20 帰還
帰り道の集団はだんだん数を減らしていった。さらに隣にアクイラがいないので違和感にかられながらスカーレットは進んだ。いい加減話題も尽きた皆の為に、暗記した神話を語りだす青年がいた。それにもまたうんざりしてきたころ、ようやくスカーレットの村まであと三日、クーリフが自分の村への小道へ入る場所まで到達した。
スカーレットたちは集団より少し遅れてクーリフに別れの挨拶をした。
「あなたまでいなくなっちゃうと、静かになるわ」
「はっは! 最後の最後でなんてことを言うんだお前さんは。まるで俺がうるさかったみてぇじゃねぇか!」
「まぁ、その通りですよね……」
ウィリアムのつぶやきは風に消えてこの傭兵には聞こえなかったようだ。
「まぁ、俺の村って言っても所詮は拠点だからな。また傭兵業を再開したら、お前さんたちの村のほうにもいくかもしれん」
「そんときゃあ、俺たちがうまい店紹介するよ」
「そいつはいいなフェネック。まぁ、文を送るよ」
「はい、待ってますよ」
ウィリアムとフェネックは、クーリフと握手を交わす。そして預けていた友人たちの形見を受け取ると集団のほうへもどっていった。一番長く過ごした三人のわりにあっさりしている気もするが、おそらくは昨晩言いたいことも言ったのだろうな、とスカーレットは少年たちの背中を見た。向けた視線を戻し、スカーレットはクーリフと握手をした。
「あんたと共に闘えて、よかったよ」
「こちらこそ。あなたには色々助けられたわ。終戦パーティには?」
「いけないだろうなぁ。だからしばしお別れだ」
しばし、というがそれがどれだけ先のことなのか、考えてみてスカーレットは切なくなった。それを見て、クーリフはまじめな顔つきで言った。
「この戦争はつらかった。あいつらは無二のものを失ったし、お前さんもいろいろ苦労があっただろう。だが、一つよかったことがあるとすれば良い仲間に巡り合えたことだ。俺はお前たちを一生忘れんよ。傭兵ってのは、いちいち思い出を持たないほうがやりやすいが、こればっかりは別だ」
思えば、当初からクーリフは大事なものは作らない性分だと自分で言っていた。だがこの戦争で得た仲間は別だという。それはクーリフがこの仲間とともにいられたことを心から大切に思っているからこそだ。スカーレットは親しみを込めて言った。
「ええ、私もよ。また会いましょう」
手綱を引くと、ブラッドは元気よく前足を上げた後で走り出した。
「スカーレットー!」
一団に追いつくころ、クーリフが呼び止め、ブラッドはじれったそうに足を緩めその場で回った。もう表情もわからないほど小さくなってしまったが、クーリフの大声は十分に届いた。
「俺ぁ、お前さんとアクイラの幸せを応援してるぜー!」
「っばーか! ……ありがと!」
傭兵クーリフは、大きく手を振って小道へ消えていった。
三日後の昼、スカーレットたちも軍を離れた。名前も知らない、だが同じ死闘を潜り抜けてきた剣の兄弟たちはほかの仲間たちにもそうしたように、大声で三人を見送った。
フェネックの町から招集されたほかの兵士は誰もいないようだし、スカーレットの村もまた然りだった。結局自分の村からほかに召集されたのが誰なのかわからなかったことを思うと少しおかしな気持ちになる。
分かれ道に入り、軍の集団が見えなくなるとフェネックと別れる道が来た。スカーレットはいまだポケットの中にある、あの3の目のサイコロを一つフェネックに、もう一つをウィリアムに渡した。どうせすぐに会える。そういってクーリフのサイコロを受け取ったフェネックは行ってしまった。ふたりはさっさと行ってしまったフェネックが、実は涙をぼろぼろ流していることに気づいて、「またね!」と大声で見送った。
シンと鎮まる小道。木や草に囲まれた中とうとうふたりだけになり、スカーレットとウィリアムは顔を見合わせた。
「……帰りましょう。私たちの村に」
「スカーレットさんにとってはろくでもない村に、ね」
「言うようになったわね」
石畳の細道に聞こえるのは、一頭の馬と二人の足音だけだ。ウィリアムは軍に馬を返したから、ブラッドに荷物を乗せて歩いた。そのブラッドの背中にはマークとヴァズの剣が掛けられている。
「軍役資金はもう村に送られているみたいだから、私はそれを受け取ったら隻物亭に行こうと思うの。あなたはどうする?」
「僕は、剣を両親に届けなくちゃだから」
「一緒に行きましょうか?」
スカーレットは言ったが、それは言ってみただけだった。案の定ウィリアムは首を横に振った。
「僕が、ちゃんと自分で行きます。マークとヴァズのお母さんには昔からお世話になってたから。これは、僕がやるべきことなんだ」
立派になったなぁと思う反面、スカーレットはウィリアムの目に浮かぶ涙に気が付いていた。少し歩きにくいが彼の頭を抱き寄せると、ウィリアムは石畳に染みを作った。
「僕は、僕は村を出ます」
「ウィリアム」
「あの村には思い出がありすぎるから、僕には辛い。道のくぼみ一つとっても、その辺の木一本をとっても、この古い小道でさえ僕にとっては、彼らとの思い出なんです。この道までフェネックを迎えに来て、村のアーチをくぐって、僕か、マークか、ヴァズの家でおやつを食べたら鬼ごっこをして、木登りして、時々怒られて……。楽しい思い出のはずなのに、今は――」
スカーレットにはそれが痛いほどわかった。今だって、幼馴染との思い出は辛く感じる。だからスカーレットは言った。
「辛いわね。でもねウィル。村を離れても、決して思い出は捨てないで。あなたが忘れてしまったら、彼らは本当に消えちゃうのよ。いつかきっと、笑って話せる日が来るから、捨ててはだめよ」
肩を震わせながら、少年は頷いた。ゆっくり歩みを進めると、村の入り口につくまでにウィリアムの涙は収まった。
村の入り口にある古びたアーチの向こうには、多くの村人が押しかけていた。村人が掲げる赤い旗には「英雄スカーレットとウィリアムに光栄あれ」、青い旗には戻れなかったほかの村人への冥福が祈られていた。早いことに、国城からは確認が取れただけ死者の報告が各村に伝えられていたようだ。ウィリアムは青い旗に二人の友人の名前を見つけ、うつむいた。
こんな見せかけのものは、いらないのに。スカーレットにはよくわかっていた。村長はこうして自分たちを村に迎えることで、村人たちにその存在を明示しようとしているのだと。
自分だけならまだしも、まだ未成年であり心に深い傷を負ったウィリアムに自分と同じ思いをさせるわけにはいかない。
スカーレットは眼光を鋭くし、アーチをくぐった。ウィリアムをかくまうように、その前に立ちながら。ブラッドが荒い足音を立て、不機嫌そうに首を上下に振った。
「ウィリアム!」
拍手喝采、歓声の中から、女性の声がかすかに聞こえた。ウィリアムは気づいていないようだが、スカーレットはブラッドの背から2本の剣を下ろし、振り返った。
「なんですか?」
ウィリアムが顔を上げ、剣を見た。
「この茶番は私に任せて、あなたはお母さんの所へ行くの。未成年のもとに保護者が来たんだから、当たり前でしょう?」
「でも、スカーレットさんがまた……」
「私はもう、村長に負けないわよ」
力強くウィリアムの肩に手を置くと、彼は剣を受け取った。何かの儀式とでも思ったのか、近くにいた村人が訳も分からず歓声を上げるものだからたまったものではない。
「ブラッド! 道を開けてきて頂戴」
スカーレットが命じるとブラッドはいななきを上げ村人たちに向かって歩き出した。歓声は悲鳴に変わり、道が開けられる。そこでもう一度ウィリアムの名が呼ばれた。
「ウィリアム!」
ブラッドが歩みを止め、一人の女性と、その後ろにもう二人の女性が姿を現した。どこか少年たちの面影を感じる。おそらく彼女たちが母親だ。
「母さん……!」
スカーレットは背中を押してやった。ウィリアムは少年らしく、母のもとへ走り出した。みっともなく泣きじゃくりながら、ウィリアムは三人の母親に囲まれた。母たちも涙を流しウィリアムを抱きしめる。スカーレットは無言で頭を下げると、そのまま村人たちの囲んでいる道を歩き出した。
「ブラッド、本当に虫唾が走るわね。ええ、もう本当にあなたもそう思うわよね?」
スカーレットはブラッドの首筋を撫でてやりながら進んだ。正面から腰の曲がった男が歩いてくる。憎たらしい村長である。村長は手を挙げて村人たちの歓声を抑えた。皆今度は黙って、村長とスカーレットに目を向ける。
「英雄スカーレット、そして若き戦士ウィリアム!」
わざとらしく村長が言う。
「よくぞ村のために戦い、生きて帰った。村人は皆、そなたたちを誇りに思いこうして出迎えに来た」
今一度歓声が上がる。その声が鎮まる前に、スカーレットは大声で言った。
「私は! 村のために戦かったのではない。私はグラディア様やレインド隊長に従ったまでのこと、あなた方からの祝福を受けるつもりはありません」
「なんと、謙虚な英雄である。自分たちの功績をもっと喜ぶべきだ」
「功績ですか、ならば軍役金がこちらに届いているはずです、今いただけますか」
村長は少しいやそうな顔をした後ですぐ取り繕うように笑みを浮かべた。
「そう、焦らず。村では終戦パーティを開くことになっています。ぜひとも、その時皆の見えるように渡したいと考えているのだが……」
あきれたものである。何が終戦パーティだ。戦地から遠く離れたこの村で、何を。
「その必要はございません。ともにこの村から選ばれた兵士にはご冥福を祈ります。私はいったい誰が招集されたのやらわかりませんが、同じ戦場で戦ったことは事実、またその家族の方々が夜も眠れぬ気持ちでその帰りを待ったこと、お察しいたします。さらに共に進軍した二人の少年にも、ご冥福を祈っております」
スカーレットは頭を下げた。幾人かが、悲鳴のような泣き声を上げた。今まで冷たくされた村人といえど、残された者の気持ちがわからないスカーレットではない。スカーレットはもう一度頭を下げてからブラッドにまたがり役所へ走り出した。制止の声も聴かず役所へ行けば、そこには数人の若者がいるだけだった。まだ若い男がいたにもかかわらず自分と少年たちが招集されたのはおかしなことだと思いながらスカーレットはブラッドから降りず役所へ入る。まさかここへスカーレットが来るとは思わなかったのだろう、役員たちはおびえたように部屋の隅に寄った。
「私とウィリアムの軍役金をいただけますか。もらえないはずがありません、王都の役人は優秀ですから手違いなどはないでしょう」
にこりを笑顔で言えば、おびえた役員がさっさと軍役金の入った袋を二つよこした。
「ウィリアム!」
村の入り口に戻ってきたスカーレットは、散り始めた村人の間を縫いながら家族に囲まれるウィリアムに追いついた。一同は顔を上げてスカーレットを見た。
「スカーレットさん!」
「あなたの軍役金よ。これを受け取るために村長に付き合うことはない。これは、あなたが好きに使っていい。この村を出るには少し足りないけれど、足しにはなるし。これは生きて戦地から帰って来れたあなたへ、国からのお礼のお金よ」
ウィリアムはうなずいてそれを受け取った。
「じゃあ、私は村長に見つかる前に行くわね」
「はい。村長はあなたを追って役所のほうに行きました」
「わかったわ。また会いに行くから、あー……あなたの両親が許してくだされば、だけど」
遠慮気味に言うとウィリアムは笑った。
「あなたは僕たちの恩人ですよ。ダメなわけ無いじゃないですか」
ねぇ、母さんとウィリアムが振り向くと、母親たちは何度もうなずいた。
ウィリアムの母は涙で言葉が出ない代わりにスカーレットをやさしく正面から抱きしめた。ウィリアムの母はスカーレットよりも小柄なのに、全身を包まれるような、そんな感覚がした。これが「お母さん」というものなのだろうか。本来ならば、この母親たちに抱きしめられるのはマークとヴァズだったはずなのに。スカーレットは思わず涙を浮かべながら頭を下げ、路地裏に消えていった。
***
路地裏は表の道とは違い静かで暗かった。だが偽りの騒がしさと比べれば、ここには嘘がないとスカーレットは思う。この細い道を進んでいけば、隻物亭がある。スカーレットはブラッドを連れて進んだ。曲がりくねって複雑な道の中に、その酒場はある。普通ならばここは裏口なのだが、隻物亭には裏口しか存在しない。表からは壁と、その前に花壇があるように見えるだけだ。この店自体が村の建物とは真逆の向きに建てられているのである。
まだ昼間だからだろうか、酒場はいたって静かだ。スカーレットはブラッドを店の横にある小さな厩代わりのスペースにつなぎ、扉を確認する。どうやら開店中のようだ。それにしてもその静けさは何かおかしな静けさだった。食器を洗う音くらいしてもいいのに。
頭上に昇った太陽は狭い路地裏にも光の線を描く。不審に思いながら、スカーレットは扉を開けた。
瞬間、スカーレットは目を大きく見開いた。その静けさからは想像もつかないほど多くの客たちが、席に座ったり立ったりして、一様にこちらを見ていたからだ。スカーレットが声を上げる前に、男たちは肩を組んで言った。
「おかえり、隻腕の我らが英雄スカーレット!」
男たちはにぃーっと髭だらけで汚い顔に笑みを浮かべた。スカーレットはたまらず叫んだ。
「ただいまみんな!」
浮かべられた笑みは声に変わった。皆は大声で笑いながらスカーレットを迎えた。戦争はどうだった、辛かったろう、戻ってこられてよかった、またお前さんと酒が飲めて俺は幸運だ。それぞれ戻れたことへの祝福の言葉をかけた。そんな騒がしい近所迷惑な男たちを落ち着いた様子の店主がやんわりと止める。店主はスカーレットの胸のブローチを見てそっと微笑んだ。
「店主さん、あなたが集めてくれたの?」
「いやなに、皆が勝手に集まってきただけです。お得意さんが帰還するなら迎えないとって。ここは私と妻の店なのに、いつの間に従業員だらけになってしまったようで」
「ったく本当だ! 俺ですら従業員じゃねぇのによ! おらお前ら通せ!」
奥から、聞き覚えのある声が聞こえてきた。皆は半ば押しのけられるようにその人物に道を開ける。あらわれたのは顔に似合わないエプロン姿の猟師ガリウスだった。
「ガリウス! ああ、久しぶりだわ」
「ようスカーレット。もう片方の腕も無くなってるんじゃないかと心配したぞ!」
「笑えない冗談ね。右腕の右腕はなくしちゃったけど、どうにか無事よ」
「うん? 右腕の右腕?」
首をかしげるガリウスにスカーレットは笑った。彼は腑に落ちない様子だったが気を取り直したように空けてある席にスカーレットを座らせ、そのテーブルに皿を置いた。皿の中はスカーレットの好物である鹿肉のシチューである。その隣にはパンが置かれた。
「わぁ! これ」
「お前がくれたブローチで短剣を買えたんだ。 お前に食わせないで誰に食わせろってんだ」
「ガリウスに料理させるのは大変でしたよ」
カウンターから店主が声をかけるとガリウスが恥ずかしそうに顔を赤らめた。
「あなたがやったの?」
「おいガリウスがやったのか!? 俺たちにも味見させろや!」
「っせぇ! お前らにもやるからちょっと待てや!」
飛んできたヤジにガリウスは怒鳴り返した。そこでスカーレットは早速シチューをいただくことにした。軍役中にはあり得なかった柔らかいパンを片手でうまくちぎり、シチューを載せて頬張る。じっくり煮込まれた柔らかい鹿肉は生臭さなどか感じられず、形容できないほどおいしかった。
「ど、どうだ……?」
「おいしいわコレ! あ~、生きて帰ってこれてよかった!」
「っしゃあ! よしお前らも食え! 今日はみんなで帰還を祝うんだ!」
酒場に押し掛けた客たちは、また近所迷惑な雄たけびを上げた。
食事を終えたスカーレットは客たちに戦争でのいきさつを話した。そこで話しながらスカーレットはこの数日あまり考えないようにしてきたことを考える羽目になった。アクイラのことである。これからどうするかはまだ決めていないが、自分はこの村を出るかもしれないとだけスカーレットは告げた。
「お金もかかる話だし、それはまださておきお前たちには交際期間がないからなぁ」
話をすべて聞いたガリウスが言った。
「村はこの国の北と南だから、頻繁に会うのも無理だ。そうなるとお前があの騎士のもとへ行くときにはもうめったなことじゃ帰ってこないと考えなきゃならん。だからお前は悩んでいるんだな」
「それもそうだし、第一私わからないのよ。このさきずっとアクイラのこと好きなのか。いえ、それよりむしろアクイラがずっと私を思ってくれるかなんてわからないじゃない」
「そりゃあ、どこの夫婦だってそれは同じことさね」
客たちはスカーレットの村での扱いは知っている。知っているからこそスカーレットが愛だの恋だのをまるで分かっていないことも知っている。
「まぁ、あたしからいわせりゃあ」
静まってしまった酒場の中で、店主の妻が皿を拭きながら言った。
「最初は愛してるだの好きだのって言い合うものだけどねぇ、ある程度時間がたってきたら一番必要なのは相手への信頼さ。その点じゃあ、スカーレットさんと騎士様とならうまく行くんじゃないのかい? ま、距離が距離だけに慎重になるのもわかるけどね、あんたがこの先もこの村にいて、幸せになれるかっていうとあたしにはそう思えないよ。そろそろ女の子として幸せになたっていいんじゃないのかい」
「奥さん……」
まぁ、気長に考えてみることだと、店主の妻はまぶしい笑みを浮かべていった。




