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オパールの杯に乾杯を  作者: 一矢
四章 謀る者
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九十四話 集合

 それは美しい唄のようであった。


 緩急があり、済んだような声音。


 耳にした者を引き込んでしまう。


 しかしこれは明確な目的をもって唄われる。


 決して人を楽しませるようなものではない。


 唄が終わると無数の色の淡い光と、粒のような輝きがぱっと爆ぜる。


 痛みも熱もないそれらが晴れると……周囲はなにも変化は起こっていなかった。


 だがそれこそが吉であり、しかし信じられない結果でもある。


「う、うっそ。マジで?」

「ほ、本当に……荒ぶる魔王なのか」

「それでも幻と疑ってしまうな」

「よもやここまで化け物とは……」


 口々に戸惑いの言葉が吐き出され、光を浴びたクレインは酷く不愉快そうな顔で耐えている。


 深緑の魔王による魔法がクレインにかけられたのだ。


 幻影や周囲の視覚を惑わす類の魔法、術者の姿を偽装する魔法などなど。今、目の前にいるクレインこと元荒ぶる魔王が本物ではない、という疑念を払拭するべく、それらを無効化する魔法を使用したのだ。


 当然、結果はシロである。


 ならばこれは現実。喜ばしい事。なのだが、彼女含めて火の魔王、山の魔王、そして断ち切る魔王は、ただただ異形を見る目つきであった。


「お気持ちは分かりますが落ち着いて下さい」

「分かるのかよ……」


 エルナのフォローがクレインをばっさりと切り捨てる。


 あの日の感動の再会の裏ではそう思われていたのか。


 もっともあの大混乱の中、本当に感動があったかは定かでないが。


「いやだって……普通に考えて偽装死する意味ないし、その後の農商国家とか考えたらガチだったわけじゃん」

「死体すら残さず消えたから蒸発、という可能性がないとは言えないが……」

「聞いていた話を考えるとありえないだろ。用を足すにも肩を借りていたんだろ?」

「それがこうして姿を現すなど……もはや怪奇の類だろうな」

「……くそ、言い返せない」


 遂には具象のように取り扱われだすも、クレインはやはり耐えるしかなかった。


 反論の材料がないのも事実であるが、自らの死で迷惑をかけたという負い目が重く圧し掛かっている。


「しかし……本当に本物とはな」


 まだ信じきれない様子の断ち切る魔王が、クレインを上から下までためつすがめつ眺める。


「これなら別に集まらなくても良かったな」


 火の魔王が肩を落としながらそうぼやいた。


 山の魔王も深緑の魔王も同じ事を思ったのか、苦笑をしながら小さく頷く。


「誰かに話を聞いたところで、実際に見なければ信じ切れなかっただろ」

「あ、いや。出席するかどうかじゃなくって、四人で集まって来なくても、て話だ」


 この状態であるとおり、四人との再会は今この瞬間であるのだ。


 普通に水の都市に来るのならば、到着のタイミングはばらけるだろう。


 勿論、城に来なければクレインと遭遇する事はそうそうにない。しかし現状を見るに敢えて四人揃って行動したのは明白である。


「なにか意味があったのか?」

「そりゃあ蘇ったなんて話を聞いても疑うわけだ」

「先に着いているだろう事を考えれば、水の魔王をも騙しきっているのだからな」

「深緑の魔王の力で暴き、討伐せねばなるまいと判断したのだ」

「クロ前提か……」

「いやまあさ、もし本当にあの子も気づけないのなら、到底あたしなんかじゃ見破れないだろうし、正直負け戦だと思っていたけども」


 しれっと深緑の魔王が爆弾発言を漏らすと、三人の魔王が目を見開いて掴みかかった。


「ちょっと待って! お前が白黒つけてやるって言ったじゃねーか!」

「自信満々に任せろと書いてあったはずだが?!」

「割と真面目に信用して託したのだぞ……?」


 クレイン復活の報せのように、文書でのやり取りをしていたようだ。


 読み間違えたという事もありえるが、三人の様子を見る限り、深緑の魔王が胸を張ってそうな文章であったのだろう。


 しかしそれには程遠い弱気な発言を攻め立てられ、申し訳なさそうな顔で両の手を合わせた。


「考えてみたら絶対あたし達より先に着くじゃん? 水の魔王と会うじゃん? そこで問題にならなかったら、本物かどうかなんてあたしじゃ手に負えないって、出発してから気づいちゃったのよ」

「……それは仕方がないにしてもせめて相談してくれよ。俺達全員、お前を当てにしていたんだぞ」

「ごめんなさい……」

「お前らの企みはいいとして、なんで水の魔王とは連絡しあわなかったんだ?」


 これまでの話からすると、水の魔王を引き込んではいないように思われる。


 断ち切る魔王は分からないにしても、普段の三人ならば間違いなく、水の魔王とも手を組んでいたはずだ。


 だが、そんなクレインの疑問を、カインとエルナを含めた白けた五つの眼差しで返された。


「お前さ。本当に自覚がないのか?」

「そこまで酷くはないぞ。だが、彼女ならその上で、冷静に見極められると俺は思っている」


 クレインの信頼の度合いに、評価を改めているのか男三人がおお、と小さな感嘆を上げる。


 だが、男連中とは付き合いが違う深緑の魔王は、未だ冷めた様子でコソリとエルナに近づいた。


「……ねえエルナちゃん、実際どうだったの?」

「あー。冷静とは程遠いと言いますか、一目見てだけでその、ぼろぼろと涙を……」

「だろうねぇ。はー……あんな事言っているけども、男どもは全員目がキツツキの巣だわ」



 再会という名の騒動も過ぎ、それから数日後。


 急遽で形ばかりの協議が始まった。


 既にクレインと馴染みのある人物とは顔を合わせている為、それほど混乱の見られないものである。


 むしろ、この場に砂炎の国と闇の国がいる、という事のほうがざわつきを与える要因であった。


「それでは……慈しむ魔王よりなにかございますか?」


 水の魔王の言葉に、クレインがぎょっとした顔でカインを見つめた。


 思えば、魔王となった彼がどんな二つ名となったのか知らないままだ。


 王家である水の都市と剣の国を除けば、その人物を指し示すに値する、というルールと呼ぶのも悩ましい決まりのみの二つ名。


 火の魔王は山の魔王など、その国の魔王だから、というレベル。そして面倒だからとそれが継承されているのだ。正直なところ非常にいい加減なものである。


 しかし、流石にカインが荒ぶる魔王を継承するのも、首を傾げない者はいないだろう。


 だからと言って、よもや初代魔王であったその名とは。


「なんでそんな二つ名にしたんだ?」

「……継がされたんです」

「かなり無理やりでしたね」


 非常に不服そうなカインに、苦笑するエルナ。


 少なくとも、カインにそのような押し付けを行える者など農商国家には……アニカあたりが冗談交じりで提案ぐらいはしそうであるが、行使できる者はいないだろう。


 ともなればこのメンバーか、とクレインがジロリと見渡す。


 静寂の中、一人が顔を逸らした。


 深緑の魔王である。


「犯人お前か」

「……」


 尚も目を合わせようとはせず。


 そもそも深緑の魔王一人ではそうはならないのだろう。


 まるで関与してません、と言わんばかりの憮然とした火の魔王、山の魔王あたりも噛んでいそうだ。


「えー……気を取り直しまして。現状、私が魔王を担っており、蘇ったからと再び交代しては混乱を生むばかりです。なので先代魔王であるクレイン・エンダーの再就任の予定はありません」

「……正直にそう言ってしまっていいのか? お前が一番、俺を魔王に戻したいだろう」

「ええ。どうせ居場所は同じですし、同じように働いては貰います」

「……そういうの、この場で言っちゃうのか」


 決して逃がさない。そんなカインの心の声が聞こえてくる。


「では荒ぶる魔王より……」

「元、な」

「……」


 クレインによる訂正を受けて、水の魔王がぱちくりと瞳を瞬かせる。


 そして僅かに考える素振りを見せると、苦笑しながら困った顔をした。


「抵抗がある、というわけではありませんが、名前でお呼びするのは中々馴れなさそうですね」

「そもそも魔王を退いた人と会う機会って殆どないしなぁ」


 火の魔王もそれに同調をする。


 当然だ。


 退けば対応するのは次代の魔王。かつては魔王同士でプライベートな付き合いなど、殆どなかったのだ。


「呼び方は……今までどおりでもいい、のか?」

「……追々考えていきましょうか」


 自身にも課題であるだけ、カインが渋い顔をしてそう提案した。


「で、俺からだが……色々と迷惑をかけてすまなかった。このとおり、また付き合いをもってくれると嬉しい」

「蘇って最初の公的な場の発言がそれでいいのか……」


 相変わらずなクレインに断ち切る魔王が呆れた顔をする。


 火の魔王や山の魔王も同様であったが、すぐに苦笑に切り替わった。


 あいも変わらずな言動である。


 だが本当に帰ってきたのだ。という実感を感じる度に喜びもあるのだろう。


 そんな中、砂炎の国の枯渇の魔王が手を上げる。


「私としてはこうした場でお目にかかるの初めての事だ。しかし、互いの国益となるならば、手を組むのもやぶさかではない。機会があれば、また話をしたいものだ」

「え?」

「覚えではないか。貴殿が我が国を観光している時にお会いしたはずだが」

「お前なにやってんだよ……」


 しっかりと行動も見られていただけに野次が飛ぶ。


 だがクレインにはそれに反応する余裕もないようで、必死に思い出そうとしているようであった。


「……あっ。まさか騒動の時の」

「これ絶対に首を突っ込んでますよね」

「ええ、疑いようがありません」


 はっとして出した言葉に、エルナとカインの顔が険しくなる。


 親交のない国でなにをやらかした、と戦々恐々とせずにはいられないのだろう。


 そんな様子を枯渇の魔王も見たからだろうか。軽く手を上げ、問題ないと示した。


「別の派閥の者が魔王である私を暗殺しようとしたのだ。それも町中で徒党も組まれ、一人で大立ち回りをすれば無関係な民も巻き込むところ。荒ぶる魔王の助力を受けて、速やかな鎮圧にいたったのだよ」

「……そ、そういう事だ」


 なんとも複雑な顔で同調するクレイン。


 どうやらその彼が魔王である、というのは知らなかったのだろう。


 向こうにしても、わざわざ足を運んできたのだから、自分が魔王であるのは知っての事、とすれ違いが生まれたようだ。


 それはそれで失礼があっただろうが、枯渇の魔王は好意的な様子である。


「あらぁ。うちのところに来た様子はないのに。次は是非とも我が闇の国へお越しになってくださいな」


 ただでさえ面識が少なく蚊帳の外、となっている本来の協議の参加国。その中でも枯渇の魔王とクレインに繋がりがある事で、ますます疎外になった闇の国の這い寄る魔王が妖艶な笑みを浮かべてそう告げる。


「機会があれば……」

「皆、そう言って来た試しがないのだから寂しいもの。けれども、他国への訪問をよくされるという貴方なら、ねえ?」


 舌なめずりをして、這い寄る魔王がより一層熱い視線を送ってくる。


 ただでさえしょっちゅう土足で踏み込むのがクレインなのだ。これで行かなければなにを言われる事やら。


 見せない攻撃がクレインに襲い掛かる中、水の魔王がコホンと咳払いをする。


「本来、この場での協議はありませんが、荒ぶる魔王に対してこれまでの経過を報告したいと思います。枯渇の魔王と這い寄る魔王はどうされますか?」


 飽くまで中立国である二人にそう尋ねた。


 報告の中には南の大陸について含まれているのが予想される。

 

「今のところ、特別に協力するような事もないが……折角の機会だ。聞かせていただきたい」

「こっちは協力のしようもないとは思うけども、どうせだし聞いておきたいわねぇ」


 それを察した上での二人の応えに、水の魔王が頷くと説明が始められた。


 散らばっていた西の小国が一つの国として統合される事。


 クレインの目論見どおり、征服派が事実上消滅した事。


 そして南の大陸へどのように接触していくのか。その議論が開始されている事。


 簡単ではあるが、ざっとそれらの話が上がった。半年という期間で考えれば、非常に大きな変化であると言える。


 そもそも協議ですらなかったが、説明が終わったところで一先ず公的なものはここまでとし、枯渇の魔王と這い寄る魔王は退席していった。


 本来の協議は後日であるとはいえ、まだ談笑するほど親しくもない、といったところだろうか。


「これからますます変わっていくな」

「一日でも早く、南の大陸と手を取り合いたいと考えていますからね」

「ふふっ」


 先の話を踏まえて、感慨深げなクレインにエルナがクスリと笑う。


 クレインにせよカインにせよ、その場の全員が意図を汲み取れず、不思議そうに見つめた。


「あ、失礼しました」

「いや、できればなんでか教えてほしいんだが。今、面白いところあったか?」

「南で全てを話してくれた時の事、覚えているか?」

「え……覚えているが、なんか繋がるような事を言ったっけか?」

「ここと向こうとで手を結ぶ未来。あたしが生きている内じゃ無理ぐらいな口ぶりだったのに、今じゃもうその足がかりを考えている。それもこの道を作ったのはクレインだ」


 エルナが楽しげでいて嬉しそうに語る。


 その柔らかい笑みは、彼女が彼に寄せる多くの想いが垣間見えた。


「本当に凄い奴だよ。クレインは」


 誇らしげにそう言われ、クレインが顔を僅かに染めて逸らす。さしもの彼でも照れるのか。


「ああ、確かに凄いな。死んだ、というより消滅しておいてまた現れるんだし」

「そうよねー。生物の枠じゃないわよね」

「俺達では辿りつけもしない壁。その向こうに行ってしまったのだからな」

「一体、どのような世界から這い出てきたのだ?」


 そんないい雰囲気をここぞとばかりに四人がぶち壊しにかかる。


 これまでの迷惑料と思えば、許されるだろうという判断か。


 特に最も日が浅いはずの断ち切る魔王が、しれっとそっちのグループにいる。


 そんないつものメンバーに若干の変化がある中で、水の魔王が微笑ましくその光景を眺め、クレインが顔をしかめ。


 ある日の光景は帰ってきたのだった。

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