オークション
暗い劇場のステージ、その中央に明かりが差す。そこで一身に光を浴びている男は、上品そうなスーツ姿で大仰に一礼をしてみせた。
「皆様、お待たせいたしました。本日最後のオークションにして、最大の目玉でございます!」
よく通る声が劇場内に響く。その立ち振る舞いといい、ベテランである事が窺える。だが、彼の首筋では珠のような汗が、チラチラとスポットライトに輝いている。
今どれほどの緊張とプレッシャーの中で、そこに立っているというのだろうか。そしてそれに気づいている者が、どれほどいるのだろうか。
「皆様方もお聞きしているのでしょう。なんと、南の大陸より自力でここまでやってきた人間の娘であります!」
男がやや端の方へと歩くと明かりもそれを追いかける。すると、無人となったステージ中央、その奥にも明かりが差した。そこには椅子に座る少女がいる。
多くの装飾が施された豪華な椅子は、キラキラと光を放っているようで、真っ白いドレスを着た少女を引き立たせていた。残念な事に、少女は後ろ手に手枷を嵌められているのか俯きがちで、伏せられたその顔を見る事はできない。
しかし、それでも思わず目を見張るような光景であり、他に物らしい物がないステージの上では、そこだけが別の世界であるかのような存在感だった。
客達の多くが喉を鳴らし、感嘆の声を漏らした。今この場はおろか、この北の大陸において、人間を見た事がある者が果たしているのだろうか。
それほどの存在が、これからオークションにかけられようとしているのだ。彼らが興奮を高まらせるのも、無理のない話というものだ。
「そうでしょうそうでしょう。これがどれほど稀有の事か! 二度とこのような機会はないでしょう!」
尚も司会は言葉を続けるも、今や客達はその少女に釘付けとなっていた。
ある者は口角を歪めて下卑た笑みを浮かべ、ある者は少女の価値を慎重に見定めようと注視し、ある者は独占欲によって凝視をしている。
様々な思いが少女に注がれる中、不意に少女の顔が少し上がった。揺れる髪の隙間からちらりと見える双眸に、どれほどの憎悪と怒りが宿っているか。
「これは正しく奴隷。本来ならば、このような時代に行うべき行為ではありません。ですが! この少女は恐れ多くも、魔王様のお命を狙いにやってきた反逆者に他なりません!」
尚も司会の熱弁は続く。客の中にはその事までは知らなかったのか、動揺を見せる者もいた。
よもや、これから得ようとする存在が、自分達の長に手をかけようとしていたなどと。何よりも、そんな者を近くに置いておけるのだろうかと。
「嘆かわしい事ではありますが、このような大罪を犯した者は法に倣い、処刑または奴隷としてオークションにかけられるもの」
そう、それがこの国の法であり、正式な手段なしには、王であっても覆す事ができない存在。
「故に今ここに、彼女の入札を執り行いたいと思います」
司会者はそこで区切り、大きく息を吸い、拳を握り締めて己を奮い立たせた。これが彼の仕事とは言え、これから彼のする事は、人身売買の仲介。他者の命を物とするやりとりなのだ。
「この小さな反逆者! さあ! 1000ゴールドからです!」
一部の客からは入札開始価格だけで、怯む声をあげた。
1000ゴールド。一年で得る収入で言えば、これを下回る者も決して少なくない。そういった金額が、スタートラインだというのだ。
だが、当然ながらそれを想定している者達も少なくなかった。
「1050ゴールド!」
「1100!」
「1130ゴールド!」
「1180ゴールド」
「1200!」
怒涛の勢いで入札が始まった。目的に違いはあれど、今入札を行っている者達は皆、是が非でも手に入れたいとしている者ばかり。その気迫たるや、鬼気迫るものさえ感じる。
それとは対照的に、端から落札を諦め、行く末を見守っている者達もいる。彼らは彼らで、入札に加わる事ができずとも、このオークションに参加しているという幸運を実感しているのだ。
「5000ゴールド」
加速的にヒートアップしていく会場が、時が止まったかのような静寂が訪れた。
ある者は無粋だと思い、ある者は容赦のなさに一種の尊敬を抱き、またある者はその酔狂な者を見たさに、声を主へと振り返っていった。まるで波のように、前から後ろへと伝わっていく。
視線の先は最後列、それも出入り口の傍という位置に一人の男がいた。さも、ただこの為に、そして必ず落札すると言わんばかりで、事実そうなるのだろう。
その男は無骨なフルプレートの鎧で身を包み、右腕を軽く上げていた。薄っすらと鎧の表面に見て取れる光沢から、装飾のない形状である事が窺える。
まだ若い風貌であり、このような鎧で騎士であるかないかと、見た目では判断し難い姿だ。
だがその姿を見て、今度は波が引くように、客達の動揺が最前席へと伝わっていく。その鎧、不意に聞こえた入札の声、それだけでここにいる者にはそれが誰なのか判断がつく。
様々な声が聞こえるが、ある一つの単語だけは一致していた。
「魔王様」