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片腕の英雄  作者: ラニスタ
16/24

15 過去の因縁

「よし、整列しろ!5列に並べ!」


 レインドの怒鳴り声に、一同は馬首を並べ手綱を握る。荷物を載せる馬を隊列の真ん中に挟み、スカーレットたちはそのちょうど前あたりに並んだ。今日から再び進軍である。                    

一同は緊張感に包まれていた。この前逃した残党がどのように襲ってくるかわからないからだ。外国軍はそんな緊張を最後尾から感じ取り、異国の言葉で不安を囁きあった。彼らは初めての地に不安を抱いているのである。だがその異国の響きは余計にディルトス大陸出身の者たちを不安にさせていた。レインドはそれを取り払うように大声で指揮をする。グラディアは通訳ができるプレハの将軍を通して外国軍との連携をとった。

 一行は荒涼地帯を南下した。5日で最初に制圧した要塞に残してきた兵士たちと合流できる予定である。


「なんだか今日はおかしな空気だ。外国軍が加わったことで多少の動揺はあるらしい」


愉快に歩くフレンダーの首筋をなでながら、アクイラはあたりを横目で見まわし小声で言った。フレンダーの右隣を歩くブラッドの上で、スカーレットも同じようにあたりを見回した。左側に並ぶクーリフ、フェネック、ウィリアムは前方を向いたままだが同意した。


「仕方ないわね。しばらくすればなれると思うけれど」

「こんな時にはなぁ、明るい話をすればいいんだ」

「明るい話って、例えば?」


フェネックがクーリフに聞き返すと、彼は少し考えてから話し出した。


「俺は……この戦争が終わって故郷に帰ったら、まずは村の奴らにたらふく食わせてもらうさ。そのあとで美人に囲まれて酒をいただきたいもんだね」

「うっわー、いやらしい」

「あんだぁ? その虫を見るような目は。フェネック、おまえにもいつか分かる時が来るさ。なぁ、アクイラよ」


クーリフから話を吹っ掛けられ、アクイラはびくり、と両肩をあげた。そういえばアクイラの浮いた話というのは聞いたことがない、とスカーレットも少し興味を持って顔を上げる。


「アクイラ、おまえ程の男ならば女には苦労せんだろうが」

「あら、やっぱり女をはべらせていたの?」

「ばっ、そんなことない! それこそおまえと違って女にうつつを抜かしたことなどないぞクーリフ!」

「俺が女にうつつを抜かしていると言いたげじゃないか」

「違うのか」


クーリフはがっはっはと大声で笑った。それから今はこんなおっさんだが昔はそれはそれは男前だったのだ、と後ろの列の兵士たちまで巻き込んで自慢話を始めた。アクイラは少しだけフレンダーをブラッドのほうに寄せてクーリフの火の粉を回避しようと顔をそむけた。そんなアクイラを見て、スカーレットは少しおかしくなる。くすくすと笑みをこぼすとアクイラは怪訝そうに顔を向けた。スカーレットは言ってやった。


「そんなに全否定することないじゃない。あなたなかなか男前よ?」

「なっ……んだと……」

「あら、自覚なかったの? でもまぁ、真面目な軍団兵士さんだもの、無理もないわね」


アクイラは自分が精悍な顔立ちであること知っているうえで女には興味がないような男なのかとスカーレットは思っていたが、どうやら違うらしい。彼は顔を真っ赤に染め上げて、口元を手で隠してしまった。アクイラがこんなにも顔を赤くしたことは、今まであっただろうか。軽い気持ちでいったくせに、スカーレットは自分まで赤面して、二人は黙ってうつむいた。


「あ? おいなんだあそこにいる美男美女は顔を真っ赤にさせて俯いてんぞ! どうしたおまえら、とうとうくっついたのか!」


クーリフの笑えない冗談に、二人は同時に否定の悲鳴を上げたのだった。

 一行は馬を休めながら進んだ。丘陵地帯を抜ければ国一つ向こうにあるはずのネイティ山脈がぐっと近づいた気がする。ここからは平面続きなのだ。そのため、敵も味方も隠れることはできない。はるか向こうにレシウス軍の大群が見え、二つの軍は足を止め出撃準備を始めた。


「荷馬車は後ろだ! やる気のあるものは俺の後ろにつくんだ!」


レインドの大声にしたがって皆は剣を抜き、荷馬車に馬の荷物を積み上げた。そして荷馬車は安全地帯へ後退していった。いくら勝とうが荷物を奪われてしまってはのたれ死ぬことになる。アクイラはフレンダーを荷馬車の御者に貸し出した。

スカーレットはアクイラが跨がれるだけの隙間を開けて鞍の上で後退する。アクイラはさっとブラッドに飛び乗った。二人はこの前の戦闘の時と同様、お互い背中合わせになり紐でしばりつけた。前回と違うことはその紐がベルトになったことだ。これでもう少し安定感が出るはずだ。


「アクイラ、あなたがやる気たっぷりなのは分かってるわ」


スカーレットが唐突にいうのでアクイラは肩越しに振り向いた。スカーレットの視線の先にはおびえた表情のウィリアムとフェネックがいた。二人を置き去りにはできない。

スカーレットの言いたいことは、アクイラにはもう手に取るようにわかる。彼女はそういう人だ。そして、だからこそ支えようと誓った。アクイラはブラッドを後退させる。だがその行く手を軍馬にまたがる傭兵が遮った。


「クーリフ!」

「よぉ。お前さんたちが後ろで構わねぇってんならそれでいいが、あいつらのことを気にかけているなら俺に任せてくれ」


クーリフは腰に三本の剣を下げていた。一本は彼自身の古い大剣。もう二本は、死んだ少年たちの剣だった。


「二人に、この剣を預かってほしいと頼まれた。だから俺は、マークやヴァズの代わりにあいつらを守ってやらにゃあならん」


傭兵は節くれだった指で剣をそっと撫でた。


「それにアクイラ、お前さんは軍団兵士だ。後ろで腐ってるようなたまじゃねぇだろ!」


クーリフは笑って、手綱を引き馬首を返した。スカーレットはいまだ振り向いているアクイラに目をやった。そうだ、彼はもともとレインドの部下であり、将軍を守るという使命があるのだ。そんなことも忘れて、後ろで戦おうだなんて。スカーレットは突然自分が恥ずかしくなった。


「ごめんなさい、アクイラ。私あなたが軍団兵士だということを忘れていたみたい」

「どういうことだ……?」

「あなたの一番の目的は、将軍をお守りすること。それなのに後ろで戦おうだなんて、あなたへの配慮が足りなかったわ」

「そんなことか」


アクイラは微笑を浮かべた。


「ならば俺は軍団兵士失格だろう。もしも俺が軍団兵士であるがゆえに君を見捨てろと言われたら、俺は迷いなく辞職するだろうよ」

「アクイラ……」

「さぁ、行くぞスカーレット!」

「……ええ!」


両軍はきっちりと向かい合い並んだ。数でいえばこちらのほうが圧倒的に上だが、油断は禁物だ。グラディアは一応和解の申し出をしたが、後がないレシウス軍は耳を貸さずにラッパ手を呼びつけた。グラディアは諦めて一列に並んだ軍の端から端まで一気に駆け抜け、志気を上げる。グラディアが斜めに掲げた剣に、兵士たちは自分の槍を軽く合わせて勝利を検討し雄たけびを上げた。

やがていくつか角笛が音を響かせ、戦いは始まった。両軍は一斉に馬をかけさせ正面から突撃した。張りつめた空気は二つの軍の境目が消えるとともに血と死の世界に変わる。敵は波のように襲いかかる。一つの波が過ぎて、安堵すると次の波がやってくる。何度も何度も繰り返すが、これは波ではなく数に限りのある兵士だ。だんだん波は低くなり、頻度も減っていく。それまでスカーレットは無我夢中に剣を振っていた。だが、波が収まってくると少し余裕ができる。余裕のできた頭は地に伏した自軍の若い兵士を見つけると、死んだ二人を思い出させた。スカーレットはいまさらながら怒りがこみあげてきて、八つ当たりでもするようにさらに激しく、大きく剣を振った。


「スカーレット、来るぞ!」


アクイラの叫びにスカーレットは我に返った。レシウス軍の後方に控えていた重装騎兵たちがとうとう前線へ攻め込んできたのだ。引いた波が、大きな波を呼ぶように。

スカーレットには前方が見えないが気を引き締める。数十騎の重装騎兵は一気に押し寄せてきた。

体に衝撃が走る。ベルトをまいた腹がぐっと締め付けられてせき込む。どうやら、重装騎兵とすれ違い様に追突したらしい。


「ブラッド!」


スカーレットは愛馬の名を叫んだ。いくらブラッドといえど、二人を乗せた状態で追突されては無事では済まないかもしれない。状況のわからないスカーレットはもう一度叫んだ。ブラッドは大きく尾を振り、アクイラが「かすっただけだ」と急いで言った。衝撃はアクイラが追突直前に手綱を引き、ブラッドが急停止したため生じたようだ。スカーレットは安堵して愛馬の腿をなで、軽くたたいた。黒馬はいななきを上げて突進を再開した。

 多少手こずったものの、重装騎兵たちはあらかた片づけられた。もう戦場に残っているのはほとんどプレハ、レディガ軍とその援軍だった。敵は壊滅状態だ。普通ならこのような状況になる前に撤退命令が出るはずなのだが、それほどレシウスは追いつめられていたということだろう。

 その時、擦れた雄叫びが聞こえた。スカーレットは顔を上げる。それは生き残ったわずかな兵士たちの一人、最後の重装騎士だった。騎士は馬上で三つ又の槍を振り回して迫る。


「アクイラ伏せて!」


アクイラは長年仕込まれた反射神経で一瞬のうちに頭を下げると馬首を左に返した。間一髪のところで騎士の渾身の一撃は空ぶった。そしてスカーレットはすれ違いざまに騎士の馬に剣を突き立てた。栗毛の馬はいななき、唾を飛ばしながら倒れこむ。スカーレットはさっとベルトを切るとブラッドを飛び下りた。


「スカーレット!」


片足を馬の体に挟まれた騎士に飛びかかると、彼は手に握った槍でそれを受けた。二人の視線が交差する。中年の騎士だった。恐怖に満ちた灰色の目をいっぱいに開き、それでも最後の敵だけは殺してやろうと閉ざされることがない。その顔は、どことなくあの男に似ていた。血のつながりがあるのかもしれないし、全く違いのかもしれない。だが、その男の顔も表情も、スカーレットが二年前槍に突き刺して掲げた、レシウスの将軍の顔に瓜二つだった。スカーレットはぞっとした。右腕がズキンと痛む。


「っああ!」


スカーレットは一度剣を引き、その顔に突き立てた。たった一撃だが、骨をも砕くその剣は一瞬で騎士の顔の原型をめちゃくちゃにした。それもまた恐ろしい光景で、スカーレットはあとずさる。


「スカーレット、後ろだ!」


アクイラが叫び、スカーレットははじかれたように振り向いた。血まみれの兵士が剣を頭上に振り上げていたのだ。スカーレットはかわそうとして、尻餅をついた。剣は目と鼻の先を落下し両足を間の地面に突き刺さった。兵士は剣に振り回され倒れると、それきり動かなくなった。


「おい、スカーレット! 怪我は……!?」

「だ、だいじょう、ぶ……」


スカーレットは立ち上がり、もう一度座り込みそうになるのをアクイラが支えた。スカーレットの焦点が定まらないのを見て、アクイラは顔を覗き込む。顔はアクイラに向けているが、目は空気を見ていた。二人の乗り手が消えたブラッドが不思議そうに歩み寄ってくる。


「俺は、いろいろ確認事項のために将軍のところへ行くが、お前も来るか?」

「……いえ、ブラッドと先に戻るわ」

「大丈夫か?」

「え?……ええ」

「本当に――大丈夫なのか」

「ちょっと、疲れただけだから、むしろ放っておいて」


 ブラッドが鼻面を寄せる。アクイラは心配だったがブラッドは賢い馬だから任せられると踏んで、しぶしぶスカーレットを先に荷馬車のほうへ戻らせることにした。アクイラに手伝われながら――いつもなら一人で飛び乗ることができるはずなのだが――愛馬にまたがり、スカーレットは手綱を引いて荷馬車のほうへ下がっていった。

 荷馬車のほうへ下がったものの、スカーレットは誰とも顔を合わせる気はなかった。毛布だとかを乗せた、今は必要ないために人の寄り付かない荷馬車の後ろに回り、そこでブラッドから降りる。本当は負傷兵の手当てなどを手伝うべきなのだろうが、今のスカーレットはそこまで気が回らなかった。なんとか平常心でいようと、無心になりたくて剣を抜く。これを磨くことに集中していれば――だが、血で染まった剣はスカーレットの顔をゆがんで映し出した。

 その瞬間スカーレットは剣を投げ捨てていた。


「あ、あの男が呪ってるんだわ、あの男の血が……!」


 カーレットはへたり込んで、剣から顔をそむけた。足を折って伏せたブラッドの首をほぼ無意識に撫でながら、スカーレットは先刻の騎士の顔を何度も思い出して、そのたびに振り払った。

 何が不安なのだ。たまたま同じ顔をしていたからと言って、血に呪いなどないし、あの時の将軍が地獄から蘇ったわけではあるまい。頭ではわかっていながら、震えが止まらない。そもそも自分はあの将軍を殺した側であり、恐れる必要などないのに。

 しばらくして、あたりはだんだん騒がしくなった。全員が撤退を終えたらしい。いくつもの足音が聞こえる。その中の一つが、スカーレットが寄りかかる荷馬車に近づいてきていた。誰だか知らないが、きっと今自分はひどい顔をしているだろう。スカーレットは足を抱えて、そこに顔をうずめ眠ったような姿勢をとる。だがそれもすぐ解かれることになる。やってきたのが、アクイラだったからだ。


「スカーレット、ここにいたか。探したんだぞ」

「アクイラ……」


 スカーレットは自分の足元にあるスカーレットの剣に気が付き、怪訝そうな顔をした。


「やはり具合がすぐれなそうだな。何かあれば――」

「だめ……こないで」


 一人にしておいて。きっとすぐに、何もなかったように感じるから、巻き込ませないで。スカーレットは後ろを向いて荷馬車に額を当てた。


「だが……」

「い、いいから放っておいて!」


 とん、と肩に手が置かれる。やはりその手は暖かくて、一瞬震えが止まった。けれど横目で見れば、アクイラの手も赤い血で染まっていた。


「嫌!」


怪奇なものを見つけた子供のように、スカーレットはアクイラの手を振り払った。その際に、アクイラの顔が見えてスカーレットは絶句した。今まで見たことがないほど傷ついた顔の騎士は、そっと手をおろした。


「……すまない」


アクイラは切なげに眉を寄せて、踵を返した。


「いっ……行かないで!」


 スカーレットは真逆のことを叫び、無意識にアクイラの腕に縋り付いて引き留めていた。ブラッドが何事なんだ、といいたげに首をもたげる。自分でも何がしたいのかわからないが、このままいかせたら右腕は二度と戻ってこないような気がしたのだ。もちろんアクイラは最後までスカーレットを守ってくれるだろう。だが、今自分がアクイラに向けた嫌悪を撤回しなければ、もういつものように軽口をたたくことがなくなると思った。それはスカーレットがアクイラと距離を置いたあの時より、さらに険悪な雰囲気を放ちながら。


「ごめん――お願いだから、行かないで」

「……分かった、そうしよう」


アクイラの声がどんな色を含んでいるのかスカーレットには読み取れなかった。アクイラは戻ってくると、隣に腰掛ける。スカーレットは絶対に離すまいとアクイラの右腕を強く抱いて、肩に額を当てた。


「あなたが嫌だったわけではないの、違うの」

「分かっている。すまない。君に付きまとってやると宣言したくせに、俺は逃げかけた」

「あなたが謝るのは筋違い……前にもこう言ったわ」


スカーレットが腕にすがる力を抜くと、アクイラは腕を引き抜きそっと背中に手を置いた。それが振り払われずに済むと、何度も寝かしつけるように撫でた。


「何があったかは、聞かないほうがいいのか」

「もういいの。だってあなたがここにいていくれたら、たぶん怖くないから。馬鹿な因縁にとらわれて今ある右腕を失うのは、馬鹿らしいわ」

「そうか」

「うん……ごめんなさい、アクイラ」

「いいんだ。君が苦しいなら、受け止めよう」


それきり、スカーレットは何も言わなかった。硬直していた体からも、力が抜けていく。背中に腕を回していたアクイラにはそれがわかり、そっと覗き込んだ。少しだけ口を開いて、スカーレットは眠っていた。よほど疲れたらしい。いつもきりっとしている目も今は閉じられ、あどけない表情をしている。この戦争は身体的にも精神的にも、彼女を苦しめているのだろう。軍団兵士であり、少しでも余裕のある自分が支えてやらなければな、とアクイラは思う。それにしても振り払われた時は心臓が止まるかと思った。昔交際していた女に「酷い」だの「もうあなたのこと好きじゃない」などと言われた時はちっとも痛くなかったのに、スカーレットの「嫌」は大打撃だった。アクイラは少しそれがおかしくなって、荷馬車に背を預けた。仮眠くらいなら、良いだろうか。


「ブラッド、だれか来たら知らせてくれよ」


そばに伏せる戦友に声をかけると、黒馬はぶるるっと鼻を鳴らした。アクイラはそれを肯定と取り、静かに目を閉じた。



浅い眠りのせいだろうか、アクイラは久々に夢を見ていた。はっきりと意識があるわけではないが、なんとなく自分は夢を見ているのだと思える夢だ。アクイラは戦場に立っていた。都合のいいことに、誰もアクイラを攻撃しない。アクイラはあたりを見回した。どうやら今自分たちが繰り広げている戦争とは違うようだ。軍団の仕事で領地内のもめごとをおさえにきたのだろうか。それにしては規模が大きい。しかし次の瞬間、アクイラはこれが何の戦争であるか分かった。両腕のスカーレットが剣を振っている――これは、間違いなく前戦争だ。

 スカーレットは一人で、髪を振り乱しながら闘っている。その無駄な動きのないさまと言ったら、軍団兵士でもまねできないような俊敏さだ。アクイラは初めてスカーレットを見た時と同じように、釘づけになった。

 アクイラは、荒れ狂う戦乱をすり抜けながら歩く。スカーレットも兵士たちを切り倒し進んでいく。二人の距離は縮まることもなければ、近寄ることもない。

 やがて兵士の数が増えていった。アクイラは見覚えのある場所へ来ていた。レシウスの将軍の姿が見え、スカーレットが飛びかかっていく。一度目の前で見た光景だが、アクイラは思わず叫んだ。

スカーレットが王の首を落とし、右手に持った槍に突き刺して掲げる。戦争を終わらせるために、高く、高く。その時、それを阻止しようとしたレシウスの兵士が、スカーレットの右腕を切断した。スカーレットは槍を手放し、土手に落ちて姿を消した。もう一人のアクイラが飛び出していって、その槍を再度掲げなおす。

アクイラは過去の自分が何とかスカーレットの代わりに戦争を治めようとしているのを横目に、土手を駆け下りた。自分がこの夢の中でどのような存在なのかわからないが、スカーレットを追わずにはいられない。過去の自分は戦乱を一通り抑えた後で来るはずだから、その前に苦しんでいるであろうスカーレットをどうにかしてやりたかった。


「スカーレット!」


死体の山に転げ落ちた彼女を見つけて、叫ぶ。


「ひっ……!」


スカーレットが顔を上げ、次の瞬間そこは戦場ではなく、毛布を積んだ荷馬車の後ろになっていた。


「嫌……こないで!」


「スカーレット、落ち着いてくれ、俺だ!」


血のにじんだ包帯を腕に巻き、憔悴した様子のスカーレットは荷馬車に背中を押し付けながら、怪しむようにアクイラを見た。


「あなた……同じ隊のアクイラね?けど……私の知っているアクイラとは違うみたい」

「そうだな、少し違う。が、俺もアクイラだ」

「とにかく、私を生かしたアクイラとは別なのね」

「大差ない」


アクイラは言いながらスカーレットを眺めた。髪はぼさぼさで、鎧を脱いだ下の服はつぎはぎだらけ。長い戦闘で肌は煤に汚れ、残った腕は右腕に添えられている。アクイラはどうしようもない気持ちになって、思わずスカーレットを抱きしめた。


「いっ!――痛いっ」

「すまない」


スカーレットの涙声に、少し力を緩めたが、アクイラは腕を離さなかった。当時の自分は、こんな状態のスカーレットを一人にしておいたのか。ひどく情けなく思える。


「ごめんな…ごめんなスカーレット」

「え?」

「俺が必ず、助けてやるからな」


そういったところで、その光景はすぅっと消えていった。



 目が覚めると、そこは夢の最後の場面と同じ荷馬車の裏だった。アクイラは飛び上がりそうになったが、右腕のぬくもりがそれを止めた。


「夢……ではないんだよな」


もう、現実なのだなと確認するようにあたりを見回す。見張りを任せたはずのブラッドも、疲れが出たのか眠っている。さっきの夢は、なんだったのだろうか。気を引き締めなおせということかもしれんな、とアクイラはスカーレットを見やる。不意に、隻物亭に行った時のことが思い出された。あの酒場でスカーレットと酒を飲んだことが、つい昨日の事のようにも、ずっと前の事のようにも思える。店主は言っていた。スカーレットは本来なら、ただの村娘だったのだと。


「さっさとおわればいい」


アクイラは言った。


「そしたら、君をあの村に送り届けて、村長を脅すなりなんなりして金をふんだくってから、君を隣町でもなんでもいい、どこかに連れ出したい。恋人か、友人か。誰か親しい人と質素な格好で街を歩く。その腰に剣はない。君のそういう姿を見ることができたら、俺の右腕としての役割も終わりだ。さみしい気もするが、それでいいのだ」


 アクイラは、スカーレットの赤い髪にくちづけを落とした。


「だからそれまでは、俺が君を守るから」


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