6 ブラッド
太陽はあともう少しで頭上に昇ろうと言う頃だった。支度を済ませたスカーレットのもとへ手紙を取りに家を出ていたアクイラが帰ってきた。彼によれば城下には十日後までにたどり着ければよいという。城下から離れた村の者たちはほかにも集合場所を取り決め進軍しながら合流するらしい。レノン村は比較的国境に近いのであとから合流するのでも構わないのだが、スカーレットは進んで城下町に集合することにした。
また、アクイラは三人の少年たちを連れてきた。彼らは今回徴兵された少年たちだった。まず茶髪でそばかすだらけの顔を不安げにゆがめているのがウィリアム、次に人懐こそうな笑みを浮かべる黒髪の少年がマーク、最後に金髪を後ろで束ねた気取り屋の少年をヴァズと言った。アクイラは三人のことをさっと説明すると部屋に忘れ物をしたと言って家の中に入って行ってしまった。そこで四人は初対面だというのに取り残されてしまった。スカーレットは三人の少年に少しだけ見覚えはあるが当然話したことはない。少年たちもまた何を話してよいのかわからない風だった。とりあえずスカーレットはなんとか笑みを浮かべて挨拶をした。
「はじめまして、スカーレット・ナイトよ。よろしく」
そして右手を差し出してみた。ふり払われるだろうか。わからないが、この少年たちの行動を見てみない限りはスカーレットもどのように接すればよいかわからない。少年たちは顔を見合わせた。それからまずマークが犬歯をのぞかせてへらりと笑った。
「俺がマークね、よろしく」
マークは差し出された手をとって握手を交わした。続いて気取り屋ヴァズがスカーレットの手を取って「ヴァズです」と名乗った。最後はウィリアムだった。ただ彼は困ったように笑みを浮かべるばかりだったのでスカーレットは腕を下げた。それを見たマークが声を上げた。
「おいウィル! ちゃんとあいさつしろよ!」
スカーレットはどうしたものかと思いながら視線でマークを制した。強制してまで仲良くなりたくはないし、スカーレットはこの村での扱いにはなれっこだった。ただウィリアムはスカーレットを嘲るでも恐怖するでもなく、ただ困ったようにしているだけだった。
「……よろしくね、ウィリアム」
「あぅ、あのすみません。なんだか申し訳なくて」
少年は予想外の言葉をびくびくと口にした。
「今までみんなスカーレットさんのことを悪く言ってたから、悪い人だと思っていて……でも実際見てみたらそうじゃなかったから申し訳ないというか、どんな顔して握手すれば良いのかなって……」
ウィリアムの発言に、マークとヴァズも思うところがあったらしい。マークは人懐こい笑みを、ヴァズは得意げな笑みを消してうつむきがちになってしまった。スカーレットはそんな少年たちの姿に好意を抱いた。この少年たちは悪くない。村の空気がそうさせただけなのだと思った。
「三人とも、顔を上げなさい。私たちは今初めて出会ったのよ? それぞれおかしな印象を持っていたっておかしくはないわ。私だってマークは無鉄砲に見えるし、ヴァズは気取り屋に見えるし、ウィリアムは弱虫に見えるわ。でも本当はどうかなんてまだわからない。だから、これからよろしくね?」
少年たちはぽかんと口を開けてスカーレットを見てから声を上げて笑った。その様子をアクイラがそっと見ていたことに四人は気が付いていない。
ちょうど良いタイミングで、準備が終わったと家から出てきたアクイラを加えて一行は隣町へ向かった。隣町はレノン村よりも明るく雰囲気の良い町だ。それに物の流通もさかんなため装備を整えるにはぴったりの町と言える。少年たちは隣町に友人がいるそうでスカーレットにいろいろと話して聞かせた。その友人もどうやら徴兵されたようで、一行は隣町でその少年と落ち合うことになっていた。
旧街道に入り道を下っていくと昼を過ぎた。一行は旧街道を上ってきた商人から小麦のパンを買い上げて少しばかり休憩した後でまた進みだした。すると少し木々の茂るような古い道を抜けたところで町は現れた。腰までの低い壁がずっと向こうまで続き、スカーレットたちの眼前には旅人たちを迎え入れるようにアーチが作られていた。そのアーチの横に、浅黒い肌の少年が寄りかかっている。それを最初に見つけたマークが声を上げた。
「おーい! 悪いな、待たせちゃって」
少年はその声に顔を上げて手を振ってよこした。少年は城下の男たちがやるように髪を脱色していた。一行は少年の前で立ち止まった。少年たちは再会を喜び合い抱き合った。それからウィリアムが思いついたように少年に手招きをしてスカーレットとアクイラの前へ誘導した。
「今回一緒に徴兵されたスカーレットさんと、軍団所属のアクイラさんです」
少年は一瞬スカーレットの右腕に視線を走らせたがすぐに無邪気な笑みを浮かべて握手を求めた。この村では、あるいはこの浅黒い少年にとって隻腕であることは大した問題ではないらしい。
「うらやましいなウィル、お前たちには強い味方がいるみたいじゃないか。俺はフェネックだ。よろしくな」
「ッフェネック?」
スカーレットは驚いて思わず大声でそういった。皆の視線がスカーレットに注がれた。スカーレットは思わず赤面しながら苦笑いをした。この少年と親友フェネックの顔にはまるで共通点がない。親友のフェネックは色白で金髪をしており、全体的に色素の薄いイメージの男だった。それなのに名前が同じだというだけで過剰反応を示してしまったことは、フェネックの死を一番深く理解していながらまだ心のどこかで別世界のことのように考えているのだと思い知らされた気がした。
「ごめんなさい、友達と同じ名前だったからつい……あなたたちよりおばさんだけど仲良くしてね」
フェネックは別段気を悪くするでもなく「そっか! 珍しい名前だもんな」といった。あいさつを終えた一行はフェネックに続き町に入っていった。ここは旧街道沿いの村だ。昔はこの辺りももう少し栄えており、軍団も配置されていた。孤児院への道にある古城もその名残だ。この村には多くの商人が行き来しているのでさまざまな出店が立ち並んでいた。城下町と違うところといえば屋根がないことだ。栄えていたころには定住して商品を売る人々も多くいたが、今は今日一日だけここで品物を並べ、明日にはまた旅立つのだ。彼らの目的は商売をしに来たというより休憩をすることで、商売は二の次である。だがそれにしてもこの日の出店の数は多かった。
「戦争が決まっただろう? ここは南から北に向かう兵士たちがよく立ち寄るだろうと思って商人がつめかけてんだ。ほらあそこを見てみろ」
フェネックの指さす先には屋根をきちんと立てた出店がいくつか並んでいた。それらは剣や兜や鎧を売り出していた。
「いつもならああいう商品はこの辺じゃ売れ行きが悪いけど、テントを張っているのを見る限りしばらくは居座るつもりらしいぜ」
「見たところ国の基準に沿ったものばかりだ」
アクイラが付け足した。一行はそこでアクイラの勧めた武具を買い上げた。アクイラはこういう買い物は慣れているようで一品一品欠陥がないか確かめてくれた。何もわからない少年たちにすればそれは非常に助かることだった。次に少年たちは意気込みながら武器屋に向かっていった。
「スカーレット、君は買わなくても良いのか」
アクイラが振り向いて尋ねた。
「前戦争のがあるわ。あの時は女性用の胸当てをわざわざ闘技場からもらってきたりして、装備は整ってる。でもそうね、肩あてを新しくしたいわ。右腕のほうを少し重くしたいのだけど、可能かしら」
「探ってみよう」
アクイラはうなずいて武具屋の親父と話を始めた。そして出された肩あてを一つひとつスカーレットの腕にはめてみて違和感がないかを確かめた。そのおかげでスカーレットは満足のいくものを買い上げることができたのだった。
剣も既に持っているスカーレットが次に必要とするのは馬だった。二人は少年たちに一声かけて馬を連れている商人を探した。馬の商人は案外すぐに見つかった。ぼろぼろの茶色い布を腰に巻き付け、ベルトには革袋をいくつかぶら下げていた。ブーツは泥で汚れ、もじゃもじゃの髭が伸びていることから彼は長期間旅をしているということが見て取れる。そして紫色のマントを走る一筋の黄色い線を見れば彼がプレハの商人だということも分かった。
「運が良いな。あれはプレハが輸入している外大陸の軍馬だ。良い馬たちばかりだ」
「詳しいのね」
「ああ、馬については幼いころからよく教わってきたのでな。見ろ、今は疲れ切っておとなしくしているがあの筋肉。走らせたらこの大陸のどの産地の馬でも勝てまい」
スカーレットも商人から馬たちに視線を走らせた。商人の後ろの大木につながれている馬はどれもがっしりとして大きかった。スカーレットはその中で特に体の大きな黒い馬に目を奪われた。馬もスカーレットのほうを向いた。そして鼻をスンとならして尾を一振りした。
あれが欲しい。スカーレットは即座にそう思い、気づけばアクイラよりも先に商人を呼び止めていた。
「すみません、見ても良いですか」
商人は大きな目でぎょろりとスカーレットを見上げた。商人はスカーレットの恰好には少々驚いた様子だった。
「お嬢さん、これは軍馬だよ。お屋敷で乗る馬にはむいてないさ」
商人はひどくなまった言葉でバカにしたようにそう言った。
「お屋敷なんてもってないわよ。こういう格好なのには事情があるの」
「ふぅむ。しかしね、あんたが思うほど隻腕の女性が馬を操ることは難しいと思うがね」
「そうね。でも騎士が戦うときは片手に剣を持つでしょう? つまり私は片腕でも馬にはちゃんと乗れるのよ」
「そんなら、戦ったら腕なしになってしまうね」
スカーレットは片眉を怪訝そうにあげて見せた。
「もう、意地悪なこと言わないでちょうだい。別に腕がなくたって馬には乗れるの! ちゃんと試したことあるから大丈夫よ。それより私そこの黒い馬に興味があるのよ」
商人はやれやれと言いたげに肩をすくめて見せると、つながれている黒い馬の元へ行き手綱を引いてスカーレットの前へ連れてきた。アクイラはその馬を見て、ぎょっとしたようにスカーレットを見た。それから一瞬前まで商人に積極的に声をかけるスカーレットを眺めていたのに、どうしたことか声をかけて引き留めた。
「あらアクイラ、どうしたの」
「こいつは気性が荒そうだ。俺はあの栗毛の馬がよさそうだと思うがな」
商人もそれにうなずいた。
「そいつはあんまり人を乗せたがらないんでずっと売れ残ってきたんですよ。まぁあんたが買い取ってくれるというならこれ以上値打ちが下がる前に売っぱらっちまいたいのが本音だがね。けどそれであんたが落馬でもして訴えられちゃかなわんよ」
別に訴えたりしないのに、とスカーレットは思ったがアクイラはさらにあわてたように、半ば冷や汗をかいた。彼はスカーレットを説得しようとなにやらゴチャゴチャと言い出した。スカーレットがそれを聞き流していると、別の客が馬を眺め始めた。その一人が黒い馬を指さすのでスカーレットはあわててアクイラを遮った。
「ほらあなたがもたつくからほかのお客さんに買われちゃうわ! 待ってくださいこれは私が買うので!」
黒い馬を指したもう一組の客はじろりとスカーレットを見た。客は三人組でいかにも意地悪そうな顔をしたひょろ長い二人の男を大男が従えていた。
「そりゃあいかんねぇお嬢さん。あんたにこの馬はでかすぎるぜ」
大男がまたバカにしたように言い、後ろの二人も笑うのでスカーレットはいい加減頭に来ていた。
「もう、皆して私にはできないっていうのね! いいわ。じゃあ今から私とあなたで順番にこの馬に乗ってから決めようじゃない」
それを聞いた商人はすぐに黒い馬に鞍を取り付けた。彼は自分でも言ったようにすぐにでもこの黒い馬をきちんと扱える人に売っぱらってしまいたかったのである。大男は下品な笑い声をあげながら先に馬にまたがった。馬は長旅の疲れで暴れる気にもならないのかじっとしていた。大男はまた笑った。あんまりその笑い声が不快なのでスカーレットは顔をしかめた。
「はぁん、言うほどのもんでもない、静かじゃねぇか」
「今は疲れているんでしょうけど、人を乗せたってぇことは、お客さんが乗り手にふさわしいのかも」
商人はおだてるように言った。男は調子に乗ってグイと手綱を引いた。その瞬間、黒い馬は大きくいなないた。近くにいた別の商人たちは驚いたように顔を上げ住民は悲鳴を上げて家に飛び逃げて行った。馬は前足を高く上げ大男を振り落した。大男はかろうじて蹴り飛ばされずにすんだものの背中をうちつけて苦しそうにうめいた。商人とアクイラはがっくりとうなだれた。
「振り落とされるような人が乗り手にふさわしいなんて言ったら、あなたは馬の商人失格ね」
スカーレットは愉快そうに言って、暴れだしそうな馬の手綱をつかんでどうどうとなだめた。馬はイライラしている様子だった。
「そうよね、あんなおっきい声で笑いながら乗られたら気分悪いものね」
スカーレットは馬に話しかける調子で言った。アクイラはひやひやとスカーレットを見ていつでも飛び出していけるように腰を低く構えていた。そんなアクイラを見てスカーレットは少しばかり笑った。というのもスカーレットは馬から敵意を感じていなかったからだ。
「ふふふっ、本当に大きくて立派な馬だわ。今まで売れなかったのが不思議なくらい。この軍馬を人に押し付けるためにいったいどのくらい値打ちを下げたのかしら」
「海外の軍馬は軍団に普通の二倍の値で売れますけど、そいつは普通の軍馬よりもうちょっとばかりお買得になっているよ」
「そぅ、それはかわいそうなお話ね。ねぇ、もう乗ってもいいかしら」
「どうぞ、お好きに」
商人は答えたが、スカーレットは商人に聞いたわけではなかったからその答えをほとんど聞いていなかった。馬の首筋をなでると鐙に足をかけ、苦労して馬上に上がる。振り落とされ、いまだ地面に座り込んでいた大男がスカーレットの馬にまたがる様子を見て笑った。
「今日は服装がいけないのよ。それに問題はまたがった後だわ」
スカーレットは皮肉を込めてそう言ってから手綱をにぎった。そして馬の様子を確かめながら「じゃあ前進するわよ」と声をあげてほとんど触れるだけの力で黒馬をけった。馬はその場でぐるりと回ってから歩き出した。はじめは首を大きく上下に振って鼻息を荒くしていたが、だんだんスカーレットに慣れてきたようにおとなしくなった。最終的にスカーレットはほかの馬たちがつながれている大木のまわりを一周してから商人の前で馬を下りた。
「ほら、どう? いいこにしてくれたから何とか一周してこれたわ」
これにはさすがの商人も舌を巻いたようだった。商人はスカーレットに馬を譲った。三人組の男はいつの間にかいなくなっていた。
「んー! 良い買い物しちゃった!」
商人のもとを離れて再び町を歩き出した二人はどこへ向かうでもなく馬を引き連れて歩いていた。
「村の金を使い込むんじゃなかったのか」
アクイラは少し怒ったようにそう言った。スカーレットは横目にそれを見て眉を下げた。
「ごめんなさい。止めてくれたの全然きかなくて」
「まったくだ。結果的無事だったからよかったものを……」
アクイラは立ち止まってため息交じりに言った。そんなアクイラに向かって、馬は鼻を大きく鳴らした。アクイラは「ああ、わかったよ、お前を疑って悪かったよ」と言いながら馬の首をなでた。
「名前はブラッドにするわ」
アクイラを心配させてしまったが、スカーレットはやはりこの立派な黒い馬を手に入れられたことに満足していた。アクイラもこのブラッドはスカーレットに危害を与えることはなさそうだし、と嬉しそうな彼女に免じて許してやることにした。
「ねぇ、次はどうするの? 四人を探す? まだ何か買い足す?」
「そうだな。じゃあブラッドのせいで浪費できなかった金を浪費しに行こうじゃないか」
スカーレットはよくわからないままアクイラについていった。アクイラは基本的には真面目な男だ。まさか彼のほうからムダ金を使おうと提案があるとはスカーレットの思いもよらないことだった。
二人は少し先へ進んだ。美しい毛皮をそろえたカースピの商人、奇妙な置物を箱いっぱいに詰め込んだネイティの商人、そして顔に絵具で装飾を施した山の民族までもがいる。アクイラが入っていったのは商人の店ではなく、もともとこの街にある装飾品を置いた店の建物だった。スカーレットはブラッドを外につないで後を追った。くすんだ赤色ののれんを潜り抜けるときつい花の香りが漂ってきた。アクイラは顔色を変えることもなく奥へ向かっていく。甘ったるい女の声が「いらっしゃい」と二人にかけられた。
中にはいろいろな石をはめこんだネックレスや耳飾り、また半透明の美しい布や風に吹かれると、鳥のさえずりのような音色を奏でる鈴が下げられている。またアクイラが進むのと反対の方向には見事な模様の刻まれた皿やガラスのコップが置かれていた。
「こんなお店に入るなんて意外ね」
「君の身を守るためだ」
「どういうこと?」
スカーレットはよくわからずに尋ねた。
「前戦争では君の隣にはいつも――あの男がいただろう? だが俺は進軍中ずっとお前についてはいられないし、お前は片腕になってしまった。だからこいつで見方を作るのだ」
アクイラが取り上げたのは女ものの指輪だった。スカーレットにはますます訳が分からなくなった。
「……婚約指輪よね、それ」
「そうだ。これをしていればある程度の下心を持った輩はあきらめるし、妻を持つ男たちはお前が襲われたりしたときには同情して助けてくれるだろう」
「……いや、そんな輩いないわよ」
「いいか! 戦争中基本的に女はいないものなのだ。お前にはできればいつもマントで体を隠していてもらうが、もしものためだ。ないよりはましだと思う」
スカーレットには自分を襲うような愚かな男がいるとは思えなかったが、あまりにアクイラが真剣なので「い、良い考えね」と心にもない返事をした。アクイラは「よし」とよく分からない気合を入れて何個かの指輪をスカーレットの指にはめてみて、大きさのちょうどよかったものを会計のカウンターのほうへもっていった。なんだか奇妙なことになったと思いながらスカーレットもその後ろに続いた。
「お買い上げありがとうございます。今ちょうど、無料で名前を掘るっていうサービスをしているのよ。そんなに時間はかからないしどうかしら」
甘ったるい声の女は言った。アクイラは振り向いてスカーレットに答えるよう促した。別段名前を入れるような相手などいないのだが……とスカーレットは困ったように笑ったが、はっと何かを思いついたように口を開いた。
「そうね、お願いしようかしら」
「どんなふうに?」
「ブラッドって名前と、今日の日にちを入れてほしいわ」
女は指輪を手に取ると紙にメモをしてから顔を上げた。
「時間は…そうね、次に町の鐘が鳴るまでには済ませておくわ。あなたのお名前は?」
「私はスカーレットよ」
「ではスカーレットさん、ブラッドさん、少々お時間をいただきますね」
その言葉に、アクイラはぶふっと吹き出しスカーレットもあっけにとられてしまった。それからすぐに口元を抑えてくすくす笑った。店員の女は困惑したように二人を交互に見た。
「なにかまずいことをいったかしら」
「いいえ、ごめんなさい。彼はブラッドじゃないのよ」
「あら、それは失礼したわ」
女は言いながら口元を軽く抑えた。赤面したアクイラは咳払いをした。
「俺はまだ用事がある。お前は「ブラッド」と一緒にマークたちを探してきてくれ」
「ええ、了解したわ。ちょっと「ブラッド」と行ってくるわ」
二人はわざとらしく馬の名前を呼びながら言った。
ブラッドとともに少年を探すと案外彼らはすぐに見つかった。少年たちはスカーレットの新しい馬を見ると羨ましそうに見上げた。けれどブラッドが威嚇するので後ずさった。
「うらやましいけどとても僕らには乗れないよ」
「うん、俺たちは歩兵で精いっぱいだ」
おびえる少年たちを見てブラッドは満足げにいなないた。
少年たちを連れアクイラのいる装飾品店に向かうと、店員の女が言っていた鐘の音がした。そしてそれが鳴り終わると同時にアクイラは店から出てきた。これで全員の買い物は終了したのだった。
フェネックと別れた後、帰り道はブラッドが皆の鎧やら剣やらを背中に乗せてくれた。スカーレットは早く長旅で疲れているであろうブラッドを休ませてやりたかったので旧街道を外れた近道から村に帰った。フェネックや少年達とは城下へ向かうときにまた落ち合うことにして皆はそれぞれの家に帰って行った。
アクイラとスカーレットが家に帰るころにはあたりは暗くなっていた。スカーレットは村に唯一ある厩にブラッドを預けた。その晩はまたスカーレットが夕食を作った。そして片付けやら何やらを済ませたあとで、スカーレットはアクイラに紅茶を出してやった。アクイラはそれと交換するように昼間買い上げた指輪をスカーレットの左指の薬指にはめてくれた。ひんやりとした感覚は不慣れで不思議な感じがした。
「いつか本物をもらえる日が来るかしらね?」
何気なくスカーレットが皮肉じみたことを言うとアクイラはごく真剣な顔で「きっとくるさ」と言った。なんだか急に照れくさくなってスカーレットは「その腕輪――」と話題を変えようとした。アクイラの右腕には昼間はなかった銀の腕輪があったのだ。アクイラは右腕を挙げて「ああ、これか」と言ってスカーレットに微笑みかけた。
「俺が君の右腕であるという証さ。軍団では役割や勲章をもらうと腕輪が贈られるんだ。その代わりってことだ」
アクイラはなんてことはないという調子でそう口にした。
だがそれは、指輪をしていること以上にスカーレットを赤面させたのだった。




