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片腕の英雄  作者: ラニスタ
17/24

16 最後の出陣

 小競り合いの後、丸一日の休みが与えられた。彼らは一日中寝こけたり、残り少ない酒を飲んだり、歌を歌ってその一日を過ごした。スカーレットはじっとしていることが苦手なので、負傷兵たちの手当てを率先して手伝った。

もうあまり急ぐ必要はない。レシウスは兵力を出し切ってしまっただろうから、急ごうが急ぐまいが王都の国城ががっちり固められていることはわかっているのだ。

 それにしても、今回は単調な戦争だったようにスカーレットは思う。海戦の時は思わぬ援軍を得たが、今回は単純に南下して戦いを繰り返したに過ぎない。実際は将軍が味方や敵とやり取りをしてきたのだろうが、その辺はスカーレットにはわからない。アクイラが言うには、裏をかかないことも時には功をなすとかなんとかで、なんにせよあとは一度戦えばこの二か月にわたる戦争も終わるようだ。

村を出たころよりも、だいぶ暑くなった。人も馬も減り、衰弱してきたが、外国の援軍と、あと一度きりだという気持ちが皆を前向きにさせた。


翌日、予定通り南下すると要塞においてきた残り半分の兵士たちと合流した。彼らは十分に暇を満喫したようで、憔悴したグラディア一向にかいがいしく世話を焼いた。そこで一行は再び1日の休みを与え、最後の戦いに備えさせた。

少年たちは休みの知らせを聞いて、馬上でうなだれていたのが少しだけ元気になった。

ウィリアムなどはずるりと馬から落ちるように地面に足を付けた。


「ウィル、あなた大丈夫なの?」

「え、ああ、馬から降りられる時間は至福ですから、気が抜けて」

「なに言ってるのよ、馬上が一番安全で疲れないわよ」


すると疲れのせいで珍しく無言だったフェネックがようやく声を上げた。


「それこそ、なに言ってんのさ! 俺たちケツの皮がむけて死にそうだよ! おかしいでしょうスカーレットさんのほうがケツの皮むけそうなのに!」

「フェネック、スカーレットのしりをケツというのは止せ」

「アクイラ、あなたこそそういう発言控えなさい」


はぁ、とスカーレットはため息をついた。


「私は小さいころから馬に乗ってるのよ。だからもうケツの皮も分厚いの」

「スカーレット、自分のしりをケツなどと――」

「ごめんったら、もう」


アクイラのわざとらしい返しに少年たちはおかしそうに笑った。しかし、こういう話ならば必ず食いついてくるクーリフが今日は静かだ。もしかしてクーリフこそお尻が痛くて参っているのかしら、とスカーレットは振り向く。が、そんな心配は無用だったようだ。


「クーリフ、あなたなんてところで眠ってるの。落ちるわよ」

「あ? ああ……オジサン疲れっちまったのよ」


鷲鼻の下に手を当てて、年長者の傭兵はあくびをかました。そんな彼らに、スカーレットは少しばかり不安になった。こんな調子で最後の激戦を乗り越えられるのだろうかと。


「あなたたち、明日からはしっかりして頂戴ね」

「それは当り前さ。傭兵はきっちり働いてなんぼだからな」

「それが聞けて安心」


 スカーレットは言いながら馬首を返した。


「私負傷兵のとこに行くから、またね」


ブラッドは爽快な足音を立てて小走りに負傷者用のテントへ向かった。


「……アクイラさん、スカーレットさんって元気なんですね

「いや、どうにもあいつは暇を持て余すことが苦手らしい」


負傷者のテントはここに到着してすぐに建てられたもので、スカーレットは救護班の荷物運びを片腕ながら手伝った。それから2日ほどの南下で弱った負傷兵たちの包帯を巻き替える作業に当たるため、かごを抱えてテントに入った。

テントの中は、嫌なにおいがする。血と薬の匂いだ。さらに蒸し暑いせいで空気がこもっている。


「みんなあっつくない?」


入って早々に声をかけると、負傷兵たちはだるそうな声でもちろんだと答えた。どうにかできないかしら、とその辺を見回す。


「ねぇ、なにか棒とかない?」

「どうせ俺はしばらく歩けねぇんだ、こいつを使ってくれ」


声を上げたのは、南下前にスカーレットが面倒を見てやった負傷兵の一人、メイラだった。


「ありがとうメイラ、助かるわ」

「で、俺の杖をどうするんだい?」


金髪の若者は折れた膝周辺の筋肉をほぐしながら尋ねた。


「地面に刺して、そこにテントの垂れ幕をかけるの。今日は風も強くないから、垂れ幕が少し浮いて下から涼しい風がはいるってわけ」

「そりゃいいや」


しかし、片腕だと慣れない作業はうまくいかない。スカーレットは唸りながら剣で土を掘り返した。と、一番近くにいる足を負傷した中年兵士が短剣と両腕をもってしてそれを手伝った。おかげで硬い地面に穴が開き、杖を刺すことができた。さらに掘った土をかぶせて、ぐらつかないようにしてから垂れ幕を杖に引っ掛ける。その時ちょうど風が入り込み、負傷兵たちは「おお!」と感嘆の声を上げた。


「よかった、うまくいって。ありがとう手伝ってくれて」

「なに、俺たちと同じ負傷兵の御嬢さんがいたら手助けしたくもなる。あんたがわしらを助けてくれるようにな」


このテントには、脚か腕を負傷した兵士たちが集まっている。彼らはほかの負傷兵と違い、自分と同じスカーレットを受け入れた。またスカーレットもそれをわかっていたからこのテントを選んだのだった。


「ほら、じゃあ端から包帯を変えるわよ」

「片腕の女神さまがやってくれるんなら、二倍速で治りそうだぜ」

「大げさね」


負傷兵たちの包帯を変える作業は午前中もあれば済んでしまった。この前の小競り合いはそれほど大きな被害はなかったし、それ以前の負傷兵は先に帰国させているからだ。このテント自体もそう大きくないし、ほかのテントにはほかの係りの者がいるはずなので、スカーレットはその場で固まった筋肉をほぐしてやったり、仰いでやったりした。


「なぁ、明日にはもう、南下するんだよな」

「え? そうね、その予定だけど」


スカーレットが足の具合を調べてやっていると、メイラは唐突にそう聞いた。彼はスカーレットの返答を聞き、少しだけ肩を落とした。


「そんなに落ち込まないで。負傷兵は安全な場所で待機するんだから、危険なんて――」

「そうじゃないんだ!」


メイラが声を上げるので、せまいテントの中は沈黙に包まれた。メイラは負傷した仲間たちを見回して、少し悩んだように口を開けたり閉めたりした。一人の兵士が先を促す。メイラは言った。


「さっき、テントに移動してきてすぐにグラディア将軍が来てくださったんだ」

「将軍が……」

「最後の戦いでは必ず平和をもたらすから、待っていてくれと。本当は先に帰国させたいが今は一人でも多くの兵士がほしいから、送る手立てがないと謝って頭を下げられたんだ」


国を率いる大将軍が平の兵士に頭を下げたともなれば、それはとんでもない話だ。だがスカーレットは、驚きはしたが納得もした。彼らしいと、そう思ったのだ。


「俺ぁ、怪我したのは痛てぇけど、正直ラッキーだと思ってた。もう戦わなくて済むんだって。だけど、その気持ちが一瞬で罪悪感にすり替わっちまったんだ。ああ、なんで俺はあの時負傷したんだろうって。最後まで、みんなと闘えればよかったって」

「メイラ……」

「所詮、もう戦場には立たない兵士のグチだけどな」


ほかの兵士たちも、黙ってうつむいた。それは皆がメイラと同じように考えているということだった。スカーレットは自分の浅はかな言葉を後悔した。


「メイラ、ごめんなさい。私が負傷したのは最後の戦いだったから、みんなの気持ち全然わかってなかった」

「あんたを責めるつもりじゃないんだ! 俺たちは片腕になってもそうやって前向きな女神さまに希望をもらってんだからさ! ただ、一瞬でも逃げられると思って安堵したことが、なさけなくて」

「情けなくなんてない。だってメイラたちは、それを後悔したんだから。人間味があっていいじゃない。ほら元気出して!」

「あだぁ!」


軽く傷をつつくと、メイラが悶絶する。静寂していたテント内は笑いに包まれた。テントの外で、グラディア本人がそのやり取りを聞いて微笑んでいたことを彼らは知らない。


「ずいぶんと明るい負傷者テントだ……」



***


 翌朝、レシウス、プレハ兵たちは馬首を並べ進行した。3日南下すれば王都へ到着するのである。あまりに正々堂々とした進軍に兵士たちは逆に不安を忘れていた。敵の居場所もわかっているうえ、こちらがこうも堂々としていれば奇襲をかけられることもない。両軍は真正面から戦うしかないのである。ただでさえ隣国に半数近くの兵士を送っていて空っぽ状態のレシウスの勝ち目はかなり薄かった。

だんだん地平線の向こうが黒々としてきた。はじめは何だろうかと兵士たちは首をかしげたが、ある程度近づけばそれはレシウスの兵士たちであることが分かった。彼らもまた、逃げも隠れもせず、といった具合だ。ただ、よほどせっぱつまっているのか戦前の将軍同士の対談は行われなかった。


「要塞にのこった歩兵は中央に並べ! 騎兵は両端だ!いいな!」


昨晩のうちに確認されたことをレインドがもう一度叫ぶ。すでにほとんどの兵士たちは配置についていた。スカーレットは右翼の騎兵の中の一人だ。いつもの通りアクイラと背中合わせに馬にまたがっている。近くにはクーリフとフェネック、ウィリアムも、さらにはこの2か月間で顔見知りになった兵士たちもいる。スカーレットは緊張していながら、どこか心強さを感じていた。


「スカーレット、大丈夫か」


銀の腕輪をはめた片腕が、振り向いて問う。


「ええ、あなたこそ」

「俺はこういうことには慣れている。が、さすがに少し緊張するな」

「これが最後だもの。必ず生き残らなくちゃ」


ここまで来るのに、いろいろあった。噴水のある広場で、徴兵を宣言されて走って逃げだしたり、ブラッドを買い上げて喜んだり、人とのつながりに不安を覚えたり、友人を亡くして悲しんだり。毎日ほこりまみれで、疲れ切った。それでもここまで耐えてこられたのは、間違いなくこの右腕のおかげだ。


「アクイラ」


だが、「ありがとう」と言うのは、まだ早い。


「あなたの背中、私が守るわよ」

「なにを。それは俺のセリフだろう。君の背中は――君は俺が守る、必ずな」


角笛と、太鼓の音が腹の底に響く。地面が揺れ、叫び、馬が駆け出す。スカーレットは後ろの兵士たちの指揮を上げるように叫んだ。


「勝つよ!!」


王都門の前から駆け出したレシウス兵士たちも、中央が歩兵、両脇に騎兵を配置していた。両軍の騎兵が、まず激しくぶつかり合う。アクイラが大きく腕を振り上げるのが視界の端に移った。スカーレットとアクイラはもともと剣が得意だし、槍を振り回すと背中の相棒にぶつけてしまうからほかの騎兵よりも攻撃範囲は狭い。だがブラッドの圧倒的脚力と左右両方をお互いにカバーしあうことで、不利益は生じない。むしろその辺の騎兵など相手にもならない。はじめは妙な二人組がいるぞと弱みに付け込みたい輩がとびかかってきたが、その輩が次々倒されていくとブラッドの周りには面白いくらい敵兵が近寄らなくなった。ブラッドは気を良くしてさらに走り回る。戦場をかける黒馬は、だれにも止められない。

一方そのころ、中央に配置された歩兵たちも激突していた。後がないレシウス軍の士気は高いが、長期間の休養を取れたことと、背後で外国軍が支えていることもあり、両軍はなかなかに良い勝負を繰り広げていた。歩兵の指揮を執るのは歩兵隊長の男、ボロミアである。彼の取柄は「大声」で、それを生かして安定した指揮を行っていた。

さて、そのボロミアは、スカーレットたち両翼の騎兵が押しているのを見ると、せっかく耐えていた歩兵に少し引くように指示を出した。ボロミアの声が届く中央のさらに真ん中にいる兵士たちは言われた通り引いていく。声が聞こえない周りの兵士たちはなんとなく真中が引いていることに気が付き、わずかに後退した。レシウス軍はさらに勢いを増す。このままいけば乗り切れるかもしれないと。後がないため士気の高いレシウスの兵士たちは、猪突猛進した。彼らに考えている余裕はない。

そしてこれが、グラディアが外国軍からもらい受けた戦術所の中にあった戦法を利用したものだ。どんどん前進するレシウス軍に、レディガ、プレハ軍は弓型に中央を後退させた。ふと、レシウスの隊長は気が付く。押しているはずなのに、向こうがめげる様子がないのはおかしい、なにか余裕すら感じると。だが気が付くころにはもう遅い。責め立てる両翼の騎兵がいつの間にレシウス軍の両脇を囲んでいたのだ。

慌てて後退しても、背後には城門と城壁がある。レシウス軍は優位と勘違いをして、いつの間に包囲されていたのだった。


こうなれば、レシウスは王都に逃げ込むほかない。それか住民に危害を加えないためにここで降参するしかない。だがレシウスもそこまで甘くはない。城壁の内側に入った彼らは国城に立てこもろうと走り、城門を閉める。

そこでボロミアは外国軍に持たせておいた梯子を持ってこさせるとそれを城壁にかけた。門に梯子をかけて上る場合、熱湯やら油が落とされるかもしれないが、見たところ城壁にはそういった構造はない。数人ずつしか入れないが、逃げ惑うレシウス兵達のほとんどは城門に鍵をかけただけで行ってしまっただろう。思った通り、身体能力の高い軍団兵士数人を送り込めば門内側からすぐに開いたのだった。

姿を現したレシウスの王都は、無人だった。兵士を除けば、まるで人がいない。浮足立つ兵士を抑え、グラディアが先頭に出て街を眺めた。


「将軍、これは……」

「レインド、簡単な話さ。彼らは死ぬまで戦うつもりで街を空けたか、あるいは若い王に変わったことで少しでも民を守ろうとあらかじめ避難させたか――どちらかだ。だがこの門で我らを少しでも足止めしようとはせず、城に立てこもったのは賢明な判断かもしれない。私の読みが違わなければ、ここの王は私たちと最後に今一度話し合うつもりではないかな」


どうだろう、とグラディアの青い瞳が金色の前髪の陰からちらりと覗いた。レインドは同意した。


「あなたがそういう時には、たいてい読みが当たっているのです。まずは城を包囲して、王を引きずり出しましょう。なに、あの城は包囲戦向けではありませんから、油だとか熱湯だとか、矢の雨は降りません」

「よし、では指示を出してくれ。弓を置いて、城を囲むように」


その知らせを聞いて、スカーレットは剣を収めた。クーリフも少年二人も同じようにすると、彼らの周りはだんだん冷静になって、血走った瞳は通常に戻っていった。


「アクイラ、これ……どういうことかしらね」

「さぁな、だがこの様子だと、これ以上は戦わずに済みそうだが……」


あたりを見回しながら、アクイラはなんとなくそわそわしていた。それを見て、後ろにいたクーリフが声をかけた。


「俺にもさっぱりだ。とにかくお前たちは将軍の近くにいたほうがいいんじゃないのか。いくらあの戦闘に向かない城とはいえ、将軍を一番前にしていくのは俺としても不安に思うよ」


クーリフはウィリアムとフェネックは任せろ言う。スカーレットもうなずいた。


「私もなんだか不安だわ。将軍のところに行きましょう」

「いいのか、将軍を守りに行くことがわかっているのなら、前に行くことは危険を伴うと君もわかっているだろう?」


そんなことは百も承知だ。街の影に残っている兵士が突然とびかかってくるかもしれないし、どこからか矢が飛んでくるかもしれない。けれどスカーレットは、昨日メイラたちが最後まで戦いたかったといったことを思い出すと、何が起こってもグラディアを守らなくてはいけないと感じたのだ。それに、軍団兵士でないにしろ、グラディアとレインドはスカーレットの恩人だ。大事で危険な時だからこそ、行かなくては。


「私はいいのよ。とにかく、行きましょう」

「……ああ、行こう」


そこでアクイラはブラッドを少し駆けさせグラディアのもとへ向かったのだった。


「将軍」

「アクイラ、スカーレット。無事だったようだね」


右翼から斜めに走り、城門を抜けたグラディアに追いつきアクイラが声を上げると、グラディアは振り向いて微笑を浮かべた。将軍の近くにいた小隊長たちがアクイラを気に食わなさそうに見た。隊長でも何でもない兵士が、しかも後ろに女を載せて大事な場面で将軍のもとに来るのは、彼らからすればおかしな話なのだ。


「お前が死んでしまってはレインドの後継ぎがいなくなるところだった、よかったよ」


それをわかっていて、グラディアはそういった。彼の言葉に偽りはないし、そう言っておくことで小隊長たちを納得させておこうとしたのだ。


「とんでもございません。私はただ、最前列にいらっしゃる御身を守るために来ただけです。お気になさらず」


アクイラは頭を下げていった。スカーレットもそうしたいが、あいにくベルトでアクイラと背中合わせにくくられているためそれは叶わなかった。

国城までの一直線は広く、そして坂道になっている。本当ならば、この道を行進するのは勝利したレシウス軍のはずだった。レシウスの兵士たちは今頃歯ぎしりでもしながらこの光景を見ているだろう。レディガとプレハの軍旗が生ぬるい風に翻った。

城に近づくと、戴冠式などで利用するバルコニーに一人の男とその従者たちが立っていた。まだ若いが、白い毛皮で飾られた赤いマントをはおり、王冠を太陽に輝かせている。あれはおそらく、レシウスの若き新王に違いないと皆はすぐに考え付いた。まさにその通り、彼は先日亡き父に代わり王に即位したエルファシウスである。

その国王を見たせいだろうか、それとも国城を包囲したせいだろうか。落ち着き始めていた兵士たちは、バルコニーの正面の隊を中心に急に浮足し立って声を上げたり、威嚇でもするように剣を掲げたりした。


「静まれ! 剣を下ろせ!」


隊長たちが必死に叫ぶが、その叫びはかえってあおっただけだった。話し合いを期待してきたのに、味方がこうも騒ぎ立ててはその気がないのだとレシウスに思わせてしまう。グラディアは珍しく汗を流しながらなんとか止めようと指示を出した。グラディアのすぐ近くにいるアクイラも、ここにきてこんなことになるとは、なんとか手を打たねば、と必死に考える。こんな時のために外国軍が居るわけだが、まさか敵の真ん前で味方同士を戦わせるなどできるはずがない。

騒ぎ立てる兵士と焦る将軍。一方アクイラの背中にいるスカーレットにはすべてが見えていた。

お前たちがプレハに侵攻しなければ、俺の友達は死ななかったんだ。

お前たちが来なければ俺は戦争に来なくて済んだのだ。

お前たちが来なければ――。

バルコニーのほうでも混乱が起こり始めている。従者たちが王を城の中に引き戻そうとして、王がそれに抗う。中には弓を構えだす者もおり、さらに混乱を深めた。

ここで外国軍の太鼓を叩いてもさらに声は増していくだろう。スカーレットは焦燥感に駆られた。アクイラの動揺が背中越しに伝わってくる。せっかくここまで来たのに、憎しみでさらに犠牲者を増やすなんて。何か、方法があるはず。なにか――

次の瞬間、スカーレットはこの前の小競り合いの時のようにベルトを外した。アクイラがはじかれたように振り返る。


「スカーレット、何を……!」

「アクイラ、いい? 私の腰をおさえていて!」

「おい、どういう――」

「早く!」


ものすごい剣幕で言えば、アクイラは訳が分からないままにそれに従った。スカーレットはブラッドの腹をひとなでしてから、鞍の上に足をかけた。そのまま、よろけながら立ち上がる。ぐっと視界が高くなり、何人かがそれに気づき顔を上げた。敵の王都まできて気持ちが一つにならない兵士たちは、ひどく滑稽だった。スカーレットは一度おさめた剣を抜き、天に掲げた。そして、できる限り息を吸い込み、


「あぁぁああああ!!!」


叫んだ。

男たちの罵り合う声の中で、女性の高い声はよく響いた。スカーレットはそれほど高い声を持ってはいないが、徴兵されるような年頃の男たちと比べればずっと高い。バルコニーの正面に騒ぎ立てる兵士たちは、その声におどろいて、口を閉ざした。将軍やレシウス国王エルファシウスを含め、混乱していたすべての人間の目がスカーレットに向けられていた。スカーレットは、それがひどくおかしな状況だと考えながら、もう一度息を吸う。


「私たちが2か月以上もかけてここまで来たのは何のためだったの! こんなところでばかみたいに騒ぎ立てるためじゃないでしょう! 平和に暮らすために先手を打って、そして無事に帰って今まで通り暮らすためじゃない! たった一度の戦いで、それを無駄にする気なの!?」


兵士たちは、沈黙していた。


「2か月あったら何ができた? この2か月の間、私たちいろいろなものを犠牲にしたわ。それは友人だったり、基本収入だったり、だれか大切な人と過ごすはずだった記念日だったり。今バカなことしたら、全部無駄になっちゃうのよ!」


 いいの!?


 そう呼びかければ、兵士たちはだんだん冷静になったように、剣を下ろしていった。そして、神妙な顔つきで乱れた隊列を戻していった。よかった、なんとかおさまった。

スカーレットは振り向いて、将軍に話し合いを進めるように言おうと口を開く。その瞬間、体がなにか強いものに引かれ視界が下がった。

見えていた兵士たちの顔が、驚きに変わっていった。


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