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オパールの杯に乾杯を  作者: 一矢
四章 謀る者
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九十二話 移動手段

「だいたい、貴方という人は魔王としての自覚がですね」


 くどくど説教をするカインと、その前で床に座るクレイン。


 ピシリと背筋を伸ばした姿勢だが、ドグドグと側頭部から血を流す様は中々にホラーな雰囲気であった。


「いやあ貴方様の仰るとおり! 正に魔王の鏡! 農商国家は安泰だ!」


 万歳までし始めるクレインの頭部、血が出ていないほうの側面に凶器が走る。更なる文句や恨み言小言、それら一切なしの無言によるものであった。


 横になぎ倒されたクレインが体を起こすと、当然ながらもう片側からも血が伝って落ちていく。


 これで左右バランスが取れそうだ。嬉しい光景ではないが。


「あのー……その凶行はどうかと」


 戦闘であればまだしも、日常の中での徹底的な暴力を目の前に、エルナは完全に引いた様子で申し出る。


 しかしカインは手を突き出してその意見を静止するかのようにしてみせた。


「今に始まった事ではありませんので」

「……あたしの場合、こっちに渡ってクレインと再会したあの時が、最初で最後だったのであまり慣れていないんですよ」

「分かりました。少し力を抜く分、回数を増やしましょう」

「カイン君? そういう話じゃないよね?」

「それなら……はい、頑張って馴れますね」

「あの、エルナさん?」


 味方不在の環境下で恐ろしい悪魔の会話が進んでいく。


 これから殴打される日々なのだろうか。それもカインの言葉の限りでは、連日行われそうだ。


 毎日は初めてだ、僅かに戦慄する気持ちのクレインを他所に、カインが咳払いを一つして剣呑な雰囲気を和らげる。


「とは言え、しばらくはそうもいきませんけどもね。明日より馬車での移動ですし」

「あーそうか。カインが出席するとなるとそういう交通手段か……そういえばエルナはどうするんだ?」

「いつもカインさんに同行しているよ。南の大陸への接触の仕方とかの話もあるから、意見を求められるんだ」

「立場以上に重役だな」

「まあ……それも考えた上であたしはここに残っているからね。ちゃんと役に立たないと」

「おぉ」


 エルナの言葉にクレインが感嘆を漏らした。


 談笑の中での軽い調子で発したものだが、そこに関わる重みは伝わってくる。


 まだ半年の時を実感できないクレインとて、エルナがその当時に抱えたであろう覚悟の片鱗は感じ取れた。


 それに対する素直な反応であったが、クレインを見つめる二つの視線は疑わしいものである。


「こいつ絶対、俺より働いている、とか思ってますよ」

「ええ、間違いありませんね」

「いくらなんでも辛辣過ぎないか?」


 中々酷い誤解であったが、全ては己の所業によるもの。なによりエルナにさえそう思われている以上、訂正をするのは非常に難しそうだ。


「ま、今に始まる話でもないですしいいですよ」

「いや俺の名誉的によくない」

「とにかく明日からは水の都市に向かいます。しっかり準備して下さい」

「……二人が馬車で向かうのは分かるが、俺はあとから飛んでいけばいいんじゃないか?」

「本当に半年死んでいた自覚ないんだな……」


 城内と城下までならば、一先ずであるがクレインの復活は知れ渡っている。


 だが、農商国家全体ともなると情報が行き届いているはずもなし。更に他国においては、魔王とその周囲の重鎮ぐらいまでしかまだ知らないと考えられる。


 例え水の都市まで他の国を経由しないにしても、大混乱を振りまく事になるだろう。


「今やその姿を見せるだけで騒動を引き起こす危険物なんですからね?」

「……それじゃあ俺は水の都市に着くまで、ローブとか被って姿を隠していないといけないのか? 面倒だな」

「別にいいんですよ? 逃亡する罪人のように荷物に紛れ」

「変装で」



 それからしばらくのち。


 三人の馬車の旅は特にトラブルらしいトラブルもなく順調に進んでいた。


 あまりに順調すぎて予定より一週間は早く到着する見込みである。


 ただでさえ早めの出発だっただけに、しばらく水の都市で滞在せざるを得ない状況だ。


 激しい雨天に阻まれればまた違うのだが、生憎そのような時期でもなく。


 かといってそこらの町で時間を潰すには、クレインの正体を隠している以上、非常に手間もかかるもの。


 この分だと水の都市の魔王城に滞在、が最適解となるのだろう。非常に迷惑な話だ。


「非常に居心地が悪いだろうなぁ……」


 クレインがそう黄昏ながら呟く。


 これまでの道中のたっぷりとあった時間で、二人からこんこんとその後の各国各魔王の話を聞かされ続けたりしたのだ。


 特に水の魔王は殆どの者が見たこともないような悲しみ方をしたのである。


 一体どんな顔をして会えばいいのだろうか。


 クレインにしては非常に珍しい種類の悩みを抱えての訪問だ。


「なにもかも自業自得……とまでは言えませんが観念してください」

「理不尽だ」

「別に喜んで受け入れてくれるとは思うけども」

「その優しさが胸に刺さるんだよ」


 だからこそ、である。


 いや、そもそもにして公私を分ける彼女でさえ、人前でその悲しみを隠し通す事はできなかったのだ。


 例えどんな感情を見せようとも、既に重く圧し掛かる罪悪感は晴れるどころか更に増すだろう。


「……クレインにとっても、よっぽど慕っているんですね」


 そしてそんなクレインに、どこか拗ねたエルナがカインに訊ねた。


 やはりと言うべきか、クレインのほうからも特別な感情を抱いていそうな様子は、あまり面白くなさそうである。


「魔王様の唯一の良心とも言えますからね」

「唯一じゃないしその魔王様もいい加減止めろ」

「そうなんですよね……飽くまで現状は私が魔王なのですから、この呼び方は正しくないのは重々承知しているのですが……申し訳ありません。もう染み付いてしまっているというか」


 深々とクレインに向かって頭を下げる。


 果たしてこれまで、挨拶以外でカインがクレインに頭を下げた回数はどれほどだったか、と思わせる光景だ。当然である。限りなく、とまでは言わないが零に近い数字なのだ。


 それほど自覚していても尚、呼び方を変えられないのはカインらしいとも言える。


「ただでさえ、復活した事でなにを言われるか分かったもんじゃないんだ。その上、そんな呼び方をされていたらどんな冷やかしを食らうか……」


 そうした意味での不安材料となる三人組がクレインの頭に思い浮かぶ。


 どうせしょうもない事しかない、と早くも諦めの思いだが、少しでも減らせるのならばそれに越した事もないだろう。


「しかも今回はおおよそは計れても、明確な日取りがないですからね。出席を考えたら早めに出発せねば、となるわけですから」

「下手すれば何日も水の都市で顔を合わせる事になるわけだ……やっぱ緊急にせよ、ちゃんと日にち決めたほうがよかったんじゃないか?」

「あんまり引き伸ばすと、ころっと忘れたクレインが他国に遊びに行っちゃうだろ」

「……反論したいが我ながらやりそうだ」

「あまり喜ばしい自覚ではありませんが、一応は良しとしますか」


 カインの溜息に会話が途切れる。


 しばし無言の中、外の景色を眺めていたクレインがボソリと呟いた。


「それにしても、まさかこんな短期間で陸路で向かうとはなぁ」


 基本、長距離の移動は自らの翼を頼りにしているのだ。


 農業区へ手伝いに行き、運搬の兼ね合いで馬車を使う事はあっても、移動を目的としたのはエルナと共に旅をしたあの時が初めてなほどである。


「そういえばあまり気にした事がなかったけども、他国の魔王様達ってどうやって水の都市に来ているんだろう」

「深緑の魔王は転移魔法だな。水の魔王と個人的な付き合いもあって、その準備ができているんだとか。まあ代が代わったら当然なくなる代物だな。火の魔王は馬。山の魔王も馬、だと思っていたが実は高山都市の魔王に送ってもらっていたらしい」

「え、それ私も初耳なんですけども」


 送るとは一体どういう事か? とエルナは頭に疑問符を浮かべるも、予想外のカインの食いつきに口が挟めなくなった。


 そんな様子も気づかないのか、クレインはカインとどこか密談めいた様子でコソコソと話を続ける。


「ある意味で挑発的とも言えるよなぁ……深緑の魔王あたり焚きつけて嫌がらせをしてやりたい」

「国としてやったら大問題ですから止めて下さい」

「俺は割りとされているんだが……」

「魔王様個人に対してですから」

「その返答は釈然としないんだが」


 不服そうなクレインを無視をし、カインはエルナに向き直って補足を説明し始めた。


「断ち切る魔王様も馬を使われていましたね」

「意外とどこもそういう手段なんですね」

「魔法も万能ではありませんので、実は意外ではないんですよ」


 そもそも現状の魔王で飛行できる者が少ないのだ。


 かといって転移魔法も長距離ともなると、術者が魔法を行使するだけで済む問題でもなし。転移先の協力が不可欠となる。


 ともなれば自力で向かうには、大半が馬などに頼らざるを得ないのだ。


「いやーあたしとしてはもっとこう魔物的な乗り物で行くのかなぁと思いまして」

「馬より早いのはいるにはいるが、この辺りの生息地じゃないし飼う手間を考えるとなぁ」

「北の大陸は魔物が普通にいるのに夢がないんだな……」

「言いたい事は分かるが、そういう魔物は大抵肉食だ。コストの問題があるとは言え、馬より優れた魔物がわんさかいたら自然淘汰されているだろ」

「いえ、流石にそんな簡単には絶滅しませんよ」


 例えそれが南の大陸にもいる動物と、北の大陸にしかいない魔物だとしても、生態系のピラミッドは存在する。


 外的要因なしに崩れるとしたら、その種がなんらかの致命的な欠陥を持っていた場合ぐらいだろう。


「でももしかしたら、そんな光景を見られるかもしれませんね」

「え?」

「え?」


 ふと思い出した様子で告げるカインに、クレインとエルナが同じような疑問の声を上げる。


「可能性でしかありませんが、今回の協議で出席するかもしれない国が、そんな感じの移動手段を持っているんですよ」

「おおー」

「どこだ……全然心当たりがないぞ」

「もし出席されたらのお楽しみですね」


 エルナは目を輝かせ、クレインは頭を傾げて悩む中、水の都市の魔王城と城下町が見えてくる。


 ある意味でクレインの心配事が集約される地。


 今やそれも思考の外にあるものの、刻一刻と近づいているのだった。

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