおり、あの部屋を使っていただいて構いません。私財は一応、という事でエルナさんに相続してもらいました」

「正直、巨額過ぎて持て余している」


 仮にも魔王で贅沢には無頓着。ただし妙なもの……というよりそれなりの高級な食材を買い込む事が多々あった。


 とは言え、美食家を気取った振る舞いをするでもなく、一般家庭がかなり奮発した、程度のものばかり。


 収入を考えれば散財というほどの規模でもなく、貯えは右肩上がりにが増していく。


 エルナにしてみれば、魔王討伐の功績で得た富を凌ぐほどであった。


 もっとも、彼女の場合は富よりも名声のほうを与えられた、というのも原因であるが。つくづくいい様に使われっぱなしである。


「そういう事ならとりあえずは安心だな」

「……荒ぶる魔王ご自身には復帰するお考えはないのですか?」

「あー……」


 暗に復帰して欲しい、という願望がよく聞こえる言葉であったが、クレインは難色を示した。


 他の魔王達も、そういう気持ちはあるのでは、と考えていただけに、その反応に驚く様子がちらほら見える。


 確かにクレインは魔王という職務において不真面目なもの。しかしそれでも、これまでその役割についてはいたのだ。


 30年ほどとはいえ、魔王を続ける意思がなければとっくに辞めているだけの時間は経っている。


「もしや私を共存派に入れた事で、荒ぶる魔王の目的は達成された……魔王を続ける意味はなくなってしまった、という意味なのか?」

「いやー……まあ俺が魔王を続けていた目的で言えばそうなんだが」

「なんかさっきから随分と歯切れが悪いな。普段、たいした仕事をしていないだろ。それなのにそんなに魔王をやりたくないのか?」


 多忙を極めたカインを傍らで見てきたエルナ。


 だがその忙しさはクレインが死んだ事での処理が殆ど。


 仕事そのもので言えば細々としたものは他者に割り振り、カイン自身に降りかかってきたのは書類の判を押す程度である。


 正直なところ、ここまでお飾りだったのか、とエルナが引いたほどであった。


「一応はしていましたよ。力仕事関係のヘルプとか」

「それ、絶対に魔王の仕事じゃない」

「クレイン、糾弾会が始まる前に本当の理由を言ったら?」


 既にその空気が流れ始めている中、エルナにせっつかれてクレインが覚悟を決めた顔をする。


「いやぁー……その、この先、俺が魔王の立場としてやれる事がないし」

「うん、それは知ってる」

「あと、もう七十年も生きられないし……」

「……うん?」


 もの凄いボソボソと語られた言葉にエルナが目を瞬かせた。


 だいぶ小声であったものの、クレインの言葉を待って静まり帰った部屋ではよく聞こえたいたようで、他の魔王達もきょとんとする。


 だが、すぐに呆れたり、苦笑したりと表情を崩した。


「荒ぶる魔王。もう何十年とそのお姿なのに、あまり面白いとは言えませんよ?」


 性質の悪い冗談だ、と言わんばかりに水の魔王が批難する。


 特に出会い頭での醜態を見せた事もあってか、死を連想させる内容にむくれているようだ。


「全くだな。お前はそんな低俗な冗談を言う男ではないだろ」

「いえ、断ち切る魔王。この人は割と低俗な事を言いますので注意して下さい。とは言え魔王様、本当ならば蘇って直ぐに言うべき内容じゃないですか、それ」

「ですよね。あたしもどう反応すればいいか困りましたし」

「ま、荒ぶる魔王らしくていいっちゃいいけどな」


 火の魔王の言葉を皮切りに全員の気も顔も緩み、笑い声さえも上がりだす。


 それに釣られるようにクレインも笑い、


 口角を引きつらせて両の手を顔の前で合わせるのだった。


「す、すまん……言い難いし言い出すタイミングもなくて切り出せなかった」


 絶叫のような。悲鳴のような。


 ただただ驚きによる大声が部屋に響き渡ったのは言うまでもないのだろう。



 水の都市の恒例とも言える協議を行う部屋。


 毎度毎度使われるだけあって美しい装いをしている。


 床は当たり前のように大理石。


 そして今、その床を直に座る者がいた。


 脛を地面につけ、踵の上に尻を乗せるような格好。


 そして腿に着ていたであろう鎧の他に、器用に椅子なども乗せられていた。


 大糾弾会の真っ只中である。


「それで、どういう事か一から説明をしてもらおうか」


 断ち切る魔王が事情聴取を始める。


 周囲の、火の魔王と山の魔王、そして深緑の魔王の協力あってとはいえ、一先ず拷問にかけようか、という彼の言葉からここまで、実に手際がいいものであった。


「お、俺が消えたあの時、慈しむ魔王と接触していたんだ。もっともあれは保存された人格みたいなものなんだろうが」

「……それだけで既に頭が痛くなる話だな」


 荒唐無稽。と言いたいが、そんなものさえも追い越していっているのがクレインという存在なのだ。


 なにが出ても驚くまい、と覚悟をしていても、始めから常軌を逸していられるのも困り者である。


「そこで慈しむ魔王自身の記憶も視てきた。この転生術はほぼぶっつけ本番。仮に成功しても出来上がった者、つまりは俺だが、その存在そのものが周囲に悪影響を及ぼす可能性があるんだそうだ」

「主に及ぼしているのはあんたの人格が原因だと思うけど?」

「そういうんじゃなくて、理を捻じ曲げてる影響、だそうだ。具体的な事はあいつにも分からないんだけどな」

「待ってくれ。それなら今の荒ぶる魔王は更にやばい存在じゃないのか?」

「正確には死んだわけじゃない。さっき言った慈しむ魔王と会ったのは、あいつが創ったであろう世界に幽閉されていただけだ。俺自身が蘇ったとかそういうものではない」

「限定的とはいえ、一時的に別の空間を生成した、か? 慈しむ魔王とはどこを切っても化け物な話しか出ないな」


 本当に痛むのか断ち切る魔王が頭に手を添える。


 非常識っぷりな話を前に、魔法に精通する水の魔王や深緑の魔王も、顔色があまり優れない様子だ。


「本来であれば、そのまま俺を消滅させるという考えもあったらしい。だが、あいつなりに俺は合格点というか……生かしてくれる事になって、こうして現実に戻って来れたんだ。ただ理の問題もあり、早い話は俺の寿命の一部を捧げて捻じ曲がった部分を修正した、らしい。七十年というのもどんなに長くてもという話だ」

「それが本当ならその重要視している理そのものを操りかねないのだがなぁ」

「できそうな気がしなくもないが、やはり壁は高いらしくて修正が限界だと言って……あの、そろそろこれ降ろさせて?」


 限界が近いのか、クレインの体がプルプルと震えている。


 話自体は聞けたし、本人に罪はないと判断されたのか、四人の魔王が互いに頷きあって拷問は終了を迎えた。


「それで魔王をしている時間はない、と」

「そんな感じだ」

「……お前さ、そういうのは……本当にもっと早くに言えよ……」


 ようやっと解放されたクレインに、しな垂れるようにエルナが抱きついた。


 弄ばれていたわけではない。だが、自らの意思に反し振り回されるクレインに、よほどのショックを受けているのだろう。


 辛く、苦しく、悲しく。そんな感情がごちゃ混ぜになって搾り出した声は震えていた。


「それは本当にすまないと思っている。だが、俺は嬉しくも思っているんだ。今ならエルナと同じ時間の流れで生きていける」

「……それは、そうかもしれないが」


 そこで言葉が途切れるとしばし沈黙が続く。


 割って入るのも無粋と、誰もがただ待つばかり。


「……このような場で、失礼しました」


 ようやくその場の静寂に気づいたのか、エルナが恥ずかしそうに立ち上がった。


 無論、咎める者などいやしない。むしろ、自分がその立場なら、と慰めさえする。


「話を戻させてもらうと、荒ぶる魔王は早々と隠居を決め込むつもり、という事でいいのだな?」

「一応はな。ただ、復活するにあたって前世様より、最低限やって欲しいと頼まれているのもあるし……まあ色々と動きはするかな」

「ただでさえ散々な目にあったのにまだなんかやらされるのか……流石に同情するぜ」

「いや、俺自身も考えていたものだから負担ではないな。それより、個人的に手を打っておきたい事のが厄介だな」


 含みのある言い方に、エルナとカインが怪訝そうな顔をする。


 これまでなにかしらの計画があるような話さえ聞いていないのだ。当然と言えば当然である。


「そちらのほうが荒ぶる魔王にとっては本題、といったところでしょうか?」

「あー……手がかりはあるんだが、まだそれを集めてもいない状態なんだ。この中で協力してもらう国とかも出るとは思うが、詳細については追々って事で」

「この場で話してくれたほうが楽なんだけどな……」

「しかし、軽い雑談のつもりがとんでもない告白を聞かされたものだな」


 山の魔王が溜息混じりに呟いた。


 クレインが参加した協議、直近の二回は全てとんでもない発言がセットである。


「……しかもだいぶヘビーなね。他に言い残してる事とかないんでしょーね?」

「もう伝えるべき話はないな」

「じゃ、今日はもうお開きでいいでしょ。正直疲れたわ」


 深緑の魔王の包み隠さない言葉に、他の魔王達が僅かに頷く。


 皆、釣られたかのようで動作で、尚更に本音であるのが窺える。


「それでは今回のところはここまでとしましょうか。皆さん、お疲れ様です」


 水の魔王の言葉を区切りに、各々が別れの言葉を口にして、一人また一人と退出していく。


 やがて、部屋にはクレイン達と水の魔王だけとなった。


「それじゃあそろそろ俺達も」

「ええ。またいらして下さい」


 周りの者を見送り、水の魔王に見送られ。


 クレイン達は部屋を出たその足で、帰路へと向けて動き始めた。


 準備を済ませ馬車を停めてある場所まで来ると、随分と見慣れないものがいる。


 黄色い体で地面から頭まで2mは超えているだろうドラゴンだ。


 二本の後ろ足はがっしりとした筋肉がついており、前足はだいぶ細い形をしている。


 機動力が高い二足歩行型のドラゴン種。その典型的な姿だ。


「うわあああ! すご、え、なにこれ! ドラゴン?! なんでこんなところに?!」

「あーカインが言っていたのはこれか」

「ええ、砂炎の国では馬でなく、こうしたドラゴンを乗りこなしますからね。今回もいると思いました」

「……うん? じゃあクレインも知っているんじゃないか」

「そうなんだが、馬車タイプだと四足歩行でしかも巨大なトカゲみたいなやつなんだ。所謂ドラゴン、ていうイメージがあんまりないもんでな」

「こういったドラゴンですと単独で乗るのが限界だそうですからね」


 自分でも乗れるのだろうか。


 などとエルナが羨望の眼差しをもって考えている内に、荷物の積み込みも終わり、三人は農商国家に向けて出発しだす。


「そういえば、アニカが城を出たのはいつ頃だ?」


 動き始めた馬車の中で、クレインが思い出したかのように訊ねると、二人もまた思い出したかのようにあっと声を上げた。


 彼女はもう長い事、城から姿を消しているのだ。


「そうだ! それ! お前から特別な命令を受けてるって言って出ていっちゃったんだぞ!」

「いやそれは分かってるって……」

「確か四ヶ月ほど前でしょうか」

「なら……いつ帰ってきてもおかしくはないか」


 なにかを思案する様子のクレインに、怪訝そうなエルナとカインが顔を見合わせる。


「一体なにを押し付けたんですか?」

「人聞きの悪い言い方を……」

「いや実際そうだろ。詳しい事は話してもらえないしさ」

「……まあ二人には事前に話しておいてもいいか」

「あ、これ聞くと嫌な思いするやつだ」

「ですね。しかも逃れられない」

「人聞きの悪い」


 顔をしかめるクレイン。だがすぐに表情を戻した。


「魔物の王に関する調査と人材発掘……そのあとの事も任せているが、一部は俺がやる事になるな」

「……」

「……」


 クレインの言葉に二人が、じっくりと反芻するかのように理解を努める。


 そして同時に、


「はああああああ!?」


 叫び声を上げた。


「まだ渡来禁止だぞ! え?! アニカさん、そんなふざけた命令引き受けたの!?」

「なにやっているんですか!? 馬鹿ですか!? 阿呆ですか!? そうですよね!!」

「あ、ガチの罵りでカインのが結構痛い」

「言っている場合ですか!?」

「流石に今回は既に根回し済みだ。水の魔王と断ち切る魔王も、詳細は伏せているが一人渡る事を知っている」

「い、いつの間に……」

「動けないまでも時間があったからな」


 クレインの弁解により、焦るべき点はないと知って二人も少しずつ頭を冷やしていく。


 それに連れて、先ほどの話が浮かび上がってきた。


「まさか手を打ちたい事とは、魔物の王についてですか?」

「ああ。ぶっちゃけもう何度も復活しているあいつがいる以上、理がどうのって問題がないようにも思えるが、放置しておくわけにはいかないだろ」

「だったらあたしに言ってくれれば調査しに行ったのに」

「……一応、魔法に関する調査もあるんだけどやりたいか?」

「……」


 無言の答え。


 決して魔法が使えないわけではないが、調査ともなれば学術的な点も多くあるのだろう。


 とてもではないが、エルナが望んでやろうとする内容ではなかった。


「ま、兎にも角にも結果待ちだ。このあたりの件はしばらくなにもできないし……とりあえず身辺整理だな」

「ええ、そうして頂けると非常に助かります」


 帰路の先。農商国家の魔王城。


 そこには自らが蘇った事によるお仕事が山のように積みあがっているのだ。


 早くもどこかに飛び立ちたくなる中、それも果たすべき務め、と。


 珍しく受け入れているクレインは、流れる景色に息をつくのであった。

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