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オパールの杯に乾杯を  作者: 一矢
三章 眠る者
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九十話 過去に報う

「……」


 仰向けに横たわるクレインが静かに目を開けた。


 年の瀬も目前。すっかり冷え込んでいたはずだが、自分を包む気候は随分と温いものである。このまま二度寝つきたいほどだ。


 甘くささやく誘惑を払うと、上半身を起こして辺りを見渡した。


 天は薄い桃色が広がり、地は靄が立ち込める中、ところどころで薄い黄色の地面が見える。


 心地よい気温ではあるが風はない。しかし靄はゆったりと一定の速度で、一つの方角へと流れていた。


 パステルカラーで構成された景色。幻のような現実離れしたこの光景の良し悪しは、賛否が分かれそうなものである。


(場所、というか目覚めた世界は予想外だが……やはりこうなったか)


 体の痣は消え、激しい痛みもまた嘘のように消えている。


 久方ぶりの健全な体は思いの外軽く、立ち上がってぐりんぐりんと肩や腕など関節を回し始めた。


 特に鈍る様子が感じられないのは、ここが現実の世界でないからだろうか。


(快調なのはいいが、服装は寝巻きのままか。格好はつかないな)


 そのぐらいは配慮してもらいたかった、と言わんばかりに大きな溜息を吐き出し歩き始める。


 どこまでも同じ景色が続く世界。特に目的地もなく、靄に従い足を投げ出す。


(わざわざメッセージを残したり、自分を卑下したり、優柔不断な性格が見て取れる。あれだけ大層な事を言っておいて迷ったんだろう。自分とは別の自分。その人格を問答無用で消滅させるかどうか)


 このような手段に手を出したのだ。断ち切る魔王の言うとおり凋落したものである。


 しかし崇拝されるまであっただけの事はある。


 慈しむ魔王なりに、それがどのようなものか。どういった結果になるかは理解していたのだ。


 故に、最期まで苦悩し、結局決めきれずにこのような形をとったのだろう。


(もう一つの説のとおりこれは審判だ。生かすべきか否か。理を曲げるとか言っておいて、こんな機会を設けているんだ。ある程度は補正する術もあるのだろう)


 タヌキめ。


 憎たらしげにクレインが呟く。


 きっと本人は自覚はないのだろう。だが、戦乱のあととはいえ、一代で国を築き上げたのだ。そうした側面があっても不思議ではないし、この一件がそれを表しているとみていい。


(イケメンで天然腹黒、か? 嫌らしい男だな)


 その上での人気者であったのだ。仄暗いはずの側面さえも魅力とされるほどの人物という事か。


 同じ時代で肩を並べなくて心底よかった、などと起こりえぬ事に安堵をする。しかし、もしも居たのならばカインに比較されて、小言の量も増していたのが想像できる。


 そんな事を考えていると、ふと前方が光を放ったように見え顔を上げた。


 景色の一部がくすんでいる。まるで横長にした長方形の透明度の高い板が浮かんでいるようだ。


 ただでさえ明るい空間だというのに、そこからも更に明かりが淡く放たれている。


 なにが始まるのやら、と眺めていると、視界がぐにゃりと揺れる錯覚に陥った。


 それも一瞬の事で、すぐに城のような屋内の光景が目に飛び込んでくる。


 一瞬、宙に浮かぶ謎の存在が映しているのだろう、と考えるも激しい違和感に襲われた。


 景色とそれとの境目がない。否、淡い色の世界を見る事ができず、視界いっぱいに城の内部が広がっているのだ。


「何故だ……何故彼女が殺される……」


 男の悲痛な声と共に、視界は下がりながら現れた手で覆われる。


(これは……慈しむ魔王クラウン・フェンリアランの記憶。その追体験といったところか)


 まるで自分が慈しむ魔王になったかのように、一人称の視点で映像と音が流れ込んでくる。


「なにをしたというのだ……こんな仕打ちを受けるような……これほど恨まれていたというのか?」


 件の騒動に大勢が加担していたと言われる。


 恨みではなく嫉妬が故に。それまで敵意などおくびにも出さなかった者達が、一斉に害意を持ち出したのだ。


 どれほど恨んでも、どれほど嘆いても、共犯者すらも見つけられない。


 加担していない者達さえ恐れたのだ。規模が掴めぬ害意に。少なからず不審ななにかを目撃した者もいたはずだが、それを告げる事で己にも降りかかるのではないか、と。


「こんな……こんな世界ならば!」


 その絶叫と共に閃光のような光が多い尽くす。僅かに見える景色は高速で一体なにを映しているのかは分からない。


 様々な音が重なり合った雑音も同じく高速で、それが環境音なのか魔法によるものか。あるいは言葉なのかすら正確には聞き取れない。ただ時折、悲鳴らしきものが耳に残る。


 そして、鼻孔を突くのは大抵焦げ臭さと血の臭い。


 事のあらましを知っているクレインには、それらの時間でなにが行われていたか、容易に想像できてしまった。


(全ての破壊……)


 ようやく光が消え、まともに見えるようになると周囲は暗くなっていた。しかし足元のほうからはちらちらと大量の明かりが光を発している。


 上下に揺れる視点から、羽ばたいて宙に浮いているのだろう。


 視界に入る空は分厚い雲に覆われて、月星の光など一切降りず。


 ゆらりと地表に目が向けられると、真っ赤に燃える大地が広がっていた。


「あ、ああ……私はなんと、なんという事を……」


 ふわりとなにかが視界を横切る。大きな翼の羽だ。


 地面しか見ていなかった視野が突如広くなる。感覚が正常になってきているのか、今まで知覚できなかったものが次々と伝わってきた。


 肌を撫ぜる風。自らの体に回された腕のような翼。覚えのある柔らかい香り。荒い息遣い。


 何者かが慈しむ魔王を抱きしめている。ロマンチックなものではない。全力で、止めようとするものだ。


 そして止められた。


 止まってこの惨状を、犯した出来事を目の当たりにした。


「全て……私が? 人も土地も、なにもかも……」


 わなわなと体を震わせ、己を呵責する思いが募る。


 ひっ、と悲鳴のような声とも音ともつかないものを鳴らして息を吸い込み、


「こんな鑑賞会の為に俺を生まれさせたのか!」


 悲鳴より先にクレインが声を響かせる。


 視界がぱっと弾けるように白く光ると、全てが消え去り元の不思議な世界へと戻ってきた。


「いい加減、姿を見せろ慈しむ魔王」

「……君には正しく知ってもらいたかった」


 ただ独りきりであった世界で、背後から別の声が響いた。


 クレイン自身の声のようで、しかし決して同じではない。親や兄弟を思わせるものである。


 振り返ると一人の男性が立っていた。


 クレインより幾ばくか年のいっている顔つきで、身を包むのは白銀の鎧。髪は銀色に輝くようで、背から生える翼もまた同じような色をしている。


 クレインとは正反対の輝き。


 顔は確かにクレインと似ている。もっとも史実からして性格も違うのだろう、まとう雰囲気は断ち切る魔王に近い。


 慈しむ魔王クラウン・フェンリアラン。


 クレインにとって因縁でしかない相手を前に、堂々とした様子で口を開けた。


「知ったところでなにが変わる。過去を悔やむだけならただの思考停止だろう」

「……そこまで言い切れるのなら聞かせて欲しい。私の苦悩に、君ならどう答えを出す?」

「はっ」


 突然の鼻で笑う行為に、慈しむ魔王があからさま不機嫌そうに眉をしかめた。


 だがクレインは気にするでもなく、演説をするかのように両手を大袈裟に広げてみせる。


「俺宛てのメッセージからして、もっと女々しい事を聞かれるもんだと思ったが……多少は前進しているか。まあ、とぉっても小さい一歩に過ぎないが」

「……随分と言ってくれるな」


 ピリ、と空気が張り詰める。


 それでもクレインが物怖じする様子はなかった。


「こんな事を聞いてくる時点で、あんたは二十年そこらを生きた小娘未満なんだよ。簡単な話だ……答えを求めるなど酔狂なんだよ」


 それまでの飄々とした態度から一転、酷く醒めた表情で語りだす。


「それでも求めるのなら、いかに自分の為に生きる事ができるか……エゴイストになれるかという話だ」

「……」

「納得がいかない、そんな顔だな。当然だ。元々の生活がどうだったかは知らないが、それでも俺とは別の暮らしだったんだろう。どれだけ寵愛と慈しみをかけられてきたか……。俺だって受けてきた。あんたの眷属から」


 例えそれが命じられたものが始まりだとしても。


 あの日々に偽りはない。


「だがそれでも、俺はいざという時は一人で生きるしかなかった。自らが考え選び捨てる。生きる手助けはしてもらえても、生かしてはもらえなかった」


 汚泥の中をもがく様に苦しみ続け、それでも生き続けた。


 差し伸べられる手はなくても、どれだけ回り道を歩もうと完全に止まりはせずに。


 慈しむ魔王にも幸せな日々があっただろう。辛い日々もあっただろう。


 だが、クレインと等しいものではなかった。同じである事などありえない。


「だから酔狂なのさ。ただでさえ答えなどない。あるのは無数の道だ。それを他者に求めたところで、本当の納得には程遠い。仮に無理やり受け入れたところで、再び同じ状況に陥った時、新たな選択をしてもなにかは失い、自らの意思で選んだ以上の後悔や苦悩に苛まれる。求めておいて苦しむ、そんな矛盾しか孕まない。特に、あんたみたいな優柔不断な奴ならな」


 不服そうに睨みつける視線がクレインに突き刺さる。


 文句を言いたげだが、クレインの言葉に同意せざるを得ない部分があるのか押し黙ったままだ。


「で、ここからはどうしようもない俺の前世に贈る言葉だ。もうこの世界にしか存在しない、残滓のようなあんたに言っても今更だが……んなもの、人に頼ってないでてめえで見つけろ」

「なに……?」

「これで終わるのは確かに残念ではあるが、ここから先の俺の未来なんてものはこの審判の、あんたとの話し合いのおまけみたいなものだ。そもそもこれこそが、俺が生まれた理由……だからこそ一切他の事を考えず、歯に衣着せずに言わせて貰うぞ」


 クレインが大きく息を吸う。


 まるで一世一代の口上でもするかのようで、周囲の空気もピシリと張り詰める。


「もっと多くの国を見ろ。良いところは取り入れて、悪いところは潰せ。なにより何故、自分が国を抜けても問題ないようにしなかった。唯一無二であり続ける必要もなかったはずだ」


 良き国であったのは違いない。だが大きな過ちは犯された。それも追う事ができず。


 信じすぎていたのだろう。


 そして自らを太陽として掲げすぎた。象徴となりすぎた。


「何故、想い人を第一に考えてやらなかった」


 故に招かれる悲劇がある。


 太陽がただ一人を照らす事を望まず、更には『選ばれるべき者』ではないのを認めず。


「何故……人が内包する悪意を知らずに生きてきたんだ」


 それにより沸き起こる感情を。


 人が堕ちる様を。


「全く、あんたは何年生きた? 俺の人生はそのうちの何割だ? そもそも、他国の魔王を殺めた時にはこれぐらいは言えただろうさ。どうだ? 満足か?」

「……不満だらけだ」

「だから言っただろう、自分で見つけろって。まあなんだ、耳が痛い話はこれぐらいにして、もう少し明るい話にしようか。語り部をやるとは思ってもいなかったが、こうなった以上、あんたには聞いてほしいんだ。俺の半生を。そして農商国家の今を」

「いや、結構だ」


 むしろこうなったのであれば語りたいぐらいである。


 と、どこかウキウキとしていたクレインに、慈しむ魔王から拒否が突きつけられた。


「え、や……そこまでへそを曲げられるとは」

「そうではない。私にとっても思いがけないものだったが、君を通して私も見続けていた。無論、一から十まで全てではないが……十分だ。世界の、私の国のその後を見るには、ね」


 そう静かに微笑んだ慈しむ魔王の顔は穏やかなものであった。


 憑き物が落ちた、というほどではないものの、彼にとっての救いにはなれたのだろう。


 なにかしらの慰めにはなったのだろう。


「審判……審判か。とても私がしてよい行為ではない。だが、今にしてみればその余地があって本当によかったと思う」


 慈しむ魔王の双眸がクレインの姿を映す。


 吸い込まれそうな美しい眼が捉える。他のものなど存在しないかのように、ただクレインだけを。


「クレイン・エンダー。私は君に……」




「全く。何時まで寝ている。さっさと起きろ」


 深いまどろみの中で声がする。


 それは望み続けたものだったはず。だがもう叶わない。


 なんて幸せで残酷な夢なのだろう。


「昨晩、遅かったんだよ……もう少し……」


 目を開ければ醒めてしまいそうで、だから曖昧なまま、まどろむまま夢に甘えた。


「もう日が天辺を過ぎるんだぞ……」

「今日は……寝るぅ……」

「確かに時間はかかってしまったが、起こせと頼んだのは自分だろうに」

「……んー」


 尚も目覚めるのを渋る。泡沫の夢であっても、すがりたかった。


 だがそれを許さんとばかりに、かけていたものを引っぺがすように取り払われる。


 太陽を背にする影が顔を覆う。


 薄目を開けると、懐かしく求めていたものがそこにあった。


「さあとっとと起きろ」

「おはよう」

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