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片腕の英雄  作者: ラニスタ
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4 要らぬ名誉

「起きろ! 起きろスカーレット!」


心地よい眠りは戦友の焦ったような怒鳴り声で覚まされた。不機嫌そうに頭をもたげたスカーレットまだ状況が読み取れず大きく欠伸をかましたが、アクイラの顔を見ると事態の深刻さだけには気が付いた。彼女はすぐに姿勢を正した。


「どこの兵士だかわからないが略奪行為が行われている。とにかく行くぞ!」


スカーレットは途端に飛び上がって、長年の癖から腰に手をあてた。だがそこには剣がない。それを見かねたアクイラが先刻の勝負の時に貸したものと同じ剣をスカーレットに渡した。


「店主さん隠れていて! アクイラ、相手はどのくらいなの?」

「わからないが、そう多くはないはずだ。それに敵は疲労しきっているはず。こんな小さな村に金と食糧を要求して暴れまわるくらいだからな。とにかく行こう、案内してくれ」


二人は店を出て路地裏を抜け、通りの様子をうかがった。一人の男が剣をもって暴れまわっている。子供が泣き叫びながらその前を走って逃げようとしていた。アクイラは路地裏から飛び出し、目にもとまらぬ速さで男の首を切り落とした。男は叫びをあげる暇すら与えられず道の上に血痕を残し倒れこんだ。


「敵がちらばっているとすればかなりやっかいだな」

「ここは裕福な村ではないわ。お金がほしいなら村長のところに向かうんじゃないかしら」

「そうだな。この男の鎧は見たところプレハのものだが――見ろ、そのマントはレディガのものだし剣はフレイス寄りの町でしか使われないものだ。もとは軍団の兵士か、傭兵か、ただの村人だったかはわからんが要するに各地を回る略奪者だと思って間違いないだろう。やつらはこの村のように自警団や軍団の居ない場所では威張ろうとするものだ。住民は剣を持つ者には手が出せないからな」


その時、どこからか甲高い女の悲鳴が聞こえた。二人は顔を見合わせると走り出した。


「噴水のほうだわ! あそこは村の中心なの」

「なるほど、さっそく大威張りしていると言うわけか」


村の中心にある広場は円型で、その中心には噴水がある。広場は洋服屋や食べ物屋に囲まれており祭りもこの場所が中心だ。スカーレットはこの村のことをよく知っていたから、その広場を囲む建物と建物の隙間の道を選んだ。薄暗い路地裏から広場を覗き込むと人だかりが見えた。何が起こっているのかはよくわからないが人々の隙間から目を凝らしてみると、どうやら先刻倒した男の仲間たちが少年を人質に村人を脅しているらしい。男たちは村長を出せとわめき、一人の青年が腰を抜かしながら村長の家のほうへぎこちない足取りで向かっていった。


「相手は十人ね」

「できれば俺一人でなんとかしたかったが――すまない、手を貸してくれないか」


アクイラは途方に暮れた様子で言った。スカーレットは怪訝そうに隣の男を見上げた。


「あなた一人でどうにかするつもりだったの?」

「君を住民の前で戦わせたりはしたくなかったんだ。君を起こしたのはこの町の地理に詳しくないからで……だがそうも言っていられなくなった」

「仕方ないわ。ここで黙ってたらそれはそれでどやされちゃうもの。それに、いくらこの村が好きじゃなくても見殺しにはできないから。アクイラ、あなたはこの場所から飛び出して。私は反対のほうに移動してそこから飛び出すわ。住民はみんなあの男たちと向き合うように立っているから、男の背後を取れば先に住民が騒ぎ出してばれちゃうでしょう?」

「なるほど、横からなら飛び出すまでは誰にも見えまい。合図はどうする」

「剣を上にあげるわ」

「わかった」


そこでスカーレットはアクイラと別れて路地裏を走り出した。本心を言えば、戦いたくはない。村人たちは色々言ってくるがスカーレットが本当に戦う姿を知らない。この場で戦うことで自分を見直してもらえるならばありがたいが、この村のことだ、やはりスカーレットは人殺しだったと思われるのがおちだろう。けれどアクイラにも言ったように見殺しにはできない。

アクイラの居る通りと対面する通りにたどり着いたスカーレットは剣を抜き取った。暗がりの中に白い光が見えて、アクイラもスカーレットに気が付き剣を抜き取る。スカーレットは深呼吸してから、剣を天に掲げた。刃は日光を浴び鋭い光を放った。

次の瞬間、スカーレットとアクイラは路地裏を飛び出して噴水の前で人質をとる男に剣を突き刺した。男から引き抜かれた剣は赤く染まる。男たちは驚いたように後ずさり、住民たちも悲鳴を上げ、どよめいた。スカーレットは、腹部を二方向から刺され血を流す男の手から少年を引きはがし住民のもとへ背中を押した。


「くそぉ! やっちまえお前ら!」


一人の男が叫び、ほかは一斉にアクイラとスカーレットを狙った。スカーレットは敵の攻撃をよけて噴水の中に押し倒した。男は頭を打ってぐったりと沈んでいく。息をつく間もなく次の敵が襲い掛かった。アクイラと手合わせしたことが幸いした。二年前には劣るがスカーレットは幼いころから剣を握ってきた人間だ。体は感覚を思い出していた。スカーレットは冷静に相手の一手一手を見極め、その脇腹に隙を見出しては剣を突いた。

敵は女であるスカーレットをなめてかかっていたが、スカーレットの実力に気が付くと今度は三人で取り囲んできた。これでアクイラの負担が少しでも軽くなっていると良いと思いながらスカーレットは噴水の近くまで下がった。

まず狙うなら中心の小太りの男だ。彼はあまり剣が得意ではないようだ。構えが様になっていないからだ。剣の握り方も間違っている。そしてその様子は自己流の恐ろしい剣技を持ち合わせているようにも見えなかった。ゆえに柄を握る手を少し斜めに叩けば剣を落とせそうだ。スカーレットは剣を振り上げた。

だが次の瞬間鈍い痛みが後頭部を襲った。何かがスカーレットの赤髪を引っ張ってきたのだ。噴水に沈めた男の意識が戻ったらしい。前戦争では髪を短くしていたし兜をかぶっていたから、髪を引っ張られるとは考えもしなかった。焦った彼女はほぼ無意識のうちに叫んでいた。


「アクイラ!」


一瞬髪が強く引かれたかと思うと、次の瞬間スカーレットの頭は軽くなっていた。なんとか敵を出し抜いたアクイラが噴水の中の男に切りかかったからだ。アクイラは男の手首を狙ったつもりだったがそれに焦った男が髪を強く引き、アクイラの剣はスカーレットの髪を切り落としたのだった。

アクイラはスカーレットの赤い髪が散ったことに冷や汗をかいた。あの男がもう少し強く髪を引いていたら、スカーレットを自分で始末することになっていたかもしれないと。

だがそんなことを気に留めず、自由になったスカーレットは切りかかってきた小太りの男に向かって走り出した。そして計画通り斜めに剣を振り落せば男は剣を取り落した。そのまま男に突っ込んで腹を貫いたスカーレットは剣を引き抜き、左からとびかかってきた男に投げつけた。右側の男はすでにアクイラの手で始末されていた。それからしばらくの間小競り合いが続いたが、スカーレットとアクイラはほとんど無傷のまま十人の男たちを倒し切った。

スカーレットは獣のように荒い息を吐き、乱れた髪をかきあげた。立派なドレスはズタズタになり、袖は引きちぎれボタンはどこかに行ってしまった。裾は自分で踏みつけることにいら立ち剣で破いてしまった。胸元の白いレースは赤く染まっていた。噴水前はひどいありさまだった。十人の男の死体が散らばり、噴水の水は赤みがかっていた。

アクイラは剣をしまい、スカーレットが落としたブローチを拾い上げて差し出した。スカーレットはそれを何の感情も込められていない瞳にとどめて、うけとった。だんだんと彼女の目に激しい怒りの色がわきあがってくる。彼女はそのブローチこそがすべての悪の根源だとでも言うように、噴水の中に思いきり投げ捨てた。ブローチは水を跳ね上げ、底へ沈んでいった。アクイラはそんな彼女を無言で見つめた。騒ぎが収まり、住民たちも安堵したようだ。安堵した住民たちはささやき合った。

片腕がなくてもあんなに戦えるだなんて、両腕のころはもっと恐ろしかったのでしょうね。

あいつは人を殺すために片腕で戦えるまで訓練をしたんだ、今回だって楽しくて仕方がなかったに違いない。

スカーレットはそれらを聞いて自嘲の笑みを浮かべた。こうなることは予測できたのに。アクイラはやはり無言のままスカーレットの肩を持つと噴水に誘導した。そして血のこびりついた噴水の縁に自分のマントを敷き、スカーレットの肩をおして座らせた。スカーレットは驚くほど簡単に、まるで人形のようにアクイラの誘導通り腰かけた。そしてアクイラはスカーレットを住民の視線から隠すかのようにその前に立った。住民たちはまだひそひそと心無いことを話し合っていた。


「喋るのをやめろ」


アクイラは言った。だが誰一人その声には耳をかさなかった。アクイラはすぅっと息を吸い込んで、半ば叫ぶようにもう一度言った。


「喋るのをやめろと言ったんだ!」


住民たちは驚いたように口を閉ざした。広場全体にアクイラの怒りが響くように、あたりは緊張した沈黙に包まれた。スカーレットもはっとしてアクイラを見上げる。その表情は後ろにいるスカーレットからはうかがえないが、ただ彼がとてつもなく恐ろしいことだけは悟った。


「スカーレットは別にお前たちを見殺しにしたってよかったんだ。自分を軽蔑してきたお前たちを助ける義理などスカーレットにはないからだ! それでも彼女は見殺しにできないと剣を取った。その代償がこれなのか! この村に人の道理と言うものは無いのか!」


アクイラは握ったこぶしを怒りで震わせながら叫んだ。

スカーレットは面食らって戦友を見ていた。彼がそんな風に言ってかばってくれることは、心から嬉しく思った。住民たちに立ちはだかるアクイラが、スカーレットには頼もしく見えた。誰かにこうして守られるのは久々だ。虚栄を張ってまっすぐ立つことに、スカーレットは疲れていた。しばし沈黙が続いた。その重い沈黙をはじめに破ったのはようやく広場に到着した村長だった。村長はわざとらしく住民たちの安否を確認し、自分の秘書たちに死体を片付けさせた。そして二人に労いとも取れるような言葉を並べた。

スカーレットにもアクイラにも、その言葉はうさん臭くてたまらなかった。村長はひとしきりそれを繰り返した後で、実のところ愉快であるのにそれを隠すように口元を歪め、一枚の令状を取りだした。アクイラにはそれがなんなのか一瞬で分かった。スカーレットも嫌な予感がした。顔をしかめる二人に背を向けて村長は村人たちに言った。


「こんな騒ぎの後ではあるがね、実は国から戦争にむけて徴兵がかかっておったのだ。この村からは十名を選出することになったことを、皆さんにお伝えしよう」


村人たちは再びざわめきだした。そのざわめきはスカーレットの不安をより一層あおった。スカーレットはなんとか自分を落ち着かせようとアクイラを見上げたのだが、彼の様子はスカーレットをより一層不安にさせただけだった。


「勝手ながら、私はなんとか九名までの候補を上げた。しかし、どうにも最後の一人が決まらなかったのだが……ちょうどよかった、スカーレット! 彼女はこの村を守ってくれた」


その先は聞きたくない。スカーレットは耳をふさぎたかった。けれど彼女の肘までしかない右腕は無残にも伸ばされただけだった。


「その勇気と、強さをたたえ晴れて十人のうちの一人に選出しようと思うのだが、皆どうかね?」


村人たちは、一瞬前までの沈黙の重みを忘れたようだった。それは良い案だと言い合い、スカーレットをたたえた。アクイラはその異質な様子にひるんだ。この村は――どうかしている。


「――っ村長殿、お言葉ですが」

「アクイラ殿、村を救っていただいたことには感謝いたしますがね、ほかの村の者には口を出さないでいただきたい。ここが選挙の場であればスカーレットは当選する、それほどの数の住民がこの提案に賛成しているのです」


村長は、ゆっくりとスカーレットに顔を向けた。


「さぁ、名誉なことです。あなたは十人目に選ばれたのですよ」


頭を鈍器で殴られたような衝撃だった。怒りと悲しみと落胆がスカーレットを襲った。成す術はアクイラでさえ持ち合わせていなかった。ただこの異質すぎる空気から、一瞬でも良いから逃れたい。


スカーレットはアクイラの剣を放り捨てて走り出していた。


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