22 銀と赤
一人旅というのは初めてだ。会話もなく、決まりもない。ブラッドの有り余る体力なら休憩も少なくどんどん進むことができる。村を出てすぐは友人たちに思いを馳せたスカーレットだったが、数時間もすればその思考はアクイラに向けられていた。
早く会いたい。会って、伝えたい。そう思いながらブラッドと進むこと4日目の朝、スカーレットは王都に到着したのだった。アクイラと少年たちを連れてきたときは早朝に出て4日目の昼に到着したのに、さすがブラッドである。パーティはこの日の晩に行われる。
スカーレットはまず国城に向かう前に城下で買い物をすることにした。ちょうど隻物亭から受け取った食料も底を尽きたのだ。朝食をとるついでに店員にドレスを売っている店をいくつか聞き、そこをあたった。
試着の際、隻腕だからという理由で少し躊躇はしたが、店員は特に気にした様子もなかった。さすが軍隊の拠点でもある王都の人間はこの程度では驚いたりしないらしい。さらにパーティの招待状があればドレスが半額になるということも教えてもらえた。軍団勤めの兵士は既定の制服で出席すれば済むのだが、それ以外の参加者は自分で正装を整えなくてはならない。軍役金を受け取ったのにそれで正装を準備させるのは申し訳ないというグラディアの提案だったようだ。
「戦争で生き残った皆さんには今夜くらい楽しんでもらわないとですから」
そういった店員の言葉には、辺境の村にはないようないたわりが感じられた。彼らは王都から離れたところで暮らす人々よりもずっと戦争のことを理解し、警戒しているのだ。
「そういえば、ご結婚なさってるんですか?」
ドレスを選びながら店員が言った。スカーレットが首をかしげると店員はスカーレットの左指を見ていた。なるほど、アクイラが買った指輪を見ていったようだ。
「あー、これは虫除けで買わされたというか……」
「ああ、そうですよねぇ。軍団は男性ばかりですから」
「ええ」
スカーレットは複雑な気持ちで笑った。まさか外で待たせてある黒馬の名前が内側に彫られているなどと、今になっては恥ずかしくて言えない。スカーレットは店員と意気投合しその店でドレスを買うことに決めた。それからまた軽く昼食をとると、どきまぎしながら国城へ向かった。
国城の門番たちは鎧姿ではなく軍団規定の制服を身にまとっている。スカーレットからすると少し新鮮だ。黒い制服は襟のふちに金色の刺繍が施され、金のボタンはきっちりと上まで閉められている。門番たちはスカーレットとブラッドを見るとすぐに通してくれた。
「招待状など見なくてもあなたのことはわかります。勇気あるレディガの英雄ですから」
「はぁ……?」
「私らなど馬の上で立つこともできぬのに! さぁ、お入りになってください」
兵士たちは最後の戦いのときのことを話しているらしかった。門番は入り口で待機していた兵士にブラッドを頼み、もう一人に荷物運びを手伝うよう命じた。
「あの、アクイラは今忙しいかしらね」
ドレスにしわをつけないように気を付けて抱えた兵士は、スカーレットの問いに少しだけ笑みを浮かべて答えた。
「そうですね、セルゼウス教官殿はお忙しいみたいです。でももしあれでしたらご案内しますが……」
「え、ああ、いいの! じゃあむしろパーティまで会わないって伝えてもらえない?」
「はい、わかりました。教官はぎりぎりまで書類をやるとおっしゃっていましたので、鉢合わせはないと思いますよ」
そこでちょうど兵士は歩みを止め、スカーレットを部屋の中に案内しドレスを寝台の上にそっと置いた。
「まだお時間ありますから、どうぞお休みください。後で着付けの者をよこしますから」
「あら、それはありがたいわ」
「いえ、では」
兵士は敬礼すると足早に去っていった。部屋で一人になってスカーレットは考える。あの兵士の、なんだかそわそわしたような笑みは何だったのだろう……。それに門番もスカーレットのことを知っていた。前戦争では終戦パーティには参加しなかったからわからないが、はやりここでも村と同じように「英雄」扱いされるのだろうか。しかしそれも悪くはないとスカーレットは思った。ここの者たちは別段スカーレットを利用しようというわけでもない。素直にその功績をたたえてもらえるならば、否定せず受け取ろうと思う。スカーレットはそこまで考えるとドレスを一番高いところに打たれたくぎに引っ掛け、自分は寝台で眠りについた。いつだが、少年たちに馬上が一番楽よと軽口を叩いたりはしたが、なんだかんだで馬上は疲れるのである。
次に目を覚ました時、スカーレットは何かの音に飛び起きていた。一瞬ここがどこだかわからなくなりあたりを見回しているとドンドンと扉がノックされた。スカーレットはあわてて手グシで髪を整えながら扉を開けた。目の前が真っ黒になり、驚いて一歩引くとそれが何なのかわかった。軍団既定の制服である。門番たちと違って肩章やメダルがついており位の高い人物だとわかる。
「よう、スカーレット」
さらにはその声で、顔を見る前に誰だかすぐに分かった。
「レインド隊長!」
もう一歩下がって、スカーレットは長身の軍人を見上げた。レインドは「よく来たな!」と笑みを浮かべスカーレットの頭を掻き回した。
「お忙しいのにわざわざありがとうございます」
「なに、俺は着付けの者を連れてきただけさ。お前さんがどれだけ化けるのか楽しみでな」
「やめてください、変な期待かけるとパーティ出ませんよ」
「おっと、そいつはいけねぇ。俺がアクイラと将軍にどやされちまう」
レインドはわざとらしくおどけて笑った。彼はひとしきり笑った後で「紹介する」と一歩下がった。するとそれまでレインドが一人で来ているかに思われたのが、後ろにから低身長の女性が出てきた。歳はスカーレットより少し上だろうか。すでに髪を上げ赤いドレスを身にまとっている。スカーレットより頭一つ背が低いのに、その女性からは女の魅力とでも呼ぼうか、そんなものが伝わってきた。スカーレットは驚いてレインドに視線を向けた。
「妻のカーリィだ」
「つっ、妻!? レインド隊長の、お、おお奥さん……しっ、失礼いたしました!」
スカーレットはいままで彼女の存在に気が付かなかったことが失礼にあたるのではないかと思いあわてて敬礼した。するとカーリィはレインド顔負けの明るい笑い声をあげた。
「あ、あの……」
「レインド! あんたの言う通りいい娘じゃないか! いいんだよスカーレットちゃん、あんたは軍人じゃないんだから。今日はあたしがあんたを軍人ではなく女性にしに来たんだ。覚悟しときな」
「え……は、はい」
カーリィは満足げに頷いた。レインドは後で会おうと部屋を後にした。
スカーレットはドレスを軽く着せられ髪を整えられた。こめかみから髪を編み込み、肩まで伸びていた髪と共に後頭部で束ね、花とレースで飾り付ける。今まで村でドレスを着るとき憂鬱になりながら適当にこなしてきた化粧もカーリィがやれば見違えた。最後にきちんとドレスを着れば終りである。カーリィはスカーレットの後ろに回り腰ひもをぎゅうぎゅう引っ張った。
「うぅ……ちゃんとしたドレスがこんなに窮屈で、化粧があんなにも時間のかかるものだとは知りませんでした」
村で着ていたドレスはこんなにも締め付けられなかったのにとスカーレットは思う。
「しかし、スカーレットちゃんはかわいいんだから、きちんと着飾れば花が咲くよ。これからは軍人ですから、だなんて言ってられないからね。気を付かなわいと」
「はい……」
腰ひもをキチンと結びカーリィは正面に立って出来栄えを確かめる。それから思い出したように腕輪のようなものを取り出した。それは腕輪にしては少し太かった。
「それはなんですか?」
「これはレインドからの贈り物さ。これをこうやって、右腕に布を巻くだろう?」
カーリィはスカーレットがいつもそうしていたように肘までしかない腕に白い布を巻いた。
「そして、こうだ」
その金の輪が布の上から上腕に巻かれた。太さが調節できるようで、カーリィはきつくないか確認しながらそれを巻いた。
「わぁ、ありがとうございます。隻腕でドレスを着るのは恥ずかしかったけれど、こんなに素敵なものをいただけて自信がわきました」
「そらよかった! ところで、個性的なドレスを選んだね」
「あ……やっぱりおかしいですかね」
「おかしくはないさ! ただ普通の女性はもっと色鮮やかでひらひらしたものがお好みだろう?」
カーリィの言うとおりである。スカーレットの選んだドレスは胸を出したりせず首元が閉められており、右半分が銀色で左半分は深紅の堅い素材だ。袖とスカートはふんわりとした白い布でできているがここにもリボンやレースは取り付けられていない。靴もヒールの入った白いブーツだ。
「なんだかすごく軍人って感じだよ。それで剣でも持ってれば戦の女神というかんじだね」
「女神は言い過ぎです……。けど、私にはお似合いかなって。アクイラのことを考えて選んだんです」
カーリィはなるほどね、と頷きバシッとスカーレットの背中をたたいた。
「あだっ」
「ちゃんとアクイラに伝えてやりな。喜ぶよ」
「……はい。ありがとうカーリィさん」
カーリィの笑みは品があるわけではなくむしろ豪快なのに、スカーレットには遠く及ばない魅力があるように感じられた。




