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片腕の英雄  作者: ラニスタ
3/24

3 知らなかった笑い声

 赤い糸と銀色の糸が交差し、新たな模様を生み出す。黒い布地は二色を美しく映し出している。両ひざの間に布地を挟み、右腕で針を這わせていく。スカーレットの少ない収入源である。村の人々は老婆の経営する洋服店に置かれている美しい柄のテーブルクロスやマフラーが、実は日頃恐れているスカーレットが作ったものだとは知らずに買い求める。  

老婆はスカーレットを好いているわけでも恐れているわけでもなく、ただその刺繍の腕を買って商品を店頭に置いてくれているだけだがスカーレットは大いに助かっていた。そういうわけでスカーレットは日頃家の中でその作業ばかりしている。

アクイラがこの村に滞在を始めてそろそろ一週間になる。アクイラが来た日の晩から制作を始めたこのカーテンはそろそろ完成するころだ。ちく、ちくとゆっくり、丁寧に模様を作り出しながら、スカーレットは思考を一つのことに奪われていた。アクイラから国の状況について詳しく説明を受けてからなんとなく胸騒ぎを感じて、そのことばかり考えているのである。


スカーレットが徴兵された「前戦争」というのは、ネイティ国の男が知っていたように攻め入ってきたレシウス国をスカーレットの祖国レディガ国と隣国プレハ国が打ち破った戦いである。

レシウス国は北にレディガ、南にネイティ山脈にはさまれた大国だ。スカーレットの住むレノン村もちょうどその国境線の近くに位置している。

レシウス国と戦うことになったきっかけは大元をたどれば200年遡ることになる。が、アクイラが説明していったのはもう少し最近のことだ。

レディガの国民ならば誰もが知っているが、隣国プレハはレディガ国と古くからの付き合いがある。プレハの漁港はディルトス大陸一を誇りどの国より文明が栄えているといっても過言ではない。ただその代わりといってはなんだが軍事力はそれほど高くないのが現状だ。そのためレシウス国に狙われることになったのである。

レシウス国は鉱産物にも恵まれず海岸線も港にはあまり適していない。酒場の男が言ったように、もう一つの貿易国家ネイティは山脈越しであるし、レシウス国が栄えるためにはプレハ国を占領してしまうのが一番早いのであった。

だがこのレシウス国の侵攻はプレハと200年来の付き合いを持つレディガ国にとっても打撃となる。両国は同盟を結びレシウス軍を迎え撃ったのだった。


レシウス国はレディガ、プレハ両国の国境線である「クラシデスの長城」を超えプレハの南に進軍した。クラシデスの長城はプレハの持つ長城なのだが、レシウスがこれを占領したのである。ただレシウス国は有利になるはずの長城を持っていながら軍事力の差でかなわなかった。レディガ国は軍団をいくつも所有しており、軍資金のほうはプレハ国からいくらでも出る。この前戦争の最後の闘いを「ミットサルト会戦」と呼ぶ。クラシデスの長城付近をミットサルト地方と呼ぶことからこの名が付いた。

この会戦でレシウス国はクラシデスの長城に押し戻され、スカーレットはレシウス国将軍の首を取り隻腕になった。これが前戦争の一幕である。だが勝者側のプレハ国はクラシデスの長城をこの際に取り戻すことはなかった。プレハ国は戦争にかなりの金を要し、クラシデスの長城に膨大な維持費をかけることをやめたのである。現在クラシデスの長城は一応レシウスが所持しているが、きちんとした要塞が維持されているのは二か所だけで、申し分程度の兵士が駐留しているだけだ。あとは壁と呼んでいいのかわからないほどボロボロの跡が残っているだけだったり、とにかくただの国境線になってしまっている。


アクイラが言うには今回起こるかもしれない戦争というのは、その前戦争の続きだという。レシウス国は大打撃を受けたにもかかわらず未だプレハ国を諦めてはいなかった。レシウス国はレディガ国に隣国プレハとの同盟消滅を要求したらしいのだ。もちろんプレハ国を手に入れたあかつきにはその恩恵をレディガ国にももたらすと言う。レディガ国にとって悪い話ではない。それに信憑性も高い。レシウス国がどこからの援助もないプレハ軍を責めればおそらくすぐに陥落させることができるだろう。

だがレディガ王はその誘いを蹴ったという。プレハ国にはレディガ王の娘たちが嫁いでいるし、なにより彼は古くからの伝統をとったのだ。

そしてレディガ国は今、レシウス国に侵攻を諦めるよう交渉している最中だ。もしも交渉が決裂した場合、レディガ国はプレハ国とともにレシウス国に侵攻するつもりだ。

実は今レシウス国の隣国は、レディガの東側にある国と緊張状態に陥っている。さらにレシウスの南に位置するネイティ国は、大陸でもっとも高く険しいとされるネイティ山脈を挟んでおり、レシウスは援軍が望める状態ではないのだ。そこをねらおうという計画らしい。


――もし本当に戦争が始まった場合国は各地の村や町から徴兵をすることになる。国家規模の闘いともなると国が雇う軍人だけでは数が足りないのである。スカーレットは経験積みだがこの村は小規模なのでだいたい10人前後が呼ばれることになるだろう。徴兵される人間は村長や市長が決めることになり、将軍でさえその決定には従わなくてはならないという法律がある。それは各地に配慮した法律だった。それぞれの村がそれぞれの状況に合わせることができることからその法律は導入された。徴兵できないのは子供と老人、または戦う力のない病人とけが人だけだ。病気とけがの程度に規則はなく、「戦えないような病気やけが」とだけ書かれている。この中に女は徴兵できないという規則はない。

スカーレットは村人たちが煙たがる孤児院出身というだけで前戦争に徴兵された。今でもあの時の絶望は覚えている。スカーレットはどこか他人事のように考えていたのだ。まさか女の自分が徴兵されるわけがないと。

そして今回もそうなるのではないかとスカーレットは恐怖していた。スカーレットは腕がないものの、いまでは普通に動き回れるし剣も握れる。まさか呼ばれることはないだろうと周りも思っているが、自分までもがそう思い込むことが怖かったのだ。だから呼ばれるはずはなくても、可能性はゼロではないという事だけはわきまえておくことにした。



その日は朝から良い天気だった。村の女たちはこぞって洗濯物をほし、子供たちもその周りで球けりや鬼ごっこで遊んでいた。家の近くに村人がいると、こんなに天気の良い日でもカーテンを閉めたくなってしまう。居心地の悪かったスカーレットは裏口から外に出て、一人孤児院への道を歩いていた。孤児院に行くつもりはない――フェネックのパーティに行かなかったことに少なからず負い目を感じてもいたし――のだが、スカーレットはその途中にある崩れた砦が好きだった。そこは好んで人が出入りするような場所ではないし、階段を上がったところにあるガラスのない窓から見える景色がお気に入りなのだ。

天気が良いので砦の中の影は一層増していた。天井にあいた小さな穴から日光が差し込む様子は美しささえ感じられる。ツタの巻き付いた柱のよこには足が欠けて斜めに立っているテーブルとひっくり返った椅子がある。スカーレットは椅子をそのままに湿っぽい階段を上がった。窓から顔を出すと羊飼いたちが羊を追う様子が遠目に見えた。白い点々が緑黄色の草の上で動いている。風が吹き、砦に寄り添うように立っている大木の葉がざわざわとささやきあった。雲の動きがいつもより早い。

スカーレットは目を閉じて、風の音と、草のささやきを聞いていた。その音の中に、石畳を走る馬のひづめが加わった。瞼をあげて下を見ると銀色の髪の男が馬を引いて砦を通り過ぎようとしていた。


「アクイラ、そっちは羊飼いの家と孤児院しかないのよ。それとももうお帰りなの?」


アクイラは馬を止めて古城を見上げた。


「スカーレット!君がこんなところにいるなんて驚きだ」

「ここは私のお気に入りなの」


スカーレットは早口に言ってから顔を引っ込めて階段を降りた。アクイラも馬を降り、砦に入ってきて、あたりを物珍しげに眺めた。


「退屈であちこちを歩き回っていたんだ。すごいな、これはだいぶ古い作りだ」

「そうでしょう? もう必要なくなってみんなから忘れられてしまった砦なの。孤児院の子供たちも怖がって近寄らないけれど、昔からよく一人で遊びに来ていたわ」


アクイラは感心したようにもう一周あたりを見回した。軍人であるアクイラは色々な砦を見たことがあるはずだが、このような廃墟を目にする機会はなさそうだ。彼は一通り古城の内装を見回すと、何か思いついたように馬の手綱を松明掛けにひっかけた。そしてその鞍の下から剣を取り出した。


「ここなら誰にも見られないだろう?俺と差しで勝負をしないか」


スカーレットはアクイラの突然の申し出に目を見開き口をぽかんとあけて、それから大声で笑った。


「何を言い出すかと思えば! 無理に決まってるじゃないあなたと互角にやりあうなんて」

「俺も片手でやろう。戦友とこうして剣を交えることが好きなんだ」

「変わった趣味ね?」

「そうでもないさ。ただこうして遊び半分に剣を交えることに一番平和を感じるんだ。だから付き合ってくれよ」


アクイラの声は何かにすがろうとしているようにスカーレットには感じられた。何かを恐れるように、また焦燥感に駆られているようにさえ見えた。なにか焦っているのだろうか。何かが彼を捉えている。アクイラはそれから逃れる手段として「平和」を感じようとしているのかもしれない。

アクイラは鞘に入ったままの剣をスカーレットに投げてよこした。スカーレットにはアクイラの言いたいことがよく分かった。それは自分が戦友と再開することで生を実感しているのと同じ事だろう。なにが彼を焦らせているのかはわからないが、剣を合わせることで彼が落ち着くというのであればそうしようと、スカーレットは構えた。


「ほら、右手をポケットにしまいなさい」

「ああ、行くぞ!」


アクイラも剣をかまえた。二人はぐるりぐるりと回りながら相手の一手を待った。先に手を出したのはアクイラのほうだった。スカーレットはそれをひょいとかわして横から剣を打ち付けた。アクイラは難なくその一撃を剣で受け止める。スカーレットはむっとして何度か剣を打ち付けた。鞘同士のぶつかる鈍い音が古城に響く。アクイラは後ずさりながらそのすべてを剣で受け、砦の奥まで来たところで足を止めた。

今度はスカーレットが後ずさりながら剣を受ける番だった。手加減をしているとはいえ流石軍団直属のアクイラは一撃一撃が重い。スカーレットは片腕になってから一人で剣を振ってみることはあってもこうして誰かと打ち合いをするのは初めてで、右腕の軽さに戸惑いながらも徐々にそれに慣れていった。とうとうスカーレットは出口まで追い詰められた。打ち付けられた剣を受け止め、ぐぐぐ、と足を踏ん張った。アクイラも力強く剣を押す。そしてスカーレットは不意に剣の力を弱めてひらりと体を横向きに半回転した。突然敵がいなくなり、アクイラは勢い余って剣を振りながらつんのめった。スカーレットはその背中を強く押した。アクイラは砦の外の草の上に俯せに倒れこんだ。彼はすぐに仰向けになったがスカーレットがその上にのしかかった。


「卑怯な」

「押しちゃダメなんて言わなかったわ! 私の勝ちね」


ふふん、と満足げにスカーレットが笑うとアクイラはにやりと笑みを浮かべた。


「それはどうかな」

「え?」


アクイラはガシッとスカーレットの腰をつかむとそのままごろりと横向きになった。スカーレットも同じ方向に倒れこみ、しまったと思う頃にはアクイラが腹の上にまたがって座っていた。


「両手を使ったわね! 反則よ!」

「ああ、そうだった。すまないな」


アクイラはわざとらしくそういって笑った。


「もう!」


怒ったように言いながらスカーレットも内心面白くて笑っていた。アクイラは腹の上からどくとスカーレットに手を差し出した。スカーレットは怒ったふりをしてぷいとそっぽを向いた。アクイラは「まいったなぁ」とぼやいてから「詫びに酒をおごろう」と言った。


「まぁ、許してあげなくもないわ!」


スカーレットはわざとらしく言ってその手を取って立ち上がると、一目散に城に走って行ってアクイラの馬にまたがった。そして驚いているアクイラの横を駆け足で通り抜けていった。


「こら、そいつは俺の馬だ!」

「ふふっ、返してほしかったらついてくるのね」


そして無理難題を押し付けて酒場へと馬を向けた。息も絶え絶えになったアクイラがなんとかスカーレットに次いで酒場にたどり着いたのはそれから数分後のことである。



***


 約束通り酒をおごってもらったスカーレットは久々の剣での勝負に疲れたのか、そのままつっぷして眠ってしまった。この酒場は日によっては昼から開店しているがはやりこの時間は人が少ない。今も客は二人のほかに数人がのんびりしている程度だ。昼間の酒場は夜の薄暗くて、ひどい匂いの中で男たちが騒いでいる場所とは大違いだ。窓から差し込んでくる日の光が舞う埃を宝石に変え、木の椅子やテーブルを温めていた。

アクイラは自分の赤いマントを子供のような表情で眠っているスカーレットにかけてやった。店主がその様子をみてほほえましげに笑う。その声に気が付いたアクイラはきまり悪そうに首の後ろをかきながら店主に言った。


「彼女は俺が思っていたよりも幼かったよ」

「そうですかね。私はこの店に来るスカーレットさんしか知りませんがね、彼女はここではいつも幼い子供のようにはしゃいでいますよ」


アクイラは頬杖をついてもう一度スカーレットを見た。


「……俺は彼女があんな風に声をあげて笑うなんて知らなかった。俺が見てきた彼女はいつもつらそうに眉を寄せているくせに、目は無表情だった」

「戦時中ですからな」

「そうだな。そういえば先日彼女は俺が笑うのを見て、あなたもそんな風に笑うのね、と言っていた。俺たちはお互いをある程度知っているようで、実はまったく知らなかったんだな」


店主にはアクイラが何を思ってそういったのはわからなかったが、なんとなくアクイラのその様子は憂鬱そうにも、また悔しがっているようにも見えた。奥で静かに皿を磨いていた店主の妻が「話してやんな」と店主の横腹をつついた。


「スカーレットさんの村での扱いは知っていますか」

「ひどい、ということだけは」


店主はすでに輝くほど磨かれたグラスを白い布で拭きながら話しだした。


「スカーレットさんは、幼いころ盗賊に村を焼かれそれから孤児院で暮らしていました。それで二年前の徴兵の時、村長は多くの者を孤児院から選んだのです。スカーレットさんは女性ですが、あの孤児院では護身のために剣術を教えているそうでね、それが逆に彼女を戦争へ引きずり込んだのです。皮肉なことです。ニル老人は彼女たちを守るために剣を教えたのに、それが決定的な理由になり戦地に送ることになってしまうなんて。それで彼女は戦地へ向かいました。どうにもくわしくは知りませんが、彼女の友人が命を落としたようで――」

「親友だと言っていた」

「はぁ、そうですか。気の毒なことです。それから生きていることがつらくなって、死を覚悟で王の首を取り、腕を失ったとか」

「……それを俺が救った」


アクイラが憂鬱気に言った。


「そうでしたか、あなたが」

「どうしても救わなくてはと思った。死にかけの彼女を抱き上げて天幕に運び入れた。目が覚めた彼女はなんて言ったと思う?」


アクイラはいったん言葉を切って酒をあおった。そしてそれを音を立ててテーブルに置き、こぶしを握り締めて言った。


「死ねなかったと泣いたんだ」

「……でも、あなたが救ってくれたからスカーレットさんは生きて帰って来れたのです」

「どうだか。ああやって笑顔を見せてはくれたが、今でも内心は俺のことを恨んでいるかもしれない」

「あなたが助けなくても、別の誰かが見つけ出したかもしれないではないですか。彼女はここへ来るようになってから死にたいと口にしたことはありません。あの方は強い女性です」


店主はグラスを置き、また別のグラスを手に取った。


「王の首を取った彼女は英雄として村に迎えられました。しかしどうにもこの村はいけないのです。村長は彼女を銅像かなにかと思っておいでです。本当ならば、彼女はただの村娘のはずなのに、前戦争での英雄がこの村にいるというだけでも村を荒らす輩はあまり来なくなりますし。村人も彼女を遠ざける。

ここは古い村です。みな自分を守りたいのでしょうね。戦争を経験した者たちには暮らしにくいところなのです。私がこの酒場を始めたのもそういった人たちの安らぎの場を設けたいと思ったからなんですよ。

スカーレットさんは迷惑をかけられないと孤児院を出ましたが、彼女にはあそこしか家族がいないし、戦争でもらったお金だけでほかの場所に越すことは難しいでしょう。彼女は外では雇ってくれるところがないので内職をして、食べていくのが精いっぱいで」


アクイラは額に手を当てて俯いた。その表情はあまりに苦しそうだった。


「俺は――今でも自分がしたことが正しかったのかわからない」

「あなたは彼女を想っていなさるのですな」

「今回は……ないと信じたい。だがもし何かあった時には、今度こそ命を救うだけでなく彼女自身を支えようと心に決めている。彼女がそれを許してくれるかどうかはわからないがな」

「スカーレットさんが酒場で眠ってしまうことは初めてですよ。あなたはそれなりに信用されているのだと私は思いますがね」


店主が傷心ぎみの客にかけた慰めの言葉は、最後まで言い切るか、言い切らないかのうちにさえぎられた。急に外が騒がしくなり常連客の男が顔を真っ青にして駆け込んできたのだ。


「な、なにもんだかしらねぇけど村に剣をもった連中が――!」


それを聞き、アクイラは貧相をかえて椅子を後ろに倒す勢いで立ち上がった。




この説明の嵐はどうしたらよかったんだろうね(しかしこの作品は戦争背景がかなり薄っぺらい←)

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