8 忠誠心
スカーレットたちは四日目の昼ごろ、とうとう城下に到着しようとしていた。最後の丘陵を超えると住宅街が広がり、城下を囲む胸壁がその奥に広がっていた。もう城下は目の前だ。初めて見る国城に少年たちは目を輝かせた。城下の中心にある立派な城は塔の先に国旗を掲げていた。それは風に翻り輝いていた。昼時を知らせる鐘の音が鳴った。
「いつもにまして人が多いから、俺からはぐれないように」
アクイラは特に少年たちに向けてそう言い、城下への門をくぐりぬけた。スカーレットからすると城下は二年前とほとんど変わらないように見えた。中心に国城があり、そこから六本の大通りが城下を囲む城壁の六つの門までそれぞれ続いている。その六つの通りはいくつもの小さな通りに分岐しており、民家や酒場へと続いていた。またスカーレットたちが入ってきた南の門と向かい合う北門のほうには軍団の建物が多くそろっていた。訓練場や兵士たちの寮や食堂がある。アクイラはそれらを目にすると「故郷のロー村よりよっぽど実家に帰ってきたような気分になる」と言った。
大通りの両脇には多くの屋根を張った出店が並んでいた。異国の絨毯から取れたてのフルーツ、装飾品や鎧――ただし今は一時的に品薄だったが――まであらゆるものがそろっていた。それらを横目に人の波をかき分けて進むと、国城のすぐ前までやってきた。城の周りは金属でできた塀に囲まれている。塀の先端が槍の穂先のように尖っていているのは不法侵入を防ぐためだ。アクイラは門番の男に寄って行った。二人はアクイラのことを知っている様子で挨拶をするとすぐに一行を通してくれた。塀の内側にいた兵士が少年たちの駅家の馬を引き取り、ブラッドとフレンダーを厩に預かった。
「まずは一階の広間でレノン村出身だということを記録係に伝えなくてはならん。それと署名だ」
「なんの署名?」
「死んでも責任はとれないっていう署名と、勝利した時に払われる報酬の契約だ」
ヴァズは自分で聞いたくせに身震いした。そんなヴァズをしり目にアクイラは広間へ向かっていった。その途中角から姿を現した大きな男をみるとすぐに足を止めて敬礼をした。
少年たちはわけがわからなそうにそれを見ていたが、スカーレットもすぐに同じように敬礼をした。二人の兵士の姿をみとめた大男は笑いながらこちらへ向かってきた。
「アクイラ! ご苦労だったな!」
「いえ、隊長もお忙しいでしょう。お疲れ様です」
「いやぁ、俺なぞ将軍に比べたらなんてことはない。それに――」
男は明るい茶色の髪をかきあげて右目でスカーレットを見た。彼の左目は一本の細い傷によってふさがれていたからだ。
「スカーレット……選ばれたんだな」
「レインド隊長、お久しぶりですね」
「できればそのあいさつを聞かずに出陣したかったよ」
レインドは皮肉と言うわけではなく、心から残念そうにそういった。
「本人を目の前にそんな風にいうなんて、ひどいですね」
「スカーレット……わかっているんだろう、俺の言いたいことは」
スカーレットはもちろん、レインドが自分の徴兵をひどく悲しんでくれていることをよくわかっていた。
「もちろんです。でも、一時は取り乱しましたがアクイラもついていてくれましたし」
「……本番は敵地に向かってからだ。お前さんはおそらく自分が思う以上にまだ安定はしていないように思うがね。まぁ、とりあえず将軍がお前さんをお待ちなんだ。ぜひお会いしてくれ」
「光栄です。ではこれから向かいます」
スカーレットは少年たちとアクイラに後のことをまかせて、歩き出したレインドに続いた。時々徴兵された兵士たちが二人のことを興味深げに眺めていたが二人はたいして気に留めなかった。
「ほら、ここにいらっしゃる」
レインドが立ち止ったのは二階の奥の部屋だった。前には槍を交差した兵士が二人いて、レインドを見ると槍を戻して道を開けた。レインドは一声かけてから扉を開けた。それから振り返ってスカーレットに入るよう促した。スカーレットが頭を下げて部屋に入るとその後ろで扉は閉じられた。
部屋には1つのテーブルと、いすに腰掛けた男がいるだけだった。彼は机に並べた書類の上に羽ペンを置いた。彼は将軍と呼ぶにはまだ若かった。だがだからと言って威厳がないわけではない。金髪に隠れて瞳はうかがえないが、ゆるやかに弧を描く口元がスカーレットを歓迎していた。スカーレットは厳かな沈黙の中に立っているような気がした。
「グラディア将軍、お久しぶりです。お元気でしたか」
「ああ」
グラディアは久々に声を出した、と言う調子でそう答えた。
「君がここに来ることを危惧していた。まさかないだろうとは思っていたのだが、来てしまったのだね」
「ええ。残念ながら不運が重なり……」
「だいぶ落ち着いているように見える――が、納得はしていないと思う。すまないな。私には徴兵を取り消しにできる力がないのだ」
スカーレットは軽く首を横に振った。
「一国の将軍にそのように言っていただける兵士はそうそうおりません。お言葉だけで十分です。アクイラまでこちらによこしていただいて……」
「アクイラは君のもとへ行くべきだったんだ。気にすることはない」
グラディアの口元は相変わらず弧を描いていた。だが彼がうつむきがちだった顔を上げた時、金色の瞳が姿を現した。瞳は決して笑ってはいなかった。スカーレットはその眼光を見た瞬間に、以前の戦争で感じていたものを思い出した。それは忠義だった。兵士でもない自分が初めて人に抱いた忠義だ。それは孤児院のニルを尊敬する気持ちとよく似ていたが、全く別の種類のものだった。
「ここにきて将軍にお会いしたからには、それなりに役に立ちたいと。これは本心でございます。たしかに全てを受け入れられているかどうかは自分でもわかりませんが、どうやら私は以前あなたに感じた忠誠の心をまだ持っていたようですから」
スカーレットはからっぽの自分の中が少しだけ埋まるような気分になった。なんの目的もなく戦うことは難しいが、この将軍への信頼と忠誠の心があるならば戦っていけるような気がしたのだ。グラディアはふっと吐息をつくように、笑った。スカーレットは頭を下げると、部屋を後にした。
赤いカーペットの敷かれた廊下を行き、階段を下りたスカーレットは大広間へと向かった。大広間には各地から徴兵された村人たちが詰めかけていた。彼らは気分が悪そうに座り込んでいたり、逆に酒を注がれて大騒ぎしたり様々だった。スカーレットは背伸びをしてアクイラと少年たちの姿をさがした。
ただ妙に人の群がるテーブルが視界を邪魔していた。体を横に振ったりしてその人だかりの隙間に目を細めると、スカーレットはその人だかりが、ただの人の群れではないことに気が付いた。中心には一人の男と給仕の女がいたのだ。それはどう見ても楽しく会話しているようには見えなかった。うつむいている女の耳元で男が下品な笑みを浮かべていたし、周りの男たちもそれに干渉はしていないものの聞き耳を立てて楽しんでいるらしかった。
スカーレットは腹が立ってきた。それは正義を掲げたような怒りではなく、このような卑劣な男たちと遠征をしなくてはならない嫌悪感からくるものだった。スカーレットは人だかりにずかずかと入っていき邪魔な男たちを左腕で押しのけた。いくつか不満の声が上がった。スカーレットはうつむいている女を見つけると、まるでずっと彼女を探していた風を装って言った。
「そこの給仕の者! 広間の外で呼ばれている。早くいったほうがいい」
顔を上げた女は突然にそういわれて困惑したように顔を上げた。だが声をかけたのが同じ女性であると気が付くと彼女は助けの手が差し伸べられたのだと気が付いたようでスカーレットが開けた道をさっと走り抜けていった。スカーレットもまた用事はそれだけだと言うように踵を返した。だが給仕の女を口説こうとしていた下品な男の気が済むはずもなく、彼女は左腕をつかまれ足を止めた。
「何か用か」
スカーレットはわざとそう言った。
「ねぇちゃん、あんたわかっていて俺の邪魔をしたろう」
「そうだな。ここではふさわしくないことだ」
「今ならまだあんたが代わりに相手してくれるってんなら許してやらねぇことも無い」
「相手が誰でも良いのなら下町にでも行きなさいな。そういう店はいくらでもあるわよ」
手のひらを開いて手首をねじれば腕は存外すぐに男の手から逃れることができた。
「周りもよ。俺たちは関係ないといいたげだけど、聞き耳を立てているならばあなたも同罪」
スカーレットは言い捨てて今度こそ踵を返した。こめかみに血管を浮かせた男が行く手を阻もうとしたがスカーレットが軽くその肩をつくと男はバランスを崩して尻もちをついた。そこで彼らはようやくスカーレットがただの女ではないと気が付いたらしかった。そのあとは誰も彼女を妨害しなかったので人だかりを簡単抜けることができた。男たちの間を抜けるとそこにはあきれ顔のアクイラが立って腕を組んでいた。
「あらアクイラ。探したわ」
悪びれる様子もなく言うと、アクイラは苦労人のようなため息をこぼした。
「なにやら騒ぎがあったようで来てみれば君だったか。あまり目立つことはするなよ」
「給仕の人に手を出すなんて心底腹が立つし、私をなめないほうが良いわよって言う忠告にもなったじゃない? ――わかったわよ、もうこれっきりにするわ、目立つことをするのは」
スカーレットはアクイラが何を言うわけでもなくじっと見つめてくるので観念してそういった。
「はぁ、仕方のないやつだ。城の中で部屋を借りられた。俺たちは早く到着できたからな。マークたちは先に行ったから俺が案内しよう」
アクイラが腕組みをやめたので彼の手首の銀の腕輪がベルトにあたりカチャカチャ音を立てた。
給仕の女を助けたことはスカーレットからすれば大したことも無い行為だったのだが、もしかしたら自分は半ば男たちに対して八つ当たりのような気持ちで注意を促したのかもしれない。
スカーレットは思い直して少しばかり反省しながらアクイラに続いた。




